八欲王の生き残り   作:たろたぁろ

11 / 18
ここからストーリー変わってます


勧誘

 

 エ・ランテル。

 リ・エスティーゼ王国の東側に位置するこの都市は隣国であるスレイン法国、バハルス帝国の領土に面しており、貿易や国交の為毎日多くの人や物資が行き交う正に物流の要ともいえる王国の要所の一つである。 

 その都市の商業地区ともなれば、連日祭りの如く人がごった返し、人混みを掻き分けなければろくすっぽ前進することもできない有様だ。

 歩くだけでも精一杯の状況、他人に気を配っている暇も余裕も無いこの空間で、強烈に注目を引く存在がいた。

 それはボロい黒く薄汚れたローブを羽織り、頭にはフードを被っていた。これだけであれば特に珍しいことなど何もない。旅人も多く往来するこのエ・ランテルではローブを纏う者など5人に1人は見かける程にはいる。

 では何がそんなにも目を引くのか。それはお面だ。

 その人物が被っているお面があまりにも悪趣味だったからだ。見るものを畏怖させる苛烈な瞳と口から生えた生々しい牙、天に伸びる二本の角は人を刺し殺せそうなほどに鋭利に見えた。

 鮮血を思わせる赤い口内は、今しがた人を食べてきたと言われても思わず信じてしまいそうになる。

 通りを歩く者は皆そのお面を見るなりギョッとして立ち止まり、ただでさえ混雑している大通りの交通渋滞の原因として一役買っていた。

 

 

(やっぱりめっちゃ目立つんじゃんこれぇ…)

 

 此方の世界の人間も、価値観は大して変わらないらしい。鬼ってやっぱり怖いのだ。

 フードの端をキュッと握り締め、悪趣味なお面を被った半竜の少女イリスは今、激しい後悔の念に飲まれていた。

 竜眼を解除し、完全人間化すれば面など必要ないのだが、それは御免こうむりたかった。

 完全人間化の実験はこのエ・ランテルに潜入する前に一度しているのだが、竜眼を解除した時の衝撃は暫く忘れられそうにない。

 余りの無防備感。視覚と聴覚を遮断され街中に全裸で放り出されたかの様な、圧倒的不安感に襲われたのだ。よくもまあこんな状態で普通に生きられるものだと人間達には逆に感心させられた。ちょっと前まで人間だった癖に。

 それとこれは副次的な理由だが、この恐怖の権化とも言えるお面をつけておけば、ラガーマン達に発見してもらえる可能性も少しは上がるだろうという打算もあった。雑踏にうんざりしながらも、此方を見ていちいちリアクションを取ってくれる人間達を見るに、この作戦はなかなか期待値が高そうだ。

 とはいえ少し目立ち過ぎである。犯罪にはならないと思うが思いっきり不審者なのでそのうち警備の兵にしょっ引かれそうである。

 

(何はともあれ先ずは情報収集しないと)

 

 馬鹿みたいに都合の良い話だが、人間達の言葉も勝手に翻訳されて聞こえるようで、会話をするのは問題無さそうだ。

 という訳で、当面の目的であるギルメン探しのために情報の集まりそうな場所を探していたイリスだが、どこに行けば良いのかさっぱり分からない状況だった。なぜならば、看板に書いてある文字が全く理解できないのである。言葉は翻訳される癖にそっちは駄目なのかよと思わずツッコんでしまった。

 幾人かの人間に道を尋ねようとしたが、皆悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。イリス自身このアバターの声はふわふわした可愛い声をしていると思っているのだが、鬼の面の怖さを相殺できるほどでは無かったらしい。いや、寧ろ不気味さを倍増させてしまっている可能性すらある。

 人混みをスルスルと掻い潜り、大通りの外れに出た。此方の通りは先程までの露店立ち並ぶ商業区画と違い、しっかりした店舗型の施設が多く見られた。

 道がちゃんと舗装されていないのか足場が悪いが、人通がかなり減ったこともあり、先程よりは断然歩きやすい。

 イリスは読めない看板を眺めがら直感に任せて歩みを進めた。どうせ何の店かわからないのだ。もうフィーリング頼りで選ぶしか無い。

 パッと目についた古めかしい建物。入り口と思わしき場所には趣深いウエスタンドアが取り付けられていた。

 これは…きっと酒場だ。酒場といえば物語の中では定番中の定番と言える情報交換の場である。店主と仲良くなれば有用な情報を手に入れられる可能性は高い。そうと決まれば行動だ。

