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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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252.四年生に進級した頃に





「わーい! お嬢だー!」


「おっと」


 身を投げ出すようなダイブで飛びついてきたカルアを抱き留める。


「おかえりー! お土産はー!?」


 はっはっはっ。カルアはかわいいな。無論あるとも。


 予定通りの一泊二日、マーベリア王都に帰り着いたのは夕方頃だった。

 屋敷に帰るなりカルアや他の子供たちに熱烈歓迎され、応接間に連れて行かれてさあ土産話を……しようかというところで、不意に思う。


「リノキス、サクマ、ちょっと来て。すぐ済むからあなたたちはそのまま……ああ、紅茶とか用意して待ってて」


 子供たちと、今日も当然のように入り浸りのシィルレーン、イース、クランオールには待機を、そして大人たちに来るように言い、私たちは一旦私の自室に集まるのだった。





「ねえ、やっぱり食べさせて大丈夫だと思う?」


 土産を出しつつ話でもしよう、と思ったところで、不意に頭によぎってしまった。


 ――蜂蜜の安全は身をもって確認したが、果物は大丈夫か、と。

 

 私なら毒物を摂取しても自力で治せるし、リノキスだって即死しない程度には鍛えられている。

 だが子供たちはそうはいかないだろう。


 そもそも毒じゃなくても、という話だ。

 過ぎた薬効は毒にもなる。大人が平気でも子供は平気じゃないかもしれない。


 果たして果物は大丈夫だろうか。


「うーん……大丈夫だとは思いますけど、改めてそう言われると……」


 だよな?

