エアコア・ドリーム   作:甲乙

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ノー・フェイス

 

 ルビコンに進駐する星外企業の筆頭、アーキバス・コーポレーション。

 ベイラム・インダストリーと対を成す、特にエネルギー兵装をはじめとした技術に優れた一大勢力である。軍事力だけでなく謀略にも秀で、「再教育センター」と呼ばれる非公式の組織を、更にはそれよりも恐ろしい「何か」まで抱えていると噂されている。

 その実働精鋭部隊であるヴェスパー(Vespers)は隊長格の全員が新世代強化人間で構成されているとされ、特に実質的指揮官の次席隊長(VⅡ)スネイルの勇名と悪名は数えきれない。

 

「あの第2隊長か? 有能である事は間違いないのだろうが、それが必ずしも人間性に優れているとは限らないという典型だな。覚えておけ621、ああいう態度で眼鏡をした者には、気を許さないことだ」

 

「V.Ⅱ? アーキバスの陰湿クソ眼鏡かい。私も道義を語る舌なんて持っちゃいないが、あいつのやり口は笑えないねぇ」

 

「あのインテリ気取りの眼鏡野郎にはクソほど煮え湯を飲まされたからな! もし遠足で出くわした日には、レッドガンの流儀で叩き割ってくれるッ!」

 

『ランク06/A 識別名V.Ⅱスネイルの情報でしたら、オールマインドのデータベースをご参照ください。また、彼はきっと眼鏡をつけている事でしょう。オールマインドの情報に間違いはございません』

 

『V.Ⅱスネイル……私はまだ見たことも聞いたこともありませんが、なんだか眼鏡をつけている気がします』

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 空が紅く煌いている。

 夕焼けとは異なるその空の色はコーラルそのもので、そう見えているのも621だけらしい。脳の内外からコーラルに侵された、そんな幸運とも不運とも言えない者だけがそれを見られるのだと。

 

『レイヴン、そろそろ起きてください』

 

 ヘリの外部カメラと同調していた視線を下ろす。ローターが風を叩きつける先に地面は無く、黒々とした海面だけが水平線まで続いていた。アーレア海を渡り始めて十数時間、未だ中央氷原は見えない。

 

――起きている

『そのようですね、ウォルターから話があるようです』

「621」

 

 視覚をACに戻した時にはもう、キャットウォーク上にウォルターが立っていた。通信ではなくわざわざガレージに来たからには、何か大事な話があるのだろう。一度だけ杖を鳴らしてから、彼は重苦しく口を開いた。

 

「前に説明した通り、ベイラムとアーキバスは一時的に手を結ぶ予定だ。封鎖機構の執行部隊が全面投入された今、互いに消耗は避けたいらしい」

 

 惑星封鎖機構の戦力は極めて強大だ。企業同士で潰し合っている余裕など無く、かといって単独でも敵わない。故に休戦だけでなく、手を結ぶ必要もあるのだと。

 そこまで上手くいくものかと621は思う。独立傭兵である自分はともかく、ベイラムもアーキバスもお互いが不倶戴天の仇である筈だ。そう簡単に協力などできるものだろうか。

 あと、封鎖機構の皆さんは悪い人ではないと思う。ウォッチポイントで親切にしてもらった事や、今もグリッド086で額に汗している事を知っている身としては、これから彼らと敵対する事に抵抗を覚えなくもない。もちろん、仕事はするが。

 

「分かるか621、これからが正念場だ。だから俺達も、中央氷原に行かなければならない」

 

 それは分かっている。というか、一度は行ったのだ、その中央氷原に。メリニット的な意味で色々とあって、結局はべリウス地方に戻る破目になってしまっただけで。

 ばさりと、ウォルターが紙束を取り出す。今時めずらしい紙の書類だ。

 

「今回の反省文は完璧だ。俺とカーラで添削したのだから間違いない。……これならミシガンも首を縦に振るだろう」

 

 うんうんと、ウォルターの方が首を縦に振る。

 とどのつまり、621達に必要なのは中央氷原での拠点だ。出禁となってしまったベイラム基地への立入を再び許してもらうべく、反省文と菓子折り(RaD製)を手に向かっている最中という訳だ。反省文は既に再々々……提出という有様だが、今回こそは大丈夫だと思いたい。

 

『安心してくださいレイヴン! 反省文には私もすこしだけ手を加えておきましたから!』

 

 やっぱり駄目な気がしてきた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

「ちょうど良いところに来たなハンドラー・ウォルター! 出禁は解除してやるからひとつ仕事をしろ!

