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ホームレスVTuberがやってきた!→警察沙汰になったんだが #限界シェアハウス文学

2024年3月中旬。ひとりのVTuberがアインツベルン城にやってきた。
焦点の合わない死んだ魚の眼。黒いキャップにややゆるいタッチで描かれた美少女キャラのパーカーを着た彼は、なぜか携帯式冷蔵庫ひとつ背負って立っていた。その姿はどこか捨て猫っぽさがあった。
※Hちゃんの活動の性質上、容姿についてはぼかす配慮を行っています。また掲載画像の本人部分を二次元美少女に置き換えています※

「しばらくの間アインツベルン城に住ませてください。家がなくなって帰る場所が無くなったので、たすけてほしいです」

彼はHちゃんという。望月にとっては大学の後輩にあたる。
学部もサークルも学年も異なるオタク友達で卒業後も付き合いがある。現在は大学を卒業して大手工業メーカー"百獣魔団"でエンジニアをやっている富裕層でもあった。
Hちゃんについて特に特筆すべきことがある。それは彼がVTuberであることだった。Vとしての主要な活動はDIYやものづくりである。個人勢としては珍しく登録者1万人の壁を越えているエリートだった。
Hちゃんは続けて言った「"封印"していた妻が昨晩かえってきて…」
その言葉に望月は頭を抱えた。Hちゃん夫婦の騒動がまたしても再燃するとは…。

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妻への月額20万円のお小遣いを15万円に減額する話で夫婦のLINEは思わず殺伐

経緯

実はHちゃんと奥さんの話は過去からずっと望月も時々巻き込みながら続いていた。時期は2020年頃からだろうか。Hちゃんは酒の席になるとほぼ確実で奥さんに関する悩みを語っていた。
彼の悩みは大きく分けると「妻が働いてくれない」「妻が夫である自分にマウントを取ったり、口撃してくることが非常に多い」ことであった。彼の語る話は一貫して奥さんに関してなのだがいちおう1年ごとに物語は進行していた。以下は望月がHちゃん夫婦のイベントに関わった各年のまとめである。
2020年:奥さんの現状への愚痴を聞かされる
2021年:奥さんの前職会社への恨みを聞かされる
2022年:奥さんへの幻滅と諦観を聞かされる
2023年:奥さんとの離婚相談を受ける&(+奥さんから)夫との復縁相談を受ける

ここで奥さんが何者かを説明する。
Hちゃんと奥さんは大学の先輩と後輩の関係にあたる。同じ工学部の同じ学科に在籍していて、コンピュータークラブでも一緒だった。今も昔も工学とコンピューターは男性オタクの聖域だったので、奥さんは必然的にサークルでいわゆる姫状態だったようだ。彼女は他者と関わることが苦手で数少ない同性の同級生とも馴染めず、もちろん男性オタクたちともうまく接することが出来ずにいた。そんな学生時代の奥さんはHちゃんと出会い、付き合うようになった。
奥さんは大学を卒業してから大手のIT企業に務め始めた。その頃に入籍も行った。ただ、奥さんの社会人生活は2年と続かなかった。詳細は伏せるが、職場の適応に失敗して仕事を辞めた。そのときの大きな挫折から、奥さんは壮大に拗らせてしまった。主婦になるわけでもなく、再就職するわけでもなく。キングコング西野や中田敦彦のYouTubeチャンネルを見て、夫であるHちゃんに「お前たちサラリーマンは負け組で、頭が良い自分は経営者になる」とマウントしたり「(仕事で実施したイベント毎に対して)楽しい仕事なんか仕事でない」と不条理な説教をしている状態であった。

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会社の出張で殺伐とするLINE
バートンが何だったのかは今なお不明

拗らせた奥さんがHちゃんにマウントを取り、マウントを受けたHちゃんもまた生産性を落としていた。印象的だったのは、ある日Hちゃんが奥さんの前職会社を恨んで「妻を壊した恨みを晴らす」と怪文書を作成、送付する一歩手前まで言ったこともあった(そのとき望月が文書を見せてもらった際に説得して、未遂に終わった)
こうして奥さんも旦那さんも停滞する誰も得しない家庭が爆誕した。

