──────八月某日
「人の少ない所に来たのはいいが………」
「有料エリアだね、ここ………」
八幡と結衣はもうすぐ開始される花火を見るために、腰を落ち着ける場所を探していた。それも、結衣が浴衣姿のため、その探索は難航中だった。ビニールシートも無い状況で地べたは論外。ならばあちこちに備えられているベンチと言えば、皆考えることは一緒でどこもかしこも埋まっている。人の少ない所へ少ない所へと移動を続けていると、他より一段と小高い丘に出て来たが、そこはロープで仕切られており、近くには警備員の姿が見える。
「だな。……戻るか」
「………うん」
八幡と結衣が引き返そうとした時、二人の男女の声が重なって聞こえた。
「「あれー?比企谷くんじゃん」」
ロープに仕切られた区画から聞こえたその声は、八幡を呼んだ。その正体は、八幡と結衣が所属する奉仕部の部長である雪ノ下雪乃の兄と姉、雪ノ下陽人と雪ノ下陽乃だった。夜闇に紛れる漆黒の地は雅趣に富み、隣の存在を際立たせる無地の浴衣姿の陽人。対照的に、夜闇になお際立つ濃紺の地は風雅さを漂わせ、大百合と秋草模様が涼し気な浴衣姿の陽乃。二人は少なくない人々に囲まれ、その中心になっていた。双子が八幡に話しかけたことで、その場の視線が八幡と結衣に集中する。たじたじになる高校生二人に対して、陽乃は気にすることなくひらひらと手を振り、中へと誘った。
「そろそろ花火も始まることですし、私たちは友人が見えましたので、お話はまたの機会に致しましょう。父には皆様のことをよく伝えておきます」
近付いて来ない八幡たちを慮ってか、陽人が周囲に解散を促した。すると、まばらではあるが陽人たちに挨拶をしてパラパラと集団が解かれていった。
「比企谷くーん!何でそこで突っ立ったままでいるのー?コッチおいでよー」
チョイチョイと陽乃が再度二人を手招く。八幡は隣の結衣にチラッと目配せして確認を取った。結衣は何が何やら分かっていない様子で八幡の裾をキュッと握っている。そんな結衣の姿を見た八幡は覚悟を決めてロープの中へと足を踏み入れた。
「あそこで何してたのー?」
「いや、ただ花火を見れる場所を探してたらここに着いただけです」
「ほうほう。そういうことならここで一緒に見ればいいよ。他の場所は人でいっぱいだろうし、ここより見栄えするところなんて無いからさ」
「…だってよ。由比ヶ浜、どうする?」
「へっ?う、う~ん。いいのかな?」
「まあ、誘ってくれてるんだし、これ以上探し歩くとしたら大変かもな………」
普段の八幡であれば二つ返事で遠慮するところであるが、今はそう言ってられない理由がある。慣れない浴衣姿で溜まっているはずの結衣の疲労を考えると、これ以上歩き回るのは得策ではない。
「そーそー。遠慮は要らないゾ!」
ニコニコと外向きの笑顔で陽乃が着席を促す。しかし、ここで問題も出て来た。陽人と陽乃が座っている長椅子は三人掛けらしく、陽乃の隣には一人分しか空いていなかったのだ。八幡は結衣に首だけでそのスペースに座るよう合図した。
「………でも、私だけ座ってヒッキーが立ったままなのは」
結衣が申し訳なさそうに淀む。
「なんだ、その、アレだ。俺は男だからな。気にすることない」
「お?比企谷くんカッコイイ~」
陽乃が手に持った団扇で口元を覆いながらクスクスと笑った。八幡はお得意のスルースキルでこれに対抗する。
「陽乃」
「ふふふ。はーい」
