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狂乱令嬢ニア・リストン 作者:南野海風
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240.実戦訓練初日の風景、終了





 予定より少々遅れ気味ではあるが、昼食時を幾分過ぎて早めのティータイムくらいには、目的地に到着した。


 まったく。

 シィルレーンとイースに付き合って走っていたせいで、こんなに遅い到着になってしまった。


 その二人は遅れ気味で、ひーひー言いながらまだ走っている。肉体の疲労から「氣」が乱れまくっている。アカシも付き添いが大変だろうな。


「――やはりニアか!?」


 お、リビセィル。


 砦の前に着くと同時に、機士の仕事で来ていたリビセィルが出向いてきた。早々に見張りに発見され、すぐに報告を受けたのだろう。

 リビセィルとは過去にちょっとした因縁があったが、今は私の弟子である。


「こんにちは、王子。予定通りやってきたわ」


「いや、それは聞いていたが……」


 ん? ……ああ、私の頭上にある物か。


「前に話した、馬なしで走る馬車の試作機よ。故障したから担いできたの」


 付加が足りない重さだが、案外悪くなかった。たまにはこういう軽い物を持って長距離をゆっくり走るのもいい経験になる。


「担いで、走ってきたのか?」


「――あなたももう『氣』の概念は把握しているでしょ? 今更そんなに驚かないでよ」


「いや、なんというか……知った上で驚いているんだが……」


 あ、そっちのパターンか。

 私の外観からして、どれだけ「氣」で基礎能力が上がっているかに驚いているのか。やや筋肉質だが、筋肉量自体は子供の域を出ないからな。


「これくらいで驚いていてどうするの。こんなのあなたもすぐできるようになるんだから、気にしない気にしない」


 とりあえず、故障した試作機は砦の中に置かせてもらおう。砦の外に置いて万が一何かあったら大変だからな。


「イルグは?」


「機士を率いて調査に出ている。私と入れ替わりでな。私も砦に戻ってきたばかりだ」


 機士の仕事……まあ、公務と言った方が相応しいかもしれないが。

 虫が活発になる頃になると、リビセィルとイルグは、マーベリア王都に帰ってくることが少なくなった。


 未知の大地に、未知の虫たち。

 ここから先の未調査領域の警戒は、まだまだ外せないのだろう。


 ただ、この辺一帯はかなり安全になったとは聞いている。

 これまでずっと戦ってきた蟻も、巣まで潜って念入りに処理したとかしてないとか。


 ――まあ、実際のところは、虫が本格的に動き出す夏になるまでわからないそうだが。


「戻ってきたばかりなのね。じゃああなたは修行に参加――」


「する。戻ったのは早朝で、さっきまで休んでいた。体調は万全だ」


 そうか。

 マーベリアの王族は本当に真面目だな。


「『氣』の修行は怠ってないわね?」


「もちろん。どんなに忙しくても、調査に出ていて野営する時も、毎日欠かさずやっている。イルグもな」


 ならば大丈夫かな。

 正直、シィルレーンとイースだけでは心許ない気もしてきたしな。


 まあ、虫相手なら何があっても私が援護できるから、やらせてみようか。





 シィルレーンとイース、ついでにアカシの到着を待ち、少しだけ休憩を入れて、ようやく実戦訓練に入る。


 到着が遅くなったから、あんまりやれないかな。

 帰りも走りだし。

 彼女らはまだまだ圧倒的に「氣」を維持する技術が乏しいから、やはり維持する力を養う長距離走はしっかりやらせたい。


「ちょっと見学者が多いけど、気にしないように」


 ちょうど蟻を、そしてたくさんの虫たちを殲滅した場所に立つ、私と弟子たち。あとアカシ。

 そんな私たちを、砦の窓という窓から顔を出し、砦にいる人たちが見ている。


 リビセィルからどんな説明を受けているかは知らないが、何をするかは聞いているのだろう。

 生身の人間が虫を処理する姿が珍しいのだろう。


 ――いずれ珍しくもなんともない光景になるとは思うが。


「じゃあ連れてくるわね。最初は三人で当たりなさい。今日は無理だと思うけど、慣れてきたら一人ずつやってもらうから」


 全員が頷くのを確認して、私は奥へ……かつて蟻が大波となってやってきた方向へと向かい、手頃な虫を探すことにする。


 ――なるほど、確かに近辺にも地中にも、蟻はいないな。今のところは安全って感じか。


 少し奥の方に足を延ばし、前に見た巨大なダンゴムシを発見した。


