安芸高田市内在住の元検察官の方からご投稿頂きました。



安芸高田市の石丸市長(以下便宜上「被告」といいます。

なお、刑事事件の場合は、被告ではなく、「被疑者」又は「被告人」と表現します。)は、2020年の9月下旬から11月にかけて、特定の市議(以下「原告」といいます。)から恫喝されたと市議会で発言したり、旧Twitter にポスト(投稿)したりしましたが、原告は、この発言や投稿により誹謗中傷されたとして、名誉毀損等による損害賠償請求訴訟を提起したのです。



この民事事件を審理した広島地方裁判所は、この12月26日、判決を下しました。



主文は、「被告安芸高田市は、原告に対し、33万円及びこれに対する令和3年9月28日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。」などというもので、訴えた請求額の10分の1程度(「なんだ、そんな程度か。だったら市長は、そんなに悪いわけではないということか。」と思ってしまいそうですが、そうではありません。

この種の事件の相場はそんなものなんです。)ですが、原告の全面勝訴といっても過言ではありません。



さて、判決は、原告の被告に対する賠償請求を棄却しましたが、別に安芸高田市を被告として請求した事件について、「被告安芸高田市」に賠償責任を認めましたので、その適用法条である国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条から見ていきましょう。



以下のように規定しています。



① 国又は公共団体の②公権力の行使に当る公務員が③その職務を行うについて④故意又は過失によって⑤違法に⑥他人に損害を加えたときは⑦国又は公共団体が、これを賠償する責(せめ)に任ずる。



さて、裁判所並びに原告及び被告は、①及び②の要件について、安芸高田市が「公共団体」であり、被告が「公権力の行使に当る公務員」であることは公知の事実で証明を要しないので、まったく問題にしていません。



したがって、争点は③ないし⑥ということになり(その間に、因果関係も必要。「よって」という接続詞がそれを示します。)、裁判所も、証拠や各当事者の主張等をもとに、一つ一つの要件を検討していきました。



なお、裁判所が書いた判決文(本判決文も含む。)の中には、一般の人が聞きなれない言葉や判断基準が示されていたり、ときには理解が難しい表現もあって、もっと分かりやすい書き方をしてほしいと思うこと(とき)があります……。
 


それでは、裁判所の判断を見ていきましょう(できる限り分かりやすく、かつ、原文の趣旨に沿うように、投稿者なりに要約しました。

判決文は、添付の証拠資料を含めて43ページもありますので。)。



なお、裁判所は、④の要件を検討する前に、「名誉毀損該当性」を検討しています。



被告が、令2.9.30に、全体会議終了後の非公開の意見交換会(以下「本件意見交換会」という。)において、ある特定市議が「議会を敵に回すと政策が通らなくなりますよ」と発言(以下「本件発言」という。)したと述べ、次いで、被告は、同10.20の全員協議会において、その発言は、被告に対する恫喝であり、その発言者は原告である旨述べて(以下「本件議会内発言」という。)います。



この発言や、令2.11.8及び同11.12に旧Twitter に行われた複数投稿(「9/30の全員協議会で私が恫喝と感じる発言を行った山根議員…(中略)…。最大の問題は、『議会を敵に回すと政策が通らなくなりますよ』という山根議員の発言です。」などといった内容。

以下「本件各投稿」という。)の内容について、名誉毀損該当性が認められるか検討しています。



1 ③の要件について

 【投稿者注】

被告が、議会内で議員とやり取りすることがこの要件に該当することに問題はないので、裁判所並びに原告及び被告も、この点に触れていません。

問題は、被告が Twitter にした投稿についてです。

読者の皆様の中には、被告が個人としてやったものだと思われた方が多いのではないかと推察しますが、さて裁判所は……。
 


被告が、旧Twitter に投稿する際に使ったアカウントは、被告作成のもので、安芸高田市のホームページには、「安芸高田市」が公式アカウントとして掲載されており、被告作成に係る 旧 Twitter アカウントは、掲載されていない。



しかし、だからと言って、被告のSNSへの投稿が職務行為に当たらないわけではない。



被告のアカウントは、実名かつ公開で、安芸高田市長であることを明記して運用されており、その投稿内容も、市長としての活動状況であったり、市議会や市会議員の状況について対外的な情報提供をしていると評価できるので、自己の利益を図るために加害の意味を持つ投稿をしたとしても、その投稿は、「客観的に職務行為の外形を備えている」(昭31.11.30最小判参照)ということができ、「職務を行うについて」なされたものというべきである。



ただし、国賠法1条が適用される場合、職務を執行した公務員個人は、被害者に対する賠償の責任を負わない(昭53.10.20最小判等参照。国が公務員に代わって賠償責任を負うので、講学上、「代位責任」といわれています。←【投稿者注】)。



なお、本件議会内発言についても被告個人としての賠償責任は負わない。



2 本件議会内発言及び本件各投稿の名誉毀損該当性について

被告の本件議会内発言は、本件発言をした原告が、被告が市長として行う政策等の賛否を、その是非ではなく、原告自身や市議会にとって敵か味方かという立場によって決める議員であり、かつ、被告が原告の本件発言を恫喝だと表現する意味は、原告が被告を脅し、原告自身や市議会に従うように仕向けようとした議員だということになる。



すると、この本件議会内発言は、原告の市議会議員としての評価を根本から揺るがす事項についての事実摘示及び意見であり、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば(昭31.7.20最小判参照)、原告が市議会議員としての素質や適性を欠いた人間であることになり、原告の社会的評価を低下(名誉を毀損)させるものである。



