八欲王の生き残り   作:たろたぁろ

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今回も独自設定のオンパレードです。


脱出

 

 

 『死神の隠蓑』を握りしめ、イリスは1人夜空の下を歩いていた。初めてここを訪れた人間がいたら、これがまさか城の中の光景とは思わないだろう。

 そう、これは作られた景色だ。天空城ラヒュテルの中には朝日から月夜まで、そして春夏秋冬に至るまで、あらゆるロケーションが用意されている。夜空などここでは珍しくもなんともないのだ。

 サクサクと土を踏みしめ、夜の森をイリスは進む。周囲のモンスターに際限なく警戒しながら。

 戦闘はごりごりだ。あんな風に殴られたことは現実世界ですら経験がない。もう痛いのもグロいのもうんざりだった。何とか戦わず抜け出したい。スキルの使い方もわかったので転移で脱出を試みたが、ダンジョン内部のせいか発動しなかった。

 

(早くみんなに会いたいよ…。帰ってシャワー浴びたいー、ご飯食べたいい、布団で寝たい)

 

 先程殴られたお腹の辺りをさすってみる。洞窟から逃げた後に<ライトヒーリングポーション/中級回復薬>を振りかけてみたのだが、面白いくらいに痛みが引いて驚いた。

 どうやらhpさえ回復すれば、傷は綺麗に治るらしい。アザが残ったらどうしようかと思ったが、杞憂で済んで助かった。

 イリスは歩きながら、ここがダンジョンのどのエリアなのか、記憶の引き出しから必死に探り出そうとしていた。どうも目覚めてから昔の記憶が曖昧なのだ。イリスが初めてこのダンジョンを攻略してからまだ3年も経っていないはずなのに。

 足元の土が、硬い石混じりのものから、サラサラとした砂状に変わり始めた頃…唐突に思い出した。周りに生えるやけに葉の大きい植物、背の高い…ヤシの木と呼ばれる植物もチラホラ見られる。雪の様に白い砂、鬱蒼とした森を抜けると、月夜の下そこに広がっていたのは広大な砂浜と、見渡す限りの真っ黒な海だった。

 浜辺には一隻の巨大な帆船が停泊しており、水夫が数人、せっせと荷物を積み込んでいる。水夫の表情は、夜だというのに遠目からはっきりとわかるほど笑顔だった。

 

 イリスは絶望して膝から崩れ落ちた。なぜ今まで思い出せなかったのか。神秘の森の前、宝物庫のあった場所の本来のエリア…天空城ラヒュテルを難攻不落たらしめた最凶最悪のステージ『ワールド・エンド』の存在を。

 終わった。ここはイリス1人では絶対に突破できない。確実に死ぬ。一体何人のプレイヤーがこの海に飲み込まれていったのだろうか。ユグドラシルならあー死んだで終わりだが、今の状況だととてもそんな風には考えられない。

 身体の力が抜け、イリスは重力に任せて砂浜に寝転がった。うるさいほど美しい星空も、普段なら心を癒してくれる波の音も、今のイリスにとっては孤独感を倍増させる要因でしかない。

 このまま宇宙まで飛んで行けたらいいのにと、夜空に向かって手を広げ…その細い指にはまっている一つの指輪が目に留まった。

 

<シューティングスター/流れ星の指輪>

 

 経験値を代償に、願いを叶えて貰う魔法≪ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを≫を経験値消費なしで3回まで発動できる最高の課金アイテム。

 

「これに願ったら…入り口まで戻れるかも?」

 

 これは賭けだ。もし可能だったとしても選択肢が出てこなければ終わりだ。チャンスは3回、イリスは星に手を伸ばし、願った。

 

「お願い!≪星に願いを≫」

 

 指輪の装飾である三つの星の内一つが弾けた。

 それと同時にイリスはこの超位魔法が変化していることに気づいた。選択肢はでない。そのかわり望んだ願いをそのまま実現できるようになっている。イリスは笑った。これならきっと外に出られるはずだ。

 頭の中で何度も反芻した願いを唱えた時、イリスの身体を光が包み込み、世界から消える。

 後に残ったのは黒海に亡霊の様に浮かぶ帆船と、笑顔を貼り付け黙々と作業する水夫達だけだった。

 

