【旧約】狂気の産物   作:ピト

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第5話

----司波家、地下室

 

 達也は家の地下室を改造しCADの調整を行っていた。1人黙々と画面と向き合い、キーボードを叩く。

 息を吐き、少し伸びをすると同居人の気配を感じ取った。

 

 「深雪、どうしたんだい?ちょうど一段落したところだよ。入っておいで」

 

 深雪は嬉しそうに達也に近寄る。

 

 「それで、何か用かい?」

 「CADの調整をお願いしたくて」

 「この前もしたばかりだけどなにか不具合があったのか?」

 「いえ!滅相もございません!お兄様の調整はいつも完璧です。ただ、その………」

 「遠慮は要らないよ。言ってごらん」

 「起動式の入れ替えをお願いしたくて」

 「なんだ、そんなことか。なんの系統を追加したい?」

 「拘束系を。……………駄目でしょうか?」

 「いや、まあ、今後を考えるなら必要になるかも知れないね。じゃあ、先に測定を済ませようか」

 

 その会話を機に達也は技術者の顔となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お疲れ様、終わったよ」

 

 達也に声をかけられ、深雪は寝台から起き上がる。

 その際、達也からガウンを受け取り着込む。

 彼は画面に向かい黙々と作業を開始した。

 

 深雪はそれを見ながら達也に話し掛ける。

 

 「あの、お兄様」

 「ん、なんだい?」

 

 彼は画面を見たまま返答する。

 

 「尽夜さんは、私に傾く事はないのでしょうか?」

 

 その言葉に達也は手を止め、深雪の方に向く。

 深雪は今日の事を、これまでの自分の想いをポツリポツリと語りだす。

 

 意外なことに深雪が達也にこの事を相談するのは初めてのことであった。

 達也は彼女の想いには感情が無くなったとはいえ気が付いていた。深雪が尽夜を想う理由も分かる。くしくも自分を一般的な兄より慕っている理由とほぼ同じなのだからそれは当然の如く…。

 

 それを踏まえて現状を思考する。

 深雪の力になろうとする。彼女が幸せになるのが彼の幸せでもあるのだから。

 そのことが彼が最後に残された感情“兄妹愛”なのである。

 

 (尽夜………あいつは感情が俺と同じように無いわけではない。希薄なだけで喜怒哀楽の感情はちゃんと表に出てくる。先日の騒動でも怒りの雰囲気を纏っていた。しかし、どこかあいつの行動はなにかに強制されたというかなにかに従っているような感じがする。兄妹愛以外の感情がない俺だからこそわかる。あいつは俺と同じで根底にある行動原理は1つの要素のみだ。

 だが、今はそれが何かは分からない。いや予想では絞れる。四葉家だと考えるのが妥当。

 四葉家は俺を排除対象として見ている。尽夜は恐らく深雪よりも分家達の間では次期当主候補筆頭と考えられている。あいつが当主となれば四葉家の分家が今より更に俺の排斥に尽力するだろう。その時に俺はどうすればいいのか。深雪はどうしたら悲しまずにいられるのだろうか………)

 

 「お兄様?」

 

 考えに(ふけ)っていると深雪から心配そうな顔を向けられる。

 

 「いや、なんでもない」

 

 心配をかけまいと達也は気丈に答える。

 

 「私は、…深雪は、……どうすればよいのでしょうか?尽夜さんを一人の男性としてお慕い申し上げています。しかし、尽夜さんの私を見る目は親戚を見る慈愛の目から変わることはありません…………」

 

 ここまで誰かに語ることが初めてなのだろう。感情を更に昂ぶらせ、苦しそうに、今にも泣き出しそうに、訴えるように話す。

 

 「深雪…………そんなに深く落ち込む事はない。あいつはまだ誰とも付き合ってはいないようだし、婚約者もいない。俺とは違って恋愛感情もちゃんとあるだろう。もしかしたら親戚感が抜けないのかも知れないね。深雪のこれからの行動次第でどうにでもなるよ。深雪は可愛いんだから」

 

 達也は具体的な事は言えず、その場しのぎの励まししかできなかった。

 

 「……そうでしょうか。………そうですよね、私の行動次第でまだ間に合う。……お兄様!私頑張ります!尽夜さんに振り向いてもらえるように!」

 

