6
ピナに復讐を仕掛ける事にしたわたくしには勝算があった。
エミがレベリングと呼んでいた行為には最初莫大な資金が必要になる。魔晶石はそこまで安い買い物ではない。去年まで平民だったあの女にはとてもではないが出来ないだろう。物語の知識があれば効率の良い資金稼ぎは出来るだろうが、恋の秘薬と魅力の香水に使い込んでいたあの女の星の乙女としてのレベルは間違いなくまだ低い。
エミは、子供の頃はレベリングのために魔晶石を購入していたが、錬金術を学んで腕を上げてからここ数年は自分で作ってそれを使うようになっていった。魔物を討伐し、魔石を回収し、それを加工して魔晶石を作り、作った魔晶石を割って魔力を回復したらまた魔物を討伐する。「ヤバイw永久機関できたw」とすごく興奮していた微笑ましい光景が昨日のことのように思い出された。
つまり、星の乙女は物語の第二章から出てくるいくつものダンジョンをまだ攻略できていない。攻略する力も無く、それは本来パーティーメンバーとなるウィリアルド達も同じ。エミのおかげで物語の時よりは強いだろうが、足を引っ張るステータスのあの女を連れて行けるはずもない。そもそも今は学園を卒業した王太子とその側近が、物語の時のような世界の危機でもないのに気軽にダンジョンに出かけられはしないだろうが。
わたくしは今日も紅茶を飲む片手間に魔石を魔晶石に加工し続ける。魔道具の動力にもなるため需要は無くならない。作ったら作っただけ売れる上に魔術のスキル全般の熟練値が僅かだが溜まるので資金稼ぎ兼自分の力を高めるには優秀な手段だ。少しでも時間があれば魔晶石加工、常人なら日に3つが良いところだがわたくしほど習熟すればこうしてティーテーブルに軽く山となる量を小一時間で作れる。
これをあの店の店主を経由して半分は売るが、もう半分はわたくし自身の「レベリング」に費しつつ最終的な目的のために各地のダンジョンを訪れて使うのがこのところの日常である。公爵令嬢だった時は長く豊かに垂らしていた髪も多少短くして後頭部で結んでいる。ダンジョン探索のために男のような格好をしているのもあってさながら女騎士に見えるだろうか。
入植した魔族の民は正体を隠して数人が廃村に住み始め、わたくしの援助した資材と食料を使って慎ましやかだが平穏な生活を始めた。感謝を告げてくる村人達に困っていることはないかと頻繁に尋ね、出来るだけの力を尽くす。もっともっと彼らには恩を売らないと。
「悪役令嬢レミリアは公式チートの存在である」とはエミの記憶の中にあった言葉である。何でも出来る完璧令嬢。学園では主席以外をとったことがない。魔力にも秀でた天才。さらに1人で古代文明の遺跡と文献を紐解き辿り着いた悪魔召喚の儀式を独学で再現し、自分の魔力だけで起動してしまう。主人公達に立ちはだからせるために物語の開発者は悪役令嬢レミリアに、物語に起きる不都合を解消させるさまざまな能力を与えていた。
どこにでも出没して邪魔をするために非常に稀有な転移魔法の才を、主人公達を惑わせるために幻惑や変身の魔法を、人々を混乱に陥れるために魔物を先導するようなテイマーに似た能力や、変異させた疫病を流行らせ特効薬になりうる素材をあらかじめ破棄する医学知識と手腕、その他主人公達に問題を振りかけるために毒物や呪術にも精通していた。
さらに戦闘ではレイピアを使った剣技から攻撃魔法、自己バフ、自分を回復させる治癒魔法まで扱える。ステータスの数値だけでいうと、主人公側で最強に育つ、勇者の血を引くウィリアルドさえも軽く凌駕していた。レミリアは魔力が高い魔術師型のキャラクターだったが、最終決戦時に叩き出すダメージは物理攻撃力でウィリアルドに勝る。
レミリア1人対主人公パーティーだというのに、人数と手数の有利をもってしてもしっかり育成を行っていないとあっさり負けるほどレミリアは強い。
そう、エミの大好きだったキャラクター「悪役令嬢レミリア・ローゼ・グラウプナー」はそのくらいのポテンシャルを持っている。
エミが途中までやったレベリングのおかげでわたくしは十分強くなっていたけど、わたくしの目的に必要な、その途中を達成するためにはまだ足りない。そのためのレベリングだ。魔法の技術もしっかり磨いて、ポーションに魔道具も山ほど持ったわたくしはエミの知識の中にあったいくつもの遺跡に飛んで、必要なものを集めつつ自分の能力をさらに高めた。