離婚プロジェクト始動

長い停滞のなかでHちゃんに変化が生じた。
それはVTuberとして活動を始めたことにあった。活動の経緯は奥さんの社会復帰支援の一環だった。奥さんが突然「自分は大家になって不労所得を得る」と言い始めたことをきっかけに、Hちゃんが親族から借りてきた家をリフォームすることになった。その活動の一環でHちゃんはVTuberになったのだ。
しかし、当初の目的である奥さんは全く手が動かない人種であった。それゆえ彼女に変化は生じず、代わりにHちゃんのV活動だけが加速した。
その一連の過程で「もしかして、妻がこうなってるのって自業自得なのでは?」という気づきが生まれたらしい。ちょうど奥さんからはずみで「お前のような低所得者とは離婚したい」と言われたことがきっかけで離婚に衝動が向かった。このとき「離婚したい」という妻に対して「離婚したくない」という夫の構図は完全に逆転した。その結果、望月は昼間に奥さんから夫との関係改善の相談を、夜間は夫から妻との離婚の相談を受けるようになったのだ。

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サブクエスト:「恋のキューピットになってください」

この頃のやりとりはかなり不毛だった。
奥さん側からは戦術的に意味があるわけでもない虚偽情報を出して話をややこしくして、無限に自分の都合のいい方に話を曲解する悪癖で話がグダグダになった。Hちゃん側はというと絶対に離婚するマン状態のため関係改善の交渉という状況はとっくに過ぎ去っていた。
望月陽光を間に挟んだ夫婦の綱引きはHちゃんの勝利に終わった。Hちゃんは奥さんの京都の実家まで出向き、妻と義父母交えた話し合いの場で離婚の意思を表明、奥さんを実家に置いて来たのだ。2023年8月中旬の出来事だった。

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奥さんを置いてきた直後にHちゃんから送られてきた画像

しかし夫婦の戦いはまだ終わっていなかった。
2024年3月某日、奥さんは突如凱旋した。深夜に突然インターフォンが鳴ったと思ったら、玄関の戸が開いて義母と義父を侍らせて帰宅したらしい。曰く「引っ越しの荷造り準備」という建前らしい。テンションが下がりまくったHちゃんは「用事で出てくる」と言い残して我が家にやってきた。要するに理由をつけて一旦家から出てきたわけだ。これではホームレスVというより、家出Vである。

家盗り合戦

仕方ないのでホームレスの願いを受け入れてアインツベルン城にVの居候がひとり増えた。望月とHちゃんはインターネットを介して奥さんの荷造りの様子をウォッチングしていたが、なにひとつ進展がなかった。Hちゃんが自宅に設置したSwitchBotは、主にスマートロックが昼と深夜に開閉する履歴だけを虚しく通知していた。

何の成果もないまま1週間経ったある日、停滞を見かねた大司教が提案した。「お前ら、加速が足りねえ!強引に解決してやろうぜ」
要するに我々で荷造りを全力で手伝って相手の目的を終わらせてしまおうという話である。奥さんは手を動かすことが本当に苦手であるため、この提案は極めて現実的でもあった。Hちゃんは早速「最大5人の無職で屈強な男たちを派遣できる」という大司教の言葉をまるっと奥さんに伝えた。

そして荷造りの手伝いを前日に控えたある日、事件は起きた。
Hちゃんが工具の一部を回収するため一時帰宅したいということで一緒にHちゃんハウスに向かったところ、玄関の扉が開かないのである。スマートロックは設定を書き換えられて受け付けられず、扉の鍵さえも変えられているのだ。思いがけない不規則な出来事にパニックになるHちゃん。界隈の人間によくある出来事だが、不規則な出来事に極めて弱いのだ。そのことをよく知っている望月は、Hちゃんを落ち着かせて大切なことを教えた。
「狂気にはな、もっと強い狂気でしか対抗できないんだよ」
キョトンとしたHちゃんを制して、咆哮してみる。

「あけてくれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!」

土曜の埼玉県の閑静な住宅地に中年男性の野太い叫びが響き渡る。道ゆく人はもちろん、近隣住民たちがギョッとして家の窓から我々を見る。我ながら何も無い場所に圧倒的なアテンションをつくりだせたものだ。

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どんなことも楽しむのが大事
咆哮も楽しくやれば立派なイベントである

30秒もしないうちに、隣の小さな不動産管理事務所からひとりのご老人が出てきてHちゃんに挨拶する。彼はこの周辺の駐車場を管理している方だった。事情を聞いて同情したらしい。事務所に招いていただき世間話をした。
どうやら奥さんは近所でも少し変わった人として扱われていたようで「困ったことがあったらなんでも相談してほしい」と言ってくれた。
そんなあったけぇ地域コミュニケーションを堪能して帰路につこうとしたところ、異様なものが視界に入る。"埼玉県警"と書かれたバイクが、Hちゃんハウスの前に停車していたのだ。

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勝利のポーズ 決めっ!!

