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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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287.空賊列島潜入作戦 13





「――おいガキ! てめぇ俺の船どうしたぁ!?」


 フラジャイル帰港より三日目。


 港にいたリリーの下に、軽傷のフラジャイルと重傷多数の白鯱空賊団(ホワイトオルカ)の船員たちが怒鳴り込んできた。


 ここ数日、リリーは港の傍で過ごしている。

 今は目立つよう、開けた場所の真ん中に適当な木箱を置き、その上に座っている。


 のんびりと日光を浴びながら、よく知らない奴隷が持ってきたリンゴを齧っていた。

 奴隷曰く「がんばってください」だそうだ。


「二日か……まあ、普通ね」


「あぁ!?」


 ――二日目が終わった後、フラジャイルは逃げることを考えたのだろう。


 昨日は散々ボコボコにした。

 あれで「次やれば勝てる」なんて思えるなら、もう学習能力が機能していないとしか思えない。


 この島から逃げることを考え――そして白鯱空賊団(ホワイトオルカ)の船がないことにようやく気づいたのだ。

 

「あなたたちの船なら、今は『玄関の島』にあるわよ。私が略奪したから」


 と、リリーはのんびり最後の一口を齧って、残った芯を遠く海へと投げた。


「逃がすわけないじゃない。というかもう逃げられないわよ?」


 白鯱空賊団(ホワイトオルカ)が赤島に到着したその日、彼らの船は「玄関の島」へ向かわせた。


 そしてその直後、フラジャイルを待っていた半分ほどの空賊たちが、フラジャイルを見限って島を離れた。


 その際に出した条件は、二つ。


 一つ目は、赤島にある島間移動に耐えうる船を遺棄すること。特に逃げなかった空賊の船も潰しておくこと。

 二つ目は、もし「玄関の島」に行くなら、今の赤島の状況を伝えること。


 この条件二つは、どちらもフラジャイルの逃亡を阻止するためのものだ。


「逃げねぇよ!」


 だが、昨日一昨日とあれだけやられたにも拘わらず、フラジャイルの威勢は衰えていない。


「この島ごと砲撃でぶっ殺してやろうと思ったんだよ! まるごとてめぇの墓場にしてやろうってなぁ!」


「ああそう。残念だったわね」


 微笑むリリーだが――今回は目が笑っていない。


 この島ごと砲撃。

 まるごと墓場。


 そんなことをしたら、奴隷どころかこの島にいる全員の命が危うい。中にはまだ島に残っている傘下の空賊だって含まれるのに。

 どこまでも命を軽視する男だ。


「ねえ――上見て」


「は?」


「ずいぶん空賊船が近いと思わない?」


「……」


 フラジャイルたちは、怪訝な顔で空を見上げる。怪訝な顔のままぐるりと見回す。


「な、なんだこりゃ……」


 リリーの言う通り、空賊船が近い。

 なんだかよくわからないが、赤島の上空や周囲を、五十隻を越える多種多様の空賊船が飛んでいた。


「見学よ」


「……見学?」


「ええ――」


 リリーはゆっくりと歩き出す。


「ほら、向こうにも」


 と、今度は港の反対側……倉庫や建物が並ぶ方を指差す。


 一見すると何もない――いや、違う。


 そこら中に奴隷たちがひしめき合い、隠れながらこちらを見ている。

 何を考えているのか、何かを渇望するようにギラギラした目で見ている。


 その何十、何百もの……真意がわからない強い視線に気づき、フラジャイルたちは思わず一歩引いた。


 異様だった。

 傘下にいない空賊船が赤島に近づくことなんてなかったし、よく見る奴隷の目じゃない。


 これは、フラジャイルが支配している、いつもの赤島ではない。


「まだわからない?」


「……!」


 まったくもって嫌な予感しかしない異常な状況に息が詰まりそうで――ふと我に返れば、リリーはすぐ傍にいた。


