260.終の祭り 中編
迎冬祭の試合は、順調に消化されていった。
機兵学校の機兵科による未来の機士の試合があったり、現役機士の試合があったりと、多少の変更はあってもこの辺りは例年通りの進行である。
私は去年、面倒だったので迎冬祭には参加していない。
外国人なので人の多いところには行きたくなかったし、絡まれるのも面倒だったし。年末に人に怪我をさせるのもアレだし。
屋敷で、いつもより豪華なご馳走を食べて過ごしただけだ。
子供たちも、暇は出したが行かなかったようだ。
うちの仕事で稼いだ金で孤児院に何か差し入れして、あとは一緒に屋敷で過ごした。
――機兵同士の試合なんて始めて見たが、これはこれで楽しいな。
巨大な金属鎧がぶつかり合って火花を散らす様は、生身で戦うのとは一風変わった味わいがあった。
鈍重かつ人間ほどの柔軟性もないだけに、単調な動きになりがちだが……まあ、これはこれで悪くない。
「意外と迫力があって面白いですね」
「そうね」
あまり期待していなかったが、リノキスと楽しく観戦した。
まあ、私の場合は見覚えの勉強も兼ねているが。
私の出番は、午後の最後である。
時間的に言うと、昼食時を少し過ぎた頃になるそうだ。
現在真冬だけに、日中でも寒い。
なので、陽が高い内に終わらせてあとは各々温かい場所で過ごせるように、という配慮だ。凍えながら観戦して風邪を引いてもつまらないから。
昼食時に休憩が入り、そして午後の部が始まるわけだが――
「――あーあー。皆の者、聞こえるかね?」
今年は、ここら辺りから例年と違う流れになっているようだ。
取り留めもなくざわついていた観戦者たるマーベリア国民が、魔道具を通して拡大された声にピタリと押し黙る。
競技場のど真ん中に、兵士を引き連れた老人が一人、ゆっくりと現れる。
公式の場ゆえか、私は見たことのない王冠を頂いた正装である。
「――わしはマーベリア王国第三十四代目国王、ハザール・シルク・マーベリアである。これから目玉である最後の御前試合が行われるが、その前に少しばかり皆の耳を貸してくれ。何、わしも寒いでの。すぐに済ませるよ」
相変わらず口調はゆったりとしていて、どこか気が抜ける。
だが、このタイミングで出てきた王様への注目度は、とてつもなく高い。
「――見ての通り、わしはもう歳じゃ。向こう何年生きられるかわからん。だので頭も体もまだ元気な内に、国王の座を譲ろうと思う」
確かに誰から見ても高齢である。
表立って言う者は少ないだろうが、「そろそろだろう」と考える者は多かっただろう。
しかし、それを本人の口から言われると、やはり感じ入るものはある。
それもこの衆人環視の大舞台で、だ。
この状況でそれを口にすれば、もう後戻りはできないし、撤回も難しい。
つまり、なんの冗談でもなく、本気だということだ。
「――次代を担う第三十五代目マーベリア国王は、第一王子リビセィル・シルク・マーベリアである」
その宣言に合わせて、赤いラインの入った機兵――魔犬機士団の隊長機が競技場に現れた。
瞬間――静まり返っていた競技場に、爆発するような歓声が上がった。
拍手。
「マーベリア! マーベリア!」の連呼の声。
口笛。
マーベリアの歴史が動いたこの瞬間と、次期国王への期待と、滅多に見れない前評判の高かった隊長機の登場と。
そして、その手に輝く巨大な深紅の聖剣と。
この瞬間、冬を迎えられた喜びを讃える祭りの盛り上がりは、ピークに達した。
「うわあ……これは出づらいですね」
「そう?」
そして、そんな光景を、私とリノキスは競技場へ向かう出場者が通る通路で一緒に見ていた。
「だってみんなリビセィル王子の味方ですよ? 元々外国人に当たりが強いとは言え、このままじゃ……」
まあ、そうだろうな。
だがそんなのは大した問題じゃないのだ。
「言ったでしょ? 最高の八百長にするって」
「……そもそも最高の八百長ってなんなんですか?」
え? そこから?
