【旧約】狂気の産物   作:ピト

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第31話

------------四葉本家、奥の食堂

 

 元次期当主候補者と真夜による食事会が終わった後、真夜、尽夜、達也、深雪を残し全員が退出する。

 テーブルがセッティングし直され、真夜と尽夜、深雪の前には紅茶、達也の前にはブラックコーヒーが置かれた。

 

 「達也さん、深雪さん、食事は如何だったかしら?」

 

 真夜が兄妹にニッコリと話し掛ける。

 

 「大変美味しゅうございました、叔母様」

 「同じく美味しかったです」

 

 兄妹は、真夜からの話に、素直に答えた。実際出された料理は非常に美味で、前日に津久葉家の別荘で振る舞われた物とは格別だった。味にうるさい深雪ですら、全く違和感を感じることがなく、むしろ今の心理的状況でなければ自分の腕前を悔やむ程だったかもしれない。

 

 「そう、良かったわ」

 

 真夜は、兄妹の返答に一度満足げに頷いて見せた。

 

 「さて………尽夜さん」

 「はい」

 

 真夜が、兄妹に向いていた視線を自分の息子へと当てた。

 

 「まずは、おめでとう」

 「母上、ありがとうございます」

 

 尽夜は、母親に対して一礼で応えた。

 

 「明日、分家の皆さん方の前で報告することになります」

 「はい」

 「それに伴って、当主ともなれば、結婚相手も自分の一存というわけにはいきません。これはさっきもお話ししたことなのだけれど」

 「重々承知しております」

 

 尽夜と達也の間に座っている深雪の手が、自分の膝の上でギュッと握られた。

 

 「でもその話の前に……深雪さん」

 「はい」

 

 深雪はここで自分に話し掛けられるとは思わず、戸惑ってしまうが何とか不自然な間を作らずに答えることが出来た。

 

 「こんなことを言われてすぐに信じられるかは分からないけれど、尽夜さんは貴女と従兄妹ではありません」

 

 深雪の喉から鋭い呼気が漏れた。それは声にならない深雪の悲鳴だった。彼女は口に手を当て、目を見開いたまま、大理石の彫像のように固まっていた。

 達也は一瞬ピクリと眉を動かした。

 そして、固まる深雪を見て、真夜の言葉に対応したのは達也だった。

 

 「確かに、信じられません。尽夜と深雪が従兄妹だという証拠は山のようにありますから」

 

 真夜は、達也が対応したことに怪訝な顔を見せることなく、紅茶を口にしながら余裕のある笑顔で返した。

 

 「あら?それは本当に証拠たり得るものなのかしら?」

 

 そしてカップを置き、上目遣いに達也と目を合わせる。

 達也はその返しにムッとなり、次なる言葉で踏み込んだ。

 

 「恍けるなら断言しましょう。尽夜と深雪は従兄妹です」

 

 だが、達也の断定にも真夜は上目遣いのまま、噛んで含めるように問い掛けた。

 

 「戸籍かしら?そんなもの、私達にはどうにでもなるわ。DNA鑑定?それも病院から鑑定結果が送られてくるだけでしょう?達也さんが自分で検査したのではないはずよ」

 

 喋っていくにつれて真夜の唇は、きれいな三日月型に歪んでいく。

 

 「叔母上」

 

 疑惑を掻き立てる真夜の言葉に、達也には全く動揺が無かった。

 

 「俺を、誰だとお思いですか?」

 

 達也の言葉に、真夜が鼻白んだ顔で笑みを消した。

 

 「俺は物質の構造と構成要素を認識し、任意の段階に分解することができる異能者だ。物質の構成要素を認識するということは、それが何を素にしているかを認識するということでもあります」

 「貴方の情報遡及は二十四時間が限度ではなかったかしら?」

 「構成要素に関する情報は、現に存在する物の中にあります。時間的な遡及は関係ありません」

 

 真夜の顔には段々と面白味に欠けているような、不満げな感じが見受けられた。

 

 「だから分かるのですよ。深雪の身体は、叔母上の姉である司波深夜から排出された卵子によって発生したということが、そして尽夜の身体が、叔母上から排出された卵子によって発生したということが俺には分かります」

 

 達也の言葉に、固まっていた深雪の表情が少しずつ曇っていく。

 

 「あらあら……」

 

 真夜は「降参」という口調で呟いた。

 

 「良いわ。認めましょう。確かに深雪さんは姉さんの娘だし、尽夜さんは私の息子よ」

 

 あっけらかんと悪びれの無い自白。それには深雪が持った、彼女の加点になりそうな希望が潰えたかもしれないものであった。だからこそなのか、次は深雪が達也の言葉を受け継いだ。

 

 「……叔母様、では何故そのようなことを?」

 「でも厳密には嘘ではないのよ」

 

 覆された事態がまたもや戻る、異様な状況に深雪の頭の中は混乱した。

 

 「……だって、貴女は調整体なのだから」

 

 この真夜の言葉は、深雪は勿論のこと達也ですら驚愕を露わにした。呼吸が止まり、目はこれ以上ない程見開かれている。

 

 「……私が遺伝子操作されてる?」

 

 深雪の呆然と呟いた言葉に、達也は急いで復帰を果たす。

 

 「いや、深雪にそんな調整体のような兆候は見られません」

 

 真夜の表情は、達也の表情を面白がるように愉快なものが窺えた。

 

 「でも、事実よ。調整体のような歪さ、不安定さが見られないのは、深雪さんが我々四葉の最高傑作とでも言うべき『完全調整体』だからよ」

 

