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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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298.空賊列島潜入作戦 本体 10





「――カウンターを空けろ!」


 キャプテン・リーノは、スイングドアを蹴り開けるようにして踏み込み、豪快に吠えた。


 船から降りた空賊団雪毒鈴蘭(スノー・リリー)の船員たちは、まず「目覚めの大砲亭」という大きな酒場へやってきた。


 元空賊リグナーから聞いた話では、この酒場は新興空賊団がとりあえず顔を出して挨拶するという、名物的な酒場なのだそうだ。

 言わば「玄関の島」の中にある玄関、という感じだろうか。


 そういう理由もあり、ここは新入りを見定めるために目を光らせている空賊どもの溜まり場でもある。


 ――そんな睨みを利かせる空賊たちが、見覚えのない空賊たちの登場に口をつぐみ、静まり返る。


 小さなステージで楽器を操る演奏家たちの音だけが鳴り止まず、呑気に、あるいは場の空気を読んで、重苦しい店内を動かしている。


 床板を鳴らしながら、リーノを始めとした船員たちがまっすぐカウンター席へ向かい――


「どけ」


 椅子に座ったまま動かず見ていただけの男たちに、至近距離で命じる。


「はあ? 空いた椅子なら他にある――おぉ!?」


 素直に退く気がないと判断し、素早く服を掴んで引きずり倒す。リーノの行動に追従するようにアンゼルとガンドルフも無理やり空いた席を作る。


「酒と食い物。なんでもいい」


「……はいよ」


 カウンターの向こうにいる、見るからに元荒くれという顔に傷がある大柄な初老の男が、低くしゃがれた声で応えた。


 ――この男に認められるかどうか。


 具体的に言うと、注文を受けてくれるかどうかで、周りの対応が大きく変わるらしい。それこそが、新興空賊団がこの酒場にまずやって来る理由なのである。


 駆け出しで腕のない雑魚では認めてもらえず、周りの空賊もそのように判断するのだ。

 要するに格付け(・・・)されるのだ。


 ――リーノたちは認められたようだ。


 まあ、どんな印象を持たれたにせよ、空賊列島が滅ぶという結果が変わるわけもないが。





 見慣れない空賊たちがカウンター席に並んで座ると、店内に声が戻ってきた。


 リーノたちを値踏みする者。

 何者かと相談し合う者。

 もしやあれは聖女か、と一人床に座らせられている銀髪の女について意見を交わす者。


 ――もしかしたら奴らが雪毒鈴蘭(スノー・リリー)ではないか、と確信に迫る者。


 今空賊列島で一番の話題になっている空賊団雪毒鈴蘭(スノー・リリー)

 数日前、暴走王フラジャイルを倒して四空王の座についた連中である。


 フラジャイルに関しては何人も証人がいるし、聖女誘拐という眉唾ものの噂もあった。

 最近できた空賊団にしてはあまりにも華々しい実績で、本当に実在するのかという声もあったのだが――


 噂じゃない、ということ、なのだろう。

 あの露骨なまでに奴隷扱いをされている銀髪の女は、やはり聖女なのだろう。


「――ほら、エサよ。感謝して食べなさい」


 と、聖女の鎖を引いている女空賊が、フォークに刺した何かを聖女に与えている。


「――ありがとうございますフレッサ様。……ほう、これはこれは……すっきりとした柑橘系の香りが鼻を抜け後味がよいですね。鮮度の高いエビの素材の良さを最大限に生かしたおいしい海鮮ソテーです」


「――よくわかったね。……まあ、エビじゃなくてイカだし、マリネだけどね」


「――うふふ、間違えてしまいました」


「――もう。可愛いなぁ」


 あれは果たして奴隷扱いなのだろうか。

 銀髪頭をぐりぐり撫でる女空賊の姿は、ペットを可愛がる飼い主のようだ。まあ、ある意味ではあれもまた奴隷扱いと言えるのかもしれないが。見た目によらず仲が良さそうだが。


 と――店内に警戒と緊張感が張り詰める中、新手の顔がやってきた。


「てめぇら雪毒鈴蘭(スノー・リリー)だよな!?」


 酒場に飛び込んできたのは、最近売り出し中のルーキーたちだ。


 総勢三十名以上。

 全員が殺気立っている。


 これから何が起こるか予想した戦る気のない客が、ひっそりと席を空けて店を出ていく。さすがにこの状況はまずいと思ったのか、演奏も止まってしまった。


「――私がキャプテンだけど。なんか用?」


 椅子に座ったまま身体を向け、ニヤニヤしながら対応するリーノ。態度は悪いが実に空賊っぽい。


「てめぇらの奴隷が俺たちの船を潰したんだ! どう責任取ってくれんだ!? あぁ!?」


「ん? 何のこと?」


 本当にわからないので素直に事情を聞くと、――数日前、フラジャイルの大型船を奴隷が盗み、この「玄関の島」に突っ込んだらしい。

 彼らの船は、その時の事故で損害を受けたのだとか。


 その奴隷たちは、雪毒鈴蘭(スノー・リリー)の船員「狂乱のリリー」の指示でやったと証言しているそうだ。


 ちなみに、まだ真偽が確かめられないということで、奴隷たちは上陸を許されない状態で船の上で待たされているとか。

 だから彼らは、その「真偽」を確かめに来たのだ。

 

「へー」


 努めて冷静を装うが、それはなかなか喜ばしい情報だった。


 これから酒場のマスターから話を聞こうと思っていたリーノたちだが、思わぬ情報源から思わぬ情報を得ることができた。

 もうここにいる理由がないほどである。


 フラジャイルの船が「玄関の島」にあるなら、赤島はもう制圧されているだろう。

「まず逃走を許さぬよう船を押さえろ」は、ガウィンがリリーに言いつけた指示である。


 彼らの証言は、リリーが指示通りやった証拠に他ならない。


「それで?」


「あ?」


「それで、どうしろって? まさか空賊が賠償だ弁償だって言い出す気? そういうお行儀のいいやり方がしたいの? 来る場所間違ってない?」


 ニヤニヤしているリーノに対し、ルーキーたちのこめかみには血管が浮き出す。


「ここは空賊列島でしょ? ――実力で取り立ててみろよ!」


  ジャキン!


 一瞬である。

 ほんの一瞬で、店内にいた空賊全員がリーノたちに銃口を向け、刃の切っ先を向け、戦いに備えて身構える。

 さすが暴力の世界に生きる者たち、「戦う」となれば行動も早い。


 リーノの言葉は「ケンカを買う」という意味だ。

 それを正しく理解したルーキーたち、そしてそれに便乗する店内の空賊たちは、ここでやり合うことを決めたのだ。


「――たかがフラジャイルを潰したくらいでなめんじゃねえぞ、新入りども。ぶっ殺すぞ」


 いよいよ一色触発となった。

 隅から隅まで殺気が充満した店内には、耳が痛くなるような沈黙に支配されていた。


 そんな中、リーノはゆっくりとした動きでポケットに手を突っ込み、一枚の金貨を取り出した。


「ねえ――派手なの頼むわ」


 ピン、と親指で弾かれた金貨は、くるくる回りながらステージで楽器を持ったまま固まっていた演奏家たちの手元に飛んでいき――


「ぐぁ!?」


「ぎゃっ!」


 それを目で追っていた空賊たち数名が、リーノたちの攻撃でぶっ飛ばされていた。





 銃声が響く。

 酒瓶が割れる。

 にぎやかな音楽に合わせて悲鳴が上がる。


「目覚めの大砲亭」では、よくある大乱闘である。





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