任意で、新型コロナウイルス感染症に対するメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの7回目接種を受けてきた。前回は2023年9月だったので、9カ月ぶりである。

 最初は地元で受けようと思ったのだが、接種を行っている病院が見つからず、ネットで探して回って、横浜の医院まで行って接種を受けた。7回も接種を受けたのだから、いくらかでも副反応が軽く済むかなと期待していたのだが、接種後は発熱と倦怠(けんたい)感が出て、まる2日は動けなかった。

 ともあれ、これで年末までは比較的安全に行動できるようになった。もちろん、「ワクチン接種をしたから、マスクを外してもいい」とはならない。今後とも人混みではマスクをするし、手洗いも励行する。

 新型コロナウイルス感染症は決して普通の風邪ではない。相変わらず感染者数は多く、致死率は他の感染症と比べて高い。様々な後遺症が残る可能性も他の感染症に比べれば大きい。自分の場合、頭が回らなくなるブレインフォグが残ったら、それだけで食い詰める。

 私自身は、自費だろうがなんだろうが、今後しばらく年に1~2回のワクチン接種を続けていくしかないだろうと考えている。「一体何回ワクチンを接種すればいいのか」ではなく、「今後ずっと接種が必要」ということだ。前にも書いたが、私は過去20年以上、毎年自費でインフルエンザワクチンの接種を続けている。もうひとつ恒例行事として接種しなくてはいけないワクチンが増えたというだけだ。

当たり前の生活を維持するためのコスト

 当たり前に健康に生きていくというのは、多分に運だが、その確率を上げることはできる。ワクチンの価格は、健康に生きていくための確率を上げるのに必要なコストなのである。

 もちろんよかれと思って行った投資が、悪い方向に出ることもあり得る。ワクチンを接種したらキツい副反応が出てしまった、とか。

 そこは事前にデータを吟味して確率と影響の大小で考えていくしかない。初回と2回目の接種の際に、自分はmRNAワクチンのリスクとベネフィットをかなり吟味した。ごく大ざっぱに言えば、mRNAワクチンは初物ではあるが研究で示される効果は非常に高い。感染・発症時に発生する多大な被害を考えると、多少のリスクがあっても受けるべきだ、と考えたのである。

 1回接種を受けて、自分の身体でどのような反応が出るかを体験すると、次はその体験自体が判断材料となる。接種後2日程度は発熱と倦怠感があるが、その後は正常に戻る――なるほど、自分の身体の場合、接種後2日は何もしないという予定を組めばいいのかもしれないな、というように。以後、2回、3回と回数を重ね、接種体験が増えるほどに、判断材料は増えて判断の確実性も増す。

 ちなみに、ドイツではあの手この手で217回も接種を受けてしまった人がいて、その人の身体の検査結果が論文になっている。別に健康に問題はなかったとのことだ。

 今回は「過去6回平気だったのだから、大丈夫だろう」で、接種し、実際そうなった。この調子で次の8回目の接種も受けることになるだろう。

 同じことは社会にも言える。社会には「当たり前の社会を維持するためのコスト」というものがある。違うのは、社会はひと一人の生活よりもずっと複雑なので、利益も害もとんでもない方向から発生することがある、ということだ。

 今、東京に住む人は、害のほうを都知事選挙のポスター掲示板に見ている。

 まったくもって「なんだあれは」だ。

 「NHKから国民を守る党(以下NHK党)」が、大挙24人の候補を擁立して、24コマの掲示板スペースを確保。しかもそのスペースを販売するという暴挙に出た。繰り返しておこう。暴挙だ。

 以前「チートは何も生み出さず、ただ社会から奪うのみ」と書いたが(「『4席押さえて3席キャンセル』というチート脳思考」)、本来選挙ポスターを掲示するスペースを広告スペースとして販売するというのは、チート以外の何物でもない。ろくでもない行為にはろくでもない人物事物が集まってくるのは人の世の習いであり、案の定、性的風俗への誘導や他者への誹謗(ひぼう)中傷などが選挙ポスター掲示板で行われるという事態になっている。

 では、このような行為を法的に規制すればいいかというとそうもいかない。選挙のポスター掲示板は、選挙にあたって立候補者の主義主張、思想信条を開示する場所だ。だから、本来はそこにいかなる規制も加えるべきではない。制限を加えるならば、それは即「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない(日本国憲法第19条)に抵触する可能性が発生してしまう。

 この場合、他者への誹謗中傷は、事後的に名誉毀損で起訴し、裁くことができるだろう。また、風俗店の広告は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)で規制できる可能性もある。

 「ゴキブリを見た」→「すぐにたたき潰す」ように簡単にはいかない。面倒だが個々の事案に応じたやりかたをするしかない。

(イラスト=モリナガ・ヨウ)
(イラスト=モリナガ・ヨウ)

悪ふざけを可能にした比例代表制

 とはいえこういう時は、カネと制度から考えると、問題の根本が見えてくることがままある。

 都知事選への立候補には1人300万円の供託金が必要になる。選挙の得票が有効投票数の1割未満の場合、供託金は没収される。NHK党の24人立候補に必要な供託金は7200万円。その資金はNHK党が出している。

 NHK党の主要な財源は、政党交付金と推定できる。同党は2013年に「NHK受信料不払い党」として結成。ワンイシューの泡沫政党でコロコロと名前を変えるという特徴を持つ同党は、2019年の参議院選挙に「NHKから国民を守る党」の名称で出馬。比例代表で98万78858票(出所:NHK選挙速報)を獲得して1議席を得た。その結果、同党には政党交付金が入ることになった。

 総額でいくら同党に入ったのか。2023年については3億3400万円がNHK党に支払われたと報道されている(朝日新聞デジタル)。別途政治資金を集めてもいるのだろうが、供託金の出所は、ほぼ間違いなくこれであろう。

 では、「臭いニオイは、もとから絶たなきゃダメ」という古(いにしえ)の消臭剤CMのキャッチコピーではないが、政党交付金を使えなくすれば、今回のような選挙ポスター掲示板ジャックのような事態はなくなるだろうか。

 そうはいかない。政党交付金は政治活動に使うものとして国から政党に交付されるものだ。そして政党に取って、地方自治体の首長選挙への候補者擁立は政治活動以外のなにものでもない。だから、それを禁止するのは大変に困難だ。

 それならば政党交付金そのものを廃止するか。

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