330.発展の話
「――へえ? あなたは知っていたのね?」
ベンデリオを始めとしたリントン放送局の撮影班を連れて帰ると、特になんの反応もなく、リノキスは普通に彼らを受け入れた。
我ながら久しく働いていなかった動揺という感情を思えば、リノキスのこの態度は見過ごせない。
「あ、いや! 驚かせたいからお嬢様には黙ってろって手紙で……!」
あ、そう。
あーそう。
やっぱり来ることを知っていたのか。
へーそうなんだ。ふーん。
一番弟子のくせに師に黙ってそういうことするんだ。
……まあいい。
今はリノキスのことより、ベンデリオと話をしなければ。
「船旅で疲れているでしょう? 少し休んで……」
と、屋敷の出入り口から、後ろに付いてきているはずのベンデリオと撮影班を振り返ると……続きの言葉が出なくなった。
そこには、誰に言われるまでもなく撮影の準備をし始めた、職人たちの姿があったから。
「休憩は、ちょっと働いてからかな」
唯一私に付いてきていたベンデリオだけが、笑いながらそう言った。
――どうやら彼らの意志としては、今日も訪ねてきている武闘家たちとの手合わせを撮影してから話を、ということらしい。
私としては、ベンデリオたちが休んでいる間に彼らをさっさと片付けてしまおうと思っていたのだが……
いや、まあ、ここに来た理由が「私の戦う姿の撮影」なら、逃すわけがないか。
「ニアちゃんのお父さんの英断だよ」
ベンデリオはまず、そんなことを言い出した。
「この前の夏休みの映像を観てね、将来的に絶対に国宝級の価値が出る映像が撮れるから、長期密着でニアちゃんの撮影をして来てほしいって頼まれたんだ」
国宝級ねぇ……言い過ぎだろ。
今日もきていた武闘家を四人ほど倒して追い返したところで、改めて話をする。
訪ねてきた武闘家たち用に外に用意した椅子に座り、これまた茶ぐらいは出すために用意しているテーブルに着き、ベンデリオと差し向かいで話すことにした。
今日もいい天気で、外でお茶を飲むのも悪くない。
話し相手がアレなので、とてもじゃないが楽しむ気持ちにはなれないが。二年ぶりでもくどい顔しやがって。
――私たちがテーブルで話しているその間、撮影班はリノキスと何事か相談していた。
どうも長期に渡る住居や、これからの生活について話しているらしい。
……本当に長く居るつもりなのか……
「丁度身も空いてたし、ニアちゃんにも会いたかったし、長期出張の単身赴任の話を受けちゃった」
「でもベンデリオ様にも撮影があるでしょう?」
「今やそのセリフは別の意味になるね。実は『リストン領遊歩譚』、終わったんだよ」
「えっ」
終わった!? あのリストン領を代表する長寿番組が!?
「正確に言うと、名前を変えて続いているんだけどね。企画の内容は一緒っていう番組がスタートしてるから。
まあとにかく僕は出なくなって、次の演者に譲った形になる。
ほら、僕は元々出る側の人間じゃなかったからさ」
むしろこれが正常なんだよね、とベンデリオは特に感慨もなさそうにさらりと言う。
そうなのか……あの番組、終わったのか。
「かつてはベッドの上で、あなたの映像ばかり見て退屈を紛らわせていました。もう終わったと言われると残念ね」
もう映像で、やりたい放題やり散らかすベンデリオを観ることはないのか。
酒を飲み散らかして浮かれるベンデリオを観ることはないのか。
……あれ? そう思うとあまり名残り惜しくないな?
「ニアちゃんがいなくなってから、魔法映像業界の発展は加速した。
あの王様落とし穴事件から『とんでもないものが観れる』ってことで人気が爆発して、そのまま勢いに乗った形になるのかな。
国を越えてヴァンドルージュにも伝わったし、アルトワールでは新たに二つのチャンネルが増えた。そのヴァンドルージュも、近々放送が繋がる予定になってるよ」
へえー。
本当に発展してるなぁ。
「私が出始めた頃は、なんというか、ちょっと寂しかったくらいですけどね」
あの頃は、魔法映像自体の認知度がまだまだ低かった。とてつもなく低かった。
撮影に行っても、周辺住人には怪訝な顔をされることも多かったな。「何をしているかわからない」と言われたこともあったし。
あれからまだ十年も経っていないのに……
いや、取り立てて「発展が早い」ってこともないのかな。
むしろ「ようやく火が点いた」と言った方が正確だろうか。
私やヒルデトーラ、レリアレッド、劇団氷結薔薇を始めとした劇団、撮影に協力してくれた人たち。
それら全員の努力が実ったのが、現在の魔法映像業界ということなのだろう。
「まあ、ニアちゃんが出始めた頃とは大きく変わったよね。僕も裏方に専念できる程度には人材が育ってきているし、これからもっと伸びていくんじゃないかな。それこそ、行く行くは世界中を一つに繋ぐくらいに」
世界中を一つに、か。
それもまた、ある種天下統一と言えるのかもしれないな。
アルトワール国王による「戦わない侵略戦争」は、上手く行っているようだ。
「そろそろ話を戻していいかな?」
「はい? ……ああ、そうですね」
ゆっくり話をする機会なんて、これから嫌でもできるだろう。
今はそれより、今後の撮影の話が優先されるべきだ。
「うーん……僕は武術なんかは素人だから、よくわからないっていうのが本音なんだよね」
さっき武闘家たちを倒して追い返した光景は、しっかりカメラに収められた。
そして、それを見た上でのベンデリオの率直な感想が、それだった。
「ニアちゃんは本当に強い、ってことでいいんだよね?」
この「僕の言ったこと覚えてるよね」と暗にほのめかす感じ。
我が師ベンデリオは変わらないな。
「――伝わりづらいですか?」
魔法映像に出始めた頃、私はベンデリオからよく言われていたことを思い出していた。
観ている人に何を伝えたいか考えろ、と。
何かを食べればどう美味しいか。
何かをするならどうなるのか。またどうなったのか。どう感じたのか。
それをちゃんと伝えろ、と。
最初の内こそ率直な言動でもいいと言われたが、それだけでは飽きられるから工夫しろと。
同じ言葉を使うなと。
もうそれを食べて美味しいのはわかってるから、その先の感想を述べろと。
一つこなせばまた一つ課題を増やされた。
その積み重ねこそが、私が彼に教わったことである。
……ほんと、強いだけでいい単純な世界が懐かしくなるほど、いろんなことを教えられたなぁ。
「どう? 素人にもわかるように戦える?」
やはり素人には、高度な技や早すぎる攻撃などは、もはや理解の範疇を越えてしまうらしい。
うーん……
「ある程度見せ方は選べますけど、やり過ぎると相手が弱く見えてしまいます」
マーベリアでの御前試合では、あれはマーベリア国民が機兵の強さを多少知っていたから成り立ったのだ。
いやまあ、あんな巨大な金属の塊を相手取るなら、誰の目にもわかりやすいか。
だが、たとえ多少の体格差があろうとも、人と人での戦いとなるとな……
「あ、じゃあやっぱりニアちゃんは強いんだね?」
まあ、ある程度やり方を選べる程度には。
「そもそも放送する予定があるんですか?」
「まだわからない。でも撮影する以上は可能性はあるよね」
まあ……撮影した以上は、可能性はあるだろうな。
久しくしていなかったベンデリオとの撮影に関する相談は、そのまま遅くまで続けられたのだった。