 イリスはタンタンと軽やかに入口前の階段を駆け上がると、ウエスタンドアを勢いよく開いた。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 薄暗い店内のカウンターでコップと思わしき物を拭いている厳つい禿頭の男が此方を一瞥し、眼を見開いた。そして…

 

「おわああああああ!!な、なんだお前ぇ!?」

「うえぇ!?あっお面…ち、ちょちょちょちょっとちょっと!びっくりするの待って!怪しくないから!お、斧出さないで!怖いからぁ!」

「うるせえバケモン!早く出て行きやがれ!」

「違うんだってばぁ!」

 

 やっぱりこのお面駄目だ。店主とのファーストコンタクトは最悪のスタートになってしまった。というか斧ってそんなにもスッと出てくるものなのだろうか。なんて物騒な店なんだ。などと考えているうちに店主がカウンターから出てきて斧の切っ先をイリスに突きつけてきた。

 

「とっとと失せるかその面外してツラ見せるか選ぶんだな。馬鹿とゴロツキに飲ます酒はあっても得体の知れねえ奴に出すもんは何もねえのよ」

 

 斧をギラつかせて店主が凄む。この期に及んでまだお店に入れてくれる選択肢を用意してくれるあたり、意外と良い人なのかもしれない。

 さて困った。竜眼を解除して顔を晒しても良いが、それをすれば店にいる間はずっと完全人間化状態でいなければならなくなる。正直それは耐えられない。発狂して情報収集どころではなくなってしまいそうだ。

 それならばいっそのこと竜眼の方を受け入れてもらった方が手っ取り早いかもしれないと、イリスは考えた。そうすれば面を被っていることも正当化できるはずだ。理由は適当にでっち上げれば良い。

 イリスは頭の中にパッと浮かんだ言い訳を、目の前の怒れる店主につらつらと述べた。

 

「顔は…見せても良いんですけど…。私、昔悪い魔女に呪われてしまって…瞳を竜のそれに変えられてしまったんです。それで…この様なお面で誤魔化しておりまして…うぅ」

 

 我ながら酷い嘘だ。魔女って誰だよ。だが位階魔法が存在する世界なのだ。あながち嘘とも言い切れない話のはずである。

 恐る恐る店主の顔を伺うと、意外にも怒りの感情は感じられず、寧ろ興味深そうな表情で顎を摩りながら此方を見下ろしていた。

 

「ほう、魔女の呪いか、珍しいな。どれ、見せてみろ」

「え、信じてくれるの?」

「嘘がどうかは実際見てみりゃ分かるだろ。さっさとしろ」

「はーい。でも怖がらないで下さいよ?」

 

 えらく理解の早い店主だ。普通の人間ならばこんな荒唐無稽な話歯牙にも掛けて貰えないだろうに。

 これ以上待たすのも悪いので、イリスは急いでフードを脱ぎお面に手をかけて外した。

 瞳の色が分かりやすいように店主の顔を真っ直ぐに見つめる。

 イリスの眼を見た瞬間、店主は驚きの余り手に持った斧を取りこぼした。

 

「おお…こりゃあ…!」

「わわっ危ない危ない」

 

 斧が地面に転がる前にキャッチする。気をつけろと注意しようと店主を見ると、口を開けてまだ固まっている様だった。そんなに珍しかったのだろうか。

 

「ちょっと…おーい!起きてる?」

「あ、ああ、すまん。ちょっと驚いただけだ。」

「ね?本当だったでしょ?」

「そう…だな。確かにそりゃ竜の眼だ。おい、ここで話すのも難だ、中に入れ。詳しく聞かせてくれよ。何か食うもんも出してやる」

「おっしゃ!やったねー。丁度お腹空いてたとこなんですよー」

 

 店主に斧を返しながらイリスも店内に入る。窓を閉め切っているのか、まだ日は高いはずなのに室内は随分と暗かった。見渡すと、イリスの他にも客がいたようで武装した3人組の男が隅の方の丸いテーブルを囲んで座っている。そのうちの1人は項垂れた様にテーブルに突っ伏していた。テーブルの上に乱雑に置かれている空のジョッキを見るに、既に結構飲んでいるのだろう。他の2人も赤い顔をして談笑していた。

 

「それで?なんてったってそんな眼にされちまったんだ?」

 

