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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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346.閑話 入学試験当日の朝





 個人の課題は終えた。

 必要な物は買い揃えた。


 特別枠の試験に受かれば入学費、月謝は掛からないが、もし試験に落ちても入学費も月謝も貯金と収入でどうにかなる。


 学校へ行くためのミトの準備は整った――そうニアに告げると、


「わかった。入学試験の手続きはとっくに済んでるから、近い内に試験日を設けるわ。リノキスと一緒に行ってきなさい」


 いよいよである。

 夢にまで見た学校通いが、いよいよ現実味を帯びてきたのである。


 いよいよ本当に、間違いなく、という段になると、興奮してますます修行にも身が入らず、夜しか眠れない数日を過ごした。

 マーベリア時代から「疲れたら休め、なんなら昼寝をしろ」と厳命されているが、疲れてもなかなか休めなかったのだ。


 疲れ果てるまで身体を酷使し、バランスよく食事を取り、じっくり休む。

 単純だが疎かにしやすいこの生活で、しっかり身体を育てろと言われたのだ。休むにしたって昼寝にしたって決して無駄にはならないから、と。


 否が応でも掻き乱される心と精神に戸惑いながら――しかしそんなミトには関係なく時は進み、とうとうその日がやってきた。








 屋敷の玄関前に、女が三人集まっていた。

 正確には、少女二人で大人は一人だが。


「うん、まあ、全然心配はいらないと思うけど。試験ではちゃんと手加減しなさいね」


 庶民にはやや高価な服を着たミトの襟元を撫で、ニアはこれから試験に向かう弟子に言葉を掛ける。


 ――こうして服装や髪型や身形をきちんとすると、ミトも立派な貴族の娘のようだ。


 整った顔立ちに納まる赤に近い鳶色の瞳は理性的かつ知性的で、子供ながらに将来は間違いなく男性が無視できない美貌を持つ女に成長することが容易に想像できる。


 長く明るい栗色の髪はどこまでも柔らかそうで、この入学試験に向けて(なぜかリノキスが張り切って)手入れをしただけあって、輝きが違う。なんならくすんだ灰色で艶が出づらい髪質になっているニアの髪より、よっぽど美しい。


 ミトは、いわゆる機兵孤児というやつだ。

 機兵に乗るべく、あるいは機兵に関わることを期待して作られた子で、それが叶わなかったから捨てられた。


 庶民にはなかなか見ない品のある顔や佇まいは、間違いなく貴族の落とし種である。

 確実に性根は腐っているだろうが――親の見た目だけはきっと良いことだろう。


「じゃあリノキス、ミトのことお願いね」


「はい」


「――何があるかわからないから、くれぐれも誰かを殺さないよう気を付けなさいね。ミトがやりすぎるようなら絶対に止めなさい。あとあなたも気を付けなさいよ。思わず手が出るような真似は絶対にしないように。たとえば私の悪口を言うような人もいるかもしれないし、私を軽んじる人もいるかもしれない。報復とか考えちゃダメだからね。いい? 骨を折るまでやっちゃダメ。というか当てたらダメ。あしらえる相手なら手を上げないで対処しなさい。いいわね?」


「……」


「……びっくりした。まさか真面目な顔して目を合わせたまま返事をしないとは思わなかったわ」


「だってお嬢様の悪口辺りは。ちょっと承服できませんよ」


「やめなさいよ。ミトの前で大人げない」


 ――問題ないです、とミトは思った。


 だってミトもリノキスと同意見だったから。

 ニアの悪口を言う者がいる? そんなの許せるはずがない。


 ニアは、ここに来て俄然リノキスに任せるのが不安になって来た。


 学校が休みの日なら、もしくは試験の時間が午前中じゃなければ、ニアもミトの保護者として試験に同行するつもりだったのだが。

 残念ながら都合が合わなかったのだ。


「大丈夫です。ニア様に恥を掻かせるようなことはしません」


「……そうね。これからは別行動も増えるだろうし、信じないことには始まらないわね」


 そんな挨拶を経て、ニアはそれでも不安そうにリノキスをチラチラ見ながら機馬(キバ)に跨って鳳凰学舎へと登校する。


「――それじゃあ、私たちも行きましょうか」


「はい」


 リノキスとミトは、ニアとは逆の方向へと歩き出した。



 


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