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悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】 作者:まきぶろ

本編

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 盤上を次に進めるために村に戻ると、最近何度も感知した気配が存在することに気が付いた。彼女については触れないまま留守の間について村長を任せている魔族の男に尋ねると、やはり思っていた通りスフィアが来ているようで来客を告げられる。


 ラウド伯爵令嬢……いえ、つい先日伯爵家との縁を切ったと聞いたので「元」伯爵令嬢と言うべきかしら。エミが「レミリア」として社交を行なっていた頃から彼女は女騎士として活躍していて、彼女が卒業した後にエミ達が入学したため記憶の中にあまり交流をしていた様子はない。

 しかし、この開拓村に住民が一桁しかいなかった頃から彼女はわたくしの元を頻繁に訪れているのだ。彼女が婚約者であるデイビッドから数年かけて聞いたわたくしの話や社交界での評判と、星の乙女が現れてからの顛末に違和感を覚えてわざわざ話を聞きに。

 何年も一緒に過ごした幼馴染みより、その又聞きをしたほぼ他人の方が正しく判断できているなんて皮肉が効いているわ。

 当初は数人の魔族が入植を始めたばかりで、まだ人間を身内に数えるわけにいかなかったわたくしは「ここには城の監視がついているから、わたくしに関わったら貴女まで不幸になってしまうわ」とそれだけを告げて拒絶した。完全ノーマークで使い魔の監視も付けていない人物だったせいで腹の中がわからなかったし、星の乙女の息のかかったスパイの可能性もあったから。

 ただそれで彼女は諦めず、自分自身でわたくしが村で何をしているか聞き込んだり勝手に近所で野営をしていって調べたりするうちに「レミリア」に心を傾けて同情し、わたくしが身寄りの無いものを引き取ったりその者達に仕事を与えたり、そこに混じって働いていたりと、行いを実際目にするうちにあの一件が冤罪だったと確信を得たようだった。最初の訪問の時に彼女につけた使い魔の監視経由で、その後星の乙女に首ったけのデイビッドとの婚約破棄を遂げ、騎士団長の家と縁を繋ぎたいと屑と娘をめあわせようと最後まで抵抗していた家族との縁まで切っているのは知っている。

 各地のダンジョンを回り、この頃は村に戻るたびにスフィアがわたくしと話をしたがる素振りを見せていた。おそらくここに移住したいとでも希望するのだろう。……そうね、そろそろあの件を知っている駒が必要だったからちょうどいいわ。人間を近くに置くのは避けていたが、ピナはあの香水、手持ちの分まで使い切ったようだからもう寝返ることを心配しなくてもいいわね。

 ああ、人間の子供達はそれより先に村に招いていたけれど、それはいいのよ。だってピナが身寄りの無い子供程度にあの香水や恋の秘薬を使う可能性は無いもの。そのために少女と、見目の悪い少年ばかりを集めたのだから。それに、彼らはこの村に来てまっ先に星の乙女が行った所行を先住民の魔族達から聞いている。わたくしを陥れて追放したって。衣食住を与えて、母親か姉のように彼らに接して今は本当の家族のように懐いて感謝もしているわたくしに、星の乙女はそんな事をしたのかと彼らは憤っていた。これをひっくり返すのはもうあの女には無理だろう。


 スフィアも星の乙女を既にしっかり嫌っているから仲間にするには好都合だわ。それに正義感が強くてハッキリと物を言う彼女が居た方が……素敵な事になりそう。わたくしは、スフィアが言わんとしていることを何も予想がつかないフリをして、彼女を屋敷に招き入れた。




 移住どころか、わたくしの部下になりたいと言い出されるのはさすがに予想外だったわ。

 若い貴族女子から思春期の熱病のような疑似恋愛含めて慕われていたスフィアがついてくれるのはありがたいけど……わたくしの騎士になりたいとは。

 まぁ……こっちの方が愉快な盤面が作れるかしら? わたくしは突然の申し出に戸惑う顔を見せながら、「じゃあお友達から始めたいわ、よろしくねスフィア」と笑いかけた。エミならきっとこう答えるもの。スフィアはその返事にたいそう感動したらしく、「貴女に忠誠を捧げようとした私の目に狂いは無かった」と胸を押さえて天を仰いだ。あら、エミの「レミリア」に忠誠を捧げてくれるなんて。話を聞いて自分で判断してここに来た時から感じていたけど、貴女はやっぱりわたくしの見込んだ通り信用に値しそうね。ピナに騙されて裏切ったデイビッドとは大違いだわ。