何も考える余地なく記念写真撮影を始めていた。自撮りに興じて限界男性たちがキャッキャしていると、さらに自転車に乗った警察官に警察車両がやってくる。その数なんと4名。そしてハウスから女性警官も出てきて総勢5名のポリスメンが勢揃いしたのである。
そしてここからHちゃんの苦難が更に加速するのであった。

警察対応

警察がやってきたのは奥さんから「夫に殺される」という通報があったからだという。警官たちはHちゃんを囲んでそう語った。Hちゃんは自らの身分や状況を説明しながら、自己弁護をしていた。
大まかな双方の言い分はこうだった。

【奥さん側の主張】
①家は自分が所有する不動産である。根拠としてローンの支払も自分がおこなっている。名義人も自分である。
②夫がストーカーになっていて、自分に粘着して殺そうとしている
③夫は精神異常者で妻の誕生日を3回祝ってきたり、とつぜん首を締めて殺害しようとしてくる
④身の危険を感じたので家の鍵をかけている

【Hちゃん側の主張】
①家を契約する際の名義人は確かに妻であるが、妻は実質契約当事者としての金銭支払を1円たりともしていない。金銭は自分に代わりに支払わせていて、三点方式で支払いが行われているだけである
②ストーカーになっていない。一緒に暮らしたくないといって7ヶ月前に実家に帰ってもらっていたところ、頼んでもいないのに帰ってきた。今回帰宅しようとしたのは工具の回収のため。
③精神異常ではなく、妻が誕生日祝いの内容が許せないという理由で仕切り直しを何度もさせようとしただけ。首絞めは妻が首絞めセックスが好きで、行為の最中にいきなり「首を絞めろ」と要求することがある。軽く締めた程度で大したものではない。
④いきなり自分を殺害しようとする男の前に別居から帰ってきているの状況として意味不明である。

以上のやりとりの確認のために警察官たちが何十回と家にこもっている奥さんと、家の近所で待機させられているHちゃんの間を往復しつづけるのである。

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妻の首絞め性癖を懸命に説明するHちゃん
女性警官もいるのでとにかく気まずい

望月はというと通報に居合わせた第三者としてHちゃんの身元を保証する第三者として立ち会いながら、やることがなくて暇そうな初老の警察官と世間話をしていた。どうやら奥さんの話を最初に聞き込みしていたそうだが、会話が噛み合わなかったり、質問に対して答える返事が来なくて大変だったらしい。「これって発達障害ってやつなのかな?」と聞かれたので個人的に持っている知識を伝授した。余談であるが、最近は警察組織内でもそういった性質に対する配慮が必要だったりして大変だとか。お疲れ様です。

何もかも失っても構わない!だから娘だけは…

3時間近く警察官と話し込むHちゃん。次第に眼がよどんでいき、死んだ魚の眼がより一層顕著になっていく。
そんなやりとりのなかお兄さん警官の提案が流れを変える。
「何が必要なんですか?単純なものであれば、数が多くない限り自分が奥さんと交渉して代わりに持ってきますよ」
その言葉を聞いたHちゃんは目の色を変えて突然頭を下げる。
「僕の部屋にあるPCとNASだけ回収させてください!あのなかに娘との大切な思い出が入っているんです!」
娘とはHちゃんが活動しているVTuberのことである。要するにPCとNASに入っているVTuberの活動に必要なデータを回収させてほしいという趣旨だ。
埼玉県警のみなさんに頼むHちゃんはとても真摯なだった。家を奪われて、工具や資産さえ失うことになってもVTuberの生命を優先したのであった。ポリスメンたちも神妙な様子でHちゃんの言葉に耳を傾けた。彼らはVのことを何も知らないはずなので、おそらくは"娘"を言葉通り受け取って死んだ娘か何かと曲解したと思われる。

