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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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259.終の祭り  前編





 ――『気安く触れるな犬め。貴様らのような犬は只々我を振い、怨敵を討つことだけ考えよ』

 

 あら、いい反応。


「それ、私に言ってるの?」


 ニヤニヤしながら語り掛けてみる。


 ――『貴様以外の誰がいる。我に触れてよいのは我が認めた者のみ。それ以外の者は紅蓮の炎に包まれるであろう。童とて容赦せんぞ』


 へえ、なるほど。


「じゃあ二つだけ言っておくわね。


 一つ目、命乞いをしたら許してあげる。

 二つ目、逃げたり逃げる素振りを見せたら問答無用でへし折る。


 ――ちゃんと覚えておきなさいね。じゃないと損しかしないから」


 返答は聞かず、私は言うだけ言って聖剣ルージュオーダーから離れた。


「……」


「……」


 振り返ると、リビセィルとシィルレーンが微妙な顔で私を見ていた。


 少し距離があったので、私が語り掛けた言葉が二人に聞こえたとは思わないが……それを差し引いても、私の言動は不可解なのだろう。


「迎冬祭で戦うんだから、お手柔らかにって挨拶しただけよ」


「……そ、そうか。うん」


「ニア……その、一応その聖剣は、マーベリアの国宝でもあるというか……」


 うん。

 長い間マーベリアを守ってきたのは確かだろう。


 だがそれは、あくまでも己のためであって、人や国のためではない。


 あれは魔剣ではない。

 歴とした聖剣だ。


 ――ただし、聖剣としては三流だが。


 二流の聖剣だってあそこまで肥え太る(・・・・)ことはないし、一流の聖剣なら「人を使おう」などと思わない。


 しかし皮肉なことに、あれは三流の聖剣だから今世まで生き残ったのだ。

 私が認める一流二流は、ことごとく散っているはずだ。


 前の私(・・・)が折ったからな。それはもうばっきばっきと。


 ――聖剣ルージュオーダーは、間違いなく聖剣だ。


 鍛冶神スティラミラの戯れで産まれし九百九十九本の聖剣の一振りである。


 かつて聖剣たちは、最後の一本……九百九十九の刃を越えた先に辿り着く「千聖剣の王・聖王剣」になるまで戦うことを宿命付けられ、この世界の各地に放たれた。


 ある剣は魔王殺しに。

 ある剣は魔竜殺しに。

 ある剣は神殺しに。


 使い手に拾われた聖剣たちは時代の英雄や覇者とともに、その刃を鮮血に染めつつ聖なる輝きを増していった。


 それから何百年か経った後、このままでは埒が明かないと聖剣の一本が画策。


 各地にいた六百本余りの聖剣が一堂に介し争った、聖剣同士の殺し合い「聖剣大戦」――恐らくどこの歴史書にも残っていない、もはや誰も証明できない聖剣同士の殺し合いがあったのだ。


 聖剣ルージュオーダーは、それに参加しなかったことで、これまでのうのうと生き残った一本なのだろう。


 だって参加した聖剣は、前の私(・・・)が片っ端からへし折ってやったからな。


 あれは楽しかったな。

 まあ、はしゃぎすぎてスティラミラを激怒させてしまったが。危うくつまらない聖剣の中に肉体と魂を打ち込まれるところだった。


 果たしてこの時代には、聖剣は何本生き残っているのか。


 ――まあ、聖剣ルージュオーダーが命乞いして来たら、あとで聞いてみるか。


 気が遠くなるほど遠い昔(・・・)のことを思い出しながら笑う私を、リビセィルとシィルレーンはやはり何も言えないまま、ただただ見ていた。





 そんな夜から、少々の月日が流れた。


 私の誕生日が来たり、セドーニ商会マーベリア王都支部の店舗が開店したり、正式な二輪

機馬(キバ)の開発がいよいよ形となったり。


 隊長機「魔犬レッドランド」の参加がいよいよ本当だと噂が流れ、前評判の高い迎冬祭が更に話題に上がるようになってくる。


 予定通り、アルトワール王国やヴァンドルージュ皇国ほか周辺国のお偉いさんが招待された。

 外国人としてはやや不安だったものの、意外にもマーベリア王国を挙げての歓迎だったことから、外国人嫌いだったはずのマーベリア国民も大いに湧いた。

 港には大勢のマーベリア人が集まり、各国の紋章入り飛行船から出てくる王族や貴族を大声で歓迎したのだ。


 こういう印象操作から築かれた歓迎ムードの作り方というのが、優れた政治手腕や準備の賜物なのだと思う。

 私のようにいきなりやってきて普通に歓迎されない、ということはなく、外国人たちはしっかり国賓として歓迎されていた。


 実はその中には、アルトワール王国から使者としてやってきた第二王子ヒエロ・アルトワールもいた。

 それどころか、カメラを持った撮影班まで入ったというから驚きだ。

 ――まあ、この辺はきっと、王様やリビセィルが、私のためにがんばってくれたからだと思う。色々と貸していた甲斐があった。……いや、そんなひねくれたことは言わず、素直にありがとうと伝えたいところだ。


