八欲王の生き残り   作:たろたぁろ

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裏切り

「さーて今からどうする?」

 

 大剣を肩に置き、夜空をぼーっと見上げながらユウジが言う。

 

「もーお開きでいいんじゃないですか?花火もなくなっちゃったし」

「いやいやイリスちゃん、流石にそれはドラモンさん可哀想でしょ。泣くぜ?あの人」

「うーん…面倒くさいなあ」

 

 正直な所イリスとしては、もうドラモンのことはどうでも良くなっていた。さっきの下りがモリオの茶番だったとはいえ、どちらかと言えば会いたくない。かつての仲間と会えて楽しく?花火もできたことだし、とっととログアウトしてお風呂に入って眠りたかった。明日も早いのだ、此方は。

 

「まあ確かにもうやることねぇしなあ…帰るか!」

 

 パッシブスキル以上に主張しているイリスの帰りたいオーラに気を遣ってくれたのか、ラガーマンが後押ししてくれた。

 

「ぼ、僕も帰ろうかな…あ、明日も早いし」

「よし、帰るか!ドラモンには俺から言っておくよ」

「鬼だなお前ら…」

 

 すっかりお開きムードになったところで、イリスは一つの疑問を思い出した。

 

「そう言えばユウジさん、ドラモンさん買い物に行ってるって言ってましたけど一体何買いに行ってるんですか?」

「ん、ああいや…俺も何かまでは知らないんだけどな。実は__」

「おーい!!」

 

 突然遠くから声がかかった。声のする方を見るとプレイヤーらしき二人組が此方に歩いてきている。此方に近づくにつれ輪郭がはっきりとしてきて、それが誰なのかわかるとイリスも声をあげて手を振った。

 

「ガルじぃー!エルモアさーん!」

 

 イリスがガルじぃと呼んだ男。プレイヤーネームはガルバリン・デモラスウッド。ウェーブのかかった白髪と蓄えられた長髭が渋い、80前後の老人の見た目をしている。

 ロールプレイの一環なのかわからないが、滅多に喋ることがなく≪伝言≫かグループチャットでしか会話しない。彼の声を聞いたことがあるのはギルメンの中でも一握りで、イリスは終ぞサービス終了日までその声を聞くことができなかった。

 その隣にいるのは身長2メートルほどの青年。プレイヤーネームはエルモア・ペーパー。銀色の長髪で整った顔をしており、モリオと同じくギルドのイケメン枠だった男だ。頭がよく切れるので、ギルドの参謀役としても活躍していた。

 

「久しぶりですー。まさかガルじぃに会えるとは思わなかったよー」

「なんだよ。二人とも来てたんなら連絡くれたらいいじゃねーか水臭いな。もう帰っちまうところだったぞ?」

「申し訳ない。ドラさんに頼まれてちょっと用事を済ませててね。」

 

 ラガーマンが悪態をつき、エルモアが軽く頭を下げる。エルモアは心の奥にすっと入り込んでくるような独特な深みのある声をしており、イリスはこの声を聞くと、まるで精神支配を受けているかのような不思議な気分になるので少し苦手だった。

 

「久しぶりー二人とも!てか肝心のドラモンさんは?こんだけ揃ってなんでいねーのよあの人!サービス終了まで後30分もないぞ?」

「ああ、ドラさんなら先に王の間で待っているよ。準備が終わったからみんなを呼びにきたんだ。」

「え、そうなの?」 

 TKが素っ頓狂な声を上げる。

 

「まじか、んじゃ早くいこーぜ!何の準備か知らないけど、これだけ待たせたんだから凄ぇもんがあるんだろうなあ⁉︎」

「凄い…か。そうだな、みんなきっと腰を抜かすんじゃないか?とんでもないサプライズだから…まあ人生で一番驚くだろうね。」

「人生て…エルモアがそんだけ言うってことはマジの奴だな!オホー!みんな早く行こうぜー!」

 

 TKがわれ先にと城の方に駆け出す。TKが興奮するのも無理はない。エルモアは真面目な性格とは裏腹に大のサプライズ好きなのだ。

 彼に祝い事やドッキリなどを企画させると、大抵の場合規模がとんでもなく大きくなるので、みんな誕生日が近くなるとそれとなく彼に匂わせていたほどだ。        

 そんなエルモアがサービス最終日にサプライズしてくれるというのだ、楽しみでないはずがない。イリス自身もTKほどではないが内心めちゃくちゃ期待してしまっていた。サプライズとかそう言うこと先に言っちゃっていいものなのだろうかと思わないでもないが、きっとそれだけ驚かせる自信があるのだろうと、無理矢理納得しておく。

 

「イリス、ウチらも早くいこーぜ!」

「うん!行こ行こ」

 

 ラガーマンを追いかけるようにイリスも駆け出すと、目の前にヌッとガルバリンが割って入ってきた。イリスはぶつかりそうになり慌てて止まる。

 

「うわっガルじい危ないよ!」

 

 イリスが怒ると、ガルバリンは枯れ枝の様な手を此方に突き出し、止まれと合図を送ってきた。どう意味なのかと困惑していると、エルモアから声がかかった。

 

「イリスくんはちょっと待ってくれないか。今日君は仕掛ける側だよ」

 

 エルモアの言葉の意味を理解し、イリスの顔が絶望に染まる。いや、仕掛ける側は嫌いではない。寧ろ好きな方なのだが、今日は嫌だ。今日というこの日はみんなと一緒に驚きを共有したかった。

 

(さっさと帰ろうとしてた癖に虫のいい話なのはわかっているけど…エルモアさんのサプライズなら話は別だよぉ!こんなのあんまりだぁよ!)