 そもそもリノキスは元から食べることには抵抗があったらしく、現地では気が進まなそうだったしな。


「……察するに、未開の地で何か見つけて来られたので?」


 まだ事情も説明していないのに、サクマはすぐにその結論に達した。話が早い奴だ。


「蜂蜜と果物を取ってきたの。蜂蜜は嘗めて確認したんだけど、果物がね……」


「拝見してもよろしいですか?」


 私はリノキスに頷いてみせると、彼女はテーブルに採取してきた果物を並べる。


 陽の下で見た時と同じようにつやつやで、見た目で美味しそうな鮮度を保っている。

 あまり数があっても食べきれず腐らせるだけなので、持ってきたのは本当に少しだけだ。


「ふむ……ああ、これはなかなか素晴らしい出来だ。最上級品ですね」


 いくつか手に取って香りを確認するサクマは、小さなベリーを口に入れた。


「――大丈夫です。驚くほど味が濃いのでそのまま食べるには適さないかもしれませんが、人体に悪影響はないかと。私が全部味見しましょう」


 あ、そうか。普通に食べて確認すればいいのか。


「じゃあそれは私がやるわ。リノキス、切り分けて」


 夕食前なのであまり食べたくないが、果物は鮮度が命だからな。試すにしろ食べるにしろ早い方がよかろう。


「毒見なら私が」


「いえ、私がやる。それより蜂蜜を確認してみてくれない? 特におやつに使えるかどうかを見立ててほしいんだけど」


「……こういう時のために私がいるのですが」


「そう? 私は危険なことをさせるために雇った覚えはないけど。とにかくそっちを頼むから」


「わかりました。では蜂蜜を担当させていただきます」


 ――とまあ、そんな一手間もあったりしたが、果物も蜂蜜も問題なく食べられるものだと確認が取れた。


 ただ、やはり世界樹産というべきか、蜂蜜を筆頭にどれも味が濃かった。

 なので多くが水と少量の砂糖を足しただけで味を薄めたジャムとなり、しばらく食卓を飾ってくれた。


 物自体は非常に良質なので、かなり美味しかった。





 そんな一泊旅行があったり。

「知り合って一年だから」という理由をこじつけて、子供たちを外食や観劇に連れて行ったり。

 向かいの夫人と意外な繋がりができたり。


 夏季休暇中は色々あったが――やはり一番の出来事と言えば、あれだろう。





 発端は、クランオールだった。


「――ねえニアちゃん。アレの続き(・・・・・)って届かないの?」


 もうすぐ元空賊リグナー船長が定期便の如くやって来ようというある日。


 これが終わればもう寝られる、という夏休みの宿題めを睡魔と一緒に相手している最中、珍しくクランオールが私の部屋にやってきた。


 ハーブティーを淹れようか、と問うリノキスに「いえ結構。すぐに行くから」と、クランオールはすぐ去るつもりで私の向かいの椅子に座った。


 私たちの間で「アレ」と言えば、一つしかない。


「続き……そもそもあれは広報用なのよね」


 きっかけは、夏季休暇直前のサクマの発言だった。


 ――「クランオール様が例のアレ(・・・・)に興味があるようです。公報だけはしておいてもよろしいかと」と、耳打ちしたことだった。


 例のアレとは、魔法映像(マジックビジョン)のことである。


 クランオールは、飛行皇国ヴァンドルージュで行われたハスキタン家とコーキュリス家の結婚式の映像を観る機会があったようで、浅いながらも魔法映像(マジックビジョン)に対する知識があったそうだ。


 別に隠すことはない。

 というかむしろ積極的に観せていくくらいでちょうどいいのであろう、アルトワールから持ってきた広報用の映像を渡した。


 それこそが、彼女がこの屋敷に入り浸りになった理由だ。まあその前から入り浸りに近くはあったが。

 さすがに持ち出されると困るので、この屋敷でのみ観覧することを許可したからである。


 結構数があった私の過去の映像や、説明せずともわかりやすい構成の番組など、空いた時間にちょこちょこ観ていて――いよいよ観終わってしまったらしい。


「建国物語の続きが気になるんだけど」


 それは私もだ。


 建国物語――シルヴァー領のチャンネルで流されていた紙芝居は、特に他国に隠す理由もないので、広報用に含まれていた。

 ただし、あれは毎日少しずつ長期に渡って放送されていたので、さすがに全部はないのだ。映像で持ってきたのは最初の方だけだ。


 だが、一番最初の建国物語から、紙芝居はタイトルや主要人物を変えて、ずっと続いていたのだ。恐らく今も続いていると思う。


 私なんてリアルタイムで毎日「アルトワール建国物語」から連なる、史劇紙芝居を全部観ていたのに、途中で国外追放されたんだぞ。

 激動の戦乱を生きたオーファ王子と、庶子にして第二王妃にまで取り立てられたアリーアットラの恋物語はどうなったというのか。ワイバーンに連れ去られたアリーはどうなったのか。ああ思い出すと気になってきた。極力考えないようにしてきたのに。


「開国してよ。そして導入してよ。そうしたらきっと観られるから」


「でもお高いでしょう?」


 うん、お高いね。シャレにならないくらいお高いね。


「私の稼ぎと権力じゃ、さすがに無理だわ」


 まあ、だろうね。王族でも躊躇う金額だからね。


「じゃあ王様とかリビセィルに頼んでおいてよ。公報担当のアルトワールの使者を呼んでいいか、って」


「それはもう言ってる。でもなんか、まだちょっと難しいみたい」


 そうか。


「もうすぐアルトワールから、私の様子を見る定期便が来るの。一応手紙に『続きを送れ』って書き添えておくから。でも期待しないでね」


「わかった。期待しちゃう」


 するなっての。ダメ元でしかないんだから。





 その夜から数日後、元空賊リグナー船長がやってきた。


 今こちらに滞在し店を出す準備を進めているダロンに合流するセドーニ商会の人員を何人かと、私の荷物を置いて、今回も即座に帰った。


 ――それから後。


 夏季休暇が終わり、私が無事四年生に進級してすぐのある日。





「やあ。来たよ」


 屋敷に帰ると、アルトワール王国第二王子にして魔法映像(マジックビジョン)王都放送局局長代理ヒエロ・アルトワールがいた。





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