269.ウーハイトンの使者と会う
「ニアは人を拾う趣味があるのか?」
おう、久しぶりに会ったと思えば言ってくれるじゃないか。
「さすが五百億の女、自分は違うという余裕を感じる発言ね」
「ははは。そんな話もあったな」
ちなみに「拾った」のではなく「勝手に付いてきた人」は、ここ数日じっくりとミトに弄ばれていて、今も遊ばれている。
諦めない気持ちの強さを買いたいところだが、今は本当にタイミングが悪いのだ。
「――ニア」
呼ばれたので、正面に座るリビセィルに視線を戻す。
「挨拶が遅れて申し訳なかった。迎冬祭では本当に世話になった。ありがとう」
うん。役に立ったなら何よりだ。
年が明けて一ヵ月と少しが過ぎようという今日。
ようやくシィルレーンとクランオール、そして次期国王リビセィルと副隊長イルグと、マーベリア王城の弟子たちが揃って屋敷にやってきた。
迎冬祭での次期国王への任命と、各国の使者へ放ったという開国宣言だのなんだのと、王族連中はかなり忙しかったようだ。イルグもリビセィルの付き添いみたいな形で時間が取れなかったのだとか。
正直なところ、夏直前頃を予定している戴冠式が終わるまでは……いや、終わってからもしばらくはあまり時間に余裕がないようだが、今日はようやく作れた隙間時間でわざわざ来たわけだ。
忙しいのはわかっているので、私としては挨拶なんていらないんだが。
でも、今は来てくれて好都合である。
「来て早々で悪いけど、私の相談に乗ってくれない?」
「相談? もちろんだ。金でも土地でも地位でも爵位でも、なんでも言ってくれ。善処する」
え、そう?
「じゃあマーベリアをくれる?」
軽い気持ちで言ってみたら、即座に返された。
「すべては無理だが、七割くらいなら。私と結婚すればマーベリアの半分以上が手に入るが、それでいいか?」
おいやめろ。壁際に控えるリノキスが一瞬で激怒したぞ。
……というか、王族とイルグ、ついでにリノキスの隣に控えるサクマまで顔色一つ変えなかったのはなんだ。次期国王の冗談だろ。笑えよ。悪趣味な冗談だって怒ってもいい。なぜ無反応だ。そんなんじゃ出世できないぞ。
「ごめん、冗談だから。それにまだ十一歳だから結婚とか考えてないわ」
「そうか。私の結婚くらいでニアを身内に迎えられるなら破格の条件だからな。その気になったらいつでも言ってくれ」
あ、そう……リビセィルの冗談はきつい上に面白くないな。反応に困るじゃないか。
――まあいい。気を取り直していこう。
「空賊列島を落としたいんだけど、なんかいいアイディアある?」
「空賊列島とはあの空賊列島のことか?」という質問から、私の目標と現状をざっと説明すると、リビセィルは難しい顔で腕を組んだ。
「悪いが、国外のことはあまり力になれないと思う」
――だよな。
サクマやアカシというシノバズの力を借りても、ほぼ進展がない状態だからな。
やっと鎖国をやめて国を開こうという段階のマーベリアには、ちょっと荷が重い問題だと思う。
単純に、相談相手が違うって感じである。
「まあ、そうよね」
これに関しては相談する前から薄々わかっていたことなので、予想通りと言ったところだ。
もしかしたら、という期待はあったが。
でもやっぱりダメか。
と思ったのだが――次期国王はここからが違った。
「空賊列島とは、アルトワールを始めとした四国の真ん中にある浮島郡だったな? ならばその四国のどこかに相談してみたらどうだ?」
というと、アルトワール、ヴァンドルージュ、アスターニャ、ウーハイトンのいずれかの国の者に聞けと。
「ニアがそんなことを考えているとは思わなかったが、ならば間が良かったな」
「ん?」
「実は、年末にやってきたウーハイトン台国の使者が、まだ王城に残っているんだ。というのも、彼らはあなたとの対話を所望していて、その返事待ちで滞在している。今日はその話もする予定だった」
おや。
そういえば、アルトワール第二王子ヒエロが来た時になんか言っていたな。ウーハイトンの使者が国に呼びたがっているとか。
ゆっくり考えろとは言われたが……
「ニアはマーベリアの民ではないから取次ぎは断っていたんだが、どうしてもと頼み込まれた。だから今日ニアに直接聞いて、無理なら諦めるという約束をしてきた」
頼み込まれた、ねぇ。
別に会うくらいなら全然構わないが――でもまあ、確かに私はマーベリア国籍ではないから、次期国王でも独断はできないか。
「あなたが断ったら、彼らはすぐに国に帰る約束だ。だから間が良かったな」
……ふむ。
「私に会いたいっていうウーハイトンの使者は、何が目的なの?」
「ぜひ国に呼びたいと言っていた。それ以上は聞いていない」
ああそう。
これもヒエロに聞いたままか。
まあほかに理由があったとしても、リビセィルに話す必要はないしな。
「我々では空賊列島関連の力にはなれないが、ウーハイトン台国の使者ならきっと我々よりは知っていると思うぞ」
「そうね。なら会ってみようかな」
武勇国ウーハイトンか。
どうせ期待するとがっかりするんだろうけど――でもまあ、それでも多少、気にはなるかな。
「どうしようか? 城まで行った方がいい?」
「どちらでも構わない。ウーハイトン台国の使者はニアに合わせる」
「じゃあこっちから行くわね。明日の学校の帰りにでも」
「わかった。伝えておく」
「あと聖剣ルージュオーダーにも会いたいんだけど」
「……まあ、一応伝えておくが……」
「逃げたら地の果てまで追いかけるって言っておいてね」
「……あんまりうちの聖剣をいじめないでやってくれ」
迎冬祭の試合で聖剣が泣き叫んでいたのを知っているのは、私とリビセィルだけである。
そして翌日。
「ウーハイトン台国外交使リントン・オーロンです」
「同じく外交使ウェイバァ・シェン」
私はマーベリア王城の一室で、龍の刺繍が入った赤い民族衣装を着た美女と、無地の白い民族衣装を着た小柄な年寄りと対峙していた。
ふむ……
女もかなり鍛えているが、問題は年寄りだな。恐らくは護衛。なかなか強い。リノキスといい勝負しそうだ。
――なるほど、彼らは「氣」に辿り着いているのか。そりゃ私に会いたいと思うはずだな。