「侵略の定義」とは何か

 「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない」との安倍首相の発言を巡って、朴槿恵韓国大統領がオバマ米大統領との会談で「日本は正しい歴史認識を持たねばならない」と批判したと報じられている。

 安倍首相の一連の発言は、第1次安倍内閣の際に閣議決定した答弁書や国会答弁と変わったわけではないのだが、韓国大統領の発言に呼応したかのように、韓国や米国、それに日本の一部マスコミも加わって、いわゆる歴史認識問題を理由とした「安倍叩き」をはじめたと言える。しかし、それらの記事や論説は、安倍首相のそうした「歴史認識」が戦争を美化するものだとか、反省していないと批判するものの、「侵略の定義」を巡る安倍発言の内容を検証した記事はほとんど見当たらない。

 

 「侵略の定義」というと、国連が「侵略」を定義しているではないかと言う人たちがいる。確かに1974年の国連総会で決議された「国連決議3314」は通称として「侵略の定義に関する決議」と呼ばれている。しかし、話はそんなに単純ではない。

 この国連決議は、第1条で「侵略とは、国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使であって、この定義に述べられているものをいう」と書き、「この定義」の内容として第3条において「一国の軍隊による他国の領域に対する侵入もしくは攻撃」、「軍事占領」、「一国による他国の領域に対する兵器の使用」などの6項目を「侵略行為」として挙げている。

 一見すれば何やら定義らしく見えるが、「一国の軍隊による他国の領域に対する侵入・攻撃」と言っても、軍隊でない実力集団が侵入・攻撃した場合はどうなるのか。他国が実効支配している領域を自国領だと主張して侵入・攻撃したらどうなるのか……ちょっと考えただけでもその不完全さが目立つ。

 

 しかも、この「侵略の定義」には「国際連合の憲章と両立しない……武力の行使」という大枠がはめられている。どういうことかと言うと、国連憲章と「両立する武力行使」については「侵略」ではない、とこの決議は言っているのである。国連憲章は加盟各国に自衛権を認めているから、自衛権に基づく武力行使は「侵略」とは言えない。第二次大戦前の不戦条約は違法な戦争を禁止したが、自衛戦争は認めた。その当時と事情は大きくは変わっていないということである。

 では、自衛権の発動とそうではない武力行使とはどう区別されるのか。第2条にはこう書かれている。「国家による国際連合憲章に違反する武力の最初の使用は、侵略行為の一応の証拠を構成する」と。つまり最初の一撃をもって「一応」侵略行為とするというのである。何ともいい加減な話である。

 しかも、この第2条には続きがあって、「ただし、安全保障理事会は……侵略行為が行われたとの決定が他の関連状況(略)に照らして正当に評価されないとの結論を下すことができる」と書かれている。該当行為が侵略行為に当たるかどうかは、安保理事会が決めるというのである。

 その結果、あのイラクによるクウェート侵攻でさえ「侵略」とは認定されていない。中越戦争も同様である。国連決議で「侵略」という用語を使ったのは、朝鮮戦争の際の「北朝鮮弾劾決議」のなかで北朝鮮を「侵略者」と呼んだケースくらいではあるまいか。

 

 つまり、この国連決議3314とは目安程度のものであり、実際は安保理が決定するというのである。安倍首相の発言はその事実を述べたに過ぎない。

 韓国では、日本による朝鮮半島統治(彼らの言う植民地支配)を「侵略」だと教科書で教えている。国連決議が過去に遡って適用できるはずもないが、当時の統治が、国連決議3314がいう「侵略」のどの定義にも該当しないことは確かである。安倍首相発言に対して「正しい歴史認識」を要求するなら、その前に自国の教科書が書いている「侵略」を定義してみるのが礼儀というものではあるまいか。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

 

〈『明日への選択』平成25年6月号〉

 

※公益社団法人・国民文化研究会の月刊誌『国民同胞』(平成25年10月号)に転載されました。