 

 心の叫びがアバターにも現れていたのだろうか、ガルバリンが同情する様に肩を叩いてきた。

 

「イリスー!何してんだ早くしろよぉ!!」

「後で行くからラガちん先行っててー!」

「…りょーかーい!待ってるぞー!」

 

 能天気な友人の呼ぶ声に若干腹を立てつつ返事をすると、ラガーマンは何かを察したのか此方にサムズアップした後、巨大な背中を揺らしながら走り去っていった。正直羨ましい。

 

「それで…何すればいいんですか?」

 

 ムスッと感情を隠すことなくイリスが問うと、エルモアはいつものゆったりとした口調で淀みなく答える。

 

「簡単なことだよ。神秘の森のことは知っているだろう?そこにしまってあるアイテムを全て根こそぎ掻っ攫ってきて欲しいんだ。」

「神秘の森って…あのですか?」

 

 神秘の森とは、ラヒュテルの宝物庫から脇にそれた先にある、何の変哲もない普通の部屋のことである。

 ダンジョン攻略時は強力なネームドボスが守っていた部屋なのだが、期待して入ってみると中央に置かれた大きな机以外何もない部屋で、非常にがっかり…というかブチギレた記憶が色濃い部屋だ。

 位置的に使い勝手が悪いので誰も使っていなかった筈だが、そんな所になんのアイテムがあるというのだろうか。そもそもなぜイリスが取りに行く必要があるのだろうか。

 

「あの神秘の森だよ。実は少し前からあの部屋にドラさんとガルバリンさんと一緒にレアアイテムを集めていてね。イリスくんにはそれを回収してほしいんだ。」

「エルモアさんの頼みなら…いいですけど、なんで私なんですか?」

「君じゃなきゃ駄目なんだ」

 

 イリスが聞くと、エルモアは少し食い気味に答えた。

 

「ドラさんがあの部屋に君以外侵入できない鍵をかけてしまってね。物理的に破壊できないこともないけど、とてもじゃないがサービス終了までに間に合いそうもないんだ。」

「は、はぁ…そんな鍵あるんですね。でも今更レアアイテムなんているんですか?もう終わっちゃいますよ?ユグドラシル」

「悪いが細かい質問に答えるのは後だ。今から神秘の森への入り方を教えるからすぐに向かって欲しい。」

 

 気のせいだろうか、エルモアのゆったりした口調が少し早めに感じる。そもそもいつものエルモアなら祝い事にせよドッキリにせよ、もっと楽しそうにしているはずだが、今日はなんだか…一言で言うなら怖い。ガルバリンを見るとそわそわと周囲を気にする素振りをしている。もうすぐサ終だから急いでいるのだろうか。

 

「まずこれでアイテム所持数の上限を解放してくれ。今のままではとても入り切らないだろうからね。」

「は、はい。ってこれ…うぇえ!?」

「驚くのも後だ。早くしてくれ」

「はいっ!」

 

 イリスがエルモアから受け取ったもの、それは驚くべきアイテムだった。見た目は一般的なアイテム所持数を上げる課金アイテムなのだが、問題はその上限である。

 普通はアイテムのアイコンの横に<10>とか<20>など上昇値が載っているのだが、このアイテムに記載されているのはなんと<∞>。

 ありえない。完全にバグっている。イリスは元々上限一杯まで課金で増やしているのだが、そこから無限になるのだろうか?こんなアイテムをエルモアはどこで手に入れたのか…。

 疑問は山ほど出てくるが、もたもたしてるとエルモアが怒髪天を衝きそうなので、大人しく従うことにする。何の問題もなく所持数上限が∞になるが、とりあえずツッコむのも後にしておく。だってエルモアが怒髪天…。

 

「おお、こりゃインフィニティだぁよ…」

「ワールドアイテムは所持しているか?」

「えっ?あっはい。」

「よし、絶対に外すんじゃないぞ。それじゃあ今から神秘の森の侵入経路とパスワードを教える。パスワードだけだと弾かれるが、君の場合顔認証でパスすることができるはずだ。」

「了解しましたー!」

 

 イリスの潔い了承を聞き、エルモアは少し顔を伏せそして真っ直ぐに見つめてきた。

 

「…イリス君、本当に申し訳ない。終わったら全ての質問に答えると約束する。」

「え、いやいやそんな大袈裟な!ただのゲームですし…そんな深刻にならないで下さい」

「……そう、だな。ただのゲームだものな。」

 

 エルモアの言葉は、イリスに向けてというか…どこか自分自身に言い聞かせているようだった。

 

「ペーパー…もたもたしてると気づかれるぞ」

「え!?今ガルじぃ喋った!??聞きました?エルモアさん!いやペーパーってふふっ」

「わかった。イリス君、まず侵入の仕方についてだが__」

 

 

