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悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】 作者:まきぶろ

本編

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 数日後、質素な装いに身を包んだわたくしは田舎の片隅にあるこじんまりとした館の前に立っていた。わたくしの名前は「星の乙女に危害を加えた悪役令嬢レミリア」として広く知られてしまっていた。声高に無罪を叫んでも今は誰も聞いてくれない。お父様がお情けで手配した使用人達も、「とんでもない事をしでかしてここに幽閉される貴族のお嬢様が来る」としか聞かされていないらしくわたくしに向ける目は冷たい。

 いいわ、エミにこんな思いをさせる所だったと考えれば、何の痛痒にも感じない。


 エミがわたくしの中に閉じこもってからも、今もエミの記憶に触れる事が出来ていた。エミの感情は一切感じることが出来なくなっていたが、その繋がりだけがエミが存在する事を確かめられる。

 エミの中にいた時からウィリアルド達に何が起きたかを察していたが、使い魔を放ってピナの周りを探らせるとその推測が間違っていなかった事を確信した。物語の中のレミリアも使っていた、指先程度の小型の蜘蛛の魔物だ。力はほとんどないがそれ故に感知にかかる事は無く、諜報に格別役に立つ。


 エミの記憶の中の物語に存在した「課金アイテムショップ」、やはりピナはそこの商品を使っていたのだ。まぁ、普通に考えたらあれだけ常識外れの行動をしておいて、なのに何人もの男がピナに骨抜きにされているあの状況がありえないから当然だが。何かしら卑怯な手を使っていたと考えるのが普通だ。

 その店では魔晶石もそうだが様々な効果をもたらす品を扱っていた。通常のアイテムや素材ならRPGパートの戦闘の報酬で入手できるし、そういった普通のアイテムのみを取り扱うショップメニューもある。

 課金アイテムは魅力値を上げたり攻略対象の好感度を上げるアイテムが存在した。もちろんお金を使わなくても好感度を上げる事は可能だが、最大値が100%に対して通常入手が可能な好感度アップアイテムでは本、お菓子、お酒の中から好みに合わせた物を贈っても0.02%しか上昇しない。パーティーメンバーに加えて戦闘を行うとランダムで好感度が0.05〜0.1%上がるのだがいずれにしろ時間がかかる。愛着をもってずっと戦闘メンバーに入れておけば気付けば上限に達しているものだが、あの短期間でピナが行うのは無理だ。


 この通常の好感度アップアイテムは戦闘で1、2個ドロップする程度だが、課金ショップでは1つで好感度が5%も上がる「恋の秘薬」が無制限に購入できた。恋の秘薬を使うと見ることのできないイベントがあるためエミの見ていた攻略掲示板では「邪道」と呼ばれていたが、使っているユーザーは多かったらしい。

 プレゼントを贈った際や行動を共にした時の好感度上昇を2倍にできる「魅力の香水」というアイテムも存在する。一度使用すると効果は1ヶ月続くという設定だったが……あのピナという女はいつでもかぎ慣れない匂いがしていた。きっとあれがそうだったのだろう。あの香水のフレーバーテキストには「一緒に過ごす事で相手は好意を抱くようになる」と書いてあった、わたくしが見てすぐ気付いたあの女の底意地の悪さを、あれ程大勢の貴族の子息子女達が時間経過とともに信奉者に回っていたのがあの香水のせいで無いのなら説明がつかない。

 

 それに反して第一王子はあの女に一切傾倒していないのがわたくしの仮説に裏付けをする。あの恋の秘薬と魅力の香水は魔族と、魔族の血が濃いものには効かないからだ。物語の中で明らかにされるが、第一王子を産んだ陛下の側室は魔族だ。魔族とその近縁達の好感度を上げるための課金アイテムは、第7章に入って魔界フィールドが解禁されてからでないと購入できないのだが、今はこの話はいい。