 達也は自分の処理出来る範囲を超え、愕然となる。

 

 「大体、深雪さんのような完全な左右対称の子が、自然に産まれてくる訳ないでしょう?もっとも同じ手順を繰り返したとして、深雪さんのような子が生まれてくるとは思えないけれどね……そういう意味では、人も自然も超えた神の美貌の持ち主と言えるわね。それとこのことを知っているのは、既に亡くなられた前当主の英作伯父様、同じく故人の姉さん、私、尽夜さん、葉山さん、紅林さんと彼の腹心である数名だけよ」

 

 真夜は、スッと深雪を見据えて更に言い放つ。

 

 「だから深雪さん、遺伝的に貴女は亜夜子さんや夕歌さんより、尽夜さんと近くないのよ」

 

 真夜の言葉は、深雪の顔に光を差した。彼女に「もしかしたら?」ということを思わせるのに十分だった。自分が調整体であると傍から見ればショッキングなのは違いないことなど気にするところではない、という風に。

 

 「話を戻すけれど……先程も言ったように、尽夜さんが当主となると自由な恋愛は認めてあげられません」

 

 真夜は淡々と、楽しそうに言葉を並べている。それと平行して、深雪が膝の上で自分の右手を力いっぱい握り締めていたのは悲しみに耐える為ではなく、都合の良すぎる予感に歓喜しそうになる心を戒める為だった。

 

 「明日、慶春会では話が上手くいけば尽夜さんの次期当主指名と同時に婚約者の発表も、と考えています」

 「はい」

 

 真夜は一拍置いて、口を開いた。

 

 「我々四葉家は、司波家の司波深雪に対して四葉家次期当主である四葉尽夜との婚約の検討を申し込みます。受けていただけるかしら?」

 

 本来真夜は深雪に、こんな形で申し込まなくとも命令すれば良い筈だったが、それはしなかった。何故か、深雪の気持ちを、覚悟を確認するかのように、申し込む形を取った。

 

 しかし、深雪にとってそんなことなど気にも留められない。真夜からの申し込みの瞬間、彼女は口に手を当てる。その手は細かく震えていた。どうにか悲鳴が鳴きそうになるのを堪え、口を押さえ込んでいた手を胸に当てる。両手で心臓の上を押さえ、ギュッと目を瞑り、痛みに耐えるように体を丸めて俯いた。

 彼女は今、「今にも胸が張り裂けそう」という言葉を現実に体感していた。ただし、悲しみではなく、嬉しさで。

 嬉しくて、嬉しくて、高まり過ぎた興奮で狂いそうになる心をなんとか鎮めて、深雪は顔を上げた。

 彼女の両目は涙で潤み、今にも泣き出しそうになっていた。

 真夜は深雪の取り乱し様を咎めることなく、ジッと答えを待っている。

 

 「…はい、叔母様。是非とも受けさせていただきます」

 

 深雪は深々と真夜に対して頭を下げた。深雪の膝の上で揃えられた両手には涙が滴り落ちている。

 

 「深雪さん、そう決まれば明日は貴女の婚約発表会よ。晴れ舞台に備えて、今日はしっかり自分を磨いていらっしゃい」

 「……お心遣い、感謝致します」

 

 嗚咽を懸命に抑えた声で、深雪は頭を下げたまま真夜に応えた。その姿を真夜が慈母のような表情と冷たく霞んだ光を纏った目で見詰めていた。

 

 「葉山さん」

 「はい、奥様」

 

 真夜の言葉に、葉山がすぐに姿を見せる。

 

 「水波ちゃんと千波ちゃんを呼んでちょうだい。それと深雪さんの入浴に何人か手配して」

 「かしこまりました」

 

 水波と千波が姿を見せたのもすぐだった。

 その姉妹に真夜が、テキパキと指示していく。

 

 「二人とも、入浴の準備が出来たら連絡させますから深雪さんをご案内してね」

 「「かしこまりました」」

 

 姉妹が深雪を連れて、食堂を離れる。場には三人が残された。

 

 「……達也さんには、まだお話があります」

 「はい」

 

 達也の声は抑揚がない。彼の心の感情は、表情から読み取れることができない。

 

 話が再開したのは葉山が、再度三人分の飲み物を用意し終えてからだった。

 

 「……さて、何からお話しようかしら?」

 

 真夜が、ティーカップに口を付けながら呟くように思考する。

 

 「その前に少しよろしいでしょうか?」

 「あら、なにかしら?」

 

 達也が話の腰を折った。

 真夜は機嫌を損ねることなく、それを予期していたかのように振る舞っていた。彼女としても達也の疑問から話し始めた方が良いと思ったのかもしれない。

 

 「何故、深雪は調整体に?」

 「深雪さんが作られた理由?それは貴方、達也さんの為よ。正確には貴方を支える為」

 「どういうことですか?俺が深雪を支えるのではなく?」

 

 達也の疑問に、真夜は直ぐには答えなかった。達也と尽夜、両名と視線を交差させ、室内にはゆっくりとした時間が流れている。

 

 「少し長くなるけど昔話をしましょうか」

 

 真夜はティーカップを持ち上げ、一口付けた。彼女の手に持った紅茶に向けられている目は、カップではない何処かを捉えていた。そして数時間前の貢のように、真夜の回想が始まった。




 短いですが、キリがいいので今話はここまでです。婚約者の話は早急に判断しないでください。

 さて、次話から数話程、真夜主体の話になります。
 if編のご要望も活動報告にて随時募集中です

 明日も投稿するかも…無理だったらごめんなさい

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