 絶望に打ちひしがれた小さい友人を背に、ラガーマンは転移門に飛び込んだ。あの様子だと大方エルモア達に一緒にサプライズを仕掛けよう、とでも言われたのだろう。

 誘い方が強引だったので、土壇場で人手が足りなくなったから運悪くイリスに白羽の矢が立ったと言うところだろうか。

 友人と一緒にサプライズを楽しめないのは非常に残念だが、仕方なくこのむさ苦しい男達と一緒に思う存分楽しませてもらおう。非常に残念だが。

 転移門を抜け、ラガーマン達は大広間に出た。ひとえに大広間と言ってもそのサイズは桁がちがう。比較するとしたら昔写真で見た野球場が2つ分といったところだろうか。

 6角形の形をした大広間には、それぞれの辺の部分の中央に巨大な扉が付いており、扉からはその大きさに相応しい階段があり、その前にはこれまた巨大な柱二本とアーチ状の門が鎮座している。これら全てが白銀の石でできている。正直言って目がチカチカする光景だ。

(サービス最終日じゃなけりゃテクスチャごと変更させてるところだな…モリオに)

 

「相変わらず凄いな…ここは」

「き、綺麗ですよね、とても」

「皮肉が上手くなったねー猫缶も。目がいてぇよ」

 

 男衆達も大方同じ意見のようだ。そもそもここ設計したのは誰だったか。覚えてないがどうせドラモンだろう、彼はこう言った芸術的センスがまるで無かった。

 

「王の間って右下の扉から転移すればよかったんだよな?」

 

 ユウジが腕を組み仁王立ちで暫く悩んだあと、聞いてきた。記憶力に自信のあるラガーマンは自信満々に答える。

 

「そうそう、ちゃんと指輪装備しとけよ。どこ飛ばされるかわかんねぇぞ。何時ぞやの猫缶みたいにな」

「あったなーそんなこと。猫缶もう絶対転移先覚えてないっしょ」

「う、その話は、や、やめましょう。指輪指輪」

 

 天空城ラヒュテルには、独特の攻略システムがある。侵入者は大広間の正面以外の4つの扉から行けるダンジョンを攻略し、最奥にある鍵のかけらを全て入手し、正面の扉を開け、ラストダンジョンに突入する形となる。

 ギルドの指輪<落伍者の烙印>を装備していれば、各扉の前にある転移門からそれぞれのダンジョンや、部屋に移動することができるのだが、これがなかなか曲者で、各扉の転移門から行ける場所は決まっており、もし間違った転移先を指定してしまった場合ランダムでラストダンジョン意外のダンジョンの中(罠地獄)に放り出されるようになっている。

 指輪を所持していない者が転移門を使用した場合でも同様である。

 以上のことから各扉の転移門がどこに繋がっているのかギルドメンバー自体がしっかりと把握しておらねばならず、暗記が苦手な猫缶はしょっちゅう迷子になっており、トラップに引っかかって死ぬことがしばしばあった。

 懐かしい思い出に浸りながら全員が転移門の前に立った。

 

「さぁ…行きますか」

 

 少し引き攣った様な声でTKが呟く。何でちょっと緊張してんだコイツは。とラガーマンは訝しむが、実はラガーマン自身も無自覚に身構えてしまっていた。横を見るとユウジが堂々と仁王立ちしている__いや、緊張して固まっているだけだった。誰かコイツからワールドチャンピオン剥奪しろ、と思ってしまうほど情け無い固まりっぷりだ。

 

 結局皆モリオの話を頭から切り離せないでいたのだ。仮にゴールドの件が嘘だったとしても、ドラモンがギルド拠点を今日この日まで残し切っている事実は覆しようがない。

 他の仲間と金を稼いでいたとして、なぜその仲間は今ここにいないのか。いいや、仲間なんていない。一人だけ残ったのだ。このだだっ広いだけのギルドホームに。

 かつての仲間達に対する愛故か、それともユグドラシルへの執着か、はたまた両方?どちらにせよ変態に変わりはない。

 そんな男が手間暇かけて作ってくれたエルモアお墨付きの盛大なサプライズだ。面白くない訳がない。男衆が気構えてしまうのも無理はないだろう。猫缶くらいだ、ちゃんと転移できるかどうかでぶつくさ悩んでいるのは。

 ラガーマンは一つ大きく深呼吸をする。

 

「うしっ!んじゃ行ってくるわ!<転移>王の間」

 

 意を決して転移門を潜った。別に我先にと行きたかった訳ではないが、男共を待っていたらそのままサービス終了もあり得る。そんなつまらん幕引きは許されない。この先を見逃してしまったら二日は引きずる自信がある。

 景色が変わった。そこは大広間と同じく白銀の世界__先程と違う点が3つ。それは白い世界を真っ二つに分ける様に伸びた真っ赤な絨毯。その絨毯の終着点にある巨大な玉座。そして絨毯を横から挟む様にしてずらりと並んでいる銀色のフルプレートを纏った騎士達。

 

 その玉座に座ってじっと此方を見つめている男。白銀の世界を塗り潰すような漆黒のマントを纏い、首からは拳大ほどもある巨大な赤い宝石のついたネックレスをぶら下げている。肌の色は血の様に赤く、鍛え上げられた鋼の様な肉体によくマッチしている。瞳はレモンの様な黄色。口からは鋭い牙が二本突き出ており、そして頭には一本、額から巨大なツノが生えている。

 ユグドラシルでは鬼という種族に分類される異形種だ。彼こそギルド『落伍者の集い』の創設者にしてギルドマスター、そしてギルドに最後まで残った男『ドラモン』だ。

 

「おいおい急に行くんじゃないよぉ。こういうのはいっせーのーせで皆一緒に行くもんでしょうが」

 