 

 予想外の収穫があって嬉しい。この次の一手もわたくしの計画よりも良い成果を得られそうな予感すらしてくる。いけないわ、慢心はダメ。エミの「レミリア」が幸せになるまで気は抜けない。


「ところで村長さん、お変わりは無くて?」

「ああ、レミリア様か。いやぁ、腰を据えて暮らすって言うのはいいね……色々トラブルはあるけど援助もしてもらってるし、助け合って何とかなってるよ」

「それなら良かった。また取ってきた魔石を魔晶石に加工したから、村の建設資金に回していただける? そろそろ一回り広い柵も必要だと思うの」

「ありがたい、耕作地がこれで増やせます」


 空間魔法から取り出した革袋を村長、元王都の課金ショップ店主に手渡す。彼がかなり早い段階で店を畳んでくれて本当に良かった。これは計画からは外せない一手だったから早ければ早いほど助かったわ。


 王都にも情報収集のため少し潜伏して残っている仲間がいて、つい先日そこから「店だったところにどこかの貴族の私兵が大挙して押し寄せ、中を全部ひっくり返す勢いで捜査していた」と伝わったらしい。わたくしの放った使い魔の情報からすると、好感度アップアイテムを売ってもらえなくなったピナが痺れを切らして店主を捕縛させようと取った手段だったらしいが。騎士団に伝手のあるデイビッドを通じて違法な薬物を作っている疑いが、と吹き込んだらしい。その違法と思われる薬物を散々星の乙女に摂取させられた身で笑いそうになるわ。

 その後監禁しつつ秘密裏にアイテムの製造をさせるつもりだったようだ。しかし他にも有用なアイテムを売っていたこの店に顧客は多かったらしい。利用者に貴族も多かったこの店が潰れた理由は「星の乙女が商品を独占しようと店主を略取し飼い殺しにしようとした」と広めておいたら、毛生え薬や痩身薬の手に入らなくなった貴族達はピナの事を見事に恨むようになったから。


 ピナは学園編と呼ばれるわたくしの断罪で1章を終えると、ガチャ加入キャラだった男達と出会う端から考えなしに香水や秘薬を使っていた。それは店から売ってもらえなくなってからも。顔の良い男と新しく出会うと我慢が出来ないらしい。

 そんな事を続けて、店から買えないまま手元の恋の秘薬が尽きてしまって焦ったのだろう。現実世界には会話イベントや選択肢は無く、まともに自分の言葉で人と親しくなるのはあの女を見ていた限り成功する様子は無い。

 通常好感度アップアイテムだった本にお菓子やお酒も、現実でプレゼントするならその中で更に好みが分かれる。冒険譚が好きな人に経済学の本を渡してもあまり喜ばないように。そのあたりの機微を察するのもあの女は出来ていなかったし、好みを学ぼうとする姿勢も無かった。使い魔経由で観察していたところによると、未だにこの現実がゲームと同じシステムで動いていると思っているらしく、思い通りにいかないのをよくわめき散らしている。

 物語とは違って、当然だが「知人以上友人未満」と言える程度には親しくならないとそもそも命を預け合う事もあるパーティーに加わって戦闘に参加してくれるわけもない。

 それに今のあの女は城に留め置かれていて、市井に暮らしていたり冒険者だったり傭兵だったり、国からは独立している機関の魔術師だったり他国の者と出会っても仲間に引き入れる事は叶わない。

 あの女は人の好意を得る手段を実質なくしたわけである。

 店主は「レミリア様が言ってた通り貴族に捕まる前に逃げ出せて良かった」「あの女ただの常連だと思ってたら人の事を奴隷にしようとしてたなんてとんでもない女だな」とわたくしへの信頼が一層増したようでさらに嬉しいばかりだ。