 しかし、敬愛する兄からの言葉は思いの外彼女に良い影響をもたらした。

 今の彼女に憂いている感じはもうない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------尽夜家

 

 司波家の地下室での深雪の独白が行われている同時刻。

 深雪に命を削られるかのような尋問を受け、いつもよりも疲れて帰って来た尽夜はソファに座り、休息を取っていた。

 

 彼が時計を確認し、寝室へ向かおうとした時に回線が入る。

 相手は四葉本家。

 すぐに格好を正し、応答した。

 

 「夜分遅くにごめんなさいね。尽夜さん」

 

 今年で40代後半に差し掛かっているとは思えない程の肌に張りがある妖艶な女性。彼の母親、真夜その人である。

 

 「いえ、大丈夫ですよ。母さん」

 

 柔らかな笑みで答える尽夜。

 2人は嬉しそうに見つめ合い、真夜は尽夜の学校の話をまるで自分の事のように聞く。

 

 しばらく話し込むと頃合いを見て真夜が真剣な目つきになる。

 

 「尽夜さん。一高の周りでブランシュが活動中です。主には下部組織のエガリテが中心となっています。一高へ何か仕掛けてくるかもしれません。データを送っておきます」

 「処置の方はどうしましょうか?」

 「あなたに任せるわ。煮るなり焼くなり好きにしてください」

 「承知しました」

 

 尽夜は真夜に恭しく一礼して答える。

 顔を上げると真夜は元の彼女の優しい顔に戻っていた。

 

 「それと今までは世間の様子とあなたの実力も加味してガーディアンを付けていませんでした。だけど九校戦で公の場にあなたが出るとなるとこれまでの様にはいきません。ですので、近々、遅くとも九校戦終了までにはこちらでガーディアンを用意します。よろしい?」

 「はい」

 

 真夜の目にから読み取れるのは、当主としての威厳の影に隠れる事のできない愛する息子を心配する親心。

 

 「…………じゃあ、また掛けるわね。お休みなさい」

 「お体にお気をつけてください。お休みなさい」

 

 寂しそうな顔を真夜が浮かべるがプッと音をたてて回線が消える。

 無音が訪れた部屋では尽夜がこの件をどう対処するか思考を張りめぐせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------生徒会室

 

 部活動勧誘週間が終わり、達也が風紀委員として活躍した数日後。

 一部の上級生の生徒(2科生)による学内待遇の改善を求める暴動が起きた。

 達也の機転と真由美の考えにより公開討論会明日行われるため生徒会は慌ただしくなっていた。

 

 どうにか下校時刻までには準備を終了させた役員達は帰る者とまだ明日に備えて話し込む者で別れた。

 今生徒会室には、会長の真由美、部活連の会頭の十文字が話していた。そこへ、ノックがかかり尽夜が加わった。

 

 「失礼します」

 

 扉から入ってすぐ軽めのお辞儀をする。

 彼は十文字の姿を確認した。

 

 「十文字先輩、お初にお目にかかります。四葉家、現当主四葉真夜の一人息子の四葉尽夜です」

 

 彼の前に立ち今度は深々と頭を下げる。

 

 「十文字家、次期当主十文字克人だ」

 

 巌のような顔から自己紹介がされる。尽夜とは対照的に頭を下げることはしなかった。

 

 「尽夜君、たぶんあなたの想像してる通りのことで今回は来てもらったの。今回のことはどこまで把握してるのかしら?」

 

 真由美は尽夜に確認をとる。

 

 「ほぼ全てを」

 

 即答する。四葉家から送られてきたデータには明日学内でテロを起こすであろう相手のアジトや今回の首謀者、校内でこれに関わっている生徒まできっちりと調べ上げられていた。

 

 この答えに、真由美は克人と目配せし、問いかける。

 

 「なら話が早いわね。四葉家は今回の対応はどうするつもり?」

 

 それは家としての方針を求めるものであった。

 

 「四葉は今回の件に関しては一切の手出しをしません。情報提供、交換も然りです」

 「それは私達に任せるという事?」

 「結果的にはそうなりますね。母上は今回の件に関しては七草、十文字の管轄と言う認識でした」

 「それは四葉、お前もそう思っているのか?」

 「俺の意思は関係ありません。俺は母上に従うまでです。一高内でしたら鎮圧には動きますが、ブランシュまたはエガリテの拠点を潰しに行くことはしません」

 「一応聞いておくわ。拠点は調べはついてるの?」

 「さあ、どうでしょう」

 