 反省文? そんな物を書いている暇があったら会議室まで来い! ケツでも拭いておけッ!」

 

 ベイラム臨時基地に着いて早々、621とウォルターはG1ミシガンから手厚い歓迎もといレッドガンの流儀を受けていた。頑張って書いた反省文が読まれなくて残念だったような安心したような。ちなみに菓子折りは隊員(ガンズ)の面々で美味しくいただいてくれるらしい。RaD製なので少しだけ心配だが。爆発したりしないだろうか。

 

「休戦協定の打ち合わせをやる事になったがアーキバスの連中、よりにもよって眼鏡野郎(スネイル)を寄越してきやがった! 口が回る奴にはお前をぶつけるに限るからなッ!」

「スネイル……あぁ、あの眼鏡の第2隊長か」

 

 軍靴で床を踏み拉くように歩くミシガンだが、杖をついたウォルターが遅れない程度には歩調を合わせてくれている。どうやら随分と長い付き合いのようだと、そう考えながら621は、ベイラムの制服を着た青年に背負われていた。

 

「悪いな、車椅子を持ってくるべきだったか……」

「気にすることはないハンドラー・ウォルター、この程度で音を上げるレッドガンではないっ!」

 

 621を背中に乗せたまま、ハキハキと青年が答える。どこかミシガンにも似たその声には聞き覚えがあり、エアがその補足をしてくれた。

 

『G6のレッド、いつもベイラムの依頼をくれる人ですね』

「それにしても軽すぎるぞG13! 体を鍛えろとは言わんが、せめて飯は食っておけっ!」

「そういう貴様はずいぶんと口が軽いなG6! 体力があり余っていると見える、後で覚悟しておけッ!」

「はっ! 光栄でありますサー!」

 

 元気で仲が良いのは良いことだが、621の耳元で叫ぶのはやめてくれないだろうか。そんな事をされるのはエアだけで充『何か言いましたかチワワ!』何でもありませんサー!

 

 

 

 蹴破る勢いでミシガンが作戦会議室の扉を開き、数人の先客が一斉に視線を向けてきた。その内の、ひどく目つきの悪い男が更に目を眇めてくる。

 

「あァ? なんだレッド、ここはゴミ捨て場じゃねェぞ。さっさと外に――」

「ゴミではありませんイグアス先輩! これはG13でありますっ!」

 

 そう答えて、ドガシャン! と椅子に叩きつけるように座らされた。おそらく悪気は無いのだろうが、レッドガンの流儀は体に悪い。どこかの骨が一本ぐらい折れた気がする。

「ガン……?」と口を開ける男――イグアスの目に、沸々と怒りと困惑の色が湧いてきた。

 

「の、野良犬か? このゴミが!?」

「野良犬でもゴミでもありませんイグアス先輩! G13であります!」

「旧世代型って話だが、こりゃひでぇな……でもゴミはねぇだろイグアス」

「こいつはゴミより遥かに使えるぞイグアス! ゴミはゴミでも使えるゴミだッ!」

「てめェらさっきから俺の名前にゴミを付けんじゃねェよ! わざとやってんだろ!?」

 

 銃弾のように飛び交う罵詈雑言。そして最後は結局、ミシガンの鉄拳制裁により会議室に静寂が戻った。何故か621まで拳骨をもらった。解せない。

 イグアスの隣にいる大男は、おそらくG4……たしかヴォルタと言ったか。そしてもう一人。

 

『レイヴン、あの女性は……』

 

 エアも気付いたらしい。621達が入室してからというもの、壁と一体化するようにして気配を消している女性がいた。

 

「ミシガン、彼女もレッドガン隊員か?」

「いいや、あれはG5のこれだ、これ」

 

 太い小指を立てて意味深に笑うミシガン。そのジェスチャーの意味は621に分からないが、レッドとヴォルタもひどく生温かい顔をイグアスに向けていた。だが当のイグアスは、心底イヤそうな顔で。

 

「そんな上等なもんじゃねェよ、このポンコツはよ……ぜひとも持って帰ってほしいぐらいだぜ」

『ポンコツって言わないでください……!』

 

 壁にへばりついたまま恨めしい声をもらす女性。相変わらず顔も見せてくれないが、そのどこか粘ついた声には聞き覚えがあった。よく見れば、後ろ姿にも見覚えが……?

