八欲王の生き残り   作:たろたぁろ

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価値

 

 世の中は金だ。金さえあればなんでもできるし大抵の願いは叶う。そしてなによりも、大切な存在を守ることができる。そして金が無ければ全てを失うことになる。妻も子も友人も、大切なものは皆離れていった。

 英雄がなんだ。アダマンタイトがなんだ。そんな栄光などに意味はない。冒険者など糞だ。

 自ら危険に飛び込んで、たまたま死なずにすんだだけ。それの繰り返し。それの頂点がアダマンタイト級冒険者だ。たまたま自分より強い存在に遭遇していないだけのラッキー野郎の集まりだ。

 そうやって運を極めた奴も、ある日突然死神に首を刈られる時が来る。そうなったって誰も何も思っちゃくれない。最初だけ悲しんだふりをして、数日後には綺麗さっぱり忘れられるんだ。どんな英雄だってそれは変わらない。死ねば、終わり。全ては、無駄。

 俺は、俺達はそんな糞の繰り返しに疲れた。大切な物を失ってばかりの繰り返しに。

 だから…今度は奪う側に回るんだ。失った物を取り戻すんだ。

 その為ならなんだってしてやる。なんだって利用してやる。俺達の()()の邪魔をする奴は絶対に許さない。絶対に、絶対に

 

「諦めてたまるかよぉおおおおああああ!!!!!」

 

 夜空に浮かぶ絶望に向かってクロスボウの矢を放つ。一縷の希望を込めて放ったそれは、小さな片腕によって簡単に弾かれた。それと同時にもう片方の腕に宿っていた雷の光がより強くなる。それはまるで奴の怒りに呼応するように…

 

「そうか。それがお前達の答えなんだな?ハァ、残念だ。本当に残念だよ、『アングリード』」

 

 紫電が此方を向く。もう一発矢を放つ、結果はさっきと同じだ。だがそれでいい。

 パドムとイシルに合図を送る。2人は小さく頷き、馬車へと乗り込む。鞭のしなる音が聞こえた。

 俺は横でボサッとしてる竜眼の女を担ぎ上げ、奴がいるであろう方向に矢を連射しつつ、全力で馬車へと駆け出した。肩越しに離せとか下ろせとか文句を喚かれるが、気にしている場合じゃない。

 飛び込むようにして馬車の荷台に乗り込む。パドムに抱き留められた状態で背後を見た。奴の姿が、雷光が、ぐんぐん小さくなる。もっと、もっと遠くに。もっと離れないと。

 

 

 

「本当に救いようのない馬鹿共だな。まだ森の中に散らばった方が、多少は生存率を上げられるだろうに」

 

 とは言ったが、どの道彼らの運命に変わりはない。闇の中に潜んでいる2人の暗殺者の姿が頭を掠め、仮面をつけた少女__イビルアイは憐れみの視線を遠ざかって行く逃亡者達に向けた。

 

「まあいい、精々楽に死ね。命よりも大切なお宝と一緒に逝けるんだ。本望だろう」

 

 指を突きつける。のたうつ光が最大限に膨れ上がった。

 

「≪魔法最強化(マキシマイズマジック)龍 雷(ドラゴン・ライトニング)≫」

 

 

 

 反射だった。手を上げられたら咄嗟に目を瞑ってしまうように、熱いものに触れた瞬間手を引っ込めてしまうように、迫り来る危険に体が勝手に動いていた。

 爆音が背中を通り過ぎた。そして次に訪れたのは、怖いくらいの静寂。残されたのは車輪の回転する小気味の良い音だけ。荷台に突っ伏した状態で恐る恐る後ろを見ると…そこあったのは、変わり果てた友の姿だった。

 炭と化した黒焦げの巨体が、バランスを崩して荷台から落ちる。蹴鞠のように跳ねながら夜の闇に消えていく友の姿を…俺は呆然と眺めることしかできなかった。

 突如馬車の動きが不安定になり、荷台が大きく揺れる。何か大きな物に乗り上げたか。メキメキと軋む音がして、馬車が止まった。

 