 後ろからの声に振り向くと、TKが此方に指をさしながらぷんすか怒っていた。他の2人も無事転移できた様だ。TKの後ろで周囲を見渡している。

 

「せーのも何も…おめーら固まって動かねえし」

「やっぱ何か緊張しちゃうよねー。モリオのせいだよモリオの!あっドラモンさんいるじゃん!ウィーっス」

 

 TKが手を上げながらドラモンの方へ駆け出した。ラガーマン達も少し遅れて玉座の下へ集合した。ラガーマン達の到着を待っていたかの様にドラモンが立ち上がった。

 

「皆忙しい中よく来てくれたな。素晴らしい…本当に素晴らしいメンバーだよ」

 

 うんうんと噛み締めるようにドラモンが頷く。声色からして感動すらしてそうだ。エルモアが来てなかったら帰ってたなんて口が裂けても言えない雰囲気である。

 

「そりゃギルマスの頼みなら来ますって!まー俺以外全員ログアウトしようとしてたけどねー」

 

 と思った矢先にTKが即カミングアウトをかました。

 

「あっコラTK!余計なこと言うんじゃねーよ。そこは素晴らしいメンバーってことにしとけよ!ドラモンの感動を返しやがれ」

「いやそれドラモンさんのセリフだよね!?」

「うるせーこの野郎犯してやるよ!」

「いやぁあああああ」

「待ってくれラガーマン。実際呼びつけておいてこれだけ待たせてしまったんだ。帰ろうとするのも無理ないさ。だからそこはもうお互い水に流そう。」

 

 TKを沈めようとした矢先にドラモンからストップがかかった。ドラモンは何やら王の間の入り口の方をしきりに気にしながら問いかけてきた。

 

「ところでイリスちゃんはまだ来ていないのか?ログインしているのは知っているんだが…」

「ああ、イリスな。実はここに来る前モリオぶっ殺しちゃってさぁ、モリオ一人で来させるのも可哀想だから後で一緒に来るんだとさ。」

 

 ラガーマンは咄嗟に思いついた嘘をつく。なぜ嘘をついたかと聞かれるとそっちの方が面白そうだからである。

 イリスが仕掛ける側に回ったと仮定して、その情報がエルモアからドラモンに伝わっていないということは…ドラモンもこちら側の人間という可能性がある。

 盛大なドッキリなのかサプライズなのか知らないが、余計なことは伝えない方が結果的に面白くなるに違いない。

 TKが「え、そんなの聞いてないけど?」とか呟いていたが、殴って黙らせる。

 

「モリオと…?おい本当にちゃんと来るのか!?ラガーマン!イリスちゃんはちゃんとくるんだろうなあ!?」

 

 ドラモンは玉座から降りてくるなりラガーマンに詰め寄る。余程取り乱しているのか、鬼のアバターがカクカクと奇妙な動きをしている。

 

(相変わらずイリスのことになると理性が飛びやがるなコイツは…)

 

 ラガーマンは情けないギルドマスターの姿に辟易するが、可哀想なのでもう少しだけいじめてやることにする。

 

「来てる来てる。拠点の中には確実にいるから安心しろって。無事転移してこれるかは知らねーがな」

 

 そう言ってラガーマンはガハハと笑う。このままイリスがたどり着けずにドラモンが絶望するのも悪くない気がしてきた。

 

「本当か!?いるんだな!?ハッ!」

 

 ラガーマンの思惑とは裏腹に、ドラモンは希望を宿した声を上げ、弾けるように玉座に駆け上がった。ドラモンは玉座の横にある端末をいじくると、心底安心したようにため息をついた。

 

「良かった…本当に来てくれたみたいだな。モリオも…間に合ったか。」

「…それで?ウチら集めて何するつもりなんだよ。先に言っとくけどバカのせいで花火は無くなっちまったからな。」

 

 思惑が外れて面白くなくなったラガーマンは、単刀直入にドラモンに問うた。

 

「花火なんてどうでもいいさ。」

 

 そう言うとドラモンは玉座にどかりと腰を下ろし、顔を伏せた。

 

「まだ全員集まってないが…時間もないし…始めるか。逃げられても困るしな。みんな聞いてくれ。」

 

 ドラモンは一人呟くと、顔を上げ、此方をゆっくりと見渡した。睨み殺すようなドラモンの眼光は、妙に生々しく…ラガーマンはまるで本当の鬼の眼に睨まれているかのような錯覚を覚えた。いや、錯覚なんかじゃなかった。

 

 鬼は立ち上がり、両手を広げ言い放つ。

 

 

 

「諸君、我々はこれより…」

 

 

 

「世界を手に入れる」

 

 

 

 

 

 

 

 エルモア達と別れた後、イリスは城の転移門から移動し宝物殿の前に来ていた。巨大なかんぬきがかけられた、イリスの身長より何十倍も大きな扉。宝物殿の扉は秘密の合言葉により開かれる。

 イリスは暫くブツブツと悩んだ後、合言葉を口にした。

 

「俺たちは、どうしようもない成らず者。成らず者が故に成り上がり、世界の頂きまで上り詰めよう。」

 

 自虐的なのか前向きなのかよくわからない合言葉だなと唱えるたびに思ってしまう。

 

(最終的にはてっぺん行くんだから…ポジティブか)

 