「それでね、村長さん。わたくしお目通りしたい方がいるの」

「目通り? そんな偉い方の知り合いなんてレミリア様以外に俺にはいませんけど……」

「魔王陛下にお会いしたいの」

「い、いくらレミリア様でも、それは……」

「難しい、かしら? あなた達が数百年前から悩んでいる、『狂化』を解決する手段が見つかったと言っても?」

「! ……詳しく、聞かせていただけませんか」


 わたくしはにっこり笑って、エミを思い出して無垢な目を村長に向けた。「助ける手段があるなら、私がそれを出来るなら助けてあげたい」と言っていたエミの言葉を思い出して。

 見返りもなく、クロードの父親の命を助けたエミと同じ表情がわたくしは出来ているかしら。




「それで……人の娘よ。そなたが狂化を治す事ができると言うのは真か?」

「発言を、お許しいただけますか? ……ありがとうございます。治すとは異なりますが、狂化について、解決する手段がわたくしには確かにございます」


 寂れた魔王城の手入れの行き届いていない謁見室で、普段ダンジョンに潜るときの女兵士のような姿のまま……騎士の礼をとって頭を下げていたわたくしは声をかけられた事で直答を許されたのだと判断してゆっくり顔を上げた。

 狂化、とは魔族に現れる滅びの時だ。元々魔族に寿命らしい寿命はなかったのだが、ある時から理性を失い同族を食らう発作のような症状が観測される。狂化を起こすと理性を失うがすべての身体能力が上がり、今まで使えなかった強力な魔法を操り、時にはそれでめちゃくちゃに転移を使って人の住む領域に飛んでしまう個体もいる。そのような存在が恐ろしい「悪魔」として人の世界に伝わっているのだ。同族の命を奪うほどの体積を食べると理性が戻るが解消手段は他にはない、魔族の中では「死に至る病」とも呼ばれていた。

 狂化に至った魔族は誰かを食べる前に殺してやるのが慣習らしいが、まれに自分を差し出してしまう家族や友人や恋人がいる。それで理性を取り戻した魔族は、再度の狂化を防ぐ為に自ら死を選ぶことが多いが、わたくしの村で匿っている人達のように人の世界に混じって生きていく事を選ぶ者もいる。発症時に子供であった者は周囲がそう望みそうなることが多い。


「狂化とは、この地に発生する瘴気、これを取り込み続ける事でいつか必ず理性を失い発症してしまうものでございます。個人によって瘴気に耐えうる量は変わりますが……」

「どこでその知識を得たかは知らぬが……ああそうだ、だからこの地を捨てろと? 数が減ったとはいえ我が国の民は3万はいるのに何処へ行けと? 全員が海を渡る手段もないのだぞ?」

「いいえ、そのような問題の先送りを提案しにきたのではございません。それに……魔族としての力の強い方は、角や牙などの特徴が人に混じって暮らすには目立ちすぎます」

「ならば……」


 物語では時系列は詳しく語られていなかったが、この時点で狂化の原因が瘴気と判明しているなら「狂化のしやすさは魔族としての力による」のも分かっているだろう。幼い頃に狂化を発症するような魔族には魔族としての特徴を強く持った者はおらず、魔王のように皮膚の一部が硬質の鱗状だったり目に人ではありえない色がついていたり、爪、角や牙に羽を持つような強力な存在はまず数十年は狂化しない。それが分かってから、狂化しやすい、人に近い姿で生まれてきた力の弱い魔族を人の世界に送ってそこで生活させているのもこの王が生み出した苦肉の策だ。瘴気に満ちたこの地では実りが少なく、金策以外にも少しでも魔族を救おうと瘴気の生まれない土地に送り出しているのだ。

 物語では、レミリアと契約して「滅びた後のこの国を魔族が貰い受ける」と狂化に悩まずに済む土地を欲して厄災を起こしていく。星の乙女の力によって魔族の問題が解決できる可能性も考えて、レミリアには内密に星の乙女の確保にも動いていた。

