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悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】 作者:まきぶろ

本編

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 ただ、そんな平穏で幸せな時間も壊された。星の乙女が学園に入学してきたのである。当初はウィリアルドをはじめとして、エミの心配とは裏腹に星の乙女はあまり好意的には受け入れられていなかった。

 むしろ、星の乙女とは言え高位貴族の子息、特に婚約者のいる男性にまで気軽に声をかけ、その手や腕に触れたりする姿に常識を持った者なら男女問わず敬遠されるまでであった。エミの中から貴族としての一般常識から教養まで学んだわたくしからすれば、あれは物語の中だからこそ色々な殿方に粉をかける話が独立して存在することが許されていただけで、現実世界で同じ事をしたらこうなるのは当然の結果であると思うのだが。

 星の乙女の学園での生活を庇護する役目を負ったウィリアルドとその側近、クロードとデイビッドとステファンも最初は星の乙女への不満をよく口にしていた。


 エミは、ウィリアルドがすぐさま星の乙女に惹かれなかった事と、星の乙女と出会った自分が物語のように勝手に虐めを行うような事にならずに心底安堵していた。エミは自分が誰かを傷付けることも厭うような心優しい少女であるのはわたくしが1番良く知っている、そんなエミにとってつらい事が避けられないような世界じゃなくて良かったと心から思ったものだ。

 ただ、星の乙女……この現実では「ピナ・ブランシュ」という名の元平民の少女。この女もエミと同じ、この物語の記憶を持っていたのだ。まだ星の乙女の信者が学園内にいない頃……レミリアが1人でいるタイミングを狙ってわざわざ暴言を吐きに来たのだ。


「あんたも転生者でしょ?! ゲームと違ってウィルと仲良いみたいだし、クロードとも仲悪く無いし、デイビッドもステファンもみーんなアンタの味方! サイッテー! 子供の頃から知り合いってだけでゲームの知識使ってズルしてたんだ。悪役のくせにみんなから好かれる逆ハーやっちゃおうとか思ってた訳? ウィルもクロードもデイビッドもステファンも、特にアンヘル様は絶対にアンタなんかに渡さないからね!!」


 一方的にそれだけ言って、星の乙女……ピナはエミを睨みつけるとその場から走り去った。わたくしからすると、ピナこそが物語の知識を使って男性達を籠絡せしめようとしているようにしか見えないし、複数人の名前を挙げて全員を「渡さない」と言うお前の方が異性を侍らせたがっていると思うのだけれど。

 それからのピナは積極的に物語の再現に努めていた。イベントとエミが呼んでいた、男性達とのやり取りを再現しようと躍起になっているのが頻繁に噂として聞こえてきていた。


 ステファンが音楽室でヴァイオリンを練習しているところに突然やってきて一方的に何事かまくしたてという話を聞いた。弾いていた曲とまったく印象の違う感想を言われて気分を害したとだけ言っていたが。

 図書室にいたクロードにも、読書中に話しかけて来たそうだ。政治の本を手にしたクロードに「カサンドラ王朝時代の政策について意見を聞きたくて」と言っていたが、手にしていた本は違う国のものだし「ではまず君の意見でも聞いてみようか」と返したら何も言えずに黙り込んだ後無視したら消えていたらしい。

 デイビッドも、他の学生と練修場で鍛錬をしていたところ、突然タオルと水筒を手に駆け寄ってこられて面食らったと呆れ混じりに言っていた。

 ウィリアルドは一緒に居るとよく転ぶ上に護衛ではなく自分が手を伸ばさないと立ち上がろうともしないのは何を考えてあんな行動をするのだろうと溜息をつきつつエミとのお茶の席でこぼしていた。

 聞く限りは全て、正規手段で好感度を上げるために必要な通過イベントを再現しようとして失敗しているようだった。物語の中ではキラキラした瞳で感想を告げた星の乙女にステファンは「自分の音楽の才能を分かってくれる」と好意を抱いていたが、すでに魔術師と音楽家を両立させるために励んで小さいながらも音楽会にも招かれているステファンには上っ面だけの褒め言葉は響かなかった。

 クロードとのイベントも、最初に話しかける様子は物語の中で描写されていたが……画面では「政治の話で盛り上がった」と書かれているだけで台詞は無かった。きちんと物語の通りに話を進めたいなら物語の中の星の乙女と同じように教養を付けておけば良かったのに。クロードと親しくなるには物語では主人公のステータスの教養や学問が必要だったのだから。

 デイビッドとのイベントも、それまでの会話と選択肢によって好感度を上げると「今度良かったら練修場に来てみないか」と誘われるもののはずだ。現実世界で誘ってもいないのに押し掛けてこられたら迷惑だし、物語の通りだったとしてそこにたどり着くまでのやり取りが無いのに次に進む訳が無いと言うのを分かっていないらしい。

 ウィリアルドの話については……おそらく「怪我をした星の乙女がお姫様抱っこで救護室に運ばれる」というものがあったがそれを再現したいのだろう。物語の中では、急に王太子のそばに寄ることを許された元平民をやっかんだ女生徒が足を引っ掛けたという話だった。酷く捻って立ち上がる事も出来なくなった星の乙女を、護衛の制止を退けてウィリアルドが手ずから救護室に運んでいた。「君を取り巻く悪意に気付くことが出来なかった贖罪に、せめて君の手当てをさせてくれ」とまで言って。まぁ物語に文句をつけても仕方がないけど、この物語の中のウィリアルドは、そんな事をしたらそれを見た周りが余計に嫉妬を募らせて星の乙女に危害を加えると想像がつかなかったのかしらね。