 

 

「――お揃いのようですね」

 

 

 ドロドロとした冷水のような声だった。皆が一斉に視線を向けた先には誰もおらず、ただ壁に据え付けられた大型モニターが光を放っているだけ。待機状態だった機器が稼働し、通信開始の表示がモニターに走る。

 まず、これ見よがしにアーキバスの社章(ロゴ)が長々と表示された。続いて現れたのは夕空に敢然と輝く金星(ヴェスパー)のエンブレム。ここまでおよそ三十秒である。

 

「広告がなげェよ、飛ばせ飛ばせ」

 

 おそらく全員の本音をイグアスが代弁し、それに応えるように紫色の人面を象ったエンブレムが表示された。添えられた「Ⅱ」の文字が、通信先にいる人物が誰なのかを示している。

 

「きめェ」

「あぁ、きもいな」

「ヴェスパーの連中は揃いも揃って悪趣味ですからね! 我々を見習ってほしいものですっ!」

『何ですかあのエンブレム……我々(わたし)の作った物の方が2000倍はかっこいいでしょう』

「俺も他人のことは言えんが、見ていて気持ちの良い絵ではないな」

『そういえばレイヴンのあのエンブレムは自分で描いたのですか? え、違う?』

「相変わらず巧い自画像だなV.Ⅱ! だが眼鏡を忘れているぞッ!」

 

「開口一番にやかましいんですよっ!」

 

 集中砲火された悪趣味な人面――V.Ⅱスネイルが開口一番に怒鳴り散らしてきた。二重に別たれた顔に青筋が浮かぶ幻覚まで見た気がする。

「ふー……っ」と長く息を吐く音が通信に混じり、怒りと眉間をおさえている様がありありと浮かんだ。普段から怒鳴り慣れていそうだなと、特に根拠もなく621は推測してみる。

 

「まったく……、ベイラムは休戦という言葉の意味を理解していないようだ。あなた達と違ってアーキバスは忙しいのです、この私が直々に打ち合わせに参加した意味というものを――」

 

「話がなげェ」

「あぁ、長いな」

「次席隊長からして批評家ということですね! 不言実行の精神を知らないのでしょうっ!」

『識別名V.Ⅱスネイルは話を短く纏めることが出来ないようですね。やはり人類(ヒト)による話術などたかが知れているのでしょう。その点、この我々(わたし)は――』

「眠いなら寝ていて良いぞ621、後で要点だけ教えてやる」

『暇なのでエンブレム作製ツールを組んでみました。一緒に描きませんか、レイヴン』

「いま何時だと思っているV.Ⅱ! 時計は見えているか? その眼鏡は何の為にあるんだッ!」

 

「――話が長いのは貴様らだろうがっ! 人が話している間は黙って聞くこともできないのか! どいつもこいつも再教育が必要か!? 頭フロイトなんですか!?」

 

 バンバンと机を叩くような音と共に映像まで乱れてきた。大丈夫だろうか? 脳深部デバイスから鎮静剤を投与してはどうか? 新世代型にその機能があるのかは知らないが。

 エンブレムに赤色を使いたがるエアと脳内で相談していると、モニターに新たな参加者が表示された。口輪をはめた狼の横顔。「Ⅳ」の文字。

 

「やあ戦友、元気そうで何よりだ」

 

 第4隊長(VⅣ)ラスティ。何かと縁のある彼の掠れた美声は、相変わらず底知れない色気を孕んでいた。それはそれとして、何の用なのだろうか。

 

