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Conversation

『無題』  世の中に余裕がなくなってきた。 4世帯に1世帯のお年寄り世帯が貧困、4人に1人が無貯金、2018年から相対的貧困に陥っている人は6人に1人ともいわれている。  そして、労働者不足から、国や自治体が行うはずの事業を、様々な団体に委託してきた。  もちろんそれは、必要があって委託されたのだ。しかし、選考の基準や、業務内容について、緩いものがあったのも事実だ。  国に余裕があるときなら、それでも良かった。なぜならば本来、国がやらなくてはならないことを請け負っていたのだから。  けれど、今、国には余裕がない。人々の心にも余裕がない。  緩いものに、厳しい目が向けられるようになった。 人々の心にも余裕がないので、それは批判の対象とされた(中にはいきすぎた批判ともいえない誹謗が含まれていたのも事実だ)。  そんな中、私は批判対象になっている人、もしくは団体について、触れてしまった。  それは、私がいきなり団体の長である人に誹謗され、そのことに反撃してしまったこと。そして、私がまったく別の事柄について話したのであっても、その言葉が団体の存続に関わると感じたのかもしれない、団体と近しい関係にあると思しき記者が、問題として騒いだ(もちろんそれはそうでなかったのかもしれないが、「自分たちの仲間に反対しているから気に入らない」と思っているらしい空気は伝わってきた)。  私の意見は、これからどんどん増やしていこうとされる遺骨収容の予算に、疑問を挟んだものだった。今、この国の状況で生きている人に先に使われて欲しい、と。  スーパーでは、半額になったお惣菜を両手に持ってどちらを買うか眺めている老人や、キャベツの外側の捨ててある葉を子どもと一緒に袋に詰めているお母さんを、見かけるようになった。地元をまわれば、冬場、灯油の節約に励んで家の中でダウンを着ている家族などにも会った。  ちなみに私は、増えつづける軍事予算や、利権政治で使われる無駄金については、率先し、記事を取り上げもっと激しく批判をつづけている。その金は今、ギリギリで生きている人にまわすべきだと。  私のこういった意見に対し、なぜか遺骨収容についての発言だけがことさらにピックされ、その新聞記者は「差別の構造を作る人」だとか「歴史を知らない人」だとか騒ぎ出した。そして、彼や彼女の「仲間達」が、ここぞとばかりにこの件を取り上げて私を叩いた。  私は、過去の戦争については忘れてはいけないし、遺骨収容は余裕がある世の中ならされるべきだと思うし、遺骨収容ボランテアの方のことは尊敬している。けれど、そういっても駄目なのだ。  もしかしたら、私の意見はお金についてのものだから、これ以上、そういった意見が膨らんでいくことが不味いと思ったのかもしれない。彼らは、私の意図を捏造し、慌てて差別主義者などとレッテルを張ることで私の口を塞ごうとした。  冒頭の話に戻るが、この国には今、余裕がない。この国で生きる人々にも余裕がない。  尊い意志ではじめた活動も、尊い意志だけでは動けない。大規模にやろうとすればするほど、たくさんの人々の善意、寄付や公金を必要とする。国や人々の余裕が失われている今、昔のように、団体や活動をつづけていくのは大変なことだろう。  悪い噂や評判が立ってしまえば、簡単に成り立たなくなってしまう。  だから、話の内容ではなく、そこに間接的にでも触れた私が気にいらないのだろう。  でも私は、少しでも人々の暮らしが良くなれと心から思っている。それにはたくさんの人たちの協力(たとえば税金でギリギリで生きる困窮者を救えというのもそうだ)が必要だと思っている。  SNSで私を攻撃してきた活動家らと志をひとつとしている人たちだって、本当はそこじゃないのか? こんな世の中で少しでも正しいことをしたいと思っているのじゃないか?  もちろん荒んだ世において、誰かを、自分らが思い込んだ正義の鉄槌でぶっ叩くことが、金のかからぬ娯楽になっている人もいるだろう。  私ははじめそういう人たちに腹を立てていた。が、今ではそういう人たちを止められるのか? と感じていいる。行き過ぎたものがあったら注意を施し、それでも駄目なら個別で裁判をし、見せしめ的に罰を与えていけばいいのだろうか?  それで終わるなら、それもいい。  しかし、終わらないに違いない。余裕のない、鬱憤を貯めている人はこれからも増えつづけていくだろう。  終わりが見えない。  世の中は簡単に変わらない。自分にせめて出来ることは、きちんと立っていることだ。なにかあったら寄りかかれる人を大事にするため、その時まではきちんと立っていること。近しい人を支えられるまでは支えていく。  そして仕事をする際は、お金ということを乗り越えて、意見をいえる場を与えられている、そう意識すること。なぜなのかをもっと考えること。忖度せず、萎縮もせず、自由な立場で考えること。  残念だけど、それくらいしかできそうにない。 追伸。心から差別を憎くむ私は、『差別の人ではないし』、『性業者側の人間』でもないし、『旧統一教会』の人間でもないし、『アンチフェミニスト』でもないし、『日本人じゃない』こともないし、『自民党のスパイ』でもないし、『中国・韓国のスパイ』でもないし、『暇アノン』でもない。真実をきちんと調べてから発言してください。  それから、『夫に洗脳』されたわけじゃないし、誰かの『性欲処理機』になったこともないし、『裸になっておっさんをたぶらかしてのし上がった』ことも、『議員をバックにおらつきだした』ことも、『親に売られた』こともないです。『室井さんは女性じゃない』というのはよくわかりませんでしたが。  某団体の方がラジオのプロデューサーに電話して「BPO案件だ」といったのもどうかと思うし、おなじのりで夫の事務所に変な要求があったのも事実。それと、新聞や雑誌に載る著名人が私の書いたコラムを、弁護士を使って取り消し要求をしてきたことも事実(弁護士は草津の冤罪事件、加害側の弁護士でした)。  元政治家が遺骨「収容」か「収集」かの言葉尻をあげつらって責めるのは、「そこじゃない」と感じたし、政策に口出しするようなフェミ弁護士に公に「この人に影響力がまだあるのが問題」と言われたときは、驚きました。  もし誰かに脅されても、私は口を塞がないし、これからもあったことを淡々と書いていきます。