 物語と違って王太子達にべったりでは他の生徒も何かする気も起きないだろう。そもそも国が庇護している星の乙女に王太子の前で危害を加えるわけにはいかない。目の前でなくとも少し考えればリスクの方が大きいのにわざわざそんなバカな事をする者もいなかったのだろう。このままでは嫌がらせが起きないと悟ったピナは無い頭を絞ってわざと目の前で転ぶ事を繰り返したらしい。


 そうやって物語と同じ出来事を起こそうとしている、とエミは警戒していたようだったが……それでは足りなかったのだ。わたくしの言葉が届かない、身動きもできないこの状況に甘んずることしか出来ないことが何より口惜しい。エミの中からどんなに声を張り上げても、エミにはわたくしの忠告が聞こえない。


 ピナは自分の考える「攻略」が出来ないのを遅まきながら悟ると、物語の中に登場した「アイテム」の力を使い始めたのだ。わたくしは中から見ていてすぐ気付いたが……最初から、「現実世界で無理やり人を好きにさせるアイテムなんて使うわけにいかないでしょ」と考えていたエミには、そんな卑怯な手段をすぐ思い付けず、おかしいと思った時にはピナにまとわり付かれて共に過ごす時間が多かったウィリアルドを含め、学園内の過半数がそのアイテムの餌食になっていた。ピナの振る舞いを最初から警戒していた生徒の一部はその光景に異様なもの感じつつ、極力関わらないように過ごすだけでエミの味方になったりはしない。

 ピナが友達と呼ぶ「取り巻き」を作ってからは早かった。あの女はエミがやってもいない様々な「虐め」を捏造し始めたのだ。それも周囲に気取られないような狡猾な手段を使って……。


 ピナという女と関わらないだけでは足りなくて、積極的にあの女が広げる噂を打ち消すように動き公の場で否定しなければならなかったのも、ピナが捏造する言いがかりに反論できるような証拠を用意する事も、王家に忠誠を誓い、常に複数人に互いの監視もさせて……偽りを報告することのできない影を付けるよう自ら申し出るのも、善人のエミには思い付けもしなかった。自分が、一切やってもいない事で悪人に仕立て上げられるとは思ってもいなかったのだろう。

 わたくしだってエミの中からどうにか出来ないかと色々手を尽くした。体の主導権を奪い返すことが出来ないのは分かっていたが、中にいるわたくしに魔法が使えはしないか、声は届けられないか、夢で干渉できないか。


 でも、ダメだった。わたくしには何も出来なかった。見ていることしか出来なかった。エミが、覚えのない悪意の噂で傷付けられて、友人や信頼していた人たちを失うのを。初めは「あの子はちょっと変わってるね……」と呆れ気味に言っていたウィリアルド達さえもが気付けば「平民だったからしょうがないか、少しずつ学んでいけばいい」なんて好意的な言葉を口にしていた。あんなに、常識外れのアピールをされて辟易していたはずなのに「ちょっと間違えて空回っていただけ」「それだけ仲良くなりたかったんだって」と困ったように笑うようになっていて。

 その後すぐに「レミィがあんな事をしたなんて信じてないけど、あの子は住んでた世界が違うから僕達と捉え方が異なる、接し方には気を使ってあげた方がいいと思うんだ」「ねぇレミィ、ピナにもうちょっと優しくしてあげることって出来ない?」なんて言う彼らにエミが傷つき始めてからも。

 それが「レミリアはこんな事するなんて思いたく無かったのに」「何であんな事を言ったんだ? ピナは泣いてたよ」と、まるで事実のように扱われるようになるまでわたくしは、ただ、見ているしか出来なかった。

 エミはその度に否定した。そんな事はしていない、言ってもいない、信じてくれと。それなのにあの男達はエミの信頼を裏切った。


 エミの味方はいなかった。表面上は残っているように見えた友達の顔をした裏切り者は、星の乙女と内通していて「レミリアが星の乙女に虐めを行っていた」証拠として後に提出される私物を盗んで提供したり、レミリアが1人となる……現場不在証明の出来ない時間帯を調べたりの手駒となっていた。

 星の乙女は周囲の人間を騙して被害者ぶる手腕にだけは長けていて、この偽装工作もそうして獲得した取り巻きに「グラウプナー公爵令嬢のご機嫌を損ねないように時間と場所をずらして行動しようと思って」「寮の部屋に届いた脅迫状に使われていた便箋がどうもグラウプナー公爵令嬢が使っているものに似ていて確かめたい」などと口にしていたらしく、それを何人にも分けて少しずつ頼んでいたせいで明るみに出ることは無かった。


 レミリアの星の乙女への態度を諫めるウィリアルド達、自分の罪を認めないレミリア、そのレミリアを庇って健気に過ごす星の乙女、という構図が学園内に周知されてすぐ。階段でエミとすれ違おうとした星の乙女は小さく悲鳴を上げて体を傾けた。お人好しのエミが思わず助けようと手を差し伸べたその瞬間、大きく悲鳴を上げながらあの女は階段を転げ落ちたのだ。

 その場には、驚いたまま中途半端な体勢で手を伸ばしたままのエミと、階段の下に倒れる星の乙女。

 あっと言う間に人だかりができて、近くにいたウィリアルドと側近達が駆け付ける。わたくしはエミが陥れられた事をすぐ悟った。


 わたくしは、あの女が、落ちていく瞬間薄く笑っていたのも見ていたのに……見ているだけしか、出来なかった。エミが何もしていないことは、エミの中から全てを見ていたわたくしが1番知っている。知っているだけで、何もできない自分が憎くて情けなくて、いっそ狂ってしまいたかった。

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