 隊長機が参加したり、外国人を呼んだりと。

 今年のマーベリアの年末は、いつにないほどの盛り上がりを見せていた。


 ――そして、迎冬祭当日がやってきた。


 

 


 私は知らなかったが、マーベリア王都から出てすぐ隣に、大きな競技場があった。

 東方面にはよく行っていたが、西側はほとんど知らなかったから驚いた。機兵学校にある訓練所より大きく立派な建物である。


 普段は機兵の訓練に使われる広い場所で、一般人の立ち入りは禁止されている。


 だが、迎冬祭の日は話は別だ。

 機兵同士が戦う姿を見るために一日だけ公開され、マーベリア国民なら誰もが観戦することができるのだ。


 マーベリア人曰く「これを見ないと年が越せない」そうだ。


 去年は虫関係で色々あり、正規機士の参加はなく、機兵学校の生徒が出たらしい。

 正規機士より動きは劣るが、洗練されていない荒々しさが新鮮だったようで、それはそれで盛り上がったそうだ。

 なので今年も前座的な形で参加することが決まっている。


 そんな競技場の控室に、私とリノキスと。


「――試合前に会えるのはこれが最後になるだろう。その前に言いたいことがあって来た」


 そして、訪ねてきたリビセィルがいた。


 これから機兵科の訓練生や、正規機士らの試合がいくつか消化された後、最後の試合で私とリビセィルの乗る隊長機が戦うことになっている。


 ここのところ修行をしに屋敷に来ず、ずっと私と戦うことを想定して準備をしてきたらしい。

 なるほど、機兵乗りとして特訓を重ねてきたらしい。やることはやったという自信が顔に出ている。


「わかってる。言われなくても手加減しないから安心しなさい」


 どうせ「全力で戦ってほしい」とか言いに来たんだろう。実力も弁えずに生意気な。言われずとも望み通りにやってやるとも。


「いや――」


 リビセィルは自信に満ちた顔のまま、こう言った。


「手加減を頼みたい。できることなら苦戦の末に勝利したという体で決着をつけてくれないか?」


 …………


 なぜそれを自信に満ちた顔で言えるのか。


「仕方ないだろう。鍛えれば鍛えるほど、ますますニアに勝てる気がしないのだから。……むしろ中途半端に力量差がわかるようになってきた。きっと私は拳一発で負けるか、拳二発で負けるぞ」


 ……ふむ。そうか。


 リビセィルは、私との実力差がわかるほど強くなったのか。拳一発か二発。鋭い予想じゃないか。

 

「手加減ね……別に構わないわよ」


 私は、いつでも勝てる相手なら勝ち負けにこだわらないからな。


 ……というか、いくら勝敗が見えている試合でも、どうせやるなら観客を最大限楽しませて盛り上げたいしな。

 つまらない試合をするよりは、その方がよっぽどましだ。お互いのためでもある。


 それに、リビセィルは次期国王だ。

 あっけなく負けてしまうと、世代交代という大事な初手から世論が傾いてしまう。


 魔法映像(マジックビジョン)をスムーズに導入させるためには、国王になりたてのリビセィルの評判は無視できない。


 たとえ結果が同じでも、惨敗か大敗か惜敗か。激しい死闘なのかか一撃で決まる呆気ない戦いとも呼びたくないものなのか。

 魅せる戦いとは、結果より過程が大事なのだ。


 ――誰も得をしない試合なんて、それならやらない方がよっぽどいいって話だ。


「あなたは全力で、勝つつもりでやりなさい。私はそれに合わせるから」


「本当か!? いいのか!?」


「ええ」


 正直少し見直したくらいだ。


 正義感溢れる礼儀正しく道理を弁えた王では、不安でしかない。

 卑怯でも卑劣でも、国民のために汚い手段も――清濁併せ呑む器量もない者が上に立っては、周りが大変だからな。


「若造じゃあるまいし、私は今更必要のない力の誇示には興味ないわ」


 そもそも魅せる戦いだって簡単じゃないからな。


 むしろ実力の見せどころである。

 それはそれで技術がいるのだ。


 安心しろ。

 弟子(リビセィル)の大事な大舞台、師として最高の八百長に仕立ててみせるとも。


 リビセィルが立ち去った後、リノキスがぼそりと「お嬢様はまだ十一歳の若造ですけどね」と呟いた。




 

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