「い、イシル…!イシル!!大丈夫か!くそっ待ってろ!!俺が降りて確認する!」

 

 舌打ちと同時に荷台を飛び降り、車輪に挟まった障害物を確認しようと、備え付けてあった松明を近づけて…

 

「ヒイィィッ!!」

 

 イシルと目が合った。虚な目で、口をパックリと開いた黒焦げの死体が、千切れた肢体が蜘蛛の巣のように馬車の足回りに絡みついていた。

 もう、もう嫌だ。どうしてこうなる。俺達はただ、幸せになりたかっただけなのに。どうしてこうなる。いいじゃないか、今までずっと頑張ってきたんだ。沢山失ってきたんだ。最後くらい、報われたって、ご褒美があったっていいじゃないか。どうしてこうなる。

 

 空から声がかかった。

 

「あれだけ残酷に命を奪っておきながら、いざ自分達の番になるとその狼狽っぷりか。クズの考えることはよく分からんな」

「ううう…!!うううううう!!!!!」

「ミスリル級冒険者なんだろう?そのままでも十分な暮らしはできたはずだ。大金に目が眩んだか?分相応な生き方を選択するべきだったな」

 

 黙れ英雄。黙れアダマンタイト。俺達の苦しみが今のお前達にわかるものか。力に恵まれただけの、壁にぶち当たったこともない、絶望を知らないガキ共が…。俺達のことをクズ呼ばわり?分相応??

糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が

 

「この糞ったれのアダマンタイトがあああああ!!!!」

 

 激情に任せてクロスボウを持ち上げようとして…後ろから押されるように身体が揺れた。

 下を向くと、左胸から刃が飛び出していた。自分のものとは思えないほど真っ赤な血が、草臥れたシャツを染め上げて__

 

 

「おしまい」

「まだ油断するな。中にもう1人いるはずだ。妙な仮面をつけた女がな」

「……じぃー」

「おい、何故私を見るんだ」

「妙な仮面、発見」

「ふざけている場合か、あほ。さっさと捕縛するぞ。抵抗無く捕まってくれればよいのだがな。追い詰められた鼠は何をしでかすか分からん」

 

 

(ア、アングリード全滅しちゃった…)

 

 イリスが荷台の窓からこっそり覗くと、バアルが糸の切れた人形のように、草むらに崩れ落ちるのが見えた。

 バアルを殺したオレンジ髪の女…服装や動きから察するに、アサシンとかそっち系のクラスを習得している可能性が高い。小さい仮面の方は魔法詠唱者(マジックキャスター)でほぼ確定だろう。

 アダマンタイトとバアルは叫んでいた。あれが『青の薔薇』と同じアダマンタイト級冒険者か。

 つまり今回の任務には『アングリード』とは別にもう1チーム護衛がいたのだ。そしてバアル達はそれに気がつかず犯行に及び、戦闘になって死んだ、と。

 助けようと思えば、できた。使用されたのは最強化された第5位階魔法。イリスでも十分無効化できただろう。小さい仮面の方は今まで出会った中で__天空城の連中を除けば__一番レベルの高い存在ではあるが、多分問題無く勝てる。

 でも、助けられなかった。否、助けなかった。なぜなら()()()()()を全く感じなかったからだ。

 それは彼らの死があまりにも自然で、合理的で、完全なる自業自得だったからだ。理不尽な殺しに理不尽な死が与えられた、当然の報いというやつだ。と、イリスの心が冷徹な判断を下していたのだ。

 どうしても考えてしまう。以前の自分なら、月本茜ならどうだっただろうか、と。たった1日の短い付き合いだったとはいえ、いいように利用されていたとはいえ、こうもバッサリと割り切れていたのだろうか。

 とてもそうは思えない。というか最初の殺しを見た時点で正気を失っていただろう。

 やっぱり人間の生死に関わるのはよくない。否が応でも自分が変わってしまったのだと自覚させられるから。

 

「仮面の女。中にいるのはわかっているぞ、大人しく出てこい」

 

 外から声がかかった。悩んでいる時間は無い。

 

(やばいやばいやばい…転移で逃げる?飛んで逃げる?いやいや、よく考えたら私悪いことしてないじゃん!今回は完っっ全被害者だし!)