「うーん……まあ、大丈夫かな」


 巨大で、非常に硬い殻に覆われた虫だ。

 だが動き自体はそう素早くないし、攻撃も体当たりかのしかかるとか、その辺の単純なものだ。


 蟻と比べれば若干強いかもしれないが、三人がかりならなんとかなるだろう。

 無理なら私が仕留めればいいしな。


 よし、あれにするか。


 ――その辺で拾った石を投げて気を引くと、私はダンゴムシは砦まで先導するのだった。





 こうして修行が始まった。


 傍から見ているだけではもどかしくてたまらないが、弟子たちががんばる姿を見守るのは悪くない。もどかしいが。その程度は指先一つで爆散させろと思わなくもないが。


「ニア! これは無理じゃないか!?」


「剣! 斬れない! 無理!」


「大剣でも歯が立たんぞ!」


 動きはまあまあいい。

 が、如何せんシィルレーンの槍、イースの片手剣、リビセィルの大剣では、ダンゴムシの外殻を傷つけることができない。


 いや、傷は付いているか。

 表面が少し擦れたかな、という程度だが。


「真正面から攻めない! ひっくり返しなさい!」


 ダンゴムシの動きは、丸くなって転がって体当たりか、しゃかしゃか動く無数の足で追いかけてきて上に乗る、という二つの攻撃手段しか見せない。

 というか後者はたぶん捕食行為だ。大きさも重量もあるので圧殺みたいになるだけで。


「ひっくり返すって! どうやって!」


「――待て! 私に案がある!」


 さすがずっと戦ってきただけに経験の差が物を言うのか、リビセィルはすぐにダンゴムシをひっくり返す方法を思いついたようだ。


 大声で大雑把に説明すると、シィルレーンとイースは頷いた。


「――わかった! いくぞ兄上! しくじるなよイース!」


「うん!」


「そっちに移動する! 準備しろ!」


 体当たりに力負けしないリビセィルが、ダンゴムシを引き付けながらシィルレーンの方へ移動していく。


 少し素早く動いて距離を開けると――ダンゴムシはしゃかしゃか走り出して猛スピードでリビセィルを追いかける。


 と――


「今だ兄上!」


 シィルレーンは石突を地面に付き、片足で固定しつつ身体を下に、槍を地面から斜め上に向けて構える。

 やや急勾配の坂のようである。


 というか、坂の代わりである。


 愚直にリビセィルを追い駆けていたダンゴムシは、シィルレーンの後ろに隠れようとも追いかける。


 そして、槍で作った坂に当たる。

 勢いに乗って自然とその角度に合わせて頭が上がり、身体も半分ほど乗り上げた。


「行くぞシィル!」


 気合いの入った声を上げて、リビセィルの大剣の背が、シィルレーンが構えて斜め上を向いている槍の先を、横に弾き飛ばした。


 坂が横転する。

 当然、その上にいたダンゴムシごとだ。


 ダンゴムシがひっくり返った。

 だが、亀じゃないので、ダンゴムシはすぐに態勢を整えてしまう――が。


「――逃がさない!」


 打ち合わせ通りに、それを待っていたイースの方が速かった。

 跳躍し、真上から剣を突き立てる。素早く何度も突き立ててすぐに離脱する。


 致命傷は、与えていない。

 ダンゴムシは何事もなかったかのように起き上がり、また走り出すが――


「行ける! 刺さった! 殺れる!」


 先の攻撃で、イースは確かな手応えを感じていた。


 手応え。

 つまり、勝機である。





 少々時間が掛かったが、ダンゴムシの討伐は成功した。


 砦から見ていた者たちが「うおおお!」と声を上げた。

 今まで機兵でも苦戦していたというダンゴムシを、生身の人間がたった三人で戦い勝った。私が考えている以上の快挙なのだろう。


「やった! やった!」


「勝てた、か……」


「……」


 無邪気に喜ぶイースをよそに、ダンゴムシの強さを知っているのであろうシィルレーンとリビセィルは、もう動かない虫を見詰めてやや放心状態である。


 うん、いいじゃないか。


「この調子でどんどん行きましょう。次を連れてくるから」


「「えっ」」


 え、ってなんだ。


「何終わった気になってるの? 修行はこれからが本番でしょ?」


 今は三人がかりでようやく、という強敵かもしれないが。

 いずれは、一人で戦っても勝てるようになってもらわないと、師としては困る。なんなら指先一つで爆散させるまで育ってほしいくらいだ。





 こうして、次の段階である実戦訓練初日が始まり、終わったのだった。





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