262.後の祭り
「お嬢! お嬢!」
「ニア様!」
「おっと」
飛びついてきたカルア……と、珍しく一緒に来たミトも抱き留める。はっはっはっ、二人ともかわいいな。
八百長試合のあとに控室に戻り、軽く湯で身体と髪を拭いて着替えて身支度を終え、関係者用出口から出たところでうちの子供たちとサクマが待っていた。
「大丈夫ですか?」
「怪我……あれ? ない?」
触ることはないが駆け寄って来ていたシグとバルジャは不安げな顔である。
……ああ、そういえば観戦に来るって話していたもんな。
――八百長のことを知っているのは、部外者ではリノキスだけだ。
何せ試合当日の控室で対戦相手から直接打診があったくらいだから、知る者などごくわずかだろう。
その辺の事実を知らないで観ていた子供たちにとっては、ちゃんとそれなりの死闘に観えていたわけだ。
怪我もしたしボロボロにされたしな。死闘感がすごかったのだろう。
――実際は疲れもしていないが。
「ええ、見た目より軽症だったから。もう怪我も治ったし、見ての通りよ」
抱き着いているカルアとミトの頭を撫でながら平然と言うと、多少は不安を払拭できたようだ。
「サクマ、お昼食べた?」
「はい。近くの屋台ですが」
「じゃあお茶でもして帰りましょうか」
そう提案すると、すかさずカルアが「リノキスさんのニッテがいい! あとアップルパイ!」と熱い要望を唱えた。
リノキスのおやつか。
まあ、そうだな。
今頃は国王かリビセィルが閉会式の挨拶でもしていることだろう。それが終わったら迎冬祭の御前試合は終わりで、観客が出てくる。
私は今日、かなり目立ってしまったので、迎冬祭だからとうろつかないでさっさと帰った方がよさそうだ。
この後、少しばかり子供たちと街を歩こうかと思ったが、子供たちももういいみたいだしな。
「だそうよ。リノキス、おやつの準備はできてる?」
「できてますよ。少しお時間をいただきますが、材料も揃っています」
うん。
「じゃあ帰りましょうか」
――これで今できることは済ませた。あとはしばし様子見だな。
翌日、ヒエロが屋敷にやってきた。
「昨日の試合、良かったよ」
今回は先触れもあったので、アルトワール王国第二王子としての訪問である。
お忍びで来た時と同じように、応接間に通されて同じ椅子に座っているが。
リビセィルは正式なる次期国王、それも近く戴冠を控える身なので当然として。
シィルレーン、クランオールも、年末は王族としての勤めがあるのでしばらく来ないと言っていた。
役職上、機士団の副隊長であるイルグも、またアカシも忙しいらしく、今度来る時は年始辺りになるそうだ。
ちなみにイースはさすがに里帰りだ。
夏休みも帰らなかったので、さすがに年末年始は実家で過ごすそうだ。ちなみにやはり外国籍らしい。
一応、予定では昨日の御前試合までは観たはずだが、その直後には故郷へ帰ったはずだ。
「楽しんでいただけたなら良かったわ」
しょせん魅せ試合だからな。
見ている人が楽しんくれれば、それが一番いいのだ。
「私は荒事はあまり好きじゃないんだが、でも昨日の試合は興奮したよ。あの後王城で食事会や茶会があったんだが、あの試合の話題ばかりだった」
そうかそうか。
「交渉の役に立ちそうですか?」
ヒエロほか諸外国のお偉いさんは、今度のマーベリア国王代替わりの証人として呼ばれたという理由もあるのだろう。
が、それはマーベリア側の用向きだ。
彼は彼で、そして他の来賓も、それぞれやってきた理由がある。
特にヒエロは、絶対に魔法映像の売り込みをするだろう。そのために来たと言っても過言ではないはずだ。
――双方のこの国にいる理由の兼ね合いが上手く行けば、開国のきっかけには充分になると思うんだが。こればっかりは祈るしかない。