最大の効果を最短で。まずは国境沿いにある、もう攻略されたと思われている休止したダンジョンの奥に進む。ここの最後の部屋には隠し要素があって、その奥も踏破するとステータスに恩恵を受けられる指輪を得ることができるのだ。ピナはもちろんここの存在も知っていたはずだが、「ボーナスダンジョン」と呼ばれるほどにたやすく攻略出来るのに反して強い装備が手に入る、ここに手をつけていないと言うことはこの他も何も進めていないだろう。男漁りに夢中になって、本来の星の乙女の役割を捨てていたあの女らしい。
わたくしは復讐のために盤面をゆっくりと進めていく。この先にあるあの女の破滅が待ち遠しいわ。
その次は国境にある寂れた村を救って、その北に生息していた魔物を巣ごと討伐を行う。周辺地域の住民の命を何度も危険に晒していたが、領主に訴えてもまともに対応をしてもらっていなかった彼らは「神のお導きがあったの」と告げて無償で危険に身を投じたわたくしに酷く感謝をしてくれた。
ここは元開拓地、今は年老いた最初の住民は開拓を条件に恩赦を受けた軽犯罪者達だった。領主が積極的に動こうとしなかったのはそのせいだろう。魔物によって元犯罪者とその家族である住民が全滅したら、開墾された土地と住む者がいなくなった住居に移住を受け入れるつもりだったのを知っている。
彼らに恩を売ったわたくしは「お礼に」と渡されそうになった金銭も辞退した。そんな端金を受け取るより「レミリア」に感謝してくれた方がわたくしの利になる。それにエミならこんな時お金を受け取ったりしないで困ってる人を助けるわ。
わたくしのように、「その身に犯罪者の血を流す汚れた存在で」と思ったりしない。痩せ細った子供達にこうして貴重な甘味であるドライフルーツを振る舞うような優しい少女だもの。エミならきっとこうしていたわ。
そうしたらわたくしの事を「聖女さま」なんて呼ぶ者が出始めたのよ。あら、見所があるじゃない。そうよ、エミの「レミリア」は優しくて清らかで、その通り聖女の名が相応しい素敵な女の子ですもの。ついつい良い気分になって施しを与えすぎてしまったわ。
討伐した魔物は村に持って帰って資金化させて、返す刀で日照りに悩む隣の国の荒れた水龍を宥めに向かった。もちろん攻略に必要な、手前のオアシスに住む水の精の祈りも道中で手に入れてから最短で全てが済むように計算済みである。
本来なら周辺に水の恵みを与えるはずの存在であった水龍。かの神の激憤によってもたらされたこの長い乾季。それを宥めるには神殿に入る許可を得ねばならず、その砂漠の国の神官長に貸しを作る必要があるが、これは彼の故郷の水不足を解消してやればいい。これも通過する途中で解決する予定だ。
物語では何度も砂漠の国の中心地と日照りで悩む村やオアシスを行き来して情報を集める必要があったが全てを知っているわたくしにはそんな必要はない。何故知っているかと聞かれたら「神からの啓示がありました」とだけ答えて、後は行動で示していけば問題ない。
神託を受け取った元貴族の少女が、無償で人々を救いながら旅をしている。そんな評判が静かに出回り始めているのを知ったわたくしは「わたくしはただ神が求めるままに行動しているだけです」と少し困ったように言って見せた。
えぇ、わたくしとエミを引き合わせたのが神のご意志なら、わたくしがエミのために復讐を行うのもきっと神のご意志だわ。
やる事は目白押しだ。無いとは思うが、ピナより先に全てをこなさないと意味がない。それに、長い時間「レミリア」に冤罪による汚名を被せたままでいるわけにはいかないわ。
それを考えると自分に転移魔法の才能があって良かったと心底思う。そうでなければ頻繁に往復して、国での盤面を進めつつ物語で出てきたダンジョンを同時に攻略するなんて事は出来なかったから。
物語の中ではターン制……というカードゲームのようなお行儀の良いシステムのせいで悪役令嬢レミリアは負けたが、現実世界で今のわたくしが戦うなら攻撃魔法を放ちながら剣技を使ったり回復をしながら防壁を張ったりをしないはずがない。おそらくわたくしが魔王の手先となったとして、一対複数という事を差し置いても星の乙女達に勝つ事も出来るだろう。もちろんわたくしはそんな未来を選ばないが。
