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僕が暇空茜(ひまそらあかね)の味方をする理由3

これで最終章です。

ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。

僕が暇空茜(ひまそらあかね)の味方になった、ふたつの「理由」について書いてきましたが、ここからはその先の話となります。

暇空茜(ひまそらあかね)の味方といっても、じゃあ、何をすることが味方になるのか?

きっかけは彼の著書「ネトゲ戦記」への無差別放火殺人書店脅迫であり、当時、ただひとりの証言者であった彼の話を信じると公言すること。まずはそれだろう。

そうして僕は信用を差し出した。
もちろん、軽々しくそうしたわけではない。当たり前だ。もう憶えていないが数日悩んだ。

書店への脅迫が本当にあり、彼の著書に対して一線を越えた攻撃が行われた。
これを事実と受け入れてのことだ。恐ろしすぎる。

だが、悩んだ末、やはり「彼の味方側」の立場だと公言することにした。

そして、次に考えたのは「理解者」になることだった。

そう、僕は暇空茜の理解者だったから味方になったわけではない。あの「ありがとう」の言葉が、彼を理解してみようという気にさせたのだ。

もし「ネトゲ戦記」のあとがきに、あの言葉が書かれていなければ「うーむ」で終わっていたかもしれない。僕は沈黙したまま、脅迫事件のことも考え続けはしたろうが、やがて暇空茜(ひまそらあかね)への興味は失っていったのかもしれない。

オーソン・スコット・カードというSF作家の名作に「エンダーのゲーム」というシリーズ作がある。今だともう古典だったりするのだろうか?

暇空茜(ひまそらあかね)はよく好きな作品のひとつとして第一部の「エンダーのゲーム」のタイトルを挙げる。

天才が孤独と絶望の中で圧倒来に強大な敵を完膚なきまで叩き潰す話だ。

暇空茜の境遇と性分そのままのようだなと思う。かれはまさしくエンダー・ウィッギンだ。そして今、終わらせる者(エンダー)として絶望的な戦いに身を投じている。

配信の中では何回か感想や意見を述べている彼だが、僕が一番「彼らしさ」を感じたのは、仲間たちがエンダーの要求の難易度についていけず、一人また一人と脱落していくシーンについて語った内容だった。そのときの暇空茜(ひまそらあかね)はいつものように興奮した語り口だったが、同時に、とても寂しそうでもあった。

僕も大好きで、初読時は寝られず一晩かけて読むことになった作品だ。
だが、シリーズ中最も好きなのは、実は第二部となる「死者の代弁者」だったりする。心に引っかかるのはこちらの方なのだ。

死者の弔いの際に、その亡くなった者の人生を、良いことも悪いことも、為した善も、悪も、過ちも、すべてを語る代弁者となった大人のエンダーの物語だ。

「死者の代弁者」である彼はかつて己が滅ぼした種族への贖罪のために宇宙を彷徨い、そして訪れた新しい星でまた別の知的生命種族の存亡と関わることになる。

なんだか、妙に綺麗にハマッた感じで、小説の書き手としての僕の個人的好みではないのだが、まあ、偶然だからしょうがない。気づいたのも最近だ。

僕は期せずして「死者の代弁者となったエンダー」という役周りを選んでしまったのだ。(もちろん、その能力はとうていエンダーには及びもつかない)

そう。彼のことを自分のチャンネルで語っていこうと決めた時、最初に決めたのは「暇空茜(ひまそらあかね)が明日もいると思うな」だった。

真剣に考えた上でのことだ。

彼の味方をし、観客席から降りて戦うのは、そういうことなんじゃないかと仮定し、そういう覚悟と想定で今まで動画を作り続けて来た。

「暇空茜(ひまそらあかね)のいなくなった後の世界を想定して彼を語ろう」と。

気づいているだろうか?

彼が都の公金不正の戦いを始めてから、創作物が燃える頻度が落ちたことを。

「俺がいるおかげで勢いが収まっている」と彼は言うが、そうではない。

今でも心無い攻撃に苦しめられている作家たちがいる。

そして、ときにそれは暇空茜(ひまそらあかね)と繋がっているという出鱈目を流布されたことでも発生もする。

その作品を愛読し、尊敬もするクリエイターがそんな目に遭ったと知ったときの暇空茜(ひまそらあかね)の気持ちはどうだったろう。
そして、そういう被害に遭われた作家の気持ちはどうだったのだろう。

その心中を推し量ると、被害にあった先生、そして暇空氏に対し、それぞれに違った種類の胸の痛みを憶える。とてもじゃないが軽々しい想像でここに描写することなどできない。僕もまた暇空茜と同じかそれ以上に、その先生の作品が大好きだからだ。僕が骨折して入院していたときベッドの上で夢中になって読みふけった作品だ。