 そんなことを考えていると、扉にいくつもの光の線が入り、消えると同時にガチリと大きな音が鳴った。イリスは無事鍵が開いたことに安堵のため息を吐くと、扉に手をかけ一気に開いた。

 悲鳴にも似たけたたましい轟音と共に扉が開かれ、イリスは目の前の光景に絶句した。

 

「嘘…だってモリオはからかっただけって…」

 

 目の前に広がっていたのは天井に届きそうなほど積み上げられたゴールドの山。ざっと見渡しただけでもイリスの在籍していた頃の倍以上はある。その光景はモリオの嘘を肯定する材料には十分すぎるほどだった。

 それはつまりドラモンの異常性を裏付ける事実な訳で、ということは…

 

(今はそんなこと考えてる場合じゃないか)

 

 思考の海に流されそうになったところで、エルモアとの約束を思い出し、意識を引き戻す。

 大体ドラモンが気色悪いのは今に始まったことではないのだ、気にしたってしょうがない。イリスはそう割り切ると、神秘の森の入り口を求め、金色の迷宮に飛び立った。

 

 神秘の森への入り口は、意外にも早く見つかった。金貨の山に埋もれて発見できないのではないかと心配だったが、杞憂だったようだ。金貨が乱暴に積み上げられている部屋の中で、神秘の森へ繋がる入り口の前だけ綺麗に整頓され、寧ろどうぞ見つけて下さいと言わんばかりの状態だった。

 数十トンはありそうな巨大な石でできた扉の前で、イリスは自身の状態異常耐性を確認する。

 と言うのもエルモア曰く、神秘の森の大部屋に繋がる道中は、あらゆる状態異常のガスや罠で充満しているらしいのだ。対策なしで突っ込めば、たちまち餌食にされてしまう。

 

 イリスの種族であるデミドラゴンは、人間とドラゴンの二つの形態があり、人間の状態では状態異常耐性が無に等しく、眼、角、翼、尻尾と変形してドラゴンに近づいていくほど耐性やステータスにボーナスがつくと言う特性がある。

 となると状態異常にならないためにはドラゴン形態になる必要があるが、これが中々使い勝手が悪く、完全なドラゴンの形態になると、複数の状態異常に対する完全耐性を得られステータスも大幅に上昇する代わりに、一部のアイテムが使用できなくなったり、装備の効果が制限されるというデメリットがあるのだ。

 この装備の効果制限というのが厄介で、指輪やネックレスなどのアクセサリー系は特に制限は受けないが、鎧などの防具系の効果はほとんど使用不能になってしまう。

 つまり、ドラゴン形態になっても防具で状態異常耐性をカバーすることができない為、神秘の森へ行く道中で何かしらの状態異常やバッドステータスを被ることになるのだ。そう、通常ならば。

 イリスはそれらの問題を解決する一つのクラスを取得している。デミドラゴンの種族が、特定の種類のドラゴンを倒し、それにより発生するクエストをクリアすることで成ることができるクラス、<スピリットオブドラゴン/竜の意志>。

 

 この<竜の意志>は、倒したドラゴン系のモンスターから極低確率で入手できる<ドラゴンソウル>というアイテムを使うと、そのモンスターに変身することができるようになるというドッペルゲンガーに少し似た特徴を持つクラスだ。因みに一度でも変身したモンスターは勝手に登録されるので、何度も同じ<ドラゴンソウル>を入手する必要はない。

 変身には段階があり、眼、角、爪、翼、尻尾、完全体となる。完全体になるにつれ、ステータスの上昇ボーナスがつく…とここまではデミドラゴンと差がないのだが、各種耐性やスキルが変身の状態に関係なく使用可能という決定的な違いがある。つまり、ドラゴン形態のデメリットを受けることなく耐性をつけることができるのだ。

 当然、変身するモンスターが持っていない耐性はつけることができないが、それは大して問題ではない。ドラゴン種のモンスターなどユグドラシルには何種類もいるのだから、状況に応じて変身するだけだ。

 

 イリスは竜の意志のスキルを発動する。《トランス・ソウル/スケリトルドラゴン》

 イリスの頭から生えている捻れた黒曜石のような禍々しい二本の角が、後ろに流れる様な白い4本の棘に変化する。赤黒い髪は真っ白になり、瞳の色は黒から紅い灯火の様なものに変わった。

 スケリトルドラゴン形態は他のドラゴン種よりも数段弱い。ステータスボーナスも寧ろマイナス補正がかかってしまう。それでもこの形態を採用した理由、それはアンデッド化による状態異常無効化である。

 ユグドラシルでのアンデッドの状態異常やバッドステータスに対する耐性は突出して高い。なので、アンデッドであるスケリトルドラゴンになれば、あとは少し装備品を調整すれば、ほぼ全ての状態異常に対して耐性を得ることができるのだ。

 

  エルモアから聞いていた全ての罠、状態異常に対応できることを確認し、イリスは石の扉を開け放つ。薄暗い内部から白い靄のようなものが流れてきて、身体に纏わりつく様に漂っては消える。     

 ただのエフェクトとは理解しているが、なんとなく気持ちが悪く、つい口を手の甲で押さえてしまう。

 イリスはゆっくりと暗闇の中へ歩み出した。

 石造りの洞窟の様な通路を抜けると、だだっ広い空間にでた。異様に高い天井からは、氷柱の様に鋭い鍾乳石が、下に向かって幾つも突き出している。 

 目の前は切り立った崖になっており、石でできた細い吊り橋が向こう側の崖まで伸びている。吊り橋の終点には、遠すぎて米粒ほどくらいの大きになった石の扉が見える。神秘の森の扉だ。