 物語冒頭では「悪魔召喚」と描写されていた儀式は実際には魔界と物資をやり取りするために使われていたもので、その名残は王都にあった店でも使われている。わたくしが悪魔召喚の研究をせずに魔界とわたりが付くと予想していた通り、あの店の使っていた転移魔法陣の座標から魔界に飛ぶことが可能だった。いくらわたくしでも一度も行ったことのない場所には普通は飛べないもの。

 かつて悪魔と恐れられた存在は狂化した魔族の成れの果て。狂化して、今まで使えもしなかった魔法が……転移が使えるようになった個体は本能的に瘴気の薄い違う大陸を目指して跳ぶらしく、そうして人の住む世界に現れたものが「悪魔」と言い伝えられていたのだ。

 恐ろしい見た目で描かれていた魔王は国を治め苦悩する指導者だった、というのが魔界編で明らかになるストーリーである。


 今はまだ生きている、隣に立つ角の生えた男が彼の弟だろう。彼は魔王が万が一狂化した時、真っ先にその身を捧げて魔王の理性を取り戻す用途として生きている。物語では、魔王はこの弟を含めた魔族を救うために遠い国を滅ぼして乗っとる事を決めた。

 魔界編が始まってすぐに彼は狂化した魔王によって命を落とす。魔王アンヘルが産まれてちょうど140年となる日に……そこがアンヘルの狂化のタイムリミットだったのだろう。エミはその話でも泣いていた。悪役令嬢レミリアといい、エミは悪役として出てくるキャラクターに感情移入しすぎだと思うの。


「それに、この瘴気は魔界の中心に眠る創世神から湧いて出ているものです。放っておけばこの世界全てを覆い、魔族の安寧の地どころか人や他の生き物も住めない世界へとなってしまうでしょう」

「何故人間が、魔界の地に創世神の神殿があると知って……」

「これを防ぐためにはただひとつでございます。創世神が神としての権能を使うたびに溜まっていく淀み、これを払う役割を持っていた浄化の女神『レンゲ』をその前までお連れして、あるべき姿にお戻りいただくこと。これしかございません」

「……それを、何故、お前が知っている? 人間」


 わたくしは微笑むと言葉を続けた。物語では、魔王は嘘と真実を見抜く瞳を持っていた。わたくしが、今語った事を「真実だ」と本音で思って喋っているのは分かっただろうが、それを「何故知っているのか」情報源を確かめなければ荒唐無稽すぎて真実とは思えないだろう。


「わたくしには、この世界を救う乙女の記憶があるのです」

「記憶?」

「はい、記憶でしかございませんが、わたくしはその記憶を頼りに自分を高め、たった1人で世界各地の遺跡をめぐり鍵を集め、天界の主さえもくだしました。どう鍛えるか、何処に天界への鍵があるか、創世神の浄化をする女神が数百年前突然姿を消したのは何故なのか、その世界を救った乙女の記憶から知りました。ただ、それを良しと思わぬ悪しき心を持った存在に妨害を受けてしまい、記憶の中の出来事とは大きな乖離がありますが……」


 エミがこの世界を救って、その記憶があるのは本当。物語の中でね。ピナに邪魔をされたのも本当、わたくしが悪役令嬢になってないのは大きな乖離。何も嘘はついていない。嘘をつかずに伝えたいように話をするなんて簡単にできる。それを魔王は気付いていないようだけど。

 魔王の中ではその「悪しき心を持った存在」が周囲を騙してわたくしを追放したように見えるだろう。


「……それが間違っていた場合、如何する」

「邪神となりかけた創世神に近付いて、愚かな女が1人命を落とすだけにございます。わたくしは創世神の浄化を助け、滅びゆくこの世界を救うことが、わたくしがやらねばならぬ事なのだと思っております。魔王陛下、あなた様が持つ、創世神の神殿の鍵をお貸し願えませんでしょうか」