 

 こっそりお宝を鑑定したのは今思えば悪い事だったかもしれない。ガラクタ呼ばわりしたのも申し訳ないと思っているから許してほしい。

 スコップを持たされたのは頭が混乱していただけだし、バアルに担がれた時抵抗しなかったのも、加減を間違えて彼を殺してしまうのが嫌だったからだ。

 そうだ。説明すればきっと分かってくれるはずだ。

 

「ハァ…ハァっやっと追いついたぜ。流石にもう終わっちまってたか。イビルアイ、こいつが大将か?」

「ああ、だがまだ中に1人残ってる。油断するな」

「おうよ」

 

 1人増えた。もうさっさと観念してしまおう。洗いざらい話して楽になりたい。

 荷台の縁に手をかけて、恐る恐る外に顔を出し…仮面の人間の後ろにいる、体の大きな女の顔を見た瞬間__イリスの目には自然と涙が溢れていた。

 あの時の記憶が鮮明に蘇る。

 天空城で手を振り合った友の姿がそこにはあった。

 心ぼそかった。怖かった。日に日に変わっていってしまう自分に気が狂いそうだった。たった数日の別れだったけど、それでも会いたくて会いたくってしょうがなかった。

 

「ラガちん…っ」

 

 気がついたら飛び出していた。

 

「ラガちんラガちんラガちぃぃいいいん!!!!」

「何だと!!!?」

「!?速いっ」

「なんだ!?うおおおおおおお!!!??」

 

 感情のままに彼女に抱きついていた。大丈夫、ラガーマンはいつだって受け止めてくれるのだ。イリスの全力を。その無駄に大きな体で。

 一緒に草むらに倒れ込む。一瞬あれっと思う。ラガーマンはイリスの飛びつきに倒れたことなどなかったから。でも今はそんなこと気にしている場合じゃない。伝えたいことが濁流のように舌先まで流れ込んでくるのだ。

 

「ラガちんっっ!!酷いじゃんおいてくなんてさあ!!どんだけ寂しかったと思ってんの!!今までどこで何やってたんだよぉ!!私…」

「ちょちょちょ待て!離れろ!誰だお前ェ!!」

「え?あぁごめんこれじゃわかんないよね。じゃーん!私だよ!イリスだよ!もー…てか声でわかれしー」

「おぉ…可愛い顔してるじゃねぇか…?」

「ん?」

 

 違和感。何かがおかしい。仮面を剥ぎ取ってもこの程度の反応とはどういうことだ。感動の再会ではないか。いつものラガーマンならもっと盛大なリアクションをしてくれるはずである。なんなら逆ギレして押し倒してくるくらいは期待してたのだが、体調悪いのだろうか。

 組み伏せられた親友は、明らかに困惑した表情をしていた。

 

「なんだ、知り合いか?お前ら」

「ガガーラン、ズルい。交代」

「知り合いじゃ、ねぇ。代わってやりてぇが体が全く動かねえ。めちゃくちゃ力強いんだよコイツ」

「嘘。ずっとそうしていたいだけ」

「嘘じゃねぇよ!?なぁあんた俺を誰かと勘違いしてねぇか?俺はラガ…ち?じゃねぇしあんたみたいな女一回見たら忘れるわけねぇのよ。でも知らねぇ」

 

 イリスの下でジタバタと暴れるラガーマン。人違いなわけがない。その髪も顔も声も、アバターを具現化したまんまであった。なぜ知らんぷりするのか。今はそんなボケに付き合ってる場合ではないのだ。

 

「もしかして記憶喪失?もぉーいいからそういうの。今時流行んないよ記憶喪失なんてさ。私天空城から一人でここまできたんだからね。街が空飛んでるし周り砂漠だしビーストマンはアホだしもーマジで大変だったんだから!」

「ん?…おい女、今何と言っ」

「あ"ー!分かった分かった!分かったからとりあえずどいてくれ。ケツに鎧が食い込んで痛ぇんだよ!」

「ああ、ごめんラガち」

 

