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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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291.空賊列島潜入作戦 本体 3





 港に降りた少女は久々の景色を懐かしく見つめる。


「――久しぶりの故郷ね」


 マーベリアで交渉を済ませたニア・リストンは、直通の旅客船に乗ってアルトワールの地を踏んでいた。


 さすがに元の白髪では目立つし、アルトワールでは有名人である。

 しかも公表はされていないが国外追放の身なので、大っぴらに帰ってくることはできない。


 なのでマーベリアを発つ前に、強力な魔法薬で髪を黒く染めてきた。


 今回使用したものは時間経過ではなく、特殊な魔法薬を使わないと落ちない王族変装用の髪染めである。

 ただし新たに伸びた分は元の色でしかないので、根元が白くなる前にどうにかこうにかまた染める必要がある。


 まあその辺はさておき、髪を染めているおかげで、故国に戻ってきても誰にも気づかれていない。

 どうせ滞在は長くて数日、ここは通過点でしかないし必要な者にしか会う予定はないので、ただ少し出歩く分には大丈夫だろう。


 早ければ今日にでも、遅くとも数日中には、別行動でヴァンドルージュに行かせたリノキスたちがアルトワール王都へとやってくるはずだ。

 ヴァンドルージュでの交渉に成功していれば、軍人と船も用意してくる予定である。


 それまでの間に、ニア・リストンもできるだけ交渉事を進めておく必要がある。


 戦力面での、弟子たちの協力要請。

 それとセドーニ商会へ行き、唯一の空賊の伝手を頼りにするつもりだ。


 やらねばならないのは、今のところこの二つのみ。

 あとは立案される計画により、いろんなことが必要になるだろう。


「――まずはセドーニ商会か」


 黒髪の少女は歩き出した。





「――あっ! このガキ!」


「――こんにちは」


 セドーニ商会を経由して再び港に戻ってきて、飛行船の整備をしていた元空賊黒槌鮫(ハンマーヘッド)団のキャプテン・リグナーと再会する。

 最悪船員と会えればいいと思っていたが、運良くキャプテンが王都にいてくれた。ちなみに整備していたのはニア・リストンの船である。


 定期的にニア・リストンとリグナーは会っていたが、黒髪の少女姿で会うのは二回目である。


 その一回目は、空賊団が陸に上がる原因となった時であり、リグナーらにとってはなかなか因縁のある存在である。


「そういえばおまえは知らんのか。このお嬢さんは、冒険家リーノのお弟子さんだ」


 わざわざ大店の会頭であるセドーニが直々に案内してくれた上に、「大切な客」であることを暗に強調して顔を立ててくれる。


「その節はどうも」


「は、はあ……どうも」


 なんとなく不承不承という感はあるが、リグナーも挨拶を返した。


 土下座で部下を助けろと言ったり、ついでに俺も助けろと命乞いしたりと、接した時間こそ短いが濃い時間を過ごしたと思っている。


 それこそ忘れられない人物なのだろう。

 彼にとっては髪を染める前のニア・リストンよりも、こちらの姿の方がよっぽど印象深いに違いない。


「あなたに頼みがあって来たの」


「頼み? 俺に? 言っとくけど、今は空賊家業どころか小せえ悪事さえ手を出してねえ。荒事も揉め事も巻き込まれるのは勘弁だぜ」


 心底迷惑そうな顔で、迷惑だという意志を隠そうともしないリグナー。

 細かなことまではわからないが、真っ当にやっていることは知っている――マーベリアで何度も会っているから。


「それはいいわね。正直私は交渉事なんて苦手だから、単刀直入に言うわよ。

 私を空賊列島に売り飛ばして。奴隷として」


「はあ? 何言ってんだおま…………あれ? 少し前にこんな話をしたような……」


「そうでしょうね。あなたすごい甘党よね」


「…………えっ!? お、おまえまさか……!?」


 ようやく気付いたようだ。


「酒場のエミュちゃんの娘か!?」


「誰それ」


「そっくりじゃねえか! ちょっと髪が黒すぎるのと目の色が全然違うことを除けばそっくりだ! いやぁエミュちゃんに似て可愛いなぁ!」


「その人と親子関係である根拠が薄くない?」


 どうやら誰かと勘違いしているようなので、もうさっさと名乗ることにした。





 リグナーとある程度の話を着けた後、向かったのは路地裏の酒場「薄明りの影鼠亭」である。


「いらっしゃい、空いた席に……あれ!? リリー!?」


 相変わらず安酒を求めて安い客がたむろする中、酒とつまみを運ぶ女給フレッサが、すぐにニア・リストンの姿に気づく。


「――あぁ? なんでガキがこんな場所にぶげっ!?」


「リリー! ああ、本物だ!」


 早速絡もうとした安い客に飛び蹴りを入れながら、フレッサは久しぶりに会った師に全身で抱き着いた。


「うん、ひさ、しぶり。頼、み、事があ、……って来た」


 言葉も呼吸も圧する双丘に阻害されながら用件を話すと、今度は抱きかかえられた。


「もちろん! なんでも言ってよ! ――ダグ、ちょっと店お願い!」


 カウンターにいたニア・リストンの知らない初老の男に断り、抱えられたまま奥へ連れ込まれた。





 ヴァンドルージュ組が合流するのは、これより二日後である。





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