これはまさしく、行動ゲーム理論におけるレベルK思考(level-k reasoning)の話ですね。

確かに、頭脳戦・心理戦漫画(カイジやアカギ、DEATH NOTEや嘘喰いなど)で見られる心理の読み合いは、敵同士の絶妙な信頼関係(?)の上に成り立っていますよね。自分がこう考えてこう行動する所までは相手は読んでくるはず、だから自分はこうする、ここから先は相手は読めないはず、みたいな感じで。

しかし、相手が自分の行動を一段階までは読んでくることを前提として戦略を決めているのに、二段階目までは読んでこないという保証がどこにあるのでしょう。そこを見誤った人間が心理戦で負ける訳ですね。

たとえば、カイジシリーズで有名なEカード勝負を見てみましょう。Eカードは皇帝側、奴隷側に分かれて行うカードゲームで、皇帝側は皇帝カード1枚と市民カード4枚、奴隷側は奴隷カード1枚と市民カード4枚を持ち、それを1枚ずつ出してぶつけます。市民同士は引き分け、皇帝は市民に勝利、奴隷は皇帝に勝利するという力関係です。

つまり、奴隷側は皇帝側が皇帝カードを出してくるタイミングを読んで、そこに奴隷をぶつけることができれば勝ちで、それができなければ皇帝側が勝つというゲームです。単純に考えれば、奴隷側が勝つ確率は5分の1です。

さて、12回戦中の第6戦で、奴隷側の主人公カイジは敵の利根川に対して、第4、5戦で立て続けに2枚目に奴隷カードを出したことを利用しようと思い付きます。

利根川が三度2枚目に奴隷が出てくることを恐れて、皇帝を出す勝負を4枚目以降に遅らせるはず、という読みの下、カイジは2枚目に市民を出して引き分けを狙うのですが・・・

その思考を読んだ利根川によって、2枚目に皇帝を出されてしまったカイジは、第6戦を落とすことになってしまいます。

さて、この戦いをレベルK思考の理論で紐解いてみましょう。Kというのは、相手の戦略を何段階まで読んだ上で自分の戦略を決めるかという数を示します。

ただ純粋に目の前の合理性だけを見て戦略を決めるのがK=0の思考。相手(あるいは自分以外の皆)がK=0で思考していることを読んだ上で、それなら自分はこうした方が得策だと決めるのがK=1の思考。さらに、皆がK=1の思考くらいはしてくるだろうと踏んで、さらにその上で自分はどうするか決めるのがK=2の思考・・・という訳です。

そうするとEカードの第6戦は、

K=0:まずは利根川が「2枚目に奴隷が来るかもしれず、何となく気持ち悪い。2枚目は皇帝で勝負に行かず保留して市民を出しておけば、とりあえずその場は安全」という判断をするのが合理的であろうという前提がまずあり、

K=1:それを読んだカイジが2枚目に市民を出して引き分けを狙い、本来5分の1の勝率を2分の1まで高めようとする行動をとり、

K=2:それを読んだ利根川が2枚目に皇帝を通して勝利する、

という読み合いが展開されています。つまりK=1のカイジに対してK=2の利根川が勝利したということです。カイジが勝利するためには、さらにもう一段階読みを深めてK=3の思考をしなければいけませんでした。

しかしながら、相手がKレベルいくつの思考をしてくるかはわかりません。気紛れでK=0で思考をやめてしまうこともあれば、K=4まで深読みしてくるかもしれません。Eカードのように最終的に引き分けがない二者択一のゲームにおいては、深読みしすぎた結果裏目に出ることも十分にあり得ます。ですので、相手がKレベルいくつまで思考しているかを正確に見極めるセンスがなければ勝つことはできません。

そのような訳で、心理の読み合いでどこまで読んだら正解という絶対的な答えはないのですが、一般論としてKレベルいくつくらいの思考を基に行動する人が多いかというデータなら存在します。その一例として「番号選びゲーム」というものを見てみます。

1997年4月、英国のFinancial Times紙が、経済学者リチャード・セーラーにより提案されたあるコンテストを行いました。このコンテストで読者は、0~100の間の整数を1つ選ぶように求められ、全参加者が選択した数字の平均値に3分の2をかけた値に最も近い数字を書いた人が勝者であると決められました。たとえば、全員が書いた数字の平均が60だった場合、40を書いた人が勝者ということです。コンテストの勝者にはロンドン-ニューヨーク間またはロンドン-シカゴ間の、英国航空往復ビジネスクラスチケットが2枚プレゼントされると発表されました。

さて、このコンテストにおいてあなたならどの整数を書くでしょうか。Kレベル理論に則って考えてみましょう。

1.まず、何も考えなければ0~100の整数を選んだ平均は50くらいになりそうです。ということは、その3分の2である33を選ぶのが正解に最も近そうです(K=0)。

2.ところがここで、自分が1で考えたことと同じようなことを他の人も考えたと仮定しましょう。すると皆が選ぶ数字の平均は33くらいになりそうで、ということはその3分の2である22を選ぶのが正解に近そうです(K=1)

3.さらに、自分が2で考えたことと同じような思考を皆が辿ると仮定しましょう。すると皆が選ぶ数字の平均は22くらいになりそうで、そうすると自分が選ぶべき数字は14くらいになりそうです(K=2)