 ラガーマンが本気で辛そうな顔をしていたので、イリスは渋々そこから退いた。

 ラガーマンは立ち上がってパンパンとケツを払うと此方に手を差し出した。

 

「?」

「手ぇ出しな。ホラ、両手だよ。こうやって」

「はい」

 

 ガチャン。

 硬質な音がして手首に冷たい感触が伝わる。そこには鉄製の手枷がついていた。よくドラマとか映画で見る奴隷が繋がれているような鎖も。

 

「え、何これ?ラガちん…?」

「イリスっていったか?あんたにも色々あるんだろうが俺らにも仕事があんだ。自分が罪人だってこと忘れてるんじゃねぇか?あんたがまずすべきはこんなことより、自分の犯した罪と、しっかり向き合うことだと思うぜ」

「いや、私やってないし!巻き込まれただけだもん!!」

「犯罪者はみんなそういうんだよ。それから俺の名前はガガーランだ。青の薔薇のガガーラン。二度と間違えんじゃねぇ」

「そんな…本気?マジで言ってるの…?うう、嘘だぁ」

「ま、言い訳なら牢屋の壁にでも聞いてもらうんだな」

 

 

 さっきまでの血気盛んだった顔から一気に感情が抜け落ち、力なく項垂れた女_イリスを馬車の荷台まで引っ張って行き、鎖で繋ぐ。

 何やらずっとぶつぶつ言っていたが、ガガーランには知ったことではなかった。一体誰と勘違いしていたのだろうか。それほどまでに自分に似た存在がいるのだとしたら会って見たいものだが、それよりももっと気になることがあった。

 ガガーランは自分の左手を見る。先程組み伏せられた時の衝撃から痺れが抜けきらない左手を。

 わからなかった。いつ飛びつかれたのか。ガガーランだけじゃない。ティナも…イビルアイすらも見えていなかったように思う。

 まるで巨石に挟まれたように動かなかった体。マウントをとっただけで、あそこまでガガーランを抑え込める存在がいるだろうか?上にいたのがたとえあの王国戦士長だったとしても、即座にポジションを入れ換えてその貞○を散らせる自信がガガーランにはあるというのに。

 彼女に見下ろされた時に覚えた感情、それは恐怖だった。ほんの一瞬ではあったが、あの憤怒の面から感じる殺気に、ガガーランは底知れぬ恐怖を覚えたのだ。

 荷台の隅にいるイリスを見る。大人しく鎖に繋がれたまま、膝を抱いて項垂れていた。

 一瞬、彼女の瞳が縦に割れているように見えた。驚いて二度見するが、そこには琥珀色の瞳に浮かぶ虚な黒い瞳孔があるだけだった。

 

 

 

「素晴らしい活躍だったな。流石はアダマンタイト冒険者だ。君たちに依頼して良かったと、心の底からそう思っているよ」

「いえいえ、私達は冒険者として当然のことをしたまでですから」

「その謙虚な姿勢、まさに冒険者の鑑だな。全く、奴らに君たちの指先程でも義を重んじる心があったなら、こんな結果にはならなかっただろうに」

「彼らのことは本当に残念でした。もっと別の形で解決できたら良かったのですが…。そういえば組合長。例の()()()の件ですが、彼女の処遇はどうなるのですか?」

「ああ、あの女か。組合からはもうこれといって声明を出すつもりは無いよ。私達は十分自分達の尻を拭った。もうそれで十分じゃないか。後は国の裁きに委ねるだけだとも。まあ間違いなく極刑だろうがね」

「そう…ですか」

「そうだとも。ああそうだ!報酬の件だが追加分はまた後日支払わさせてもらうから、準備でき次第伝えるよ」

「わかりました。では、失礼しました」

 

 『青の薔薇』のリーダー、ラキュースは部屋を出ると、待合室に降りて、待機していたガガーランとイビルアイに合流した。

 

「追加の報酬か、全く気に入らんな。裏切るのが分かっていたなら、最初から奴らに依頼など出さなければよかったんだ」

「そうね。でも分かっていたのは販売ルートだけで、本当に裏切るかどうかまでは賭けだったみたいだけれど」

「前金だけでかなりの額だったからなあ。都市長も相当頭にきてたんだろ、前にあんな事件あったばっかりだしな」

 