 あの女が王都の裏通りにある、という設定の課金アイテムショップを利用していたのは間違い無いだろう。


 さらに証拠の捏造の手腕も素晴らしかった。エミのように人から好かれる才能は無かったが、人を陥れてまるで本当の事のように嘘をつく才能は誰よりも優れていた。

 別々の人間に頼んだものを様々に組み合わせてレミリアの罪を何も無いところから作り上げていたのだ。偽証を行った者達は、一つ一つは些細なことすぎて、「自分はほんの少し裏付けを強めただけ」としか思っていないだろう。

 確信して嘘をついて裏切ったのは、グラウプナー公爵家に忠誠を誓っていたはずだったレミリアの専属侍女と数人の護衛くらいだ。でなければ、「レミリアお嬢様は私共に『ここで待つように』と言われてお一人で過ごすことが頻繁にありました」などと無かったことを言うはずがない。その、監視がない時間にレミリアは星の乙女を虐げる行いを影でせっせと行っていたことになっていた。


「きっと、あの女はレミリアが厄災の時を引き起こした事にしようとしてくるわよね」


 物語と同じ筋道以外認めようとせず、ウィリアルド達以外にも将来仲間になる殿方を学園で見つけてはマーキングのように親しげに振る舞っていた。まるで自分に惚れるのが当然とでも言うように。いじめの証拠を素晴らしい手腕で捏造してくれたあの女の事だ、このまま「レミリア」を厄災を引き起こした大罪人にしてくるだろう。

 当然わたくしはそんな事をするつもりはないが、冤罪の証拠を持ち込まれてはたまらない。悪魔召喚について記載されている魔導書や書きかけの召喚陣をきっとこの屋敷に存在する隠し部屋に秘密裏に運び込ませるのだろう。物語の中のレミリアが実際に悪魔召喚を研究して実行していたその部屋に。

 魔界とわたりを付ける手段は最終的な目的のためには必要だが、古書を集めたり遺跡を回ったり「悪魔召喚について調べていた」と証拠が残るような愚かな真似はするつもりはない。それについてはすでに目処もついている。


 エミが「前世チート」と呼ぶレベリングを行なったおかげで魔法を扱う力だけはずば抜けていたわたくしは使用人全員に十分な手当てを渡して紹介状を書き、勝手を詫びると暇を出した上でこじんまりした屋敷全体にわたくし以外の出入りの出来ない結界を張った。

 思いっきり哀れっぽく、「わたくしは王都で冤罪をかけられて王太子殿下の新しい恋人に追放されたの……あなた達がここにいてはわたくしに巻き込まれてしまうかもしれません」「けれどせめて次の職場を見つける手助けだけはさせてください」と涙ながらに美少女に語られて、警戒していた彼らはわたくしの身の上に同情していた。自分の村でこの話を広めてくれるだろう。ピナの影響の及ばない僻地から、真実を広める手を打っておかないと。今はこの程度の消極的な手が最善。


 人間は信用できない。ピナの手駒になる可能性があるから。わたくしは通いの使用人を全て解雇した屋敷の中で自分の用意した食事を摂る。

 エミの記憶のおかげで多少の家事なら手間ではないし、掃除や洗濯は魔法で片付く。知らない人間にそばにいられることの方が煩わしかった。


 ああ、今はこの家の中にエミとわたくし2人だけなのね。こんなに心休まった事は無いわ。

 待っててねすぐにエミの名誉は取り戻すから。

 わたくしはわたくしの胸の上に手を当ててそっと祈った。




 守りを固めたわたくしが次にしたのは、ピナが利用していると思われる課金ショップを潰す事。潰すといっても物騒な話では無い。エミとわたくしが意思疎通が出来たのなら、エミが提案しそうな事をするだけよ。

 ここの店主は実は魔族で、同じような店が世界中にいくつもあり、魔界から転移魔法で仕入れた品を売って得た金銭で食料などを買って魔界に送っているのだ。魔界は大地の実りが少なく、魔物資源とそれを加工した品をこうしてこっそり人間の生活圏で売って何とか祖国を養っている。国とは言ってももう魔族は全体で3万にも満たない少数種族になってしまっているが。


