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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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350.ウェイバァ・シェンの頼み事





「ああ、そういう技って長物使いはだいたい考えるのよね」


 学校から屋敷に帰るなり、ミトの入学試験の様子を聞いて私は笑った。


 笑い所はやはり、「独楽のような技」である。

 ああいうのは長物使いの流派には、かなりの高確率で存在するんだよな。武術あるあるというやつである。


 なお、試験結果については聞かずともわかっていた。

 最初から落ちる理由がなかったし、ミトの顔を見て確信もしたし。


 唯一心配だったのは、やり過ぎた場合だ。

 もしもの時は止めるだろうと見積もっていたリノキスの態度もアレだったし……本当に信用ならない侍女だ。


 でもまあ、とにかく、入学試験は無事パスしたようだ。


「そうなんですか? 即興にしては上手くやれたと思うんですが」


 確かにリノキスは、昔剣を使っていたくらいで、今は私と同じく無手が主流になっているからな。

 武具の扱いには疎いから、自分で考えて技を放ったのだろう。


 即興か。


 そうそう、そういうその場のノリの瞬発的な発想で生まれた技が、後に必殺技になったり奥義書にこれ見よがしに記されたりするんだよな。


 これも武術あるあるだ。

 私もいくつも思いついたものだ。それはもう、死闘の数だけおびただしい数の技を閃いたものだ。


 まあ、前世(・・)のことだから現世(・・)はまったく憶えてないがね。

 憶えてないくらいだから大したものはなかっただろう。必要な時に思い出す程度の技ばかりだ。


「見た目はよく動いてて派手だし、リノキス辺りがやればもう服や髪の色くらいしか見えなくなるでしょ? 大層な技っぽくは見えるでしょうね」


 それを実際体感したというミトがうんうん頷いている。


「言葉だけじゃよくわからないし、それって見せてもらえる?」


 と、傍で聞いていたらしいベンデリオがそんなことを言い出した。


 これから挑戦者たちを相手にするところなので、撮影班がいるのだ。着替えてすぐに試合だが……


「……そうね。たまにはそういうのもやってみましょうか」


 もうすぐジンキョウも来るだろうし、たまには違う修行をするのもいいだろう。





 挑戦者たちにはお帰り願い、棍を持ったリノキスと対峙する。


「ミト。武器使いにはまず対処法を考えなさい」


 ベンデリオとジンキョウとカメラと並んで見ているミトに、事前に告げておく。


「そして対処法を考えた結果、多くの場合が武器を封じればいいという結論に達するわ。よく考えて? どんなに速かろうがどんなに強かろうが、それがただの一発に過ぎない。一発が連続で放たれているだけに過ぎない。

 よく見ておきなさい――リノキス、やっていいわ」


「はい、行きます!」


  ゴッ


 リノキスが回転を始める瞬間、乱暴に風を切る音が轟く。


 ――うむ、なかなか速い。


 ミトが手も足も出なかったという理由がわかる……が、それは地力の差だろうな。ミトと同じくらい強い者がやったなら、きっとミトは対処できるだろう。


 そもそもが欠陥だらけの技だからな。


「結局ね」


 何がなんだかわからない小さな竜巻のようなものにリノキスが、棍を振り回しながら向かってくる。


 と――竜巻が遠慮なく接触した瞬間、それはピタリと止まった。


 私が止めたからだ。

 おもむろに上げた右手に、リノキスが振り回していた棍の先を掴んでいる。


「基本的に攻撃は一つずつなのよ。どんなに速くても一つしかないの」


 別に武器が分裂するわけじゃないし、形状からやりそうなことも想像がつく。


 構えからいかに振るうか予想はできるし、軌道が読めれば速くても避けたり受けたりするのは難しくないだろう。

 

「これが武器の長所であり、また欠点でもあると思うわ。

 武器使いは武器に依存しすぎる。ゆえにその攻撃は至極読みやすく、そして武器を封じれば大きく力を殺ぐことができる。

 だから私は無手を選んだ。武器の強さって限定的なのよね」


 武器がないと弱い。

 武器を破壊されると弱くなる。


 度重なる連戦で武器も劣化するし、十全に取り回すことができない場所もあるだろう。たとえば長物だと建物内では障害物が多くなるし。


「憶えておくといいわ。武器使いを倒すことが難しいなら、その武器をどうにかすることを考えてみると突破口が見えるかもね。だって目に見える弱点でもあるんだから」


 その点、無手はどうだ。


 全身が弱点だが、全身が武器だ。

 極端に言えば、殺されない限り武器を失うことはない。死ぬまで戦う力を握っていられるなんて最高じゃないか。


 ――そんな、いつもはしない講義をしつつ、今日の修行が始まる。





 その日の夜のことだ。


「――あの、お嬢様」


 寝る前、ミルクティーを飲みながら父親から届いた手紙を読んでいると、神妙な顔をしたリノキスがやってきた。


「どうしたの?」


 その顔から、何事かあったことを悟る。


 目前に迫る開局セレモニーのことを書いた手紙を置き、リノキスを促す。


「今、ウェイバァ・シェン様が訪ねてきているのですが……」


 ほう。


「あのご老人が?」


 時刻こそ遅いが、見知った顔が来たのだ。こんな顔をするほどのことではないと思うが。


「それが、少々様子が違うようで……」


 様子が違う?


「酔っぱらってるとか?」


 したたかに酔っぱらって遊びに来たとかか? 迷惑な。


「いえ……なんといいますが、こう……みなぎっている、といいますか……剣呑な雰囲気でして……」


 …………


「来ているのよね? だったら会うわ」


 どうやらただ事じゃないらしい。

 ならばリノキスに聞くより本人に聞いた方が早そうだ。





 狭い応接間に向かうと、確かに見覚えのあるご老体がいた。


 ……ああ、確かに、アレだな。

 リノキスの言う通り、ちょっと……いや、かなり雰囲気が違うな。


 小柄な老人という体だったのに、身体も一回り大きくなっている気がする。


「お待たせ。お久しぶりね」


 挨拶しつつ、ぎらつく顔つきでソファーに座るウェイバァの向かいに腰を下ろす。


「夜遅くに、急に来てすまんな」


「いえ、それはいいんだけど」


 無礼を承知で来たなら、この時間じゃないといけない理由でもあったんだろう。


「ニア殿」


 と、ウェイバァは深々と頭を下げた。


「老い先短い爺の頼み、聞いてくれんか? ――この通りだ」





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