陽人が呼びかけると、陽乃は立ち上がって陽人の膝の上へチョコンと座った。
「ほら。比企谷くんも座りな」
「いや…。なんかそれは悪い気が………」
「何が?」
「………足、大丈夫なんすか?」
陽人が一瞬キョトンとした後、「アハハハハハ!」と盛大に笑い出した。反対に陽乃は般若のような形相になり、再び立ち上がって八幡の耳を思いっきり抓った。
「ひ・き・が・や・く~ん?それはいったいどういう意味なのかな?かな?」
「イデデデデデデッ。ちょっ、みっ、耳が取れる!」
「お姉さん悲しいなぁ。私にそんな口を利くなんて君が初めてだよ」
「な、何か気に障ったのなら、あ、謝りますから!その手を、その手をどうか!」
早口で八幡は解放を嘆願する。結衣は苦笑いを浮かべ、陽人は手の平を額に当てて天を仰ぎながら笑い続けていた。
「もうっ!陽人も笑いすぎ!この失礼な比企谷くんに何か言ってやってよ!」
「ひーっ、ひーっ、あー、笑った。悪ぃ悪ぃ。陽乃は軽いから大丈夫だよ。ほら、そろそろ市長の話とか始まるし落ち着こうぜ」
陽人が簡単に場を纏めると、陽乃は渋々といった表情で八幡の耳から手を離して陽人の膝の上に戻った。
「二人も」
陽人が促した時、市長の挨拶が始まり、八幡と結衣も椅子に腰かけた。
「あの………、お二人はどうしてここに?」
八幡が痛む耳を押さえながら問いかけた。
「陽乃は父の名代。雪乃から父の仕事について聞いてない?」
「一応は」
「ならそういうこと。自治体のイベントに強いんだ」
「だからここも貴賓席って言うのかな。普通は入れないんだからね」
陽乃が先程の怒りを微塵も感じさせずに、二ヒッと笑って自慢げに話す。
「ほぇ~。セレブだ」
結衣が眩しいものを見るかのように感嘆する。
「県議でも市に強く出られるんですか?」
「およ?さっすが比企谷くん。いい所に目を付けるね。これはどっちかって言うと父の会社の方かな」
市長やら祭り実行委員長やらのお偉い方々の話が順々になされていく。陽乃が少し身を乗り出し、八幡の耳元に近付いた。
「それはそうと、浮気は感心しませんなー」
「いや、浮気じゃないです」
「なら本気か?………なおさら許せませんなー」
陽乃が八幡の耳を再度引っ張ろうと手を伸ばす。しかし、一度やられている八幡は恐怖心からそれを察知し、少し体を結衣に寄せて回避した。八幡と結衣の体が僅かに触れ合う。結衣がピクンと過剰に反応する。
「あっ、あの!」
結衣がそれを機に陽乃に話しかけた。
「えーっと、…何ヶ浜ちゃんだっけ?」
陽乃がニコニコとワザと嘯く。陽乃がここまでの会話で結衣の苗字を知らないはずがないのだが、陽乃の言い草は自然そのもので、その笑顔は完璧だった。八幡の背筋に冷たいものが走る。
「ゆっ、由比ヶ浜です」
「ゆいがはま、由比ヶ浜………うん、ガハマちゃんね!」
「ガハマ!?」
「それで?なにかな?」
「あっ、えっと、ゆきのんは今日一緒じゃないんですか?」
「雪乃ちゃん?雪乃ちゃんなら実家にいるんじゃないかな?こういう外向きの行事に出るのは長女である私の役目だし」
「それってゆきのんも来たらダメなものなんですか?」
「んー、まあ、昔から母の方針だからねぇ。ほら、こういうのって分かりやすい方がいいでしょ?」
「確かにお姉さんとゆきのん似てるし………」
結衣の的外れな返答に、三人が苦笑いを浮かべた。陽人は八幡と視線を合わせる。
”この子、もしかしてちょっとアレな子?”