「戦友ゥ? まさかこの野良犬の事かよ、趣味が(わり)い」

「つーか、一言も喋ってねえのによく分かったな」

「ハハハ、戦友がいるなら匂いで分かるよ」

「たしかに薬くさいぞG13! 消毒も程々にしておけっ!」

『通信で匂いとは』

『様子のおかしい人です、レイヴンは渡しませんよ』

「奴とずいぶん縁があるな621……後でカーラに経歴を洗わせよう」

「お前が噂のV.Ⅳか! そこの上官に眼鏡を忘れないよう言いつけておけッ!」

「了解したと言いたいところだがな、ミシガン総長。実はスネイルは――」

 

「第4隊長! 頼みますからこれ以上ややこしくしないでもらえますか!?」

 

 さっきから一向に話が進んでいない。企業所属のAC乗りとは皆が暇なのだろうか。毎日が金稼ぎに忙しい621にも時間を分けてほしいものである。

 どうどう、とラスティ他数名から宥められてようやく、スネイルが静かに口を開き――

 

「まったく、これだから脳まで筋肉のベイラムは……。

 だいたい、さっきから眼鏡眼鏡と……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 空気が、凍りついた。

 

「あ?」

「ん?」

「お?」

『へ?』

『え?』

「む?」

「何だと?」

 

 621含めて七の視線と、エアの目なき視線が、画面を越えてスネイルに集中する。

 

 

『『「「「「「は???????」」」」」』』

 

 

「いや何がは? ですか何が。やはりまとめて再教育センターで盛大に歓迎してやりましょうか」

「まあ彼らの動揺はもっともだ、第2隊長殿。誰も責められはしないよ」

 

「百聞は一見に如かずさ」と、ラスティの声と共に画面が切り替わる。

 人面エンブレムの代わりに映し出されたのは、アーキバスの制服を纏った一人の男。いかにも神経質そうな表情と、やはり神経質に整えられた髪。強化人間特有の年齢不詳な顔立ちは、そのどれもが彼の印象(イメージ)を裏切るものではなかった。

 ただ、一点を除いて。

 

「おい……こりゃ何の冗談だ、てめェ……!」

「マジかよ……くそが、一杯くわされたぜ!」

「まさか、こんな……! くそ! ちくしょうっ!」

 

 若きレッドガン達が痛憤する。ぎりぎりと歯を食いしばり、今にも血すら滴りそうなほど。

 

『なんという事です……我々(わたし)の計画が、人類の可能性が……、イレギュラー……!』

『そんな、あり得ない……! レイヴン、作戦放棄を提案します! すぐに離脱しましょう!』

 

 謎の女性があげる絶望の声。ノイズすらかかった声は、何故かエアのそれにも似ていた。そのエアからもまた、一切の余裕が失われている。

 

新世代(ニューエイジ)シリーズ、やはり克服していたか……!」

「あぁ、この目で見るまでは眉唾だったがな。これはふざけた遠足になってきたぞ、ウォルター!」

 

 歴戦の男たちですら戦慄するほどの脅威。それを目にした621もまた、消えかけた感情を引きずり上げるかのような畏怖を禁じ得ない。

 いったい、誰が想像しただろうか?

 アーキバスのヴェスパー。悪名高き、その次席隊長が――

 

 

 

 眼鏡を……着けていないだと――――!?

 

 

 

「いやだから、それが何だと言うのですか。そろそろ打ち合わせを始めたいのですが」

 

 画面の中でスネイル(?)が何か言っているが、この場の誰の耳にも入っていなかっただろう。よしんば聞こえていたとして、それを脳が理解できたかどうか。

 ついでに彼の後ろでは、見覚えのない男が「()り友 募集中」と書かれたプラカードを掲げているが、それも見えてはいないようだ。

 

「そもそも、眼鏡という物が何の為にあるのか少しは考えてみてはどうですか。強化手術は感覚の鋭敏化も行うのですから、視力が低いわけもないでしょう。まして、この私のように“調整”を重ねた最新鋭の強化人間が眼鏡など着ける必要は――」

 

 重苦しい沈黙だけが室内に木霊する。

 だがそれは恐ろしい嵐の前触れに過ぎないことは、誰もが理解していた。

 その濁り水は既に、足元まで飲みこもうとしていたのだと。

 

 

 

「これは――荒れるぞ、戦友」

「いい加減に誰か私の話を聞いてくれませんか?

 あとフロイト。今は仕事中ですから、あっちで遊んでいなさい」

「……そうだなスネイル。()()()()()()

 


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