「……これは国宝だ、貸し渡す事は出来ぬ」

「そんな、」

「俺も行く」

「兄上?!」

「控えろクリムト。……勘違いするな、人間。お前を信用したわけではない……お前の言葉に嘘が無かった故、ボロが出るまで監視を続けるだけだ」

「……感謝いたします」


 頭の中で計算する。今のわたくしは原作のレミリアの最終ステータスを軽く凌駕している。1人でも「堕ちた創世神」は倒せる予定だったが、戦力として魔王が加わるならばこれ以上助かる事は無い。さすがのわたくしでも多少の苦労をすることを覚悟していた。

 聖鎧は魔王の分は無いが、予定に無かった火の神の加護を使えば創世神の振り撒く神罰を無効化する力を1人分は生み出せるから問題無い。

 物語の通りなら創世神を浄化するには一度徹底的に弱らせる必要がある。物語の時より早い段階とは言え完全状態の邪神に近づきつつある創世神をそのまま浄化は出来ないし、瘴気の濃い状態ではレンゲを召喚出来ないからだ。


 この男がいた方が利益が大きい、との結論に至ったわたくしは目を涙で潤ませながら大仰にお礼を言って見せた。

 ありがたいと思っているのは本当だもの。



「それでは、魔王陛下。準備はよろしいですか」

「……アンヘルと呼べ」

「は、」

「俺の名だ」


 そう言うと、わたくしの「準備はいいか」の声に答えないまま魔王……アンヘルは神殿の奥の扉を開けた。

 ……戦闘時に呼びかけるには長い呼び名は不便だから、という理由を考えたがどうやらそうは見えない。エミを意識したわたくしの「悪役にされても健気に世界を救おうと見返りもなく頑張るレミリア」という顔にアンヘルはどうやら好意を抱き始めているようだった。

 これも利用できそうだ。「世界を救うことにいっぱいいっぱいで、他人からの恋慕になんて気づかない一生懸命なレミリア」に見えるように心がけよう。嘘ではないわ、エミならきっとそうなるもの。


 「堕ちた創世神」のダンジョンは他に魔獣は現れない。アイテムもなし。戦闘は創世神とのみ。「悪役令嬢レミリア」のいたこの物語はエミの世界では珍しく円満にサービスを終了したソーシャルゲームで、緩やかにアクティブユーザー数を減らしていった6年目に最終章を配信した。

 何故瘴気が発生するのか、何故創世神は堕ちたのか、最後に取ってつけたような設定も多く、エミが見ていた掲示板もそのせいで少し荒れていたが解決策や背景が分かるというのは今とてもありがたい。完結後に発売されたファンブックもエミは買っていたので、そこに書かれていたこともわたくしは記憶を見て全て知っている。

 魔界に発生する瘴気の問題を解決した星の乙女とその一行は、世界を救ったと称えられながら幸せなエンディングを迎える。一番好感度の高いキャラと、または上限に達していたキャラが複数いるならその中から1人を選んでハッピーエンド。他の人のエンディングも見たいなら課金して専用アイテムを買えば全員とのプロポーズに結婚式も見られる。アンヘルさえもその対象になっていたのに、悪役令嬢レミリアは、最終章の途中で星の乙女を暗殺しようとし、かつての婚約者ウィリアルドに討たれて命を散らす。「わたくしだって誰かに愛されたかった、幸せになりたかった……」と言い残して。何故彼女だけ救われないのかとエミは泣いてくれていた。


 この堕ちた創世神のダンジョンでは道中、行動選択時に5回に1回は「先に進む」ではなく「アイテム/魔法」からの「浄化」を使わないと仲間のうち魔族と人間がランダムに狂化する。そうすると仲間との戦闘が発生して、勝つと正気に戻るが瀕死になってしまう。魔王のステータスで狂化されるととても面倒なので、忘れずに浄化をかけておく。

 浄化は聖魔法に属するため、治癒魔法が使えるレミリアももちろん使える。これは物語のレミリアもそうだったが、使える魔法の属性と本人の善悪は一切関係ない。だってあの、醜悪な魂が入っている体で星の乙女の力が使えるのを見れば分かるでしょう?


