第2回「お母さんに会いたい」ロシア兵は泣いた 警察が持ちかけた戦場行き

最激戦地 ロシア・突撃兵の証言

ウクライナ東部ドネツク州=杉山正

 刑務所に行くか、戦場に行くか――。

 ロシア兵の男性(28)は今年2月、選択を迫られた。大麻所持容疑で逮捕された直後。「ロシア軍に入隊する契約書にサインすれば、刑事手続きはしない」。警察はそう持ちかけてきた。

 首都モスクワの東1千キロ弱、ロシア・タタールスタン共和国の小さな街の出身。2人で暮らす母のことが頭に浮かんだ。「刑務所に行くことで、失望させたくない」。入隊に応じることにした。手続きでは、戦闘経験のない者は前線で戦うことはなく、物資を運ぶだけだとの説明を受けた。

 ウソだった。

【連載】最激戦地 ロシア・突撃兵の証言

「最も困難な状況」。ウクライナのゼレンスキー大統領は、東部ドネツク州の前線についてこう表現しています。ロシアが兵士を大量投入し、攻勢を強めているためです。一方、現場のロシア兵は何を思い、戦うのでしょうか。この最激戦地で捕らえられたばかりのロシア兵3人が取材に応じ、攻勢の裏側にある悲惨な実態を記者に証言しました。

 しかも、訓練は名ばかりのものだった。ロシア軍が支配するウクライナ東部ドネツク州の訓練施設に送られたが、3週間で実弾を撃ったのは3回だけ。隣のルハンスク州では6日間、塹壕(ざんごう)を掘り、がれきの片付け作業をさせられた。

 3月下旬、東部の要衝アウジーイウカに送られた。激しい攻防の末、前月にウクライナ軍が撤退したばかりの街で、行動をともにした80人の部隊のメンバーには、受刑者や多額の債務者らのほか、自分と同じように警察に捕まった後に勧誘された者もいた。

 ここを拠点に、激戦地への突撃命令が下された。7人でチームを組み、戦車の上に乗せられて運ばれた。悪路でも、確実に最前線に送り込むための「送迎用」だった。

 戦車から降りた瞬間、砲撃が来た。隣にいた仲間の顔半分が、吹き飛んだ。「降ろされる場所には塹壕(ざんごう)があると説明を受けたのに、なかった」。隠れるところを探してさまよった。「この時、皆が戦場に確かな死が待っていると理解した」

再度の突撃、抱いた戦争への疑問

 5月に再び、突撃作戦のメンバーに入ることになった。「死ぬために送られる」。参加を拒み、仲間と前線基地近くの地下室に隠れた。だが、数日後に上官に見つかった。すぐに最前線への突撃任務を命じられた。

 目標地点への道。また7人で戦車の上に乗せられた。1人は木の枝にぶつかって落下し、置いていかれた。ウクライナ軍のドローンがやって来て、2人が吹き飛ばされた。さらに2機目のドローンが爆発し、もう自分しか残っていなかった。3機目のドローンが見えた時、戦車から飛び降り、逃げた。

 森に入ると、ウクライナ軍の支配地域だった。誰もいなくなった民家を見つけ、隠れた。ほこりをかぶった瓶に入る蜂蜜などで飢えをしのぎ、洗剤の混ざった洗濯機の水も飲んだ。

 5日ほど経ち、何もかもが尽きた。水を探して歩いているところをウクライナ部隊に見つかり、捕虜となった。「いつも上官から、ウクライナに捕まれば拷問され、殺されると聞かされてきた」。いまはそれも、ウソだとわかった。

 一緒にいた部隊80人のうち8割以上が死んだという。「ロシアは我々を単なる肉だと思っている」と言い、「この戦争のポイントは、(ロシアが自ら)ロシア兵を可能な限りたくさん殺そうとしていることだ」と皮肉った。

 東部では、ロシア軍が攻勢を強め、占領地を拡大。戦果を誇っている。男性は「それが勝利だと思わない。多くの人が死に、市民が苦しんでいる」と吐き捨てた。

 「侵略を続けた先に、何があるというのか。ウクライナの人たちが望まないのになぜ来る必要があるのか」。プーチン大統領が始めた戦いそのものに、疑問を抱いている。

 取材の最後、男性は泣いた。そして静かに、一つの望みを口にした。

 「お母さんに会いたい」(ウクライナ東部ドネツク州=杉山正)

    ◇

 記者は取材に先立ち、取材に応じる意思を捕虜本人に確認するよう、ウクライナ当局に依頼しました。取材の際には直接本人に意思を確認し、同意を得ました。また、捕虜の人道的扱いなどを定めた「ジュネーブ条約」に抵触しないよう、顔写真と氏名を出さないこととしました。

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この記事を書いた人
杉山正
ヨーロッパ総局長

国際政治、紛争、外交、民主主義

  • commentatorHeader
    クレ・カオル
    (フォトジャーナリスト)
    2024年6月30日12時57分 投稿
    【視点】

    進軍中にウクライナのドローン攻撃にあって負傷したロシア兵が、後ろから来た別のロシア兵に頭を打たれて始末される映像を見ました。ロシア軍の司令官にとって、これでウクライナ側がドローンを一つ失った、としか思っていないだろうか。 囚人、家族のいない人々、そしてロシアの貧しい地域の人々は、高収入や自由の約束に引き寄せられています。フィンランドの研究者ローラ・ソランコが、地域の銀行記録のデータを利用して、ロシアの動員の地域的発生率を分析しましたところ、ロシアの一部地域では、重傷や死亡時に支払られる一時金で、銀行預金が急増していることが判明した。 この傾向は地域の貧しさに正比例し、特にトゥヴァやネネツなどの遠隔地域に著しく見られる。

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  • commentatorHeader
    浅倉拓也
    (朝日新聞記者=移民問題)
    2024年6月29日12時48分 投稿
    【視点】

    戦争はあちこちの遠い国で起きていますが、この記事に引き込まれるのは、これまで聞いたり読んできたりしてきた日本兵の話と重なるからでしょうか。「ウクライナに捕まれば拷問され、殺されると聞かされてきた」というところも。 これだけ国の人々を粗末にしていることが伝わったとしても、フェイクニュースということで片付けられるのでしょうか。日本に住むロシア人の知人は、国内のニュースしか見ていない本国の家族と話すと、いつも口論になるので話さなくなったと言います。メディアに身を置く者として、本当に難しい時代になったと痛感しています。

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