 わたくしは名目だけは独立した貴族の、寂れた村の村長である。村といっても住民はおらず、使用人は近くの村から数日に一度通うことになっていた程度の閑散とした土地で、近くに打ち捨てられた廃村がある森のそばの一帯だが……ここの裁量権をグラウプナー公爵家からわざわざ買い取る事にしたのは最終的な目的のためである。その過程では「この店を潰す事」と「魔族を入植させる」は外せない。

 わたくしは店主に、「私の村にこの国に潜伏している魔族で村を作らないか?」と誘った。最初は警戒心をあらわにしていた店主も、復讐劇に必要な根回しをしがてら定期的に店に訪れて熱心に誘うわたくしに少しずつ心を開き、「今居場所がない奴らだけなら……」と少しずつ村に受け入れる事を了承してくれた。

 店主は、大罪を犯した、とされるわたくしが「栄えた街を作ってわたくしを冤罪で追いやった奴らを見返してやりたいの、そのためには最初にわたくしの領地でもいいと言って入植してくれる人が必要で」という言い分と、担保にと預けた……子供の頃から密かに貯め込んでいたわたくしの全財産を見て少しずつ信頼を寄せてくれた。実際にこれはわたくしの本心ではある。「悪役令嬢と言われたレミリアが、魔族も幸せに住む街を作る」のは計画上必要な事だった。


 魔族だけならピナに骨抜きにされる心配を当分しなくていい。わたくしはやっと手駒を手に入れた。店主にはさらに、恋の秘薬と魅力の香水については貴族に目をつけられ始めているから販売を中止するか相手をごくごく厳選するようにと伝える。「この2つが一番売れるんだけどな」と渋る店主に、代わりにわたくしの作った魔晶石を大量に融通する事で首を縦に振らせた。

 信頼を勝ち得てから詳しく話を聞くと、やはりピナはこの店を利用していたらしい。店主には「その常連の若い女が貴族相手にその薬を複数人に使って好き勝手やったため」にこの店までもが攻撃対象になるかもしれないと話をしたら「お得意さんだったんだけどなぁ、面倒なことに巻き込みやがって」とピナに悪態をついていた。もうピナには商品を売るべきではないと分かってくれたようだ。


 当時のピナの行動を思い返す。香水をつけて周りをうろつき、その香水の匂いによって少しずつ好感度を上げ、護衛の兵や側近まで手懐ける。一度懐に入り込んだ後は恋の秘薬を仕込み放題だっただろう。毒見はあるがあれは毒物ではなく即効性もない。むしろ毒見で恋の秘薬を口にした王太子の護衛達までもが、ピナの側に侍る事を争うだけだった。

 エミは課金アイテムの存在に思い当たってからは、ウィリアルド達にピナの淹れたお茶や差し入れのお菓子を口にしないように話していたが、「毒見は毎回しているしそれで異常が出たこともない」「嫉妬か? 被害妄想が過ぎる」と、その時にはもうまともに取り合ってももらえなくなっていた。一度、王妃様がエミの訴えを聞き密かにピナの提供した食品に含まれる薬物が無いか調べられたようだけど……魔界原産の素材を使って作られた、こちらに存在しない成分の「恋の秘薬」は今の人間が保持する技術では異常として検出することができなかった。

 微量の魔力が計測された事を王妃様は訝しんでいたようだが、「レミリアの言いがかりを母上も真に受けて」とウィリアルドが激昂したため調査はそこまでで打ち切りとなっている。

 他にも、間違いに気付くきっかけはたくさんあった。そのはずなのに、こうして最後まで踏み抜いたあの者らをわたくしは許せない。薬物によってピナに偽りの好意を植え付けられていた彼らだったが、操られていたり正気を失っている訳ではなかったのだから。

 あの男達は自分の愚かさを一生悔いながら生きるべきである。

 

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