 ぱっと見は何の変哲もないただの一本道だが、その周辺には目視では確認できない罠が、これでもかと仕掛けられているらしい。サービス終了日にご苦労なことだ。

 イリスはゆっくりと扉に向かって歩き出した。一定のペースでとにかくゆっくりと。これがエルモアから聞いていたトラップ対策である。急いで駆け抜けようとすると幾つもの罠が連鎖し、崖下へ吹き飛ばされる仕組みらしい。

 崖下はダンジョン攻略時のシステムを流用した、耐性無視の時間停止と状態異常ガスのオンパレードで、一度落下すると自決する以外に戻ってくるのは至難の技だとか…。

 

(耐性無視ってどんな仕組みなんだろう?超高難度ダンジョンにはそういう罠も幾つかあったけど…持ってこれるもんなの?)

 

 エルモアはあっさり流用したとか言っていたが、普通は不可能だ。というかそんなインチキ技術があったのなら、こんな辺鄙な場所よりもっとメインの所に使って欲しかったと思う。それだけでギルド防衛がどれだけ楽になったことか…。

 とはいえイリスからしてみても明らかにズルいので、運営のbanを恐れたのだろうなと、勝手な予想で納得した。

 イリスは焦ったいスピードでなんとか扉の前に到着した。入り口からだと小さく見えたが、そばによると中々に大きい。5メートル四方はありそうだ。

 扉に触れた途端、冷たい声でアナウンスが流れ出した。

 

『プレイヤー・イリス…認証致しました。ロックを解除します。』

 

 ガコン…という何かが外れたような音と共にゆっくりと扉が開く。ユグドラシル終了までもう15分を切っていたので、イリスは半ば身体をねじ込む様に扉をくぐった。

 今日驚くのは何度目だろうか…。イリスは目の前の光景に、実はサプライズを受けているのは自分なんじゃないかと思うほどに驚愕していた。

 

  そこにあった物。それは部屋の隅々まで敷き詰められた、一目で強力なものだとわかる武具。真ん中にあるはずのテーブルが隠れてしまうほどに積まれたレアアイテムの山。

 中央には人の腕の像が4本ほど天井に向かって突き出され、その開かれた指には幾つもの指輪が嵌められていた。

 そしてその腕に囲まれる様に置かれている一際大きく豪華な装飾が施されている宝箱。中には一体何が入っているのだろうか…。そんな物を目にしてしまったら。

 

「うわー!え、何これうわぁ…。やばい!!」

 

 大興奮である。イリスは迷うことなく宝の山に踏み込むと、一つ一つ鑑定し始めた。

 

 「こ、こ、これもしかして全部神器級?え?やばいよぉ…。何で隠してたの!」

 

 神器級アイテムとは、ユグドラシルのレアリティ最上位の階級の激レアアイテムで、超重課金者のイリスでも、自分の装備一式作るので精一杯だったほどのアイテムなのだ。

 んほぉー!と声を上げながら、武具を持ち上げていると電子音が鳴り響き、<メッセージ>が届いた。

 今楽しいんだから邪魔するなと思いながら、<メッセージ>を開くと、そこにはエルモアの文字。

 <興奮するのはいいから早くしてくれ。>

「す、すいませんでした。」

 

 ラガーマンといいエルモアといい、どこかに監視カメラでも仕掛けているのだろうか。イリスは虚空に向けて深々と謝罪をし、渋々回収作業に取り掛かった。拡張され無限となったアイテムボックスが次々と装備品を飲み込んでいく。

 壁側にあった物を全て回収すると、次はテーブルのあるであろう周辺を片付けていく。重課金者でも中々手に入らないような物ばかりだ。これだけのアイテムがあればもっと色々できただろうに…。

 

「勿体ねぇ…」

 

 と、呟きながらもイリスは一つの可能性を思案していた。それは『ユグドラシル2』の存在である。 

 公式がアナウンスしていない以上、0に近い可能性だと思うが、そう考えると色々と合点がいくのだ。これらのアイテムを次の作品に持っていけるのならば、それだけで破格のアドバンテージを受けることができる。そのまま持っていけなくても、ゴールドに換金などできれば全然違う。

 とすると続編の情報をどうやって入手したのかという話になるのだが…イリスはエルモアとドラモンのどちらか、或いは両方がユグドラシルの運営に携わる人間なのではないかと睨んでいる。

 実はこのギルドに入ってから、こう言った黒に近いグレーな行為は何度か目にしたことがある。

 運営の者がその特権を利用し、ゲームを有利に進める。完全にアウトだし、バレれば逮捕は免れないだろう。

 イリスはその件について首を突っ込まない様にしていた。疑問に思うことはあっても確証はないし、抜け道が多いのもこのゲームの醍醐味なので、何か裏技でも使ったのだろうと納得していた。なので今回の件もあえて何も聞かないことにした。

 と、決心したにもかかわらず、次から次へと衝撃的なことが起きるので正直勘弁してほしい所だ。ツッコミが追いつかない。例えばこのテーブルの下に隠されていた50本近い槍の束とか。

 

 「これ、あれだよね?前にコラボ企画でやってた…確か≪インドラの矢≫だったっけ?」

 