 わたくしはファンブックに書いてあった裏情報もアンヘルに語って聞かせる。エミだったらきっと全部教えてあげていただろうから。

 魔族と人は元は同じ存在であり、瘴気の発生する地に住んでいた人たちの中で「瘴気に耐性がある人が生き残っていった結果」魔族と呼ばれる種族が出来た、という話。極寒の地に生息する動物の毛皮が厚くなるのではなく、「厚い毛皮の個体しか極寒の地では生き残れず、生き残った厚い毛皮の個体がさらに交配する事でその特性は強まる」と同じことが起きたのだと。


「その証拠に人間も瘴気の強い場所に長くいると狂化を起こすのです、多くはその変化に人間の体は耐えきれず、その過程で命を落としますが」

「人間と魔族が子供を作れるのも、これは種族として元が同一な上に体の作りも大きく違わない証拠です」

「日差しの強い国では肌の濃い人が産まれるし、寒い国の人は体温が高くなる。生まれた場所で少し特徴が違うだけ。だからきっと人と魔族は手を取り合えるし、共に平和な世界が作れるとわたくしは信じているの」


 わたくしの言葉にアンヘルは涙を堪えるようにぐっと歯を噛み締めていた。わたくしはアンヘルのその様子に気付かないふりをしながら……レンゲを召喚する触媒となる、あの池の蓮の種の入った瓶のペンダントトップに強い意志を込めて服の上から触れた。

 エミは魔族の境遇にも同情していた。エミならばきっとこう言ったはず。


 狂化は瘴気が蓄積して起きる症状だが、瘴気が原因だと判明したのも魔界では最近の話だ。そして、瘴気を払うことのできる聖属性の魔法の使い手は、瘴気に耐性の強い魔族からは生まれない。

 定期的に浄化を受ければ狂化を発症する魔族はいなかっただろう、それを知ったアンヘルはひどく悲しむからと、この話だけはせずに創世神を浄化したあとレンゲから聞いたことにして伝えようと思っている。「神の意志で知った」とレンゲが教えた事を匂わせるの。浄化の女神レンゲを捕らえて閉じ込めていた天界の主のせいで魔族は知ることができなかった、だからしょうがない事だった、という事にする。出来ることは貴方達は全部やっていたと安心させてあげたいの。

 浄化の女神はこの嘘だけは許してくれるとおっしゃっていたわ。今まで苦しんだ魔族の心も守ってあげたいのねって快諾してくれた。

 ええ、そうよ。孤独で、守るために冷酷にならざるを得なかった魔王アンヘルも救いたいの。だってエミならこうするわ。




 堕ちた創世神との戦いは想定していたよりもはるかにあっさりと終わった。さすがエミの言う公式チートの悪役令嬢レミリアと、実質表ボスの魔王アンヘル。ターンの制約が無く、回復アイテムさえ潤沢に使えれば物語のように苦戦などするわけがない。ステータスは主人公側よりも高いのだから。

 実際わたくしはアンヘルの後ろから防御障壁を張って、回復をかけつつ余裕があれば攻撃する程度で終わってしまった。まぁ手の内を全て見せずに済んで良かったわ。


 浄化の済んだあと、まだ弱ったままの創世神を手助けするために、レンゲは神殿の最奥に残ると言い残してわたくしに「浄化の乙女」の称号を授けた。星の乙女でなくとも貰えるのかと一瞬思ったが、エミならきっと「恐れ多い」とばかりに慌てるのだろうと思ってその通りの反応を返す。


「そんな、このような称号、わたくしに相応しいとは到底思えません……!」


 そう返すと正気を取り戻した創世神も、レンゲもアンヘルも微笑ましいものを見るような顔をして「いや、レミリアにこそ相応しい」などと言葉を続けるので戸惑いながら受け入れたような態度を取った。

 実際わたくしは嘘偽りなくこんな呼び名を付けられたくなどなかった。物語の星の乙女とお揃いだなんて。エミの愛してくれた「レミリア」に、星の乙女の手垢の付いたものを贈られた気分だわ。

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