これは暇空茜(ひまそらあかね)がいなければ起きなかったことなのだろうか? 僕には答えがない。

暇空茜(ひまそらあかね)は決して創作物の救世主などではないのだ。
クリエイターの守護者の化身でもない。

力の及ばない出来事に心を痛めることしかできないこともある。
彼を神格化してはいけない。そこはよく考えてほしい。

彼は自信に満ち溢れた万能の神のごとく振る舞うが、それはタフな戦いの最中で足を踏ん張るためにすぎない。なにしろ、兵士と参謀のひとり二役なのだ。まともな神経ではやっていられないだろう。多感な少年兵エンダーと老練な師メイザー・ラッカムがくるくる入れ替わる様は知らない人にはまるで人格がふたつあるように見えるかもしれない。

あのとき、僕は被害者の作家、暇空茜、どちらの動画・配信も見た。
なんともいえない陰鬱な気分になった。

それは、このまま筆を進めることに背徳の意識すら覚えるほどだ。
だが、僕は書くしかない。代弁者として。

「暇空気取りか、コイツ」そう思われるだろうか? 違う。

代弁なのだ。本人ではない。当人でない以上、誰の心の中も本当に理解などできているはずがない。

そうではなく、自分の目にしたものを正直に書く。自分の心の中に芽生えたものを。

間違ったことを書いたらどうしよう、本人の意に沿わなかったらどうしよう。不愉快にしてしまう人がいたらどうしよう。傷つく人もいるだろう。軽薄のそしりを受けるかもしれない。彼の敵対者たちからは狂信者のように言われもするだろう。

僕は俗人だ。誰にでもあるそういう卑小な想いが常に頭をよぎるつまらない人間だ。

そういう想いに向きあって、なお、勇気を振り絞って自分の言葉を吐き出す。何かを世に残すために。魂を代弁して送る。

それが暇空茜(ひまそらあかね)の味方と公言した僕が自分に課した役割と責任だ。

だって、彼のために僕にできることは、それだけしかないのだから。

話を戻そう。

今でも心無い攻撃に苦しめられている作家たちがいる。企業がある。

大きな炎上はなくなったように見えるが、それは暇空茜(ひまそらあかね)を恐れてのことではない。相手が息を潜めているわけでもない。

ただ単純にその分の憎悪が暇空茜(ひまそらあかね)に集中しているだけだ。彼がいなくなれば、やがてそれは再び、今以上の勢いで燃え盛るだろう。暇空茜がへっちゃらだという顔をしているから気づきにくいが、ただそれだけのことだ。

クリエイターの中に暇空茜(ひまそらあかね)がいることで苦しんだ人たちも多くいる。そうでなくとも、危険視している人、いなくなればいいのにと願っている者もいるだろう。なにが「創作物を燃やす奴は許さない」だと。

これについては僕も何も言えることはない。僕も含めて暇空茜を正当化するつもりもない。創作は邪悪な行為だと僕は言った。その罪の対価として僕らは作品を作る。

言葉を発し、世に問う以上、本当は誰もが受け入れなければならないことだと思う。そして、暇空茜(ひまそらあかね)が世に発し続けて来た言葉はあまりに多く、そのために背負うことになったものは、その言葉の数より多いだろう。

そういうことを記さずに、この代弁の書は先へ進めない。

僕は暇空茜(ひまそらあかね)をヴェルキンゲトリックスと見立て、現代に蘇った野蛮人の王のための「ガリア戦記」を書こうと思った。

詳しい方はご存知の通り、ヴェルキンゲトリックスはカエサルの最強の敵だった。野蛮人たちの諸族を集め、統率し、よく戦った。しかし、破れ、捕らえられ、最後に処刑された。

暇空氏が配信の中で嬉々として、そのときのカエサルの心境を自分の言葉で語っていたのは強く印象に残っている。

あれは「ネトゲ戦記」の発売記念ライブの頃だったろうか? もう遠い昔のように思える。

そのとき彼は自身をカエサルに見立て、ヴェルキンゲトリックスという好敵手がカエサルにとってどんな存在だったかをまくし立てていた。

カエサルがどんな想いで「ガリア戦記」の中でヴェルキンゲトリックスの強さを讃えていたのか。それは、やはり孤高の存在であったカエサルが自身の能力を証明できる唯一の相手だったからなのだと。

僕はそれを聴きながら、カエサルと、そして暇空茜(ひまそらあかね)の孤独に涙をこぼした。

このときほど、僕が凡人で良かったと思ったことはない。
天才とはなんと寂しい存在なのか。

彼らは単に「ねえねえ、僕、強いでしょ!」と皆に認めてもらいたかっただけだったのだ。英雄となったのは結果にすぎない。

そういうことか。

高すぎる能力は、強大な敵を求め続けてしまうのだ、難題を、人智を越えたレベルの艱難辛苦を。

敵を過小評価せず、強大に見積もり、それでなお怖気ず立ち向かうのは、勇敢だからではない。

死をも厭わぬほどのその欲求は何のためか。

それは、ただ、真の自分を世に知らしめたいからなのだ。
だから、彼は困難に挑戦する。そして、へこたれない。弱音も吐かない。

何故なら、それは彼にとっての創作行為だから。作品が完成するまで筆を放さぬ絵師のようなもの。絶対にあきらめない。

暇空茜(ひまそらあかね)の生きざまは、それがそのまま自己表現なのだ。
創作者の魂しかインストールされとらんやん、コイツ!