斥候も索敵も戦闘も1人でこなすのは大変だったが、エミが愛していた「悪役令嬢レミリア」も、魔王の配下になった後も手下がいるような描写はなかったので問題ない。事実少々の苦労でわたくしは1人で全てをこなせた。
安全マージンは多めに取って自らの力を磨いていたが、それでも予定より早いペースで物語と同じ道を辿れている。物語の中よりも早い時点でわたくしが訪れているため、時間経過で悪化していたと考えられる問題が比較的軽い状態であったのも大きいだろう。何より、物語の中の星の乙女達よりもわたくしの方が有能だったという単純な話でもあるが。
途中で何度も転移魔法で村に戻り、稼いだ金銭は必要最低限を除いてほぼ全額を村長に預けるとともに簡単な指示を出しておく。先日は少し離れた街から身寄りのない子供を受け入れていて、予定よりも人数が多くそのせいで必要な物資の再計算に迫られ、預けた分では少し足りずにこの男が少し身銭を切ってくれたらしい。
感謝を告げると「俺達こそレミリア様に感謝してるんだ、こうして真っ当に村に住める身分になれるなんて思わなかった」と涙ながらに当初の態度を謝罪された。
自分がしたいと思った事をしているだけだから、と感謝に対して恥ずかしそうにして見せる。わたくしはエミだったらしている事をしているだけよ、エミの望みを叶えるのも、エミが願っていた「悪役令嬢レミリア」の幸せを実現するのも、それを叶えるために些末な問題をこうして解決するのもわたくしの心からの望みなのは間違い無いわ。
この次の一手に使う素材は各地のダンジョンを回って無事に集めきった。さすがに少々疲れを感じたわたくしは領地となっている村でしっかりと1日休みを取った。
次の日わたくしはドワーフの国に転移魔法を使って移動すると、この国の辺境で火竜の襲撃に悩まされていた少数部族の長の手紙を持って王宮の扉を叩く。一度は追い返されるがこれも物語と同じ、この後諦めて城下に戻るとお忍びで街を散策しているお姫様と出会う。彼女と親しくなった後に何故この国に来たのかと聞かれるので、その時に「この国を守護する火の神に聖鎧を打ってもらうために」と伝えると彼女の姉である姫巫女様に直接渡してくれると手紙を預かってくれるのだ。
「良かったの? 姫巫女のお姉さまには貴族も謁見待ちの列を成していると聞いたのに……」
「いいの! レミリアみたいな本当に必要な人にはプシューク姉さんも便宜をはかってるし。ねぇまたダンジョンに潜った時の話聞かせてね!」
「ええ、喜んで。でも姫巫女様へのお願いとは別に、サラと友達になれて嬉しい。わたくしの国には女性で剣を振るう人は少ないから、話が合う同性の友達が出来たのなんて初めてよ」
「それは私も!」
ドワーフの国の御転婆な王女様、サラスティリと顔を見合わせてフフフと笑い合う。昨日と今日で友誼を深めてわたくしは愛称を呼ぶ事を許されるまでに気安い仲になっていた。
わたくしはエミを意識してこのお転婆なお姫様と接していたのですぐ仲良くなれたが、きっと初対面の同性には嫌われるあの女じゃ無理だったでしょうね。今はあの香水も手に入らないし。
この国を守護する火の神と直接言葉を交わすことのできる姫巫女様は、妹からの話を聞いて早速わたくしに会ってくださる事になった。例の、助けた部族の長が、姫巫女様が密かに想いを寄せる男性だということも大きいだろう。この後は物語の通りに橋渡しを行って、彼女と部族の長の仲介人も務めなければ。物語では美味しいクエストとして描かれていた。仲を取り持つだけでステータスアップの加護のかかった装備が手に入るのだもの。
名を呼ばれて足を踏み入れた神殿の聖堂にて、何故聖鎧を求めるのか、姫巫女様の口を借りて神からの詰問を受けることとなる。わたくしはそれに少しも臆さず答えていった。
「わたくしの中には神から授かったとしか思えない啓示がございます。この世のものとは思えない超常の存在から、この世界の滅亡とそれをもたらすものが在る事、それを防ぐためにはどう動けばいいのかを教えられてここにおります」
火の神が打つ聖鎧はただの神創物ではなく、神の裁きを退ける力を持つ。この鎧を纏った人間には神罰は効かず、つまりは神を討つ力を与える事になる。
だから火の神は見定めているのだろう。かつて夫の男神を人間に奪われた嫉妬から国を滅ぼしかけた女神を討つ時に勇者だった青年に与えたのが最後、神話に出てくるおとぎ話としてしか語られていない。その青年がウィリアルドの祖先であるが、まぁ今はその話は関係は無い。