 そう、すぐ傍に。


「暴走王フラジャイルが負ける瞬間を、みんな見に来たのよ。大人気ね」


 見上げる蒼い瞳を見下ろした瞬間、背筋が凍り付いた。


「――でも安心して? 私は(・・)殺す気はないから。あなたの心が折れない限り、何度でも何度でも再戦するわ。さあ、今日の分を始めましょ?」


 フラジャイルよりも爛々と輝く狂気――深い暴力への渇望を垣間見ただけで、即座に悟った。


 こんな危険な目をした奴に勝てるわけがない、と。

 完全に、呑まれてしまった。


 一瞬で戦意を喪失した空賊たちに、少女は容赦なく襲い掛かる――











「ただいま」


 バイラスの娼館に戻ると、その辺で壁に落書きをしていた子供たちが「リリーさまが帰ってきたー!」と叫びながら奥へ行ってしまった。


「おかえり!」


「おかえり」


「おかえりなさい」


「……」


「――おっと」


 料理中だったのかエプロンを着けたエイダ、調書を取っていたらしきペンを持ったままのエスター、洗濯中だったのか両手を濡らしているアシール、素早く近づき無言で飛び掛かってきた豹獣人ルシエドは抱き留める。


「お、おかえりなさい」


 ゴツゴツと松葉杖を鳴らしながら、エスターの後ろから、子供たちに支えられたルイザも顔を見せた。


 フラジャイルが帰ってきてからは、この娼館には帰ってきていない。


 余計な戦火に巻き込むことになる可能性が高かったので、「何日か帰らない」という伝言を頼んで今日。

 リリーはようやく帰ってきた。


「ただいま。オリビエは?」


「近くの娼館の様子を見に行ってる。それより――」


 なんて聞いていいか迷ったエイダの隙を突いて、エスターが割り込んだ。


「あ、あんまり心配はしてなかったけど! ……うまくいったの?」


 どうやらかなり心配させてしまったようだ。


「まあね。約束通りフラジャイルは始末した、と思う」


「思う?」


 ――最初はリリーがしっかり片を付けるつもりだったが、赤島に入り実情を知ってからは、方針を変えた。


 自分よりよっぽど殺したい者が他にいる、と思ったからだ。


 リリーは義憤の面が強いが――この島の奴隷たちの多くが、殺したいほど憎んでいる男である。

 ならば、リリーより強くフラジャイルを始末することを望む者に、譲るべきだ。


 そう思ったから、


「あとは任せてきたから」


 これまで力ずくでやってきた彼らと同じように、力でねじ伏せてやった。


 その後は、知らない。


 リリーに蹂躙されて満足に動けなくなったフラジャイルや白鯱空賊団(ホワイトオルカ)の船員たちは、その場に残してきた。


 彼らを強く恨んでいる奴隷たちの前に。

 虐げ、踏みつけられ、人扱いされず、ともすれば直接的に人生を大きく狂わされた奴隷たちの前に。


 ――リリーが去った後、奴隷たちが雄叫びを上げていた。何百人もの殺意に満ちた声が上がっていた。


 あれで生き残れるなら大したものだと思う。

 そこまでの奇跡的な強運を持つなら見逃してもいいくらいである。


 百を超える奴隷たちから逃げられたとしても、次はこの島の近くを飛ぶ空賊たちから逃げなければならないだろう。

 これで逃れられるのであればやってみせてほしい。


 ――まあ、とにかくだ。


「アシール。あなたは神聖魔法の素質があるって言っていたわよね? 治癒魔法使える?」


「初歩的な魔法なら……でも魔封じの首輪が」


「はずすから。治療を手伝って。――ルイザ、待たせたわね。足の治療を始めましょう」





 もうじき、空賊列島侵略作戦の本体とも言うべき、空賊雪毒鈴蘭(スノー・リリー)がやってくるはず。

 それまでは治療に集中できるだろう。


「――あ、リリー! おかえりなさい!」


 周囲の様子を見に行っていたオリビエが戻ってきた。


「――ただいま、オリビエ」





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