186話:錬金術科の新入生1
「図書館に行きたいの。行き方を知っている人はいる?」
午後の授業が終わって、エルフのイルメがクラスメイトに向かってそう言った。
「アクラー校やラクス城校の図書室とは別ってこと?」
猫獣人のラトラスが、錆柄の耳を揺らして確認を取る。
「えぇ、あそこは錬金術関係の書籍がほとんどないわ」
「あぁ、そういうことか。だったらヴラディル先生の…………」
「そこはまだ早いと言われてしまったの」
ウー・ヤーの提案にも、イルメはすでに試した後だそうだ。
僕も職員室に行って知ってるけど、あそこは半ば本に埋まってる。
理由はラクス城校を追い出された時に、錬金術関係の書籍も処分されそうになったのをできる限り回収したから。
ただアクラー校を間借りしている状態のため、図書室においてももらえず、初歩的なものは諦め、希少本を重点的に残したんだとか。
「イルメっていつも本読んでるけどなんで?」
ネヴロフがそもそもを聞くと、イルメのほうが不思議そうな顔をした。
「学ぶ基本は書籍を当たることでしょう?」
「それはたぶん、本が身近な人限定だよ」
僕の答えに、イルメ以外の全員が頷く。
「俺ここに来るまで、領主館以外で本って見たことないぜ」
「自分は国許ならまだしも、旅の間は所有する者を見ることもなかったな」
「帝国だと本なんて金持ちが持ってるもんだからなぁ。まず本で勉強するって考えがないよ」
ウー・ヤーは経験から話し、ラトラスは書籍に対する一般的な意見を述べた。
エルフの中でも上流だろうイルメはそれでも納得いかない顔をしてるけど、そこには地域差があるんだと僕は思う。
「イルメ、まず紙を作るために適した植物が生えているのはエルフ、竜人、海人、東の人間の国なんだよ。で、さらに本を作るには流水が必要で、それが揃っているのはエルフと東の人間の国だけ。そもそも本を作る手間が違うから普及率も違ってくるんだ」
帝国も国内で紙を作るけど、本当にいいものは輸入する。
良い紙は薄くて軽いから扱いが難しく、水濡れ厳禁で輸送費がかかるらしいと聞いたことがあった。
工業化されていた前世と違って、本は手作りだから数もそう増えない。
印刷技術使って量産しようなんて思うのは、聖書を普及させたい教会くらいのものだ。
「へー、紙って植物なんだ。アズって物知りだよな」
とても基本的なところから知らないネヴロフは、それだけ本になじみがない証拠だろう。
「それで、イルメは何処か行きたい図書館あるの? この街には研究所ごとにも図書館あるって聞いてるけど」
研究所ごとというのはつまり専門ごとという意味になる。
しかも閲覧には資格が必要で、僕が留学に際して学士号を与えられた理由でもあった。
申請して通れば学生でも見られるはずだけど、相応の伝手がいる。
「錬金術、もしくは精霊に関わる書籍は何処にあるかわかるかしら?」
そこはわからないと答えるべきだろうな。
でも、実際は錬金術関係ならわかる。
何故なら皇子としての僕のために、ルキウサリア王国が調べて目録にしてくれたから。
「錬金術の本かぁ。見てみたいな。図書館あるのは知ってるけど入ったことないし」
「チトスでは個人所有の図書室はあっても、こちらでいう図書館に該当する施設はないし、書籍を集めた施設は役人のためのものだ。そういう点では自分も興味がある」
ラトラスとウー・ヤーも興味を持ったらしい。
となると、経験として見てもいい気がする。
それで僕とは違うアプローチを思いついてくれればプラスだ。
「だったら、僕に少し伝手があるから聞いてみるよ」
「すげー。なんか、アズって俺らより大人みたいだ。歳って同じはずだよな?」
「いや、身分があるってだけでね、ネヴロフ。きっと国許に行けば、イルメとウー・ヤーもこれくらいできるよ」
そう誤魔化して、その日は解散。
僕は帰ってウェアレルに相談し、図書館の利用について聞いた。
その上でもろもろ手配をしてもらって三日後。
「学園の図書館はやっぱり許可制だったよ。学生一年目だと許可までに相当時間がかかる上に、やっぱり錬金術関係の書籍は少ない。だから王城のある隣の街の図書館に行こう。今ちょうど錬金術関連の書籍纏めてるって」
放課後に、学園前でクラスメイトと集合し、僕は待っていた人を紹介した。
「で、入館許可取ったけど扱い気をつけてほしいからって学者さんが引率してくれることになったよ。こちら、引率を引き受けてくれたノイアン、さん」
「初めまして、錬金術科の生徒諸君。閉館時間もあるから話は馬車の中でしましょう」
はい、話回したら許可はすぐ出たけど、テスタの助手のノイアンが来ました。
まぁ、名目上皇子のために用意した本だしね。
僕自身が許可出したとはいえ、平民交じりの新入生に見せるんだから引率いるよね。
「え、馬車!? うわ、馬車!」
「ひぃぇぇえ…………」
街から街の移動で馬車使ったら、ネヴロフが変なテンションになった。
ラトラスは裏声っぽい震える声で尻尾巻き込んでるし。
「アズは妙な行動力と思い切りがある割に、やはり貴族子弟なんだな」
「変わり者ということでしょう。私も錬金術を学ぶことは随分反対されたわ」
ウー・ヤーとイルメは落ち着いてるけど、それを聞いたノイアンは何かを堪えるように目を閉じてる。
これ、報告上げる前提での同行だよね?