 転移した…と気づいた時、あまりにも眩い光にイリスは手の甲で目を覆った。

 突風が吹き荒び、風に混じった砂が身体を叩く。空は雲一つない晴天。鮮やかなセルリアンブルーがグラデーションしながら地平線まで続いていた。

 ハッと後ろを振り向くと、そこにあったのは白銀の城、それを取り囲む見上げるほどの巨大な門。

 ここは、イリス達が最後に花火を打ち上げた場所だ。少し前の出来事なのにどこか懐かしく、イリスの心は謎の郷愁感に包まれていた。

 ここに立っているということは…出られたのだ。難攻不落の極悪ダンジョンから。

 イリスは指輪のはまった左手を胸に抱きしめて、無事脱出できたことを、命を失わずに済んだことを…指輪の願いを叶えてくれたことを神に感謝した。神様なんて信じたことなかったが、今はそんなものにでも縋りたくなるほどに、救われたのだ。

 怖かった。本当にあのまま孤独に死んでしまうのかと思った。暗い砂浜を歩く水夫の顔を思い出し、ゾッとして頭の中から振り払う。

 

 脱出できたらこっちのものだ。早く皆と合流しなければ。イリスは頭の中を切り替え、これからのことを思案する。

 外に出られた喜びで余り考えていなかったが、眼下に広がる光景は、イリスの想像とは…アースガルズの光景とはまるで違っていた。 

 山脈と海に囲まれた自然いっぱいの光景、それがイリスの知っている天空城からの眺めだ。

 夜の海をバックにドヤ顔で語ったモリオの演説が懐かしい。では今はどうか。

 城の下には、街ができていた。それもうっとりするほど美しい街が。統一感のあるレンガ造りの街並みは、昔写真で見たフランスの景色を連想させた。

 天空城からは街の中央の貯水池に向かって滝の様に水が降り注ぎ、そこから街全体に張り巡らされた水路に流れている。

 そしてもっと驚くべきは、この街そのものが天空城の如く浮いているということだ。天空都市にして水の都。なんなんだこの贅沢な街は。

 もうここはユグドラシルではないのかもしれない。何もかもが以前とはあまりにも違いすぎる。ユグドラシルの設定をかじった別の世界に飛ばされたと考えた方が色々納得がいってしまう。

 

 深く考えても答えが出る気がしないため、イリスは街に降りて探索することにした。イリスよりも弱そう且つ友好的な存在を探しに。

 『死神の隠蓑』を纏い、千里眼などの探知系スキルも周囲100メートルほどの範囲に狭めておく。『死神の隠蓑』の性能を疑う訳じゃないが、やっぱりまだ怖い。街の人間が全て敵対npcの可能性もあるのだから。

 街に降り立ち煉瓦で舗装された道を歩く。

 目に止まった小さい家の扉を軽くノックする。木製の扉が、乾いた鈍い音を立てて揺れた。反応は…ない。

 取手に手をかけて手前に引いてみる。扉は意外なほど抵抗無く開いた。

 

「ごめんくださーい…」

 

 扉を少し開け中を見ると、玄関と呼べるようなものは無く直接リビングとなっており、中央に長方形のテーブルが置かれ、テーブルの隅には食器がまとめて置かれていた。部屋の端には暖炉があり、その横には観賞用の植物が置かれていた。

 予想はしていたが、誰もいないみたいだ。室内には埃一つないので、誰かが掃除しているのだろうが…。

 もしかしたら何か行事があって皆そこに集まっているのかもしれない。少し飛べば人一人くらいすぐに見つかるはずだ。そう思いイリスは家を後にした。

 

 2時間ほど飛び続けただろうか。イリスは人間はおろか、生き物一匹見つけることができずにいた。この街は何かがおかしい。

 遠目から見たら美しい街だったのだが、実際に近くで歩いてみると、騙し絵を見た時の様な違和感を感じたのだ。

 その違和感の正体は、登った先の無い階段だったり、貼り付けただけの扉、明らかにサイズの間違った窓のついた家、穴の空いていない煙突など、数え出したらキリがない。まるで素人が何も見ずに作ったミニチュアの世界に迷い込んでしまった様だった。

 それだけチグハグしているのに、屋根の高さや色は美しく統一され、水路の流れも詰まることなく町全体に行き渡っているのが、気持ち悪さを倍増させている。

 極め付けは、この街が綺麗すぎること。街の端まで行って確認したが、浮遊都市の下は草一つ生えない砂漠地帯だった。ちょくちょく身体に当たる砂はそこから風に飛ばされてきたのだろう。

 それならこの街はもっと砂まみれになっていなければおかしい。にもかかわらず街道は綺麗に掃除され塵一つ見当たらない。植えてある街路樹にも砂の一粒すらついていない。

 間違いなく誰かが管理している。なのに2時間飛んでも人一人見つからないのだ。こんなことありえるのだろうか?