 会話ははぐらかしで終了した。

 尽夜は席を立ち、挨拶を丁寧にしてから扉の方に向かった。

 

 「四葉。お前の話だと一高内部の問題であるならば動くというのは信じていいんだな?」

 

 扉に手を掛けたところで克人から確認の質問を受ける。

 

 「ええ、構いませんよ。学内であれば先輩方の指示に従います」

 

 そう言って、今度こそ生徒会室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------公開討論会

 

 討論会は真由美の独壇場であった。

 相手が訴えたのは、2科生と1科生の差別の撤廃。

 それに対し、真由美は学校内でのカリキュラム、行事、部活動などにおいて極力平等になるようにしていると今までの事務処理結果から明確な証拠を提示した。さらにその上で彼女が訴えたのが差別意識の撤廃。

 

 討論が終了すると、真由美に向けて割れんばかりの拍手が送られる。

 

 

 しかし、今回の訴え側の影で潜む者たちはこのままで終わろうとはしなかった。

 

 ドン!っと轟音がなると同時に会場が揺れる。

 それとほぼ同時に控えていた風紀委員達が動き出した。

 

 「尽夜君」

 

 尽夜は真由美の方に向き、続きを促す。

 

 「あの人たちの目的を阻止して」

 

 依頼、もとい漠然とした命令に尽夜はすばやく動く。

 それに追従するのが一人。

 

 走りながらその存在を確認する。

 

 「尽夜さん、お供します」

 

 それは深雪であった。

 彼は深雪なら、と付いてくることになにも言うことはなく、目的の場所図書館を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----図書館、特別閲覧室前

 

 図書館内の侵入者を無力化し、後は特別閲覧室のみとなった。

 

 深雪と尽夜が特別閲覧室に入るとそこには壬生沙耶香という女子生徒や侵入者たちがいた。

 

 あまりにも早い到着に、まだ彼らは重要機密文献にはハッキングができていなかった。

 

 「チィっ!」

 

 侵入者の一人が舌打ちし、尽夜に向かって突撃する。

 それを躱し、掌底打ちで気絶させる。

 その間に残りの侵入者は尽夜に銃を構えた。

 

 「死ね!」

 

 その掛け声とともに銃弾が発射される…ことはなかった。

 侵入者達はその場に倒れ込む。銃は握ったまま、いや張り付いたままである。彼らの手は紫色に膨張し、痛々しく変化していた。

 

 「尽夜さんに手を出す愚か者。私はそんなに甘くはない!」

 

 深雪の魔法により決着がついた。

 壬生はその場にへたりこむ。

 

 「深雪、良くやってくれた」

 「はい!」

 

 尽夜が深雪に労いの言葉をかける。

 深雪は嬉しそうに返事をする。

 

 「尽夜」

 

 ちょうどいいタイミングで達也が到着した。

 彼はこの惨状を即座に理解した。

 

 「達也か、後は任せる」

 

 尽夜は彼と入れ替わるように、彼の横を通り、室内を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----生徒会室

 

 その後、壬生沙耶香によって背後の組織がブランシュであることが明確になった。

 

 「お兄様、予想通りですね」

 「そうだな。問題は奴等が何処にいるかだが……」

 

 達也が今後を既定のように話す。

 

 「達也君、彼等と1戦交えるつもりなの?」

 「その表現は適切ではありませんね。1戦交えるのではなく、叩き潰すんですよ」

 「危険だ!」

 

 摩利が真っ先に反対する。

 

 「警察の介入は好ましくありません。それとも壬生先輩を強盗未遂で家裁送りにしますか?」

 

 その言葉に皆が絶句する

 

 「確かに一理ある。だがな、司波」

 

 克人は炯々たる瞳が達也の眼を突き刺す。

 

 「相手はテロリストだ。命の危険もある。当校の生徒に、命をかけろとは言わん」

 「初めから委員会、部活連の協力はあてにしていません」

 「彼らは俺と深雪の日常を脅かした。その報復は一人でもやります」

 

 達也の発言を受け、深雪を始めとする生徒が参加を表明する。

 

 「お兄様、拠点がわからず仕舞ではどうする事もできませんが………」

 