 ミスリル級冒険者の裏切り。それも国宝級マジックアイテムの略奪ともあれば、冒険者組合の信用を根底から揺るがしかねない大事件である。もしこれが成功してしまったらその責任の追求は冒険者組合だけでなく、依頼を出したエ・ランテルにも波及するわけで…都市長が怒るのも無理はない。

 実は冒険者によって輸送中のマジックアイテムが奪われたのはこれが初めてではない。10年ほど昔、リ・ロベルのミスリル級冒険者チームだった『ブナスエルト』が、王都へのマジックアイテム輸送中に正体不明の何者かに襲撃された。

 現場に残されたのは、顔面を鈍器のような物で執拗に潰された後に焼かれた死体。

 骨格や残された装備品などから後に『ブナスエルト』のメンバー全員だと断定されたが、実はこの死は『ブナスエルト』の自作自演だったのではないか、というのが古参の冒険者達の間では通説である。

 なんならそのメンバーの1人が帝国の闘技場で、武王の試合を観戦してたのを見た…なんて話もある程だ。

 この事件の後、冒険者組合の信頼は失墜し、依頼は激減。ハイリスクローリターンな旨みのない仕事ばかりが振られる悪夢のような時期があった。

 この10年でやっとその信頼を持ち直してきたところに『アングリード』である。組合の張った網にまんまと引っかかった、引っかかってしまったミスリル級冒険者。

 組合長はなんとしてもこの膿を叩き潰してしまいたかったのだろう。アイテムを盗まれる危険を承知の上で、都市長を説得して彼らに依頼を出したのだから。

 

「ブナスエルトの亡霊…か。お前達は見たことないのか?」

「ねぇな。そもそも顔を知らねぇわ」

「私も無いわ。人相は聞いたことあるけど会ったわけじゃないものね。すれ違ってもわからないわよ」

「しっかし上手いことやったもんだよなあ。一瞬で大金持ちだぜ?その日の晩何食ったか聞いてみたいよ」

「ふん、そんなに羨ましいならお前もやってみるといい、ガガーラン。お前ならあのアイテムの山を担いだまま逃げ切れるだろう」

「ハッハッハなんでバレるの前提なんだよ。しかもあの量持って逃げんのはどう考えても無理じゃねぇか?それに…」

 

 ガガーランは己の拳を握る。

 

「金なんかよりもずっと大切なもんを俺は持ってるからな。泥棒なんかに人生使ってられるかよ」

「ほう…ならばお前の分の追加報酬は私がもらっていいか?」

「それとこれとは話が違うだろ!おい!なんか今日意地悪くねぇか!?イビルアイ!」

「もーこんな人の多い所で喧嘩しないで頂戴。早く宿に行きましょ。ティナ達に怒られちゃうわ」

「うっしゃー!今日はしこたま飲むぜぇ!!」

「あー…お前達は先に行っててくれ。私は用事を済ませてから行く」

「?何か忘れ物?」

「ああ、少し気がかりなことがあってな。すぐに行くから先に食べていてくれて構わん」

「そうか。早く帰ってこいよ」

 

 

 宿に向かって行く2人を見送り、イビルアイは逆方向へ歩き出した。

 天空城、空飛ぶ街。他人の口からそれを聞くのはいつ振りだったか。

 イビルアイの動体視力を完全に置き去りにした速度と、身体能力ならばイビルアイと同等レベルの力を持つガガーランを、地面に縫い付けたあの怪力。そしてそんな存在が口にした天空城という言葉…。偶然とは思えなかった。

 イビルアイの脳裏に、伝説に語られる最悪の遺物の存在がよぎる。

 

「イリス。お前が一体何者なのか…確かめさせてもらうぞ!」

 

 意を決してこの都市の牢獄へと向かうイビルアイの腕には、一冊の本が抱かれていた。非常なまでに人気がなく、もはや語部(かたりべ)達にすら見捨てられてしまった神話の物語が綴られた、一冊の本が。

 

 

 

 


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