 促されるままカウンターの席につくと、店主が吊るされていた干し肉を取り外しながら話しかけてきた。

 肉が食える…。じゃなくてイリスは頭をフル回転させて整合性の高い嘘を捻り出そうと苦心した。

 

「んー…それなんですけど魔女に眼を変えられた意外の記憶がごっそり抜け落ちてるというか。だから詳しい事はよくわかんないんですよ。」

「なんだそりゃ?魔法による副作用ってやつか?そんなの聞いたことねえな。それじゃ自分の名前もわかんないのか?」

「いえ、名前と言葉は分かるんですよー。逆を言えばそれ以外全部忘れちゃいました」

「記憶喪失か、そりゃ…災難だったな。そういや挨拶がまだだったな。嬢ちゃん名前はなんて言うんだ?」

 

 コトっとお粥の様なものと干し肉を盛った皿が目の前に置かれた。打てば響く様に返ってくるテンポの良い会話に、イリスは少し困惑した。

 この店主、この手の話に慣れているのだろうか。記憶喪失なんて都合の良い話をストンと飲み込んでくれる人なんてそうはいない筈だが…。とはいえ疑っても仕方ない。騙しているのは此方の方なのだから。

 名前を尋ねてきた店主にイリスは笑顔で答えた。

 

「イリスって言います。マスターの名前は?」

「イリスか…綺麗な名前じゃねえか。俺はスローンってんだ。宜しくな。」

「スローンさんね。宜しくです。マスターも可愛い名前してますねぇ」

「可愛いはおかしいだろ。ほらっ早く食えよ。せっかくの飯が冷めちまう」

「はーい!じゃ早速…いただきまーす!」

 

 スローンの許可が下りたので、イリス心置きなく粥みたいな飯を貪りにかかった。ただのふやかした白米かと思ったが、味付けはある程度されているみたいで、思いの外食べやすかった。

 次いで干し肉にもフォークを突き刺し…食べる。硬い、あまりにも。硬い故に口の中で何度も噛み締めていると、次第に旨味が溢れてきて塩気の強い癖になる風味が口いっぱいに広がった。

 

(面白い料理だな)

 

 所謂ビーフジャーキーって奴だろうか。現実世界では知識ではしっていたものの食べたことはなかった。

 単純な美味さで言えば人肉に軍配が上がるが、なかなかどうしてこれも悪くない。食事のメインとしては少し物足りないが。

 

「スローンさん!これすっごく美味しいです」

「ハハ、そりゃよかった。今朝の余りもんだが…そんだけ美味そうに食ってくれるならそいつらも喜んでるだろうよ。…ところで一個聞きたいんだが」

「ん?」

 

 今まで仕事のついでに喋っていたスローンだったが、ここからが本題とばかりにずいっとカウンターから身を乗り出すと、少しボリュームを抑えた声で、

 

「その眼なんだが…見た目意外になにか変わったことはないのか?その、特別な力みたいな」

 

 と、問うてきた。スローンの目は好奇心旺盛な子供の様にキラキラと輝いている。

 ああ、この人噂話大好きなタイプだ。その眼を見てイリスはそう判断した。それならば先程のテンポの良い会話も納得がいく。要は外界の面白い話に飢えているのだろう。ゴロツキ相手に酒場の店主をしているのもそれが理由だったりして…。

 と、そこまで邪推した上で、物理的に飢えを満たしてもらったイリスはそのお礼にと、竜眼の蘊蓄を垂れ流すことにした。

 

「ふふ、鋭いですね…マスター。実はこの眼、見た目怖いけど滅茶苦茶便利なんですよ」

「ほう…どんな風に?」

「何個か能力あるんですけどね…。その一つ目が…なんとこの眼、千里先まで見通すことができるんですよ…ふふふ」

「なにぃ!?」

 

 スローンが大声を上げる。イリスのドヤ顔にスローンの口内で錬成された高粘度の飛沫が大量に吹きかかった。

 スローンの声に反応してか、酒場の隅の方からガタリと椅子同士がぶつかる様な音が響いた。きっと寝ていた男が驚いて飛び起きたのだろうと勝手に合点し、イリスは振り返ることもなく、顔にかかったねっとりとした唾液をローブの袖で拭う。

 

