333.豪快な登校と生徒会長の呼び出し
ガォン! ドッドッドッドッドッドッ
魔力を注ぐと、冷たい金属塊が息を吹き返したかのように、鼓動を打ち始める。
「へえー。これが噂の機馬かぁ」
そうだ。
これが噂の機馬、単船よりも少ない魔力で動く二輪馬車である。
――まだ量産体制が整っていない発明品「機馬」は、少しずつマーベリアで普及しつつある。
その首のない馬のようなフォルム、地面を噛む感触が直に身体に伝わることも独特で、単船とは違う価値観で受け入れられ始めているとか。
特に、単船よりは安価で、子供の微々たる魔力でさえも動かせることから、主に運搬などの商業方面ですでに注目を集めているらしい。
その噂はマーベリア国内だけでなく、周辺国にも広まっている――らしいと、他国の事情にも詳しいベンデリオが説明してくれた。
つまり、ここにある機馬は、本来まだマーベリア王国以外にあるはずがないものなのである。
だからこそ、ベンデリオが驚いていたのだ。
これが噂の機馬か、と。
ちなみに私も、これから始まる機馬産業の先頭に、あのエンデヴァー元総武局長が就任したという話に驚いた。
そう、フライヒ工房から機馬の開発を取り上げようとした、国の要人のあの人だ。
マーベリア国王の宮仕えから引退とともに、古い要人たちも軒並み引退することになっていたのだが、彼は次の仕事として機馬産業のトップの椅子に座ったそうだ。
一瞬とんでもない天下りでもしてくれたのかと思ったが、そうでもないらしい。
新しい産業、下町の工房で産まれた発明品、そしてもっとも重要なポイントとして「魔力の関係で単船を使えない者でも扱えること」という利点で、非常に魅力がある企画だ。
それも国内だけではなく国外に売り出せる発明だ。
誰かが横からかすめ取ったり、企画を乗っ取ったりする可能性は大いにあった。
そんな下町の工房を守るために、後ろ盾となるよう立ち上がったのが、エンデヴァー元総武局長なのだそうだ。
「将来的な利益はかなりの額が見込めるが、どんな事業でも軌道に乗るまでは大変だ」とのことなので、一概に天下りとも言い難いそうだ。
まあ……まあ、ね。
わざわざ私に会いに来て、謝罪したけじめをつけられる男である。きっとちゃんと面倒を見てくれるだろう。
――とまあ、その辺のことはさておき。
「後からそっちに輸送するから」と約束していたブツが、ようやく届いたのだ。
この機馬は、フライヒ工房が最後の調整を行って送ってくれた、試作機を正規の機馬に仕上げたものだ。
つまり、この世に続々出てくるだろう機馬第一号が、これなのである。
「乗ってみます?」
「うーん。難しそうだなぁ。車輪だもんなぁ。浮いてないもんなぁ」
「単船より簡単らしいですけど」
「へえ? ……簡単だったら撮影にも使えそうだなぁ」
興味を持ったらしく、ベンデリオが「ちょっとだけ借りるね」と機馬に跨る。
「使う魔力は少しだけ。多めに注ぐと急発進になるから」
「わかった。……お、おぉ……ほうほう」
そろそろと車輪が回転し、機馬が進み出す。
ベンデリオはすぐに慣れたようで、スピードを上げたり下げたりしつつ、庭を乗り回して私の前に戻ってきた。
「――いいね。単船と似てるけど、まったくの別物だね。面白い」
だろ? 機馬は面白いんだよ。
「これで進みながら走っているニアちゃんを撮影とかできるかな? 並走してさ」
ん?
「上手く撮れるかはわかりませんが、できることはできるのでは?」
どんな風に映るのか想像もできないが、新しい撮影の手法かもしれない。
「でもそれ、単船でもできるでしょう?」
「できることはできるんだけど……ちょっと専門的な話になっちゃうんだけど、物によってはカメラと単船に使ってる魔核が共鳴してね、撮影した映像や音声が乱れることがあるんだ。
撮っている時はわからないから、せっかく撮影した映像がダメになるかもしれないってことで、最初から避けてるんだよね」
そうなのか……そこまで突っ込んだ話となると、私にはわからないな。
まあ、撮影の幅が広がるなら、いいんじゃなかろうか。
「あ、そうだ。ベンデリオ様にお願いがあるんですが」
機馬から降りて、物珍しげに仔細に眺めていたベンデリオが、「お願い?」とこちらを向く。
「僕とニアちゃんの関係で水臭いなぁ。なんでも遠慮なく言っていいんだよ。おじさんにいっぱい甘えなさい。飴玉がほしいのかい? いくらでも買ってあげよう」
いや飴玉はいらないが。
「もう知っていると思いますが、この機馬はこれからマーベリアが世界に売り出します。そのための広報映像を撮って放送してほしいんです」
「ああ、なるほど。いいよ」
え、いいの?
「そんなにあっさり?」
「うん。リストン家は、すでにウィングロード関連に参入しているからね。これも同じ傾向で関わっていくと思うよ。
仮にそうじゃなくても、ニアちゃんの頼みならそれくらいは聞けるかな。然してマイナスにもならないしね」
そうか。なら遠慮なく頼むか。
翌日、機馬で登校するワイルドな私の姿を撮影した。
そしてとりわけ早くアルトワールで放送され、向こうで少し話題になったそうだ。
とまあ、そんな一幕があったりなかったりした数日後の、ある日のこと。
「師匠!」
軽快に機馬を転がしての登校中、隣に走るジンキョウが並んだ。
「おはよう」
「おう! 後ろ乗っていいか!?」
頷くと、ジンキョウは軽やかにリアシートに飛び乗った。
「やっぱいいなこれ! 俺も一つ欲しい!」
そうだろう、そうだろう。
運転も楽しいし、後ろに乗っても楽しいからな。
「その内売り出されるから買うといいわ」
ただ、こうやって堂々と乗り回せるのは、今だけだろうな。
きっと法で乗れる区域を区切られたり、速度に制限が掛けられるだろうから。
「――あ、そうだ師匠。生徒会長が呼んでるぜ」
ん?
「生徒会長? ……って、確か九門館の門下生って話だっけ?」
「そうだ。ちょっと面倒なことになるかもしれないけど……まあ師匠なら大丈夫だろ」
そうだな。特に心配はないな。