”はい。お察しの通りです”
そんな無言の会話がなされた。お偉い方の挨拶はいつの間にか終わりを迎え、花火開始のアナウンスが聞こえてきた。歓声と拍手、遠くからは調子のいい口笛も聞こえてくる。
「あのねー、ウチってさ、母が強くて怖いんだよ」
来たる花火に備え、喧騒が落ち着いてきた頃、陽乃が喋った。
「え、それって雪ノ下より?」
「雪乃ちゃんが怖い?」
キョトンと陽乃が真顔になった。ドン!っとこの日最初の花火が上がる。それと同時に陽乃は心底おかしそうに笑い出した。
「あっははははは!──おっ?」
「──っと」
豪快に笑った陽乃は思わず仰け反るような体勢になってしまい、彼女を支える壁が無い方へ倒れそうになった。陽人はその危機を素早く察知して、陽乃の肩を抱き寄せて支えた。
「ありがと、陽人」
無邪気な表情でお礼を言う陽乃の頭を陽人が微笑みながら撫でた。
「あー、笑ったなぁ!比企谷くんはあんなカワイイ子のことをそんな風に思ってたの?」
陽乃は団扇で口を覆って先程とは一変し、クスクスと上品に笑った。そして、次にはニタァっと道化師の如くいたずらに目を細める。
「母は私より怖いよ」
囁くように紡がれた言葉。八幡は心中で嫌そうな顔をした。いや、本人は内に留めたつもりであろうが、思いっきり表情に出ていた。
「母はなんでも決めてそれを押し付けるひとだからコッチが折り合いをつけるしかないんだけどね………雪乃ちゃん、そういうのへたっぴだから」
大中小様々な花火が夜空を彩り続ける。ビル群のガラスに反射して創造される光景も美しい。花火の光は陽乃の横顔をも薄ら照らし、少し憂いの混じった表情を一層魅せる。
「あー、雪ノ下さんは」
「「何呼んだ?」」
双子から凝視され、八幡は若干たじろいだ。
「………妹さんの方です」
「私のことは陽乃でいいよ。それかお義姉ちゃんでも可!むしろ推奨♪」
「ははは、………雪ノ下さんは」
「ふふふ。強情だねぇ。可愛いなぁ」
弱者をいたぶり愛すかのように歪んだ目で、陽乃が八幡の反応を楽しむ。八幡は蛇に睨まれたカエルのように硬直し、一瞬息を忘れた。
「………雪ノ下さんも総武高出身なんですよね?」
「そうだよ。あれ?それを知ってるってことは、比企谷くんもしかして最近陽人と会った?」
「はい。ちょっと前にラーメン屋でばったり」
陽乃の眉間に皺が寄った。そして、彼女の椅子になっている陽人と目を合わせた。
「あー、なんか聞いた気もするなぁ。ねぇ、陽人?」
陽乃の声は音質が変わっていないにも関わらず、恐ろしい程冷たく感じた。
「ああ。言ったよ」
双子は目を逸らすことなく見つめ合った。顔の距離は極めて近く、少しでも動けば唇が触れてしまうのではないかという程だ。八幡が話題を主導していたはずが、いつの間にやら双子だけの空間が出来上がっていた。八幡と結衣は双子の行動を黙って見ることしかできない。恋人のような、血の兄妹ではあり得ない関係を彷彿とさせる光景に、固唾を飲んだ。
「………本当に、伏在させてないんだよね?」
しばらくの沈黙。それを破ったのは陽乃だった。八幡と結衣は双子の会話についていけない。想像すらできない。
「約束してたろ?」
「でも、私は
「………」
「今日、
「………ああ、分かったよ」
双子が八幡たちへ振り返った。その時の空気は少し前と何ら変わらないものになっていた。
「比企谷くんにガハマちゃん、ごめんね!それで、何の話してたんだっけ?」
「俺たちが総武高の先輩って話だろ?」
不自然なほど自然な笑みを以って、陽人と陽乃が話を戻した。八幡は二人のあまりの切り替えの早さに戸惑う。
「あ!そうだったね!」
ポン!と手を叩く陽乃。そして、彼女は自らを指差した。
「私たちってね、君たちの三つ上なんだよ」
「えっ?ゆきのんのお姉さんとお兄さんって双子なんですか!?」
空気を読める若干アレな子こと由比ヶ浜結衣は陽乃に合いの手を入れた。
「そうだよ~。──それと、私のことは陽乃でいいよ。それか、はるのん♪でもいいし」
「ははは………じゃ、じゃあ、陽乃さんで」
「ガハマちゃん。俺も陽人でいいからね」
「あ、了解です、陽人さん」
「ガハマちゃんには私たちが双子に見えなかったんだね」