「そして二つ目が…」

「ち、ちょっとまて!さらっと二つ目にいくな!千里先が見えるってのか!?特殊な魔法を使うこともなくか!??」

「そうですねぇ。見えちゃいますねえ。遮蔽物によってはちょっと難しいんですけれども」

「それが本当ならとんでもねぇ能力だぞ…。見た目の欠点なんて簡単に帳消しになっちまうだろうに」

 

 スローンの声が小声に戻る。今更もう遅いと思うのだが、この店主の場合小声の方が聞き取りやすいのでわざわざ指摘はしない。

 

「まあ今証明しろって言われてもちょっと難しいかな…。あ、マスター。後20秒くらいしたらお客さん来ますよ。赤毛で巨乳のお姉さんが」

「も、もしかしてブリタ…か?マジか?」

 

 スローンがイリスの後方に目を向ける。恐らく店の入り口のウエスタンドアを見ていることだろう。

 ゴクリと唾を飲み下す音が聞こえた。

 張り詰めた様に静かな店内に、遠くから足音が響いてくる。そして、

 

「うぃーす。ねぇ聞いてよマスタぁー。今日の依頼ホント酷くって…何?」

 

 勢いよく入ってきた赤髪の女性の足が、店内の異様な雰囲気に飲まれて止まる。

 きっと仕事終わりなのだろう。使い古された革鎧は土や煤で薄汚れており、その健康的に焼けた小麦色の顔も所々黒ずんで、表情にはありありと疲れが見てとれた。

 そんな状況で店に入るなり、そこの店主にまるで死んだはずの家族が帰ってきた様な目を向けられているのだ。足を止めて訝しむのも無理はない。気づけば隅に座っていた武装した3人組の男達も、スローンと同じ表情で彼女を見ていた。

 

「マジで来やがった…。その眼、どうやら本物みたいだな」

「ふふ、便利でしょ」

「便利なんてもんじゃねえ。なんてったってその魔女はあんたにそんな力…」

「ちょっとぉ!無視しないでよっ!」

 

 顔を見るなり興味を失って話し始めた2人に業を煮やしたのか、赤髪の女性はズカズカと足を踏み鳴らしながらカウンターまで来ると、どかっとイリスの横に腰を下ろした。

 

「失礼だと思うんですよ、私は。人のことジロジロ見といて…ねぇマスター」

「お、おうすまんなブリタ。今それどころじゃ無くてな。ほら、これ食って落ち着け」

 

 スローンはちゃっちゃと手際よくお粥をよそい、その中に肉を数切れ放り込むと、機嫌の悪い赤髪の女性__ブリタの前に雑に置いた。

 

「こんなもんで私の気を紛らわそうだなんて…」

 

 ぐう〜とイリスも良く聞き覚えのある音がカウンターに響いた。ブリタは少し顔を赤らめると、

 

「い、いただきます」

 

 と言って粥を夢中に頬張り始めた。空腹に己の怒りすら翻弄されている彼女に、イリスは少しだけ親近感を覚えた。

 

(抗えないよねぇ、その衝動は)

 

 同情にも似た感情で飯を掻き込むブリタを眺めていると、イリスの視線に気がついたのか、彼女はチラッと此方を一瞥し…

 

「ぶふぉぉっつ!!!」

 

 咀嚼していた内容物をスローンの腹に思いっきりぶち撒けた。

 

「うおおっ!何しやがんだブリタ!一気に食いすぎなんだよ。ほれ水」

「ゴホッゴホッっんやだって…となりっゴホッびじんっがっっ!」

「分かったから黙って飲め」

 

 彼女は胸を叩きながら涙目で水を飲み干すと、しっかりと呼吸を整えてから此方を見て、鋭い目を何度も瞬かせた。

 ブリタが驚くのも無理はないだろう。見聞の広そうなスローンでさえ固まる程仰天していたのだ。竜眼という物は人間の社会では相当に珍しいものらしい。

 やはり外ではお面は必須になるだろうな、とイリスは少しうんざりして小さくため息をついた。

 

「やっば…初めて見たかも…こんな」

「あんまジロジロ見てやるなよ?なんでも魔女の呪いのせいらしいからな」

「呪いって…。ああ、ごめんなさい」

「気にしないでいいですよー。マスターなんて斧持って固まってましたもんね」

「バラすんじゃねぇよ恥ずかしい」

 

 ニヤニヤとからかってくるイリスに、スローンがシッシッと手を振った。

 すっかり話が途切れてしまったところで、イリスも本題のギルメン捜索の話を持ち出そうと、話の切り口を模索する。

 