「もちろん。あれで外交に役に立てられないようなら、営業担当なんて降りた方がいい。私なら自ら辞するところだ」
つまり、有効活用できそうだと。
ならばやった甲斐があった。
「まあ、そうじゃなくても、だいぶ印象がいいしな」
「印象?」
「国王と次期国王。まだ結婚していない三女と四女。ニアとは仲がいいと言っていた。そのおかげで、彼らのアルトワールに対する印象はかなりいい」
「特に三女でしょ?」
「クランオール嬢か。そうだな、彼女はここで広報用の映像を観たと言っていた」
うん。クランオールはすでに建国物語のファンだからな。
「――ニアは本当に予想外の結果を出す」
かなり機嫌が良さそうに、ヒエロは目を細めて微笑む。
「私は、君が国外追放されると聞いて魔法映像業界の大損害だと、父に猛反対したんだよ」
「あら。初耳だわ」
でも私の身を案じるのではなく、仕事の心配をする辺りが親子って感じだ。
まあ、下手に取り繕われるよりははるかにマシだが。
「なのに、一年と少しでここまで辿り着けた。あの外国を排除する向きのあるマーベリアでしっかり足掛かりを作ってみせた。賞賛に値する実績だと思うよ」
……ふん。
「体よく王族に使われただけよ」
あのアルトワールの王は、この結果を求めていたのだとは思う。
過程は私に丸投げでな。
まさにお望み通りの結果が出たそうだ。それはそれは。よかったじゃないか。
「嫌かい?」
「――ここで否定しないところは気に入っています」
力を借りたいなら素直に言えばいい。
甘言や策謀で動かされるのは、頼まれて動くより嫌いだ。
どんな事情があれ、ある程度は自発的じゃないと、やる気なんて出ないからな。
……というわけで、あまり嫌ではない。ただ何かしら報酬は欲しいがな。
「じゃあ国外追放はもう解除されるのかしら?」
「それは私が決められることじゃないが、私見ではちょっと早いかな。実績云々とは関係なく」
まあ、だろうなぁ。
見込みでは数年って話だったし。まだ一年ちょっとだ。普通に留学したにしても、これで帰るにはさすがに早すぎるだろう。レリアレッド辺りに「何しに行ったの?」とか言われかねない。
「だがやってほしいことなら他にもある」
…………
まあいいだろう。
アルトワールの魔法映像業界が盛り上げれば、リストン家の収益にも繋がるはずだからな。
王族の、それもヒエロの手伝いならば、実家の手伝いからそう遠くない。
「さしあたっては、明日の夜、王城で行われるパーティーに参加してもらいたいな」
ん?
「パーティー?」
「ああ。マーベリアでは、年末は王城で年越しパーティーが行われるそうだ。今年は、近く王冠を譲り受けるリビセィル王子のことがあるから、かなり盛大にやるらしい。
そこに、今まさに時の人である蒼炎拳のニア・リストンを呼びたいそうだ」
…………
「蒼炎拳?」
「すごかった。あんなことできるんだな、ニアは」
…………
まあ、それでもいいけど。
「断ってもいいですか? 昨日の今日で公に出ると悪目立ちするだけですし、夜のパーティーに子供が参加するのは見栄えが良くないでしょう?」
「……そうか。マーベリア側から強く要望されたんだが、確かに君の言い分の方が正しいな」
「そうでしょう? まあ、私のことを聞かれたら適当に答えておいてください」
「わかった」
――この時の軽率な発言で、後日いろんな人に「蒼炎聖邪滅殺龍王葬王波を見せてくれ」と言われて戸惑うことになる。
え、何その長いやつ、と。
あのこけおどしにそんな大層な名が付くとは思わなかった。燃えもしないし威力もほぼないのに。ただの色付きの「氣」でしかないのに。
……強くて地味な奥義は、名前もさらっとしていて地味なのにな。
でも、広まってしまってから訂正しようにも、もう後の祭りなのである。