 

 ひとしきり飛んだ後、イリスは天空城の門まで戻ってきていた。理由は天空都市を上から俯瞰して眺めたかったのと、何となくあの街の中にいるのが嫌だったからだ。

 

「あぁ〜お腹空いた…。せめて食べ物くらいあったらなあ」

 

 門に背をつけて座り、今後の方針を考える。正直もうここにいる理由はない。人はいないし、ダンジョンに戻る訳にもいかない。それになりより空腹が洒落にならなくなってきた。

 イリスは<維持する指輪>などの飲食が不要になるアイテムを所持していない。

 これはイリスが高い料理スキルを持つドラゴンに変身でき、食事ボーナスに頼ったプレイスタイルだったのが原因だ。料理や食材は一定期間で腐ってしまうので腐りを遅くするアイテムや、魔法をかけて保存しておくのだが…さっき確認したら全滅していた。

 腐った肉が出てきたらどうしようかと取り出したら、手のひらで砂に変わったので思わず笑ってしまった。

 

 お腹がグルグルと唸り声を上げている。まるでドラゴンだ。

 砂漠を抜けて人里か、最悪森などの食材のある場所に行かないと餓死確定コースだ。仲間探しはその後でも大丈夫だろう。そうと決まれば出発しなければ。

 イリスは立ち上がり、いつでも戻って来られるよう転移の魔法のマーカーを大門前に打ち込んだ。もしかしたらラガーマン達が戻ってくるかもしれないから。 

 感覚的にマーカーなどつけなくても場所を覚えておけば転移できるみたいだが、忘れる可能性もあるし念には念を、だ。

 

 

 

 打ち込んだ瞬間、ミシリと空気が軋んだ。

 

 

 

 これは殺意だ。空気が変わるほどの強烈な殺意がイリスに向かって放たれているのだ。

 

「なん…で?」

 

 敵対行動をした覚えは無い。だが…何かに気づかれた。気づかれてはいけない何者かに。スキルを使用していなくても五感の全てが警告音を放っている。全力でここから逃げろ、と。

 一つの殺意から伝播するように幾つもの殺意がイリスのいる場所に向けられてきた。

 それも一つや二つではない…二十は越えているだろう。

 この街の管理者なのか誰なのかは知らないが、一つだけ確かなことはその相手は、マーカーをつけたとはいえ、その一瞬でワールドアイテムで身を隠しているイリスを発見するだけの探知能力を持っているということだ。

 

「もぉー!お腹空いてんのにぃぃ!!!!」

 

 イリスは 即座に『死神の隠蓑』を解除し、竜眼のスキル<千里><看破>の範囲を最大まで引き上げた。

 敵の数は感知できるだけで25。天空都市を包囲する様に展開し、矢の様な速度で此方に飛んできている。

 イリスは天空城から飛び降り、包囲の中で最も数の少ないところへ突撃した。

 敵は天空城よりも高い位置にいるようだ。ならば…イリスは街まで急降下し、屋根の上スレスレを猛スピードで飛び抜ける。衝撃で瓦が吹き飛ぶが、気にしていられない。

 パッと空が明るくなる。直接見てはいないが何の攻撃かは大体理解できる。少なくとも花火の光ではないことは確かだ。

 上空の敵から強力な魔法が飛ぶ。

 

≪ コール・グレーター・サンダー/万雷の撃滅≫

 

 幾本もの雷を束ねた光の本流がイリスに直撃する寸前、イリスも竜眼のスキルを発動させた。

 

 竜眼≪遅延≫

 

 途端、イリスの周囲の全ての物の流れがゆっくりになる。これは時間操作したものではない。

 ≪遅延≫の竜眼を発動したドラゴンは周囲のあらゆる攻撃を見抜き、その全てを捌くことができるだろう。と公式wikiに書いてある通り、反射神経を極限まで引き上げた結果、敵からの攻撃がゆっくりになるよ、という設定のスキルだ。

 エフェクトや効果音は他の時間操作系とほぼ同じだが、決定的に違うのは設定上時間操作ではないので時間対策では防げないという点である。

 発動中こちらからは攻撃できない為避ける時限定にはなるが、前衛戦士職にとっては特に重宝するスキルだ。

 スキルを発動して驚いたのは、ユグドラシルでは敵からの攻撃のみスローになっていたのに対し、こちらでは視界に入る全てがゆっくりに見えていることだ。 

 これはエフェクトや演出で誤魔化す必要がなくなり、本当に反射神経や動体視力が極限まで高まっているということなのだろうか…。イリスは苦笑いをした。この世界は本当になんでもありなんだなと。

 

 ごんぶとの雷がイリスの後ろを通り過ぎ、屋根の上で爆発した。追撃の魔法が来る前にもう一つスキルを発動する。

 