皇子だと知らない子供の軽口は、聞かなかったことにしてほしいな。
「おほん、そ、それでは説明を。まず、今回の図書の閲覧は帝国第一皇子殿下のご厚意によって実現しました」
ノイアンは咳払いして説明を始める。
前提の厚意とかは置いておいて、図書館の利用法とかは他国だし僕も真面目に聞く。
バーコードでの管理体制さえないから、貸し出しにはちょっと手間がかかるようだ。
前世と似たような手順かと思ったら、延滞すると窃盗扱いで捕まるって。
図書館に収められるほどの価値ある書籍だからってことだろう。
話す間馬車は進んで、御者が応対するだけで僕たちは座ったまま街を出る。
「今日向かうのは教会の施設です」
「教会に錬金術ですか?」
ノイアンにイルメが聞き返すのは、重んじる宗教が違う国だからかな。
その上で、廃れた錬金術との関連が想像できないんだろう。
そこにラトラスが言葉を挟んだ。
「修道院なんかには錬金術残ってるらしいから、それじゃないかな?」
「そう、ルキウサリア王国でも八百年前には錬金術が重んじられていました。古い文献の類は大抵教会関係の書庫に死蔵されているんです」
ラトラスはたぶんお酒関係で知ったんだろうね。
そしてノイアンはルキウサリア側で錬金術関わってることを知ってるし、考古学もやってるから案内役としては適任そうだ。
「錬金術は禁術にはなっていないのね」
「はい?」
イルメの言葉に思わず僕は聞き返した。
聞けばエルフでは触れると死ぬ術と言われており、精霊の怒りを買うという宗教的な禁忌。
けれどイルメは精霊の可能性を求めて入学し、結果セフィラを知って前向きに錬金術を捉えているそうだ。
「え、え? 精霊信仰だとそう言われるの? ウー・ヤーも?」
「いや、確かにチトス連邦にも精霊信仰はあるが、そんな話聞いたことがない。と言うか、錬金術という物自体が知られていない」
ウー・ヤーはニノホトの商人からヒヒイロカネの伝説を聞いて興味を持ったそうだ。
伝説だけは伝わっていたけれど、それが錬金術だと知ったのは実は入学後だという。
「ヴラディル先生が持ってると聞いて入学した。自分としては、錬金術で作れると断言されただけでも成果だな」
「そんな不確かなことで山脈越えて旅した上に、あの高額な学費賄ったの?」
ラトラスがぽっかり口を開けて驚く。
商人の親の仕事で帝国内を移動したからこそ、大変さと金銭の負担がわかるようだ。
「金銭面は確かに負担だった。だからこそ、身一つで旅をしたしな」
「身一つ!?」
「あ、俺もー。入学資金一人分しか用意できなくてさ。それで村の他の入学したかった奴らに見送られて旅して来たんだ」
僕が驚くとネヴロフもとんでもないことを言い出した。
そっちは道のりの険しさを経験してるからこそ、僕は言葉も出ない。
あんなところから身一つって…………
驚いているとイルメが頷く。
「皆変わり者だったようね」
「はい! 異議あり! 俺は違うから!」
ラトラスだけが手を挙げて訴える。
ノイアンが僕を窺ってくるけど、さすがにここで異議は言えない。
もう変わり者だと思われてる自覚はあるよ、うん。
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