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お兄さん警官を見守るHちゃんを見守る望月

埼玉県警はとても協力的だった。お兄さんは率先して家の中に入っていって奥さんと30分ほど話し込んでくれた。そして「許可がもらえたので回収しますね」と伝えて、それから3人がかりで運び出しに入った。彼らは仕事柄PCに詳しくないため、NASが何かを把握して捜索、取り出すのにも苦労しながら無事に機材一式を回収した。運び出すときの様子がニュースに出てくる家宅捜索の押収風景と同じで思わず笑ってしまった。
いい話だなぁと様子を眺めていると、目的を達成したHちゃんは「次にやってきたら刑事事件前提で捜査するからね」と釘を刺されていた。まあ、5人の警察官を3時間以上無意味に稼働させればそうなるよね。余談だが、この3時間の間住宅街のやや細い道に乗り上げた警察車両と、住民の運転テクニックの不足により道路が大混雑して地域のインフラにも悪影響が出ていた。ご近所迷惑そのものである。

VTuberは生きている

帰りの車内で、Hちゃんは滔々と語り出した。
彼が活動しているVは自分にとって娘のようなものらしい。奥さんの問題に直面した彼はひとつ夢を諦めた。それは親になることだった。現在のVTuberとしての活動は、諦めた子供の人生を代わりに形づくる意味があるのだという。

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「Hしたら仲直りしないかな」とぼやくおじさんポリスに見せた夫婦のLINE
※赤色が奥さん情報 青色がHちゃん情報
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意味不明な会話のLINEをみておじさんポリスは顔をしかめた
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なぜなぜ期の子供のような会話の数々
彼女との将来のことを想像してHちゃんは夢を諦めた

最初こそ大家になると言い出す奥さんへのサポートの一環として始まった活動だが、今では彼にとってかけがえのないものになっていたのだ。彼はVの存在に生命を見出し始めていたのだ。
ひとりの男が愛をなくし、帰る家を失い、すべてが否定されようとした瞬間、何もかも失ってでもVTuberの生命を守ろうとしたのだ。

それは望月にとってもっとも美しい光景でもあった。Hちゃんは間違いなくVTuberの演者本人であるが、自らとキャラを区別したのだ。VTuberそのものをひとりの生命として存在することを積極的に認めて受け入れる行為でもあった。埼玉のあの場所、あの瞬間、VTuberとしてのHちゃんは確かに実在したのだ。演者がVTuberの生を受け入れ、VTuberもまた演者を通してより善い存在に至るのである。それが途方もなく美しく感じた。

しんみりしたムードになった車内でHちゃんは言った。
「本当にホームレスになってしまいましたね」
「もう暫く、アインツベルン城に住んでいいですか?」
こうしてシェアハウスにひとりのホームレスVTuberが住み着いたのであった。

さいごに

2023年8月から2024年3月にかけてホームレスVことHちゃんはひたすらに落ち込んでいた。
彼はCLANNADやAIR、Kanonのような鍵作品の作風に対して否定的であった。それはヒロインの精神および知的に未熟な部分に主人公が付け入って肉体関係を構築している作品に感じてしまうからだという。ゼロ年代批評的な表現をするとレイプ・ファンタジーにみえるという話だった。
しかし冷静に現実を直視すると、支離滅裂で意味不明な言動の奥さんはKeyヒロインを実写に置き換えたような存在だった。そしてそんな彼女を攻略して結婚したのは他の誰でもないHちゃん自身だった。彼自体が嫌っている物語の主人公そのものだった。しかも古河渚(CLANNADのメインヒロインで主人公と結婚する展開がある)とゴールすることもできず、妻に対して複雑な感情を抱き続けて破綻した。騒動のなかで残った真実は、Hちゃんにとっての岡崎汐(CLANNADに登場する主人公の娘)がVTuberとしての娘"Hちゃん"だったという話だ。

さて、アインツベルン城に住むこととなったHちゃんだが、その後は居候しながらシェアハウスに大きな変化を与える。その変化を通して「なぜHちゃんの夫婦仲が破綻したのか?」という疑問に対して気づきを得ることにもなる。
この問いの答えは、彼が岡崎朋也(CLANNADのの主人公)になってしまった理由にも繋がってくる。奥さんがなぜ拗らせてしまったのか、それは果たして仕事だけの問題だったのだろうか。
彼が巻き起こす最悪か最高か分からない奇妙なエピソードは、またの機会に語ろうと思う。

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埼玉県警オフ会に感激してGくんに電話で伝えたら激しく心配された
Gくんは本当にいいやつです ありがとう

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