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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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331.蒼炎拳で決まってしまっているのではなかろうか





「――そんなもんいつも通りやっちまえばいいじゃねえか」


 今日もやってきたジンキョウの修行風景を眺めつつ、ベンデリオとあれやこれやと「戦いの見せ方」を相談していると。


 どうやら会話の端々が聞こえていたようで、何度も型を繰り返してすでに汗だくで裸となっているジンキョウが、こっちの話に入ってきた。


「どいつもこいつも武客と戦いたくて来てるんだぜ。その高き龍に触れたくて来るんだぜ。師匠の好きなように相手してやればいいけどよ、そこに見た目だの戦い方だのを気にした悪ふざけを入れるのは筋が通らねえよ。

 それとも、強ければ何をしてもいいと思ってるのか? 弱い奴を馬鹿にするなよ」


 …………


 そうか。

 傍から聞いているとそういう風に聞こえるか。


「私も根底の意見は同じよ。正々堂々の一対一の場で、相手を馬鹿にするような真似はしたことなんてないわ」


 ベンデリオとは、意識としては武人ではなくリストン家の娘として家業の話をしていた。

 どうもそっち寄りの意見は、私もできれば避けない方向に行っていたようだが。


「ベンデリオ様、戦い方に関してはあまりいじらない方がいいかもしれません」


 私も一武人として、対戦相手を馬鹿にするような行為はしたくない。


「そうかい? でも――」


 と、ベンデリオはすっと目を細め、冷徹な眼差しでジンキョウを見詰める。


「僕には一人一撃であっさりぶっ飛ばしているようにしか見えなかったんだけど。それはもう簡単に。いともたやすくね」


 …………


 別に簡単でもたやすくでもないけど、――とも言い難いところである。


 確かに簡単でたやすい勝負でしかなかったから。


「ウーハイトンの武闘家としてそれでいいのかい? 君たちのような玄人には違う視点があるのかもしれないけど、素人には本当にそんなものにしか見えないんだよ。ニアちゃんがちょっと動いたら相手が派手に飛んでいくとか。そんなんだよ?」


 それも、大の大人が、子供に挑んでその結果なのだ。

 事実だけ聞くと完全に八百長のようだが。


「大丈夫だよ。俺にとっても師匠の動きは風の如く速い上に、シンエンの筆さばきのように技術は高度すぎる。俺にも同じようにしか見えねえからよ」


 ちなみにシンエンとは、ウーハイトンで数々の逸品を描いた、この国では知らない者はいないほどの高名な絵師なんだそうだ。もう五十年以上昔に亡くなった故人である。


「……もう少しだけサービス精神があった方が、良さそうな気はするけどね」


 気持ちとしてはジンキョウと同じだ。

 これまで通り、真面目に相手をして、真面目に一撃で仕留めていきたいところだ。


 だがしかし、ベンデリオに言われて気づいた点もある。

 一撃でさっさとのしてしまう行為も、ただ単純に、強さのひけらかしにしかなっていないように思えてきたのだ。


 見せ方……じゃないが、少しは「見せて教える」行為を入れてもいいかもしれない。

 

 わざわざ戦いに来るのだから、私も武客として、もう少し時間を掛けて相手をして、対戦相手にもわかりやすい戦い方を見せるべきかもしれない。


 正直今のままでは、私が私の武人の矜持を守っているだけで、他に利がないんだよな。


 世話になっているウーハイトンへの恩返しがてら、その矜持を少しくらい曲げても良いのではないか、とも思わなくもないのだが……


「ジンキョウ」


「なんだ」


「一撃で倒されるのと、少しだけ稽古を付けられた上で倒されるの、どっちがいい?」


「そりゃ後者だが。……あ、そうか。師匠はただ強いんじゃなくて、ものすごく強いんだよな」


 その通りだ。

 勝ち方が選べないほどの接戦や、それに近い状態なら、悩みの種になることもなかっただろう。


 でも実際は、幼児と大人以上の差があると思う。

 この純然たる差を推してなお正々堂々の一対一を、なんて言っていていいのか、という話である。


 だって力量差だけで言えば、私が勝てないわけがないのだから。


「ところで彼は誰だい? ニアちゃんのボーイフレンド?」


「私の弟子です」


「へえ。弟子なんているんだ」


 いるんだな、これが。

 まだまだ大したことを教えられる身体ができていないけど。今はミトと同じく「氣」の鍛錬中である。


「ということは、彼は蒼炎拳の後継者になるのかい?」


 おっと。

 まさかベンデリオの口からその名が出るとは。そんなに有名なのか?


「すごかったね、マーベリアのあの試合。あれくらいやってもらえると素人にもよくわかるんだけどね」


 ん?


「知っているのですか? あれは確か、映像はマーベリアで保管するという話だったけれど」


「いや、あの試合の時は僕も現地にいたんだよ。撮影の指揮を取っていたから」


 え、そうなのか?

 確かにアルトワールから撮影班が来ている、という話は聞いていたが……ベンデリオも来ていたのか。


「僕もリストン領でやることがあったから、本当にすぐ帰ったんだ。あの時は忙しくてニアちゃんに会う時間も作れなかった」


 そうか。

 まあ別に、どうしても会いたいってわけではないから、それはそれでいいけど……って待てよ。


「じゃあ私が強いことも知っていたってこと?」


 何が強さが伝わらないだ。素人にはわからないだ。知っているじゃないか。


「いやいや、言っちゃ悪いけど、あれこそ冗談の極みみたいな試合だったじゃない。あんな大きな鉄の塊を、青い炎を出した子供が殴ったり蹴ったりしてぶっ飛ばすんだよ? 強すぎて逆に強さがわからないパターンだよ」


 パターンと言われても。

 いまいち言葉が理解しづらいんだが。


「――なあ師匠。噂の蒼炎拳ってどんなんだ?」


 まだ目の前にいたジンキョウが、ついにそれを口にした。


「師匠の拳を見たい」と今まで一度も言わなかったのは、彼なりの弟子の矜持だったのだろうと思う。

 だが、さすがにベンデリオの目撃談を聞いたら、色々と気になってきたようだ。


 ――別に大したものじゃないんだが。ただ「外氣」に色を付けただけの代物だから。


「いずれあなたにも教えるかもしれないわ。その時に見せてあげる」


「えー。今見せてくれよ。少しでいいからよ」


「僕も見たいなぁ」


「ダメダメ」


 あんな安っぽい魅せ技をねだるなよ。本当にただ金持ちや権力者を喜ばせる派手なだけの技なのに。


 …………


 あれ?

 もしかして、世間的にはもう私の流派名は、蒼炎拳というちゃちな名称になってしまっているのか?


 ……確かに私の拳は名前のない、オリジナルの拳法だと思うけどさぁ。まったく思い出す気配もないからたぶんそうだと思うけどさぁ。


 でも、わざわざ安っぽい拳が代名詞みたいに言われると、抵抗あるなぁ……





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