(記憶喪失設定は失敗だったなー。仲間のこと聞けないじゃん)

 

 となると身長3メートルのゴリラみたいなマッチョ女知りませんか?とか金髪の超絶イケメンエルフ知りませんか?とか仲間探しというより、珍獣捜索方面で切り込んだ方が手っ取り早そうだ。

 理由は適当に呪いを解くのに必要な奴らとでも言っておけば良いだろう。スローンであれば細かいことはスルーしてくれるはずである。

 

「マスター」

「ん?」

「身長3メートルくらいのゴリラそっくりな金髪マッチョの女の人知らない?」

「いねぇだろそんな奴…。先に断っておくが3メートルのゴリラも見たことないぞ」

 

 全く予想通りの返答に、溜息混じりにですよねーと相槌を打ちながら、ブリタの方に視線を向けると

 

「え、討伐対象の話ですか?」

 

 残酷な回答が返ってきた。人間種では一番目立つラガーマンでこれだ。他の仲間のことを聞いても無駄だろう。やはり虱潰しにめぼしい所を探すしかないのか。

 

(地道だ…)

 

 一体いつになるかわからない友人との再会を思うと、暗澹な感情が胸の中をジクジクと侵食してくる。

 このままではイカンと暗い感情の沼から魂を引き上げると、器に残っていたお粥を端の方へかき集める。そして最後の一口を掬い上げ__

 

「いや、待てよ。流石に3メートルとはいかないが…ゴリラみたいな女なら知ってるぞ」

 

 スローンの言葉に手が止まる。

 

「ほんとぉ?あ、私とか言ったらマジぶっ飛ばすからね。こう見えてももうすぐ銀級__」

「違う違う!お前もよく知ってんだろ?この界隈でゴリラ見てーな筋肉ダルマの金髪男オンナっつったら一人しかいないだろ?」

「んぅ?…あー!!マジじゃん!何で気が付かなかったんだろあんな英雄…」

 

「「青の薔薇のガガーラン!!」」

 

 示し合わせたかのように息ピッタリで互いに指を差し合いながらハモる2人。

 ガガーラン?…ラガーマン…ちょっと似てる。いや、結構似ている。そして特徴も身長以外はほぼ一致しているときた。これはもしかするともしかするかもしれない。イリスの瞳に希望の炎が宿った。

 

「マスター!!その人今どこにいるの!??」

「おわっ!急に立ち上がるなよ。びっくりするだろうが。そうだなぁ、王都のアダマンタイト冒険者だからな。会うのはなかなか難しいかもしれんぞ?」

「アダマン…ぼうけんしゃ?」

「あーそうか記憶がないんだったか?よし、じゃあこの辺のことざっくり教えてやるからよく聞いとけよ」

「よ、宜しくお願いします!」

 

 やれやれとかぶりを振りつつ乾布で手を拭うスローンに、イリスは深々と頭を下げた。

 

 

 

「いろいろありがとうね、マスター。お陰でなんとか頑張れそうだよ」

「おう、いいってことよ。それより本当にいいのか?泊まっていかなくて」

 

 すっかり夜も更け、チラチラと輝く頼りない空の光を見上げながら、スローンが心配そうに尋ねてくる。

 

「いいよいいよ。もう十分お世話になったから、流石にそこまではしてもらえないよ」

「そうか?お前さんが大丈夫ならいいんだが。まあ…あれだ、またいつでも寄ってくれや。そんでアダマンタイト冒険者の話でも聞かせてくれ」

 

 今度はコレ持ってな、と熊の様な太い指で円を作る男にイリスは笑って答える。

 

「了解!今度はもっと面白い話いっぱい持ってくるから。あーあとお金もね」

「おう、期待しないで待ってるよ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら店内に消えていく背中を見届けてから、イリスも路地へ歩みを進めた。

 街灯が設置されておらず、家屋の窓から漏れた光と月明かりでかろうじて照らされた道は酷く暗かったが、イリスの心はその闇に反比例する様に晴れやかだった。軽い足取りでスタスタと路地を進む。

 アダマンタイト冒険者。国の英雄。青の薔薇のガガーラン。一体いつの間にそんなに偉くなったのだろう。

 整合性が取れない部分は多い。だが彼女に会うことさえできればそんなことは瑣末な問題な気がしていた。

 早く、早く会いたい。

 もうこんな世界に一人でいるのはごめんだ。

 日に日に自分が自分じゃ無くなっている気がする。

 早く自分のことを、思い出を共有できる友と会いたい。

 スローンに詳しく聞いた彼女の特徴。

 ほんの数日前に別れた、だが懐かしい友人の大きすぎる背中が、手が、豪快な笑い声が、頭の中でループする。

 