火の神がわたくしに問う。それをもって何を討つつもりかと。わたくしは二柱の神の名を告げた。その理由も、わたくしがエミの記憶の中から知りうる事を全て。
それを聞いて納得してくれた火の神はわたくしのために聖鎧を拵える事を約束してくれた。言われる前に、その場で必要な素材を全て渡すと「そなたに神託があったのは真のようだ」と火の神は今日一番驚いた顔をされていた。
さらにわたくしは言葉を重ねる。
「今告げた神討を成し遂げました暁には、必ず火の神様のもとに聖鎧を返しに参ります」
「……人の世に存在する中では二度と手にする事の出来ない価値と力を持った品だが、何ゆえ手放すと、その結論に至った?」
「人の身には過ぎた品だからでございます。わたくしの存命の間はともかく、後世に人の間にも神に対しても諍いを生む事になりましょう。神のみもとに返す事こそ相応しく思います。どうか次の世に必要とする方がいましたら火の神ご自身がお授けください」
「……よく言った」
エミならこう言うだろう、と物語の中では無かった提案をしたら火の神にとても気に入られてわたくしは火の神の加護も授かった。予想外だがこれはこれでやりやすくなった。神聖の炎は浄化の力があるもの。
ウィリアルドの祖先から伝わった勇者の鎧は国宝として宝物庫に厳重にしまわれているが、この様子ならあれもきっと神界に返した方が良いとエミなら思うでしょうね。復讐が終わったら提案しましょう。
わたくしのために作られた、金地に青い紋章の入った優美な聖鎧を身につけ危なげなく遺跡を回る。そこで1つずつ手に入る鍵を集めたわたくしは、天界の門を開くとその先にある白亜の城に向かった。その庭の広い池には創世神の末娘が蓮の花となって捕われている。天界の主に見初められ、それを拒否した罰として蓮の花の姿に変えられてしまった哀れな女神だ。物語の最終章に登場し、主人公に協力を請われて世界の破滅を防ぐために力を貸してくれる。
ここのフィールドはその天界の主に苛烈な妨害をされるために火の神に授けられた聖鎧なしに進むことは出来ない。物語の中では人数分の素材を用意する必要があり、それを全て作るには相応の時間もかかった。わたくし1人だけで済む分短期間で済んだのは少人数のメリットだろう。
彼女を助け出すには、この天界の主をくだす必要があった。物語の中では、「浄化の女神が私の想いに応えてくれないのはこの世界が汚れているのを悲しんでいるため」「世界が汚れきる前に心の美しい者だけを拾い上げ、その他を全て水で洗い流して一度何もない世界にリセットすれば、世界を綺麗に戻した私にきっと彼女は感謝するとともに想いに応えてくれるはず」という迷惑な考えのもと文明を滅ぼそうとしていた存在なのでわたくしにも躊躇はない。物語の中でも滅びても世界に何も影響は無かったし。
余裕を持って力を高めたわたくしに、天界の主はたった1人を相手にその存在を抹消されることとなった。最後まで浄化の女神への恋慕を叫んでいた身勝手な神はわたくしの手によって滅された。神が滅びると死体も残らないのね。この世から存在が消えてそれで終わり。
わたくしは泉に囚われていた女神を優しく揺り起こすと、女神が閉じ込められている間に浄化の女神の父神である創世神に何が起きて今どのような姿になってしまっているかを語り、協力を取り付けた。女神は快くわたくしに力を貸してくれると約束し、自身をおろす触媒も授けてくれた。
さて残すは創世神の浄化だけである。「レミリア」としてやる事はまだあるが、物語で星の乙女が辿った旅をなぞるのは終わりが見えた。
父である創世神が権能を振るうたびに蓄積していくこの世の淀み、それを払う役目を持っていた末娘が姿を消した事で、かつての創世神はその身に淀みが溢れ邪神へと堕ちている。彼女が蓮の花に変えられたのは、エミの世界で蓮の花が浄化と密接に関わっていた神秘の花だったからだろう。
女神としての力を取り戻した「レンゲ」の協力を得たわたくしは、これで用は済んだとばかりに天界を後にした。城の裏の試練の洞窟を踏破すると装備が手に入るのだが、あれは星の乙女の専用衣装なので興味はない。「レミリア」にそんな物を身につけさせる気はさらさら無かった。
そもそもあの女とわたくしでは体型が違いすぎて入ると思えないし。胸が窮屈そうで嫌よ。
さりげなくディスるレミリア様