 ≪インドラの矢≫とは、とある有名作品とのコラボイベントの景品で、コラボ内の高難度ダンジョンをクリアした者に一本だけ与えられる、使い切りのワールドアイテムのことである。

 ワールドアイテムという枠組みだが、ダンジョンクリアで誰でも手に入れられるという性質上、そこまで強力なものではない。

 能力は至極単純で、超広範囲に防御、耐性無視の大爆発を引き起こすというもの。その威力は絶大で、範囲内にいた場合まず即死は免れない。

 また10回に渡る多段ダメージが入るため、効果範囲内で生き残るためには最低でも10回の即死級ダメージを無効化しなければならない。実際このアイテムを使われた場合は、炸裂する前に転移又は高速移動で効果範囲外に逃げる、というのがユグドラシルプレイヤーの共通認識だった。

 威力だけ見れば強力なのは間違いないが、イリス達からすると、ちょっと強い超位魔法…という程度の評価である。

 というのもこのワールドアイテム、≪世界の守り≫がつかないという致命的な欠点があるのだ。

 ≪世界の守り≫とはワールドアイテムを装備すると発生するバフのことで、それは敵対プレイヤーのワールドアイテムの理不尽な効果から自身を守ることができるという強力なのバフ効果なのだ。

 ぶっちゃけワールドアイテム自体の能力よりも≪世界の守り≫の方が大事だったりする。ワールドアイテムにはそれこそプレイヤーキャラそのものを消滅させてしまう物もあるのだから。

 そのバフ効果がつかない上、ワールドエネミー他、一部の強力なボスモンスターにはダメージが入らないという欠点も存在する。

 そんなことからギルド間の戦争や、対人戦に使用することになるのだが…即死級の魔法や技が跳梁跋扈するユグドラシルにおいて、わざわざこのワールドアイテムを使おうというプレイヤーは少なく、苦労してまで手に入れようとする者もいなかった印象がある。イリスもその内の1人で、ダンジョンの難易度が無駄に高すぎたために早々に撤退した。

 

 しかし、そんな微妙なワールドアイテムも、50本となれば話は変わってくる。これだけあれば、その辺のギルドならイリス1人でも壊滅させられるだろう。

 

「どこで拾ってきたんだろうこんなもん。戦争でもするつもり?」

 

 なんだかもう呆れ果てて色々どうでも良くなってきていた。テーブルの下には他にも幾つかワールドアイテムと思しき物が転がっているが、いちいち調べていたら時間がいくらあっても足りないのでさっさと回収する。

 テーブルの下が片付いたので、その上に突き出す様に置かれている腕のオブジェの指から、指輪を回収していく。≪流れ星の指輪≫という表記が幾つか見られたが、努めて無視する。

 最後に残った宝箱に手をかけ…イリスは少し迷う。開けずに回収してしまわないと間に合わないかもしれない。理性はそう訴えてくるが…好奇心の部分があと少しだけなら大丈夫だよと囁いてくる。結果好奇心が圧勝した。

 宝箱を開ける。中に入っていたもの…それは。

二つの水晶玉ほどの大きさのある火の玉。一つは濃い紫色でもう一つは鮮やかな水色をしている。

 ゆらゆらと蠢く二つの炎は、先ほどのワールドアイテムでさえ霞むほどの強いエネルギーを感じさせた。ある意味ではイリスの最も馴染みのあるアイテム。ドラゴン・ソウルだ。だがイリスの持っているどれとも違う__これは。

 

「ワールドエネミーの…ソウル?」

 

 そう、ユグドラシルの敵モンスター最強の存在。ワールドエネミーのドラゴン・ソウルだったのだ。ネットでも噂程度でしか聞いたことがない都市伝説のような代物。まさか実在していたとは…

 イリスはもう何が出てきても驚くまいとは思っていたが、流石に動揺を隠せなかった。なぜならこのアイテムは、イリスの諦めてしまった目標の一つだったから。そもそもドロップ率のかなり低いドラゴン・ソウルは、一個入手するのに同じモンスターを最低2000体は狩らねばならないと言われていた。2000体でもかなり少ないらしく、実際は10000体倒して一つも出ないプレイヤーもいた。

 イリスはどれも2000〜3000ほどで入手できたが、他のプレイヤーの入手報告を見る限り、これはかなりの豪運だった。≪竜の意志≫が、比較的簡単になれる強力なクラスにも拘らず人気がないのは、この異常に低いドロップ率が大きく影響していた。

 ただでさえ最強のモンスターであるドラゴンを狩りまくらなければならないのだ。相当暇じゃなければできないし、根気と情熱も必要だ。

 今にして思えばイリスもドラモンのことを笑えないほどの狂いっぷりだったなと…自虐的な笑みが溢れた。

 そんな当時のイリスでさえ、ワールドエネミーのソウルだけは手に入れることができなかった。

 ワールドエネミーの中にもドラゴン種のモンスターは複数いたが、その内遭遇できたのは3体。討伐できたのは1体だけだった。

 その勝利でさえ奇跡のようなものだったのだが、そこでドラゴン・ソウルがドロップすることはなかった。   

 終ぞ、手に入れることの出来なかったワールドエネミーのドラゴン・ソウル。そんな物が何故ここにあるのか…。そんな疑問がどうでも良くなるほどの欲望と好奇心が、イリスのなかで吹き上がっていた。

 

(これ使って暴れてみたあああああああい!!)

