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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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267.それはもう確定である





「――いや……その、すまない」


「――許しません。恨みますからね」


 殺気を感じたのだろう、別室待機していたヒエロの護衛が飛び込んできた。よほど濃厚なのか、抑えきれない私の殺気にかなり顔色が悪くなっている。


「なんでもない。もう行く」と、この場でこれ以上の話をするよりこの場を解散した方がお互い早いだろう――そう思ったのだろうヒエロが席を立つ。


 わかるとも。

 私もすでに同じことを考えているから。


 そして、これまた殺気を感じる危険な目で睨み続けているリノキスにヒエロが謝った返答が、ストレートな恨み言だった。

 もはやリノキスの中で、この件は王族貴族云々の話ではなくなったからだろう。


「……また来る」


 ヒエロはそれだけ言い残し、護衛を連れて足早に去っていった。





 ――さて。


「リノキス」


 応接間に残された私と、リノキス。

 私の殺気が立ち込める密室に、しばしの沈黙が訪れ――その沈黙を破ったのは私だった。


「私は間違ったことをしたとは思ってません」


「それはわかってる」


 これまでに、空賊列島の奴隷の話をしなかったことを怒るつもりはない。リノキスは護衛だ、私が危険に飛び込むようなことをさせないのは当然の選択である。言わなかったことは理解できる。

 それを責めるつもりはない。


 だが、しかし。


「私の一番弟子としては言って欲しかった。師匠の望みをできるだけ聞くのが弟子というものだと、何度か言ったことがあるわよね?」


「……」


「でも言わない理由も理解できる。護衛兼弟子。悩ましい立場ね」


「――たとえ護衛じゃなくても弟子じゃなくても、私はお嬢様を危険から遠ざけたいですけどね」


 そうか。


「相変わらず愛が重いわね」


「これは普通だと思います」


「私が空賊ごときに負けると? 空飛ぶハエ程度のものでしょ。そんなのまで危険と見なして遠ざけるの? 過保護な愛だと思わない?」


「何があるかわからないのが実戦です。うっかり死ぬかもしれないじゃないですか」


 うっかりねぇ。

 うっかりでも偶然でもいいから、一瞬でも命の危機を感じる相手と戦いたいものだ。


「それで? 私が知った以上、このままで済むとは思っていないわよね?」


「……」


「ヒエロ王子が言った通り、場所的に空賊列島が邪魔なんでしょう? それをどうにかしてほしいから私に話した。

 そして私は奴隷をどうにかしたい。――というかそういう存在がいたことに驚いたけど」


 その辺のことは、学院の授業で習った。

 今は、少なくともアルトワールと交友がある周辺国は奴隷制度を廃止し、奴隷は扱っていないのだ。


 昔ならともかく、この時代に奴隷だと?

 犯罪奴隷、借金奴隷ならいる国もあるらしいが、子供の奴隷だと?


 ふざけおって。


「もうわかってるわね? 止めても無駄だから」


「……やはりそうなりますよね。だからお嬢様の耳には入れたくなかったのです」


 そう言って、リノキスは諦念の溜息を吐いた。


「じゃあ行きましょうか」


「え、これから? いやいやダメですよ! 行くのは止められないにしても、無策での突入は絶対認めませんから!」


 え? 作戦なんているの? 空飛ぶ芋虫くらいの相手に?


 ……一日でも早く突入したいが、勝手に動かないと約束したからな。ここは言うことを聞くべきか。





 とりあえず、空賊列島を潰すのは確定である。

 それを前提に、水面下での準備が始まった。


 悪党どもの巣窟なだけなら、それはそれで好きにすればいい。私に迷惑を掛けなければどうでもいいことだ。


 だが、子供を商品にしているなどと聞かされれば、それは無視できない。

 屑な大人は己の生き様で屑に成り下がっているだけだが、屑の事情に他人を、それも非力な子供を巻き込むなど到底許せることではない。


「え? 空賊列島のことを教えろ? い、いやぁ~ハハハー俺はただのハンサム船長なだけだからちょっと空賊のことはわからあ、はい。あ、もう知ってて、あ、はい。……あの、なんでも白状(ゲロッ)ちゃうので、クビだけはその勘弁というか……アルトワールで恋人もできたし、本気で結婚を考えているというかですね、給料は安いけど今の生活に不満は全然ないっていうかぁ~アハハァ~……」


 まずは情報収集として、定期連絡にやってきたマーベリアの元空賊リグナー船長に色々話を聞いてみることにした。

 うん、今回は話が済むまで逃がさんよ。


「え? 行きたいの? お嬢様が? え? 私じゃなくて一般論で? ……いや、空賊列島に行くことに対する一般的な論なんてないんじゃないかな……」


 喫茶店に連れ込むと、リグナーは六個目のニッテを食べつつ空賊列島について教えてくれた。

 ただ、リグナーは基本マーベリア周辺で暴れていたらしいので、空賊列島に行ったのは二、三回しかないらしい。

 隅から隅まで知り尽くしている、というわけではないのだとか。


「……あ、そういやもうすぐなんだな。いやね、空賊列島では年に一度、四空王が集まる日があるんだ。え? 四空王って何かって? 簡単に言うとすげー有名な四つの空賊一味だよ。四空王の命、あるいは後釜を狙って世界中の空賊が集まったりして、列島はお祭りみたいになるんだ。まあ欠席も多いみたいだけど」


 色々と初耳だった。


 というか、海賊列島という存在自体は有名だが、その内情を正確に知る者は結構少ない。

 このリグナーのように、空賊家業から足を洗って真っ当に働いている者なんて滅多にいないからだろう。


 だから空賊列島に入ったことのある者の情報が、極端に少ないのだ。


「入る方法? そりゃ空賊なら……ああ、そうそう、空賊以外は入れないんだよな。空賊以外が列島に近づいたら問答無用で襲われるぜ。たとえ空賊と取引したい商船でもな。そうやってあの島は各国の空軍とやりあい続けて、その末に勝ち取って空賊の溜まり場になったんだ――あ、おねえちゃん真心ニッテとお茶おかわり。あとこの季節の思い出パウンドケーキとシェフ厳選優しいスコーンも」


 リグナーの話は大いに役に立った。

 その上で、私たちは空賊列島へ乗り込む作戦を練るのだった。





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