「あの、陽人さんがお兄さんなんだろうなって分かってたんですけど、もっと年上だと思ってました」
「ガハマちゃん、俺、そんなに老けて見える?まだ二十歳になったばっかなんだけど………」
悲しそうに陽人がいじけた。すると、結衣はアタフタと慌て始める。
「ち、違くて!そういうことじゃなくて!えっと、えっと、何て言うんだろ?と、とにかく、悪い意味じゃなくて………!」
ワチャワチャと両手を胸の前でブンブンと振りながら誤解を伝える。必死に頭の中の語彙を検索するが、適当な言葉は終ぞ引き出せることはなかった。
「あはははは。冗談だよ。ちょっと揶揄っただけ」
「ガハマちゃんが慌ててるのカワイイねぇ~」
場を和ます双子の連携は、空気を非常に穏やかなものへと誘った。余りにも流暢なやりとりに、八幡は捻くれた性格故に逆に双子の言動への疑問を抱いてしまう。もっとも、その疑問を口に出すなど野暮なことはしない。
「雪ノ下さんは大学生ですよね?」
「そっ。東京の国立理系だよん。ちなみに陽人も一緒」
「はえ~。さすが、頭いい」
「は?陽人さんって大学通ってるんですか?」
「ちょっと比企谷くん!どうして私は名字なのに陽人は名前呼びなの!?」
結衣が感心し、八幡が意外に思い、陽乃は抗議する。
「どうして比企谷くんの中の俺は大学生じゃないんだよ」
「先日会った時に仕事してるって聞いたものですから………」
「ちょっと無視しないでよー………」
「あれは平日の夜とか休日だけ。平日の日中は真っ当な大学生だぞ、俺は」
一人置いてけぼりで首を傾げる結衣。
「ガハマちゃん。陽人はね、自分の会社を持ってるんだ。だから、学生と仕事を両立してるんだよ」
「すごい………」
「それにね、陽人ってアメリカの大学を十二歳で卒業してるから別に総武に通う必要も大学に通う必要も無いんだけどね」
結衣の頭がショートした。八幡も呆然と聞いている。
「大学も二年で卒業しちゃうし、今の会社も総武に入学する前から立ち上げたし、さて比企谷くん、私の名前は?」
「はる………今それ関係なくないですか?」
「ぶ~、惜しかったなぁ」
陽乃が口を窄めて笑った。
「兄妹で皆理系なんですね。ゆきのんもそうだし」
何気ない結衣の言葉に、陽人と陽乃の表情が固まった。
「雪乃ちゃん、国立理系志望なんだ………」
「………はぁ」
「ほんっと変わらないよねぇ。いつも私とお揃いで、お下がりで………」
陽人の目には憂いが、陽乃の目には侮蔑が混じっていた。
「あの………」
「ん?」
「お二人は、ゆきのんと仲良くないんですか?」
「…やだなぁ。そんなことある訳ないじゃん。少なくとも私たちは雪乃ちゃんのこと大好きだよ?」
陽乃が結衣に対してやや即答で答える。一切の疑いを持たせないように、あらかじめ用意されたセリフを喋ってるように聞こえた。
「ずぅーっと私の後を追いかけてくる妹が可愛くない訳ないよ」
温かい笑顔だった。腹の内を窺わせない完璧な姉の姿だった。
「陽乃より俺の方が好かれてるけどな。むしろ、陽乃は鬱陶しがられてるまである」
「むっ!陽人、それ禁句!」
「これに関しちゃあ、幼少期の自分を恨めよ」
「あの頃は幼かったんだから仕方ないじゃん!」
「まっ、そのおかげで兄の株は爆上がりだったからな」
「むかつく~~~~!」
陽乃は頬を膨らませて陽人を睨んだ。
「で、ガハマちゃんはどう?雪乃のこと好き?」
「はっ、はい!好きです!かっこいいし誠実だし頼りになるし、でも時々すごいボケかまして可愛くて、眠そうにしてる時とかキュンキュンして。それに、分かりづらいけど優しいし…。えーっと、それから、それから…。あっ、あはは。私、なんか滅茶苦茶なこと言ってますね」
陽乃の直接的の問いに若干つっかえながらも自分の気持ちを赤裸々に語る結衣。
「「そっか」」
この時、双子は結衣に慈しみの視線を向けた。ほんの僅かな間だけではあるが…。
「みんな最初はそう言ってくれる。でも、時が経つと雪乃の才能に嫉妬して、妬んで憎み、そして排除しようとする。ガハマちゃんは違うと良いなぁ」
語る陽人の瞳は濁り、どこか過去を蔑んでいた。八幡と結衣に向いているはずなのに焦点が合っておらず、二人にとって人生で感じたことのない尋常じゃない程の威圧感を受けた。