「待っててね、ラガちん。今すぐ会いに行くから」

 

 星空を見上げスキルを発動しようとした瞬間、背後からしゃがれた声がかかった。

 

「ちょいとお待ちよ嬢ちゃん」

「ふぇっ?」

 

 突然かかった声に驚いて振り向くと、そこには3人の男が立っていた。

 皮脂で艶の出た垂れ下がった前髪、無精髭と大きな隈が目立つ草臥れた格好の男。最早無精髭とは言えないほどのたっぷりの髭を蓄えたスキンヘッドの巨漢の男。他2人とは対照的に短く刈った金髪に、髭一本生えていない清潔感のある男。

 夕刻スローンの酒場の隅で飲んでいた中年3人組だ。

 油断していた。ラガーマンに会えるかもしれない期待で頭の中がいっぱいになっていた。まさかこの距離で声をかけられるまで気がつかないとは…。

 イリスが訝しんでいると、無精髭の男が続ける。

 

「俺の名はバアルってんだ。そんでこっちのデブがパドムでこの色男がイシルだ」

 

 デブと言われた方の男__パドムが文句ありげに無精髭の男__バアルを睨む。色男と言われたイシルは照れ臭そうに鼻を鳴らした。そんな一連の流れを一瞥し、答える。

 

「…イリス、です」

「知ってる。さっき酒場で聞いたからな」

 

 ニヤニヤと笑うバアル。一体何が目的なのだろうか。此方としては一刻も早く王都に飛び立ちたいのだが…。

 そんなイリスの気持ちを察してか、男は此方を宥めるように手を出しながら近づいてくる。

 

「まあまあ落ち着きんさいな。あんた王都に行きたいんだろ?あのガガーランに会いたいとか?それならとってもいい話があるんだが_」

「聞いてたの?さっきの話」

「ああ。でも誤解しないでくれよ?別に盗み聞してたって訳じゃあねぇ。あんな大きな声で話してちゃ聞きたくなくても耳に入っちまうってもんだろ?」

「う…」

 

 そんな大ボリュームで話してたっけと、ちょっと恥ずかしくなって顔面が赤熱化する。昔から声量のセーブは苦手である。話が盛り上がった時は特に。

 イリスは半ば強引に照れ隠しの返事を投げかけた。

 

「で、いい話って何?」

 

 イリスの返事にバアルはまたニタリと笑う。

 

「興味持ってもらえたかな?それじゃあ本題に入ろう。俺たちが興味あんのはあんたの『眼』だ。千里先まで見通せるって聞いたんだが…それは本当かい?」

 

 成程とイリスは合点し、それと同時に己の思慮の浅さを後悔した。

 竜眼は人間にとってはとても珍しいものなのだ。利用したい人間が出てきても全く不思議じゃない。咄嗟に誤魔化す為とは言え、もうちょっと慎重に行動すれば良かったと今では思う。

 現にこの男の瞳には、欲望の色が隠すことなくありありと揺らめいている。ここは早めに釘を刺しておかないといけない。

 

「本当。だけど悪いことには使わないから」

「ぶっハハッハハッ!嬢ちゃん!あんた俺らをケチな悪党だと思っちゃいけねぇぜ?俺らはこれでも一流の冒険者なんだ。ミスリル級冒険者アングリードって知らねぇか?」

「…知らないよ。私そういうのあんまり詳しくないから」

「そ、そうか…この道じゃ結構有名なんだがな…」

 

 がっくりと肩を落とすバアル。ミスリル級といえば冒険者のランクでは三番目に強い位らしい…と、さっきスローンに習った。つまりバアル達はこの道ではそこそこやり手の人間ということになる。それを正面から知らないと言われれば、へこむのも無理はないのかもしれない。

 

「それで、そんなすごい人達が何の用?」

「簡単な話だよ。俺らの次の輸送任務にあんたの力を貸してほしいんだ。目的地は王都!勿論報酬は払うし、場合によっちゃ組合にあんたの活躍を話させてもらう…ちょっとだけ色つけてな。界隈で少しでも名を売っときゃアダマンタイト冒険者との面会も取り付けてもらえるかもしれないぜ?金も貰えて目的地にもたどり着ける。そんでガガーランにも会える確率が上がる。どうだ?案外悪い話でもないだろ?」