 

 もうサービス終了まで残り僅か。終わってしまったらもう何が起きるのか確認することもできない。使うのなら今しかないのだ。だが…。

「う、ううう」

 

 パタン。と断腸の思いで宝箱を閉じた。勝手なことをして楽しみを奪われた友人の怒り狂った顔が、頭をよぎったからだ。それにドラモンとエルモアから何をされるかわかったものじゃない。

 そうと決まれば撤収だ。時間が余れば使わして貰えるかもしれないし。

 宝箱をアイテムボックスにしまい、急いで帰ろうと思った矢先、イリスはテーブルにかけられていたテーブルクロスに、アイテム表示があるのを発見した。普通こういった装飾品はオブジェクト扱いなのでアイテムとは別の表記がされるはずなのだが…。

 調べてみて驚愕した。テーブルクロスだと思っていたものは…ワールドアイテムだった。

 イリスはこのアイテムは知っている。『死神の隠蓑』というアイテムで、マントのようにこれを被ると、周囲から完全に感知されなくなるという効果を持つ。

 似たような効果の魔法に『完全不可視化』というものがあるが、あれは感知系スキルや魔法、種族特性などにより発見することが可能だ。それに対し、このアイテムは使用者が攻撃などの敵対的なアクションを起こさない限り、一切感知出来なくなるという出鱈目な能力を持つ。

 かつてこのアイテムを所持していたギルドメンバーから、散々イタズラをされたイリスは、身をもってこのアイテムの恐ろしさを知っていた。そんな激ヤバアイテムをテーブルクロスにしているとは恐れ入る。

 イリスはテーブルクロスを引っ張り上げ、身に纏う。自分じゃわからないが、外からは姿が消失していることだろう。

 

(ラガちんに仕返ししてやろう。)

 

 まだまだ不用心じゃ!といってあの巨体に体当たりする自分を想像し、気持ちが逸る。

 

 そう、逸ってしまった。ドラゴンソウルを早く使ってみたいという気持ちもあったし、なによりも皆と一緒に終わりを迎えたいと思ったから焦った。もう少し早く来ればよかった。アイテムの鑑定なんか後回しにすればよかった。調子に乗ってテーブルクロスなんか被らなければよかった。でもそんなこと今更後悔しても遅い。遅すぎたんだ。

 

 神秘の森から出たイリスは、エルモアの言いつけを破ってしまった。早く戻らなきゃという焦りから、感知不能のワールドアイテムを装備している油断から、ついつい駆け足になってしまった。

 基準を超えた速度を感知したトラップが、連鎖する様に作動する。

 宝を手にした盗人に、ドラモンの無慈悲な鉄槌が下された。

 衝撃。イリスは上から巨人に踏みつぶされたかのような圧力を受け、崖下に吹き飛んだ。一瞬何が起きたか分からなかったが、直ぐにトラップによる爆発に叩き落とされたのだと理解する。

 が、理解した時には遅かった。強力な睡眠ガスがアンデッド化したイリスの耐性を貫通し、羽ばたこうとしたイリスの動きを封じる。

 なすすべなく崖底まで転落し、そこで強制的な時間停止をうけ、指一本動かせなくなった。

 

「な、なんじゃこのトラップ…全く動けない。」

 

 コンソールを開くことすらできない。睡眠状態くらいなら変身の掛け直しで解除することができただろうが、時間停止が凶悪すぎた。これでは死ぬこともできない。

 絶望的状況だ。もしかしたらエルモアあたりが助けに来てくれるかもしれないが、この崖下に降りて来れるとも思えないし、なにより『死神の隠蓑』を纏い、身動き一つしないイリスを発見できる可能性はゼロに近い。

 

「ああ〜完全にミスった…ごめんなさいエルモアさん。ごめんみんな。ごめん由香里…私はここでゲームオーバーだぁ」

 

 崖底からは上に目を凝らしても、天井が高すぎるのか真っ暗な空間しか見えない。睡眠ガスのエフェクトに邪魔されているのかもしれない。

 

 (とりあえず終わったらみんなに謝らないとなぁ。エルモアさんの連絡先…由香里なら知ってるかな…あーお風呂も入らないと…)

 

 もう諦めるしかないので、その後の対処を考えるしかない。今夜は徹夜だな、と明日を憂う。

 しかし、ログアウトもさせてもらえないとは、ドラモンもいやらしいトラップを作ったものだ。サービス終了間近だからいいものの、通常時にこれに引っ掛かったら目も当てられない。下手をすれば体内のナノマシンが尽きるまで拘束され続けるのだから。

 

 どれくらい時間が経っただろうか。さっきから≪メッセージ≫の魔法がしつこいくらいに飛んできているが、指が動かせないので開けないし、誰から来ているのか確認することも不可能だ。まあ大体想像できるが。

 もうどうにでもしてくれと投げやりになっていた矢先、イリスは自分が少し眠たくなっていることに気づいた。

 電脳世界で眠くなることなんてあるはずないのにおかしいな、と思っていると眠気はどんどん強くなり、耐えられない程になってきた。眠ってたまるかと抗っていたが、もうその意識は尋常じゃない睡魔に押し負ける寸前だった。

(あ、だめだこれ。もう…無理。)

 

「ごめん…みんな…ちょっとだけ、寝るわ」

 

 そう言ってイリスは、掻き抱いていた意識を手放した。

 

 

 

 

 


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