≪トランスソウル/赤の王ギュラ≫

 

 イリスの髪色が赤黒いものから炎のような紅に変化する。ツノは牙のように白く真っ直ぐに、尻尾と爪は白く変化し、背中には半透明な薄く鋭い羽が四枚生える。

 ダンと屋根を蹴り上げ空を舞う。上空の敵から最強化された≪マジックアロー/魔法の矢≫が20発ほど飛来するが…もう遅すぎる。

 

≪フォーフェザーズ・アクセラレーション/加速する四枚羽≫

 

 金切り声の様な騒音と共にイリスに生えた4本の羽が目に見えないほどの高速で羽ばたく。

 

 ≪マジックアロー≫が届く瞬間、轟音と共にイリスの姿が掻き消えた。弾けるように砕けた屋根の破片に、魔法の矢が炸裂する。執拗に群がるその様は、餌に群がる小魚の大群の様だ。そこには半竜の娘の残像しか残されていないというのに。

 

 『赤の王ギュラ』とは、竜眼を手に入れるためのクエスト<竜の12の試練>の4番目の試練の最後に登場するボスのドラゴンのことである。

 倒せばスキル竜眼≪天駆≫が使用できるようになり、これはドラゴン族の飛行速度を2倍に引き上げるという破格の効果を持つ。

 そしてこのボス『赤の王ギュラ』の最大の特徴は≪天駆≫の能力から分かる通り、速度である。

 ステータスが攻撃力とスピードに極端に偏っており、素の状態でも目で追えないほど速いのに、そこからさらに専用スキル≪加速する四枚羽≫を使用された場合、あまりの速さに姿が消える。

 こうなると一切攻撃が当たらなくなるので、時間停止して罠に嵌めるか、範囲魔法で強引に攻撃を当てるなどの対策が必要になってくる。

 これは余談だが…その速度にゲームの処理が追いつかないのか、余り広くないステージの構造上の問題も相まって、消えたと思ったギュラが壁に突き刺さってました。なんてことがよくあった。

 一度壁に刺さると自分では抜け出せないらしく、タコ殴りにされても死ぬまで埋まったままなのでプレイヤーの間では「馬鹿の王」「埋まるちゃん」「突き刺し王子」など不名誉な名で呼ばれていたこともあったとか。

 

 そんな自他共に危険な能力も、この地平線まで障害物の無い空の下では逃走においてデメリット無しの最強スキルとなる。とはいえ竜眼≪遅延≫と併用しなければ速すぎて使えたものではないが。

 知覚と身体能力が以前の比ではないので、もしかしたら裸眼でいけるかもと思ったが、不可能だった。飛ぶだけなら何とかなるかもしれないが、目の前に障害物…例えば鳥とかがいた場合避けられる自信はない。

 

 竜眼のスキルは眼という性質上、同時に使用できるのは2つまでだ。そして≪遅延≫の竜眼の連続使用可能時間は10分間。使用時間の回復には倍の20分かかる。

 現在使用しているのは≪千里≫と≪遅延≫だ。≪千里≫はその名の通り遠くの物や人物を知覚することのできるスキルだ。

 ≪天駆≫を使用すれば今のさらに倍の速度で飛ぶことができるが、正直そこまでする必要は感じなかった。今は敵の状況を把握する方が重要だ。

 既にイリスは敵の包囲網を突破し、天空都市からも飛び出している。そしてここから数キロ先にある巨大な防御壁も把握済みだ。

 

 『アイソレーテッド・シャングリラ/隔絶されし理想郷』という名の神器級アイテムがある。

 このアイテムは羽の生えた卵のような形をしており、展開すると使用者の指定する範囲を丸々ドーム状に包み込む防御壁が出現する。

 外からは超位魔法でも崩せないほどの強力な守りの壁を張り、中にいる使用者とその仲間はステータス上昇などの様々な恩恵を受けることができるアイテムである。

 当然完全無敵の壁などではなく、防御壁へのダメージが限界を超えると、卵の殻が割れる様に砕け散り、同時にアイテムも破壊されその時恩恵を受けていた者達には、強烈なバッドステータスが付与される。

 そしてこのアイテムの弱点…というか特徴の一つが、中からなら簡単に出られるというものだ。

 

 この防御壁は天空城と天空都市を丸々包み込むように展開しているので、イリスが内側にいるのは間違いない。つまり問題なく脱出できるだろう。

 防御壁を飛び出した後≪千里≫で敵の状況を確認すると、既に追ってきている者はおらず、しつこく追いかけてきていた一体も、天空城へ引き返しているところだった。

 

 

 

 

 


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