301.空賊列島潜入作戦 合流後 1
「さっきも思ったけど、その格好は可愛いと思うわ」
「はっ……あの、恐縮です……」
岩のような大男が照れている。
「始めて言われただろ?」
「まあ……子供の頃以来だな」
「いつから可愛げがなくなったの?」
「五、六歳を越えた辺りから背が伸びた。十歳頃はもう下手な大人より大きかったな」
水夫姿のガンドルフをリリーが褒めると、アンゼルとフレッサがそんな話を振る。同門の弟子とも言える関係だけに、今も仲は良さそうだ。
「――じゃあ、そろそろ始めるか」
食事もだいたい済み、デザートまで食べてのんびりお茶を飲んでいたところで、ガウィンがそう切り出した。
赤島には高級料理店みたいな場所はなかったので、かつてフラジャイルが船員たちと住んでいた汚い屋敷の一室に、大きいテーブルを二つ用意した。
ちなみに今は、奴隷たちが掃除をしてくれたのでかなり綺麗である。
ガウィンの声に応えて、好き好きに座っていたメンツが分かれた。
一つには会議に参加しない船員たち。
アンゼル、フレッサ、ガンドルフ、整備兵たちに聖女と侍女二人、ウェイバァ・シェンがいる。
参加はしないが話は聞いている。
そしてもう一つのテーブルを囲んでいるのは、空賊団雪毒鈴蘭に扮した四国の代表である。
今後を話し合う作戦会議のためのメンバーで固められている。
まず、計画の発案にして、先行してこの島で一番の信を得たアルトワール代表リリーことニア・リストン。
まだ島に到着して半日だが、それだけで船員たちは充分理解した。
ここに住んでいる奴隷のほとんどが、すでにリリーの味方になっている、と。
島に来て一ヵ月も経っていないのに、この信頼の寄せられ方は異常だとさえ思える。
まさに四空王の椅子が、支配力が、余すことなく彼女のものになっているということだろう。
なお、彼女の後ろにはリーノこと侍女リノキスが立っている。
作戦参謀役にして飛行皇国ヴァンドルージュ代表の陸軍総大将ガウィン。
現地での情報収集も滞りなく済ませた今、作戦の筋道くらいは見えてきた。
というか、正直ここまで来たら、あとはもうスムーズに行くと思っている。特に先行したニア・リストンの仕事っぷりを見て、作戦成功の確信を得ている。
ウーハイトン台国代表のリントン・オーロン。
手出し口出しこそ少ないが、だからこそ冷静に状況を見ている外交官だ。立ち振る舞いから自然と記録・調停係に近くなった。
作戦の概要とここまでの流れ等、あとは個々人の動きなども彼女が把握している。彼女の記録は国を跨いでの越権行為等の監視であり、後に海賊列島を四国で利益分配する時に役立つだろう。
聖王国アスターニャの代表は、聖騎士ライジである。
立場は聖女フィリアリオの方が上だが、聖女は政治や外交、外国の情報等に明るくないので、こういう席に着くことはない。
当人は昼に魔法を使いすぎて疲れているらしく、向こうのテーブルで「何か食料を」と追加を頼み、「これしかない」と出された歯が折れそうなほど堅牢な固焼きクッキーをばりばり食べている。魔力回復のために栄養の摂取を積極的に行っているのだ。
そして、赤島の奴隷代表として、オリビエが席に着いている。
彼女にだけは「雪毒鈴蘭は空賊じゃない」ということを明かし、できることなら彼女を通して、他の島にもいる奴隷たちの先導や誘導を頼みたい。
「――皆さん、集まってくれてありがとう。私が空賊列島を攻め落とす計画を立てたリリーです」
自己紹介などは済ませてあるが、改めてニアは名乗る。
「難しいことはわからないし、ここから先も作戦参謀に問題を丸投げしてしまうけれど、万夫不当の働きくらいはしますので。必要な時と場所に、自由に私を投入してください」
子供が何を言っているのか――なんて、もう誰も言わない。
フラジャイルを始め、赤島にいた空賊何千人規模を一人で片付けてみせた実力は、もう疑う余地もないからだ。
――とにかく、ニアの合流により、これで四国合同による空賊列島制圧作戦のメンバーが揃ったことになる。
「よし。じゃあ明日からの話をしよう――と言っても、ここから先はそう難しくないんだ」
ガウィンはずっと考えていた。
空賊列島を落とすにはどうすればいいか、と。
やはり、赤島を制圧した意味が非常に大きいのだ。
この協力的な現地民がいる足掛かりがあるなら――戦力も情報も人数さえも、作戦に必要な要素のすべてが揃っていることになる。
ならば、もはや勝ったも同然だ。
ここまで要素が揃うなら、却って凝った策など必要ない。
「まず四空王。暴走王フラジャイル、青剣王レイソン、白猫王バンディット、無頼王キートン・レターグース。これが今の空賊列島を支配している連中だ。
で、フラジャイルはもう潰したし、さっき軽く説明した通りレイソンは味方だ。こっちの予定に合わせて動いてくれる手はずとなっている」
そして残る四空王は二人。
バンディットとキートン・レターグースの二名だが――
「オリビエさんや奴隷たちからの情報だと、白猫王バンディットは敵にならないと思う」
白猫王の異名の通り、バンディットは猫獣人であり、しかも王とは言っているが女性である。
「バンディットは奴隷反対派だ。特に獣人の奴隷の解放に力を入れていて、奴隷からの評判はかなりいい。
でもってフラジャイルとはよく揉めていたらしい。――方向性は同じだろ?」
視線を向けると、リリーは「そうね」と頷く。
「彼女とは話し合いで事を進めるつもりだ。空賊列島が制圧されれば、必然的に奴隷マーケットもなくなるしな。だから標的は――」
キートン・レターグースと、そのほかの空賊たちだ。
……なのだが。
「でもキートンもちょっと毛色が違う……つーか、一番空賊らしいみたいでな。最古の空賊ディミアロのように、未開地の探索や冒険を主な活動にしているんだとさ。
各島に所属する空賊たちは、基本的に四空王のやり方に共感する者たちばかりだ。だから、リリーの目指す目的を考えると、そこまで難航するとは思えないんだ。少なくとも真っ向対立みたいな構図にはならないからな」
要するに、ひどいやり方をしていたのは、フラジャイルと赤島にいた連中だけだった、という話だ。
「とりあえず、レイソンとバンディットとキートンに連絡を取ってみる。それから作戦を決めるから、少し待っていてほしい」