 

 うーんとイリスは考える。正直このまま直接飛んで行った方が早い気がするのだが、アダマンタイト級冒険者は多忙すぎてほとんど王都にいないと言うし、そうなるとミスリル級の人間に口を利いて貰えるならその方が近道なのかもしれない。

 問題は任務の内容だ。輸送任務とは何なのか、なぜやり手の冒険者チームがこんな得体の知れない人間を雇うのか。無い頭で必死に考えるが、答えは出てこない。

 

「…どんな任務なのかによる。あとなんで私が必要なのかも聞きたい」

「任務の内容は詳しくはまだ言えねえ。あんたがやるって約束してくれるまでな。まあ国からの正式な依頼だから安心しな。簡単な物資の輸送任務だよ。それで何であんたなのかだが…」

 

 バアルが少し俯く。

 

「数日前に仲間のレンジャーが死んじまってな。あぁ、レンジャーってのはチームの眼のことな。輸送任務ってのは8割方このレンジャーに依存してるんだ。危険に対処するよりも遭遇しないことが前提の任務だからな。そんでどうしようかって途方に暮れてた所であんたの話を聞いたってワケよ」

「千里眼…」

「そうだ。千里先まで見えるなら危険の察知なんてお手のものだろ?まさに渡に船って奴だ!俺ぁ運命だと思ったね。神様がこの任務を絶対達成しろと!そう言ってるに違いねえってな!」

 

(んな大袈裟な。それだけ大事な仕事なのかなー?でもそんな仕事なら私に頼まなくても…)

 

「なぁ、頼むよ。あんたは馬車に乗って前見てるだけで王都に辿り着く。そんで報酬と目的の人物に会える!俺らは任務達成で冒険者として一歩上に近づける。どっちも損しねえ!そうだろ!?」

 

 いつの間にかイリスの胸元に縋り付いているバアル。酒の臭いがムッと鼻をつき、イリスは顔を顰めた。

 

(この人必死だ。確かにそんなに悪くない話なのかな。てかこんな顔で頼まれたら断れないよ…)

 

 薄黒く隈どった目に涙を溜めて懇願する男を前に、イリスはため息と共に両肩をストンと落とすと、

 

「しょうがないなあ。今回だけだからね」

 

 と言って酒臭い顔から顔を背けた。

 

「ほ、本当か!!ありがとう!!ありがとう!!それじゃあ早速だが明日の正午、冒険者組合の支部に来てくれ!受付の姉ちゃんにアングリードの任務の件で来たと伝えれば大丈夫だ。任務の詳しい内容はそこで伝える」

「…わかった」

 

 飛沫を飛ばしながら早口で告げるバアル。鬼の面をしていなければ今頃顔面涎塗れになっていただろう。

 

(あーもう。めんどいなぁ)

 

 バアルから冒険者組合の詳しい場所を聞き、絶対に来いと再三念を押された後ようやく解放されたイリスは、する予定のなかった野宿場所を求め、夜の街に消えていった。

 

 

 

「それで、あいつで大丈夫そうか?」

 

 路地の闇に溶けて全く見えなくなった少女の背中を見送り、イシルは酒臭い友人に問う。友人もまた真剣な表情で闇を見つめていた。さっきまで溜めていた涙は嘘の様に消え去り、その目にはギラギラとした光が宿っている。

 

「ああ、ありゃ本物だ。酒場の件もそうだが…あの野郎この暗闇の中を迷いなく歩いていやがった。それも俺らが小走りじゃねぇと追いつかねえ速度で、だ。ありゃ見えてねぇと無理だ」

「確かにな。あれならあの大森林も越えられるか」

「力は認めるけどよぉ。ちゃんと従ってくれるのかぁ?悪いことしねぇって言ってたぞぉ」

 

 不安そうにつぶやくパドムをバアルの苛烈な視線が貫く。

 

「従って貰うんじゃねぇ。従わせるのよ。耳の一つでも削いでやりゃぁ女なんか泣き喚いて操り人形になるんだよ」

「そういうもんか?」

「そういうもんさ。あぁ、明日が楽しみだなぁお前ら!俺たちがやっと…自由を手にする日だ」

 

 暗闇に、男達の笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。