307.空賊列島潜入作戦 合流後 7
「――えー、空賊の皆さんこんにちは。雪毒鈴蘭の船長、キャプテン・リーノです」
花束を背負ったドクロのマークを誇らしげに掲げた白い中型船から、眼下にある「玄関の島」に向けて平坦な声が響く。
聖女の拡声の魔法で音量が増した声は、「玄関の島」の端から端までちゃんと届いている。
その証拠に、島ではすでに、第一声に反応して空賊たちが騒ぎ出している。何事か、何が起こっている、と。
そんな彼らのざわめきを無視して、拡声された言葉は続く。
「――私たちは四空王の内、三つを潰しました。暴走王フラジャイル、白猫王バンディット、青剣王レイソン。残念なら無頼王キートンは不在で会えませんでした。まあ会っていれば一瞬で潰していたと思いますが。
――退屈です。誰も彼も弱すぎて非常に退屈です。残念です。まさか楽しみにしていた空賊列島の空賊たちがこんなにも弱いだなんて思いませんでした。失望しました。
――だから、我々雪毒鈴蘭は、これから空賊列島全土を支配しようと思います。おまえらみたいな雑魚と同類に思われたくないから、これから潰します。空賊の島の支配者なんて一人でいいでしょう?」
ざわめきが大きくなっていく。
拡声してもいないのに、下から大きな声で「ふざけるな」だの「やれるもんならやってみろ」だの「絶対に殺す」だのと悪態が飛んでくる。
「――では、我々はこれから南の港へ降り、南の広場でお待ちしております。我こそはという空賊団は、雑魚らしくまとめて掛かってきてくださいねー」
「……よし、いい感じに煽れたな」
リノキスの挑発により、「殺す」だの「ぶっ殺す」だの「圧殺する」だの「撲殺する」だの「空賊船で引きずり殺す」だのと、とにかく元気な殺す旨の発言が聞こえる。
島中が怒りに満ちている。
一万人くらいいるかもしれない荒くれ空賊どもが、共通の敵と見なして、手を取り合って殺意を滾らせている。
――実にいい滑り出しだ。
ガウィンは初手の成功に頷き、甲板に集まっているメンバーを振り返る。
「ではこれより、空賊列島制圧作戦を開始する。作戦自体はシンプルだから間違えようもないと思うけど、最後にもう一度だけおさらいしておくね」
最後の確認をしながら、船は南の港へと降りようとしていた。
燃えている。
空賊たちが燃えている。
いや――染まっているだけだ。
宣言の通りに港に着け、悠々船から降りてくる雪毒鈴蘭を熱く見守る空賊たち。
沈みゆく夕陽を浴びて、怒りと殺意に満ちて燃えている。
見渡す限り、何百人もの敵意の目が光っている。
今でさえかなりの数に及ぶのに、まだまだ増えているようで、――あの挑発がこんなにも効果があるのかと、先頭を行くリノキスは少し驚く。
こんな短絡的で大丈夫か、と思う。
まあ、これからそんな彼らを叩き潰そうとしている者が心配するようなことではないが。
「玄関の島」は、全方位に港がある。
半分くらいは空賊たちが物資を運んでくることで成り立っていた場所だけに、とにかく出入りする船の数が多いのだ。
それが高じて、自然と港が増設されていったそうだ。島を囲むようにぐるっと。
今回の作戦に当たって南側が選ばれたのは、少し行ったところに広場があるからだ。
そこは空賊同士で揉めた時、全面抗争になった時にできるだけ周りに被害が出ないようやり合う場として、空けてあるのである。
つまり、向かう場所としてそこを指定したことこそが、これから何をするのかを宣言しているも同然ということである。
さすがにピンと来るとは思うが、もし通じなかった時のために、念のために「まとめて掛かってこい」とガウィンの原稿には付け足してあった。優しい配慮である。
この島には、同じ用途に使われる場所がいくつかあるそうだが、「南の広場」が一番広いという話なので、そこが選ばれた。
今回やり合う人数は、千人では効かないだろう。
だから、それなりの広さが必要なのだ。
「――どけ」
道を空けず睨んでいる大柄な男に肩をぶつけながら、リノキスたちは広場へと向かう。
ここではやらない。
周りに被害が出るから。
まあ、一触即発の雰囲気だけはあるので、何かきっかけがあればここで始まるとは思うが。
だがその肝心のきっかけがなく、殺意を込めた目でぞろぞろとリノキスたちを追って、空賊たちは移動していく。
嵐の前の静けさか、罵声も罵倒も上がることはなく、ただ足音だけが続いている。
ここで降りたのは、リノキスとアンゼル、フレッサとガンドルフの四人だけである。
空賊たちを相手にするのも、この四人だけである。
ここから先は、恐らく縦横無尽に襲い来る乱戦となる。
さすがに危険が多すぎるので聖女は連れてこれないし、ニア・リストンを出すなら却って彼女一人の方がやりやすいだろう。
聖女フィリアリオと聖騎士ライジは、雪毒鈴蘭の船を守る留守番だ。
万が一の時は、すべてを見捨てて逃げる手筈となっている――失うには身分が重い者が侍女にもいるので、妥当な割り振りと言えるだろう。
「ここか……」
上から見た限りではただの広場だったが――地に足を着けて見ると印象が違う。
何があったか考えさせられるどす黒く変色した地面のシミや、割れたビンだのなんだのと、激しい戦闘があったのだろうと思わせる痕跡が至る所に残っている。
ここで幾多もの荒くれ同士がやりあい、血を流したのだろう。
譲れない意地と誇りのぶつかりあいと見るか、ただの無法の馬鹿どもの乱痴気騒ぎと見るか。
――まあ、どうでもいいことである。
「さてと」
広場の真ん中までやってきたリノキスは、おもむろに、落ちていた割れていないビンを取り上げた。
弄びながら周囲を見る。
全方位囲まれている。
周囲にある建物の上や窓からも見張られている――狙撃か、ただの観戦目的か。まだ判断はできないが油断はできない。
もう一度思う。
こんなに簡単に釣れていいのかおまえら、と。
「じゃあ――」
振りかぶる。
「早速始めようか!!」
思いっきり投げつけたビンは、一番手前にいた空賊の頭に当たってバリンと割れた。
「「うおおおおおおおお!!」
それがきっかけで、夕陽に染まった燃えるような雄叫びが「玄関の島」に轟いだ。
「――よし。行こうか」
港からは見えないが、雄々しい雄叫びが聞こえた。無事戦闘が始まったようだ。
それを合図に、船に残っていた者たちが動き出す。
「――お先」
先行するニア・リストンが船から飛び降り、ガウィンとウェイバァ・シェン、リントン・オーロン、整備兵たちが続く。
今、「玄関の島」はリノキスらに注目している。
その証拠に、南側の港には人影が一つもない。ここで働いている奴隷たちも見に行っているのか、見える範囲には本当に誰もいない。
――密かに動くなら、今この時を置いてほかにない。