同様の理由で、本件発言をしたのは原告であるとの本件各投稿も、原告の名誉を毀損させるものである。


 
3 ④の要件について

 【投稿者注】

裁判所が、「本件議会内発言及び本件各投稿についての免責事由の有無」として検討している箇所であり、私を含めて、読者にとって最も難解な箇所です。



誤りを恐れつつ進みます。

なお、裁判所は、本要件については、①昭和41.6.23最小判及び②平成元.12.21最小判を引用しながら判決文を書いています。

どうして、地裁の裁判官が最高裁判決を引用して判断するか考えてみてください。


 
 (1) 一般的に市議会議員の全員協議会における発言は、市議会議員としての発言であるから、原告が本件発言をしたのか否かに関する被告の本件議会内発言は、公共の利害に関わるものであるといえるし、原告の本件発言の有無を明らかにすることは、市民にとって有益であるから、被告の本件議会内発言は、専ら公益を図る目的でなされたものである。



しかし、本件意見交換会の一部状況に関する録音データには、原告の本件発言などは含まれていない。


また、原告が本件発言をした根拠として被告が提出したメモは、「T」とか「Ku」、「Ko」、「Y-対立-政策-敵」などの主として単語を羅列しただけのものだし、被告は、「T」、「Ku」、「Ko」は、本件意見交換会で発言した議員の名前を指すものだと説明するが、その単語と発言者を結びつける証拠はなく、被告が原告だとする「Y」についても、被告の誤った認識が差し挟まれている可能性が否定できず、原告が本件発言をしたという裏付けとはならない。



したがって、原告が本件発言をしたとの事実は、真実であるとは認められず、真実であると信ずるにつき相当の理由も認められない上、本件発言が恫喝に該当するとの意見部分も含め、本件議会内発言について、免責されない(故意又は過失が認められる)。


(2) 次に、本件各投稿についてであるが、これらも専ら公益を図る目的でなされたものである。



しかし、被告は、令2.10.20の全員協議会において、市議会から恫喝を受けた点につき問題提起して、恫喝発言の有無やその趣旨等につき市議会議員に意見を聞きたいと述べた上、その後、原告に釈明を求める際には、「御忠告」との表現を用いており、必ずしも本件発言について原告に釈明を求めているとは解されないし、このときの原告答弁にも本件発言をしたことを認めるような発言はないので、被告に、原告が本件発言をしたと信ずるにつき、相当の理由はない。



また、本件各投稿で、被告が原告の本件発言について回答を求めるメッセージを発したが、原告は回答しなかった。



しかし、一般社会には、ほとぼりが覚めるまで回答せずにおこうなどと考える人もおり、回答しないことをもって、被告において、原告に本件発言があったと信ずるにつき相当の理由があったともいえない。



したがって、被告が、各投稿において、原告が本件発言をしたと摘示する部分、及び、本件発言が恫喝に該当するとの意見ないし論評部分についても、免責されない(故意又は過失が認められる)。



4 ⑤の要件について

市町村等の普通地方公共団体の長が議会において発言等をする場合、政治的判断を含む一定の裁量が存在する。



その発言等に、ここでいう「違法」があるというためには、その発言等の動機、目的、内容及び発言態様等を考慮し、その長の政治的判断を含む一定の裁量を逸脱したといえないといけない。



本件議会内発言については、これまで検討してきたように、原告の名誉を毀損するものである。



また、原告が本件発言をしたという事実に真実性はなく、真実だと信じるに足りる相当の理由もないといった状況下で被告の本件議会内発言がなされていることに加え、原告が本件発言をしたか否かは政治的判断を必要とする事項でもない。



以上のことに鑑みれば、本件議会内発言は、発言等をする際の裁量を逸脱しているといえ、「違法」である(簡単に言うと、真実でない事実を言ったら名誉を毀損するのに、裁量を間違って言ってしまって原告の名誉を毀損した、ということ←【投稿者注】)。



また、本件各投稿についても、前記状況下でなされており、市長としての立場や影響力に鑑みると、被告は、Twitter 上で広報活動を行うに当たり、市長として職務上当然尽くすべき注意義務(簡単に言うと、よく状況等を考えて、名誉を毀損しないように注意する義務のことこと←【投稿者注】)を尽くさなかった違法がある。



5 ⑥の要件について

本件議会内発言及び本件各投稿は違法であり、原告の市議会議員としての評価を揺るがすようなものであり、実際にも、原告の議員としての素質や適性を疑い、辞職を求める非難メールや電話が殺到したことが認められる。



また、被告の本件議会内発言が、報道陣の前でなされたことから、原告が本件発言をした議員であるかのようにテレビ等で報道された。



さらに、本件各投稿は、市議会議員にとって重要な選挙期間の最中に行われた。



なお、原告は、被告の本件議会内発言や本件各投稿により、原告の投票数が減少した旨主張するが、その証拠はない。


【投稿者注】   

読者の皆様に分かりやすいように、これに続く文章を付け加えると、「以上のとおり、被告が原告に損害を加えたことは、証拠により明らかであり、主文のとおり判決する」となります。

       以上



  ー まとめ ー

以上、判決を見てきましたが、結局、裁判所は、石丸市長が主張する山根議員が「議会を敵に回すと政策が通らなくなりますよ」と発言した事実に、証拠による真実性の裏付けはなく、市長は山根議員の名誉を毀損する違法な発言をして、同議員に損害を与えたと判断したのです。



この裁判所の判断は、これまでの最高裁判例の判断基準に則り、証拠に基づき、かつ、論理的に事実認定が行われており、事実誤認はないと言えますし、法律や憲法の解釈が問題となった事案でもありませんので、上訴(控訴、上告等の不服申立て)しても判決がひっくり返ることはないと思います。

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