 達也は尽夜に目を向けた。

 

 「分からないことは知ってる人に聞けばいい」

 「尽夜さん?」

 

 深雪から戸惑いの目を向けられる尽夜は少しの間沈黙して、口を開く。

 

 「はぁ…………。これは俺の独り言です。地図は…………」 

 

 地図にブランシュの拠点を丸で囲む。

 

 「……目と鼻の先じゃねえか」

 「………舐められたものね」

 

 尽夜が示した場所は一高から徒歩で1時間も掛からない場所であった。

 

 「よし。俺が車を用意しよう」

 

 克人が提案する。

 

 「えっ?十文字君も行くの?」

 

 驚く真由美に克人が威厳のある声で、

 

 「十師族としても、一高の最上級生としても今回の事態は見過ごせん。それに、後輩にばかり任せてはおけん」

 

 「じゃあ」

 「七草、お前は駄目だ。この状態で会長がいなくなるのはよくない」

 「……………分かったわよ」

 

 渋々といったように彼女は承諾する。

 

 「それなら摩利、貴方もよ。残党が隠れてるかも知れないんだから風紀委員長が居なくなるのはいけません」

 「……わかったよ」

 「四葉は?」

 「残ります」

 「そうか。では司波、行くぞ。日が暮れてしまう」

 

 尽夜と克人は、形式のように、台本を棒読みで読まされるように問答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----尽夜家

 

 エガリテ、ブランシュからのテロを退けたその日の夜に、尽夜は結果を伝えるべく、四葉の秘匿回線で本家へと繋ぐ。

 

 「はい。…尽夜様でございましたか。お久し振りにございます」

 

 応答したのは母、真夜の背後で付き従っている四葉家執事序列一位の葉山忠教であった。

 

 「葉山さん、お久し振りです。母上をお願いします」

 「承知しました」

 

 葉山は尽夜に対して恭しく一礼すると画面から消える。

 数分が過ぎ、やっと真夜が顔を見せた。

 

 「母さん、夜分にすみません」

 

 尽夜が挨拶すると真夜は嬉しそうに笑みになった。

 

 「構いませんよ。それで今日はどうしたのかしら?」

 

 早速要件を彼女は聞いてくる。

 

 「ブランシュの件です。そのご報告をと思いまして」

 「あら、わざわざありがとう。急がなくても良かったのに」

 「いえ、なるべく早くしたほうが良いと判断したので……」

 「いい心掛けですね」

 

 ふふふ、と口に手を当てて上品に笑う。

 

 「ありがとうございます。今回の件は、俺の判断で学校内の騒動のみの鎮圧に留めました。大元は七草家、十文字家に任せた感じとなります」

 「あら、そうなのね」

 「理由としましては秘密主義で世間にも実態があまり知られていない四葉が、この程度で動くと思われたくはないからです。この程度ならば他が対処するという意思表示です」

 「あら、でも、ちゃんと周りにはそう伝わっているかしら?」

 

 真夜が疑問を口にする。

 今回の行動にはメリットデメリットが存在する。

 メリットは尽夜が述べた通りだが、デメリットは四葉は動かなかったではなく動くことができなかった、となることである。噂というのは尾ひれが肥大化する。そうなれば四葉は怖気づいたや力がないと思われてしまう。

 

 「そこは大丈夫です」

 

 尽夜は自信を持って真夜の問に肯定を返した。

 

 「テロが起きる前日、生徒会室にて七草真由美、十文字克人の両名と話しました。その際に全て分かっていると公言し、今回の方針を述べました。また学内のテロは早急に片付けたのがそれに拍車をかけます。さらにこれは予定外でしたが、拠点を然るべきタイミングで即座に伝えたことも大きいでしょう。

 これらからその場にいた十師族の二人はもちろん、その他の人にも意図はちゃんと伝わっていると思います。それにその場にいた人達から周りに知れ渡るので問題はないかと……」

 

 尽夜の働きに真夜は誇らしくなる。

 彼の目を見つめる。彼は真夜から決して逸らさない。それが真夜にはまた嬉しい。

 

 「いい働きですね。ご苦労様でした。

 あなたの母親として実に誇らしいわ」

 「いえ、母さんの役に立てたなら喜ばしい限りです」

 

 笑顔の2人の背後には、真夜達を和やかに見つめる葉山の姿があった。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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