・・・以上のような思考を繰り返していくと、自分が書くべき数字は思考レベルを重ねるほどどんどん小さくなっていきそうです。

実は、もしコンテストに参加した人全員が完全に合理的で、無限のKレベル思考が可能で、かつ参加者全員がそのような完全な思考を有していることをお互いに認識していた場合、このゲームの解は全員が0、または全員が1を選ぶことになります。全員が0を選べば平均も0なのでその3分の2は0になり、全員が1を選べば平均の3分の2は0.666…なので、それに最も近い1が正解になります。そこから自分一人が数字を変えると自分だけが負けになってしまうので、誰も答えを変える人はいなくなり、平衡状態に達するということです。このように、もう誰も戦略を変えなくなって言わば膠着状態に至ることをナッシュ均衡(Nash equilibrium)と呼びます。番号選びゲームにおいては、Kレベル=12くらいでこのナッシュ均衡に到達します。

皆が完全に合理的であればナッシュ均衡の値が正解ということになりますが、現実はそうはなりません。人間は皆が合理的な思考をする訳ではありませんし、また他の人全員が完全に合理的であることを期待している訳でもないからです。実際に、1997年に行われたこのコンテストは1,000人以上の人が参加しましたが、選ばれた数の平均は18.91であり、勝者は13を選んだ人でした。他に選ばれた数字で多かったのは0、1、22、33でした。先ほど申し上げた通り、0と1はナッシュ均衡の値であり、22はK=1の思考レベル、33はK=0の思考レベルの人が選ぶ数字であり、一方でwinning numberであった13はK=2の思考レベルで選ぶ数字に近いものです。

つまり、このコンテストにおける勝者は、Kレベル思考を極限まで重ねてナッシュ均衡に到達した人ではなく、K=1くらいの思考をする人が多いであろうことを察し、K=2くらいの思考レベルで立ち止まるセンスを持った人だったのです。

この「番号選びゲーム」はその後も様々な場所で繰り返し行われましたが、その平均値はおおよそ20~35の範囲内でした。たとえば、デンマークのPolitiken紙が2005年に同じゲームを行った際は約19,000人の参加者が集まりましたが、その際の平均値は21.6であり、14を選んだ人が勝者となりました。またTED-Edでこのゲームについて取り上げた時に視聴者を相手に行った際は、平均値は31.1、つまり21を選んだ人が勝者だったそうです。

これらのデータを総合すると、共有知識に基づくゲーム(参加者全員が同じ情報を基に戦略を考え、しかもそのことをお互いに認識しているゲーム)においては、一般人はおおよそK=0~1の思考レベルで立ち止まることが多く、それに対してその一段上であるK=1~2の思考で戦うのが、勝つ確率を高める戦略と言えそうです。このことはちょっとしたギャンブルや株式投資などを含め、人生の様々な場面に応用可能であることが知られていますので、知っておいて損のない知識だと思います。

<参考文献>『行動ファイナンスと投資心理学』 ハーシュ・シェフリン著 鈴木一功訳

これ面白いですね〜。

ちょっと気になるのが、同じ参加者で、結果を知らせた後でもう一度、ゲームを実行するとどう変化するか、です。Kが+1されるのではないか?という気がしているのですが、実験してみたくてうずうずします。笑

それ、面白いですねー!ゲームを重ねるとだんだん参加者のKレベルが上がっていって、何回かでナッシュ均衡に到達して動かなくなったりするのかもしれませんね。試してみたくてうずうずするお気持ち、すごくわかる気がします笑

その延長で、ゲームを重ねることで参加者のKレベルが仮に上がったとして、きっと時間が経つとまた元に戻るような気がするのですが、どれくらい期間が空くと元のKレベルに戻るのか、とかも気になりますね!

Kenn Ejima
たしかに、どのぐらいで記憶がリセットされるのかも気になりますね! 集団としての人類の記憶力は極めて悪いことは歴史を学ばないことからも予想されるのですが、もとに戻るのが1日なのか、1週間なのか、1ヶ月なのか、1年なのか、とても気になります。笑

もしこの実験結果が人口に膾炙した後、同じ実験をやると・・・

コメントありがとうございます!いやそうなんです、そこは気になるんですよね。K=1くらいで立ち止まる人が多いからK=2くらいにすれば勝てる・・・ということを知っている人が増えたら、今度はK=2の人が増えてK=3くらいの人が勝つようになるのか?それとも人の性としてそこまでは行かないのか?興味深いですね。それにはまず、このゲームの存在を知ってもらわなきゃですね。

これは興味深いですね('ω')

私もカイジを読んで以降、戯れに弟とトランプを用いて「Eカード」を嗜んだクチですが、何となくモヤモヤ考えていた事が分かりやすく回答されていて感動しました。

カテゴリーは違いますが、昨今流行りの「eスポーツ」でお馴染みの対戦格闘ゲーム。

コレもまた要所要所に似たような三竦みの駆け引きが有りますが、「対戦相手の力量とプレイの癖を推し量り、場面毎の択当ての成功率を高める」のが肝要なので、参考になりました!

この方の名前どこかで見覚えがあるような…将棋とかはあまり強くなさそう。

どの名前ですか?

Katherine Mori
Sekiguchiなんたらさんです。

コメントありがとうございます。

結局、一般人の思考がK=1~2くらいで止まることが多いので、漫画の中で夜神月やLやがあまりに深読みし過ぎると、読者が付いて来られないというか、現実感がなくなっちゃうんですよね。だから漫画に出てくる心理の達人たちもKレベルを極端には上げられないんだと思います。

それでもDEATH NOTEは難解でしたけどね笑

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