「自分が死ぬとき、自分を恥じない生き方をしたい」

重大な決意をするとき、暇空茜(ひまそらあかね)は常にそう口にする。

僕は泣きながら大笑いした。こいつ馬鹿だ。とんでもねー大馬鹿だ。
ただのクリエイターど根性物語じゃねーかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

それは、いつしか号泣となっていた。
配信の中の悪魔のような笑い声を聴きながら僕は咽び泣いていた。

哀しみの涙なのか、喜びの涙からわからない、変な涙が溢れていた。
ただ、その熱さだけが頬を伝わって流れ落ちていた。

自身を創作物そのものと化身したクリエイター。それはどれほどの罪なのだろう。もはや「社会に対する潜在的脅威」そのものだ。だが、そもそも創作とは、創作物とは、そういうものだとも言える。僕は決してクリエイティブを美化して崇めたりはしない。それは業の産物だと思っている。

彼のことを誇大妄想だとそしる者もいるかもしれない。
だが、僕はそうは思わない。

彼は「常人の尺度で測れない人間」というだけだ。

檻に閉じ込めておくか、そうでなければその尋常ではない才能を発揮させ、世の役に立てるべくふさわしい仕事を与えるか、そのどちらかしかない人間なのだ。

彼をよく知る者たちはきっと口を揃えてそう言うだろう。でも、暇空はちゃんと人の心も持っていると。人の痛みや苦しみは人一倍わかるヤツなんだと。

僕はそれを否定するつもりもない。
だが、褒めるべきものなのか、それでもと排除するべきものなのかはわからない。

僕は彼の味方だが、崇拝者でもない。(でも、好きは好きですよ!)

しかし、並外れた能力を持ちながら、普通の人間の心を持つということの苦しみや喜び、それに想いを馳せることはできる。ようになった。

そして、僕の見ている先に暇空茜はいない。僕が見ているのは彼という存在がいなくなった後の世界だから。

全てのとは言わないが、ある程度の憎悪を引き付けていた異能者がいなくなった後の世界。そこに平和は訪れるのだろうか?

僕はあり得ないと思っている。

だから、僕らは考えなくてはならない。暇空茜がいなくなった後の世界を。僕らだけで解決できる――できなくとも、少しはマシな世界にする方法を。

今、日本の首都を舞台にして、新たなる「ガリア戦記」――いや「続・ネトゲ戦記」と呼ぶべきだろうか。その新章が始まっている。

しかし、すでに真っ白なページはあとわずかしか残っていない。

が、これまで誰にも触れさせなかったそのページがついに解放された。
みんなで自由に書き込んでくれと野蛮人の王は頭を下げた。

あなたたちの物語を、俺の物語の中に記せと。

どんなに攻撃されても、どんな目にあわされても不遜な笑い声と挑発的な態度で立ち向かって来た暇空茜(ひまそらあかね)が初めて口にしたのだ。

「どうか、助けてほしい」と。

じゃあ、僕も書き込ませてもらおう――まずはひと言。「お前は一人じゃない」と。

讃える者、謗る者、君はそのどちらも手に入れたのだ。
それがなにか慰めになるかは知らないが。

この戦記の主人公がカエサルになるのか、ヴェルキンゲトリックスになるのかはわからない。

歴史は常に勝者によってのみ語られるからだ。

そして勝った者が次の世界を作る。

未来はまだ、わからない。

憎悪も尊敬も、あらゆるものを背負って、次の世界は始まるのだろう。
熱狂と共に、新しい勝者の手によって。

その世界で生きていくために、僕らは変わらなければならないと思っている。
社会を変えるのではなく、僕ら自身が変ることで社会をより良いものにするために。

「僕が暇空茜(ひまそらあかね)の味方になった理由」

了。


彼のことを自分でもっとちゃんと調べて知りたくなった方に。
暇空茜(ひまそらあかね)YouTubeチャンネル

こちらは2024東京都知事選立候補者としての暇空茜


こちらはこの記事の動画版(黒名ユウのチャンネル)・・・というか、更にこの先の物語。「暇空茜(ひまそらあかね)がいなくなったあとの世界」のお話です。

いつまでも暇空頼りでは結局、世の中は変わりはしないから。だから、これは僕たちの物語。

最後に、こちらは彼が「暇空茜」になる前、「ネトゲ戦記」と「暇空茜」の間の物語。

どこからでもページをめくっていってください。

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