「はぁー…やっと今日が終わったよー」
終業の鐘が鳴り、教室を出て行く同級生達を眺めつつ少女はゆっくりと伸びをした。
肩の辺りで切り揃えられた真っ白い髪が地面に向かってだらしなく垂れる。
乾燥した瞳を必要以上に潤すように硬く瞑り、目を開けるとさっきまで鮮明だった世界が少しボヤけ、暫くするとくっきりした世界が帰ってくる。
そんな変化を楽しんでいると隣から声がかかった。
「終わったーって今まだ4時じゃねーか。むしろこれからだろ、今日は」
チラリと横を見ると眼鏡をかけた黒髪の少女が気怠そうに目の前に浮かび上がった画面を眺めていた。
少女の小指のあたりから3つほどのウィンドウが浮かび上がっており、それぞれの画面が目まぐるしく切り替わって少女を情報の海に誘っていた。
「いや、終わりだよ終わりー。学校終わったらもう終了なんだよ私の1日はー。どうせ後は帰ってご飯食べて寝るだけだし」
「うわー…それが現役高校生のセリフかね、全く。あんまぐーたらしてると牛になっちまうぞ?」
「ははっ牛になるとか久しぶりに聞いたよ!めっちゃむかしの言葉でしょそれ!完全にじじぃだよじじぃ!」
普段あまり聞かない言い回しに思わず笑いが溢れてしまった。
年寄り扱いされたのが気に障ったのか、眼鏡の少女は画面との睨めっこを辞めて此方をジトりと見上げるように見つめてきた。
「じじぃとか茜に言われたくないんだけど…
家に帰るなり飯食って寝るって完全に定年後の爺だろーが。」
「あははっ確かに確かに!って言っても他にやることなくない?由香里みたいに彼氏いたら少しは違うのかもしれないけどさー」
「山ほどあるだろ…ってか私だって毎日彼氏と遊んでるわけじゃないぞ?っていうか結局東條先輩とはどうなった訳?うまくいってんじゃないの?」
「ん?ああー東條先輩?もう連絡すら取ってないよ」
「はぁ!?あんたそれどういうこと!?」
ガタリ、と音を立て眼鏡をかけた少女__由香里は白い髪の少女__茜に詰め寄った。
さっきまで無気力にネットサーフィンしていたのが嘘のような反応の良さだ。詰め寄られたせいで体が斜めになり、椅子から転げ落ちそうになるのを必死でこらえる。
「いや、なんかあの人必死すぎっていうか…
重いっていうか…ちょっと面倒くてさー。もういいかなって」
「それって茜のこと好きってことじゃん!?
人がせっかく紹介してやったってのにオマエって奴はホント…」
由香里が頭を抱える素振りをしながらドカリと椅子に腰を下ろした。
茜は先程の無理な姿勢で痛めた腹筋をさすりつつ、未だにぶつぶつと文句を言っている友人に話題を変える提案を試みる。
「あ、そういえば知ってる?今度駅前のpipiの中に新しいカツ丼屋さんできるんだってー。今度一緒に行こうよ」
由香里とは小学生からの長い付き合いなので彼女がどんな話題に興味があるのかよく知っている。食べ物だ。その中でもとりわけコッテリ系の油っこい話に弱い。それが学校近くの駅前にできたカツ丼屋の話ともなれば、年上のしょうもない男のことなど屋根にぶつかったシャボン玉のごとく弾けて消え失せるはずだ。
__と思っていたのだが今日の彼女はいささか手強かった。
「え、マジ!?カツ丼屋できんの!?行こ行こーってなるかボケ!話の切り方雑すぎだろ!肉の話なら何でも食いつくと思うんじゃねーぞ?あ?大体おめーが恋愛してみたいとかいうから紹介してやったんでしょうがあ?つかおめーみたいな面倒くさがりが恋なんかできるかよ!メッセージ返すのも一週間後とかだろどうせ!そんなんで育めるかよ!?愛が!?だいたいお前はさぁ」
発狂してしまった。かけているメガネのレンズが弾けんばかりに目をかっぴろげて怒鳴る友人を前に、自分の打算が全くの逆効果だったことを痛感する。こうなった由香里を止める方法を茜は知らない。ただ目を閉じて両手を合わし、謝罪の言葉を連呼して嵐が過ぎ去るのを待つのみである。
そう覚悟を決めた茜に救いの女神が微笑んだ。
「そもそもこの間の件だって茜が…ん?」
腐るほど聞いた電子音。
それは一通のメッセージだった。
「うわドラモンさんからじゃん懐かし…え"っ?」
「どうしたの由香里?」
もう半年ほど聞いていないギルドマスターの名前を呟いて固まる友人が心配になり声をかける。
実際はメッセージの内容が気になるだけなのだが。
そして呆けた表情のまま此方に放たれた言葉に茜も同じく呆け返すことになる。
「ユグドラシル、今日でサービス終了だってよ」