「簡単に言うと、本来ならただの凡戦を、世紀の名勝負にして見せることね」
反感だのなんだのがあるのは最初だけだ。
観戦者はいずれ我を忘れ、立場を忘れ、試合に熱中するだけになる。
名勝負とは、見る者に敵も味方も存在しないのだ。
ただその勝負を食い入るように見入り、熱くなり、ハラハラドキドキしながら観戦するものだ。
だから、出だしの印象など大した問題ではない。
すぐに「次期国王対外国人」という、マーベリア国民ならどっちを応援するか決まっている図式から逸脱させてやる。
もっと言うと、誰も損をしない勝負内容にするのだ。
観戦者も退屈せず、最終的に負ける次期国王も、外国人である私も却って得をする。
それが、私の仕掛ける最高の八百長だ。
「――それでは、最後の試合を始める」
お、いよいよ出番か。
こっちで話している間に、向こうの次期国王のお披露目の挨拶も終わったらしい。
そろそろ呼ばれそうだ。
「リノキス、あなたにとってもいい勉強になるわ。ちゃんと見てなさいね」
「は、はあ……」
私が勝つという結果のわかっている試合だけに、リノキスは試合じゃなくて味方皆無のこの状況を気にしているようだ。
まあ、こんな弟子でも、試合が始まれば食い入るように見てくれるだろう。
「――此度は無理を言って参加してもらった、外国よりやってきた強者……ニア・リストン!」
よし、行くか。
たくさんの視線が集まる中、私はゆっくり歩んで隊長機の前に立つ。
呼ばれて出てきたのは、まだ子供である。
機兵学校の制服を着た髪の白い子供である。
ブーイングこそないものの、ざわめきとどよめきは止まらない。
どうして生身の人間とやるのか。
どうしてこの場にこんな子供が出てくるのか。
機兵同士の戦いを期待していた者も多いらしく、「引っ込め」だの「人を殺す気か」だのという声も飛んでくる。
生身と機兵の勝負という形に、強い抵抗があるのだろう。
まあ、わからんでもない。
こうして機兵と対峙すると、その体格差はあまりにも顕著だろう。
おまけに機兵は聖剣まで持っているわけだから、やる前から勝負が見えている――と思う者が大多数なのもよくわかる。
――まあ、それも、もうすぐ終わる。
「――始めぇい!!」
開始の合図と共に、私は動く。
大層に両腕を振り回し、まったく意味のない大層な動きを意味があるかのように見せつける。
さも拳法の達人であるかのように構える。
まあ私は達人だが、特定の構えなど持たない。
――そう、全てはただ魅せるための動作。
「あっ――」
誰かが、あるいは誰もが、もしかしたら装甲の奥でリビセィルさえ叫んだかもしれない。
ボッ
突然、私の両腕に深海色の炎が生まれる。
それは一気に燃え上がり、肩を焼くほど大きくなり――
ドゴォ!!!
残ったのは、空間に走った尾を引く蒼のみ。
蒼い炎をまとったまま、目にも止まらぬ超速の踏込から、隊長機の正面装甲に強烈な双掌打を叩き込むと――軽々と隊長機が吹き飛んだ。
地面を転がり……さすがリビセィル、すぐに体勢を整えた。
私が触れた正面装甲に残りまとわりついていた蒼い炎が、くすぶりながら消えた。
「「――うおおおおおおおおおおお!!」」
ただの一手である。
機兵をぶっとばした燃える拳法。
それだけで、観客たちはすでに、この試合に魅入られた。
――炎でもなんでもない、ただの色付きの「氣」なだけなのにな。
だが残念なことに、こういう派手な「魅せ技」は、地味で強い奥義より金になるのだ。