「そっ、そんなこと──」
結衣が陽人に気圧されて言いよどむ。
「──しないです!」
しかし、陽人から目を逸らすことなく、はっきりと断言した。その答えに双子は肩を竦めた。
「比企谷くんは俺の言いたいこと分かるよな?」
「………ええ、まあ」
八幡の目が一層腐る。
「いいねぇ。そのどこか諦めた感じの瞳。私、好きだなぁ」
夜叉のような陽乃の笑みは妖しくも可憐だった。
「比企谷くんは雪乃ちゃんのこと好き?」
「母ちゃんに好き嫌い言うなってしつけられてるんで」
ドバァ!とこの日一番の花火が弾けて美しいシンメトリーを形成した。周囲からどよめきが湧く。
「「ほぉーっ!」」
双子は少年少女のようなあどけない顔付きに変わってパチパチと手を叩いた。外から見た自分たちを分かっていての仕草であろうが、そのせいで八幡には目の前にいる双子の人物像がいまいちはっきりと掴めない。
パラパラと小さい花火が連続する中、陽人と陽乃はスクッと立ち上がる。
「さて。もう花火の山も越えたし、私たちは混む前に帰るけど?」
陽乃は八幡と結衣に言外に問いかけた。二人は顔を見合わせる。
「………私たちも帰ろっか?」
「………そうだな」
陽乃は陽人の左腕を取り、しなだれかかるように寄り掛かった。歩き出した双子の後を八幡と結衣は並んでついて行く。有料ペースから駐車場に続く小道を進み、開けた場所に出ると一台のハイヤーが横付けされた。下りてきた運転手を陽人が手で制する。
「よかったら送ってくけど?」
陽人の誘いに八幡と結衣は答えられなかった。まじまじとハイヤーを見つめたまま硬直している。
「そんなに見ても見える所に傷なんて残ってないよ」
陽乃がそんな二人を見てクスクスと笑った。しかし、八幡と結衣には笑えなかった。予想外の反応をする二人に、陽乃は少し慌てた。
「あ、あれ?雪乃ちゃんから聞いてないの?だったら余計なことを言っちゃったかな。ごめんね」
陽乃の声は本当に申し訳なさそうではあるが、八幡と結衣にとってはどうでもよかった。
「じゃあ、やっぱり………」
結衣が物憂げに呟く。その言葉の後に続くのは、雪乃が八幡と結衣をあらかじめ知っていたということ。
「あ、でも雪乃ちゃんが悪い訳じゃないんだよ?そこは勘違いしないでね。あの子は乗っていただけなんだから」
確認するように陽乃が言う。
「そーっすね。まあ、事故を起こしたのはアイツじゃないし。なら無関係でしょ」
八幡の声は彼自身でも驚くほど低かった。そんな八幡に結衣が一歩近付き寄り添う。
「それに済んだ話ですしね!過去は振り返らないのが俺の主義だし、いちいち振り返ってたらそれだけで人生真っ暗というかもうほんとね………」
無理矢理声の調子を上げようとした八幡ではあるが、自虐的な内容に別の意味で調子が悪くなってしまう。
「陽乃。先乗ってろ」
陽人はハイヤーのドアを開けて陽乃にそう命じた。バツが悪そうな様子の陽乃は素直にそれに従う。バタンとドアが閉められ、暑さの引かない真夏の夜中に三人となった。
「比企谷」
陽人が真剣な表情で八幡を呼んだ。
「公なことは既に済んだ。家としてのケジメはつけた。だから陽乃に悪気があった訳じゃない。不快になったなら謝る」
「………知ってますから大丈夫です」
八幡は少々ぶっきらぼうに答えた。とにかく、彼は今、考える時間が欲しかった。雪乃に対する感情を上手く処理できていなかったから。
「………じゃあ、俺たちは帰るな。比企谷くん、ガハマちゃんはキチンと送ってやれよ」
陽人は八幡の様子から深入りは不要と判断し、さっさと身を引くことにした。
「はい」
八幡が力無さげに返事をした。それを確認した陽人はハイヤーに乗り込む。ススーッとハイヤーの窓が下りた。
「またね、比企谷くん」
「気を付けて、またな」
ヒラヒラと手が振られ、ハイヤーは発進した。八幡と結衣は件のハイヤーが見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
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