ハリーポッターと何も知らない転生者   作:シャケナベイベー

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閑話、エドワード・アーデルの過去編となっております。なんか書きたくなったので書きます。


騎士たる己は光を残そう、友たる己は呪いを残そう、父たる己は愛を残そう

 1973年、春から夏へ変わり始めたこの季節。気温も高くなってきた今日この日のホグワーツには珍しい人物が訪れていた。

 

 

 

「恐らく数ヶ月も無いでしょう。奴は日に日に勢力を拡大しているようですから」

「……君はそれで良いのかねエドワード。生きたいとは、思わぬのか?」

 

 ホグワーツの校長室。そこで向かい合うのは二人の男だ。

 一人は黒髪に群青の瞳。五十近い歳であるにも関わらず、その顔立ちは老いを感じさせないほど整っている──魔法省闇祓い局局長にして最後の騎士たるアーデル家の現当主、エドワード・アーデル。

 対するはライトブルーの瞳に長く白い髪と顎髭を蓄えた老人──今世紀最強の魔法使いとの呼び声高いホグワーツ校長、アルバス・ダンブルドア。

 

 魔法界でも並ぶ者はそういないであろう彼らがこの場所で何をしているのか。

 

「確定していることです。私は奴に殺される──どのように死ぬのかは分かりませんが」

「息子を一人残すことになる」

「そうですね……アレを一人にするのは申し訳無く思います。しかしあの子も紛れもなくアーデルの人間です。私たちの死を乗り越え強く立ち上がってくれることでしょう───本当なら、もっと傍に居てあげたかった」

 

 エドワードは思いを馳せるように遠くを見つめる。その目に映っているのは後悔かはたまた別の何かか。ダンブルドアであってもその真意を見通すことは叶わなかった。

 

「私とユスティアが殺されたのなら、マッキノン家が真っ先に動くでしょう。その時、魔法省への通達をお願いしてもいいですか?」

「良いとも。君が決めたことならわしはそれに従おう」

「───なら、後はお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご令息でございます」

 

 産婆の手に恭しく抱き抱えられているのは紛れもない我が子。その柔らかくて無垢な顔に綻ぶような笑みが浮かぶ。

 

「妻とは話せそうか?」

「短い会話であれば恐らく。旦那様が隣にいておられた方が奥方も喜ばれましょう」

「そうさせてもらおう──ご苦労だった」

 

 産婆からワンワンと泣く赤子を受け取り、妻のいる部屋の扉を開ける。中に入るとそこには産婆の付き人をしていた者が二人とベッドで安心したような笑みを浮かべる妻の姿があった。

 

「……ユスティア」

 

 なるべく気に障らないよう静かに声を掛ける。彼女はコロリとこちらに顔を向け、また柔らかな笑みを見せた。

 

「……ねぇ、私たちの子よ」

「──あぁ、そうだな」

「フフフッ、部屋を出ていく時はあんなに泣いていたのに、貴方に抱えられたらすっかり寝てしまったわ」

「きっと君のことを案じてくれたんだろう」

「それならとても聡い子だわ」

 

 クスクスと二人で笑い合う。ユスティアは慈愛の眼差しでスヤスヤと眠る赤子を見つめ、私はそんな赤子の柔らかな頬を突く。

 

「そういえば、この子の名前はどうする?」

「一つ候補があるの。言っていいかしら?」

「勿論」

「レックス。レックス・エドワード・アーデル。どう?」

「……レックス……レックスか。あぁ、とても良い名前だ」

 

 我が子──レックスを腕に抱いたままユスティアへと身を寄せる。そしてユスティアへとレックスを渡せば彼女は優しく赤子を抱いた。

 

 レックス。私たちの愛し子、未だ穢れを知らぬ嬰児よ。どうか幸せに。

 目を開けたとき、その目に映る景色がどうか美しいものでありますように。

 

 

 

 

「母さん、次は『吟遊詩人ビードルの物語』を読んでよ」

「良いわよ───それにしてもレックスは本を読むのが好きなのね。きっとホグワーツに行ったらレイブンクローかしら」

「俺、寮はどこでも良いよ! 色んな人と仲良くなれるかな?」

「なれるさ。お前は優しい子だから、きっと沢山の人を惹き付けるだろう」

「父さん!」

「お帰りなさいエド。早かったのね」

 

 扉を開け、ソファに並んで座るユスティアとレックスに頬が緩む。そして駆け寄ってきた息子を抱きかかえ、その妻譲りの白金の髪を撫でた。

 

 

 そして夕食を終え、妻と息子が寝入った後、一人杖を振って積まれた書類に目を通していく。

 

「『イギリス郊外の魔法使い一家が死亡。死の呪文によるもの』──これで何件目か……」

 

 溜め息を零す。今年に入ってもう数件は同様の事件の書類を見た。犯人は分かっている。いや、正確には予想ではあるが間違いないのだろう。

 

「お前だろうトム? かつての友、血の束縛に囚われた愚か者。お前ならばこれくらいは平然と行うだろう」

 

 かつてホグワーツで友と呼んだ男を思い浮かべる。黒髪に端正な顔立ちの優等生。誰からも好かれたその顔こそ奴の仮面だったと気付いたのはいつの頃だったか。

 確信したときには全てが手遅れだった。一人の罪の無い生徒がこの世を去り、一人の罪の無い生徒が学び舎を追われた。

 

 そして自分はそれを打ち明けることから逃げた。繋がりが消えるのではと愚かにも恐れ、事実を隠した。結果としてダンブルドアを始めとする一部の者にはこの事実を打ち明けたが、それでも止められなかったことに変わりはない。

 ならばどうするか、どのように償うのか。

 

「私の命を懸けて奴を止める。何が起きても必ず」

 

 誓う。己の心に深く焼き付けるように。そして奴もまた私に執着するだろう。いずれはその毒牙を息子に剥くかもしれない。

 

 ───もうこれ以上、お前に奪わせるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリンと、ガラスが割れたような音が響く。その数瞬の後、家の中に無数の影が現れた。

 

「家の中に直接『姿あらわし』をすることは玄関の扉を蹴破るのと同じくらい失礼なことだと教わらなかったのかね?」

「これから死ぬ貴様らに礼儀を教えてもらう必要は無い」

 

 影の一人──黒い外套に仮面を被った死喰い人が吐き捨てると私の口から呆れたようにため息が溢れる。

 

「それで聖二十八一族を名乗るかルックウッド? だとすれば君のご両親は余程学のない愚か者のようだ───あぁ、そういえば君の血縁にはビクトール・ルックウッドが居たか。なるほど、密猟者などしていれば学がないのも当然か」

「ッ、貴様ァッ!!」

 

 激昂したルックウッドが杖を抜き──そしてその体ごとユスティアによって吹き飛ばされた。それを見た他の死喰い人も杖を抜き、同様に私も杖を抜いて呪い合いが始まった。

 

(警戒すべきはドロホフか、面倒な奴だまったく。それ以外は有象無象──いや、マルシベールがいたか)

 

 飛んできた呪文が背後の花瓶に当たり、粉々になる。中の水と花が床に散らばるがそれがどうしたとばかりに無数の呪文が私とユスティア目掛けて殺到する。

 

「対処は?」

「簡単よ」

 

 盾の呪文で防ぎつつ横のユスティアに問い掛ければ微笑みと共に答えが返ってくる。言葉通り、盾の範囲から離れたユスティアは杖を横薙ぎに振るい、複数の死喰い人を一斉に家の外に吹き飛ばす。

 それを追って私達も家の外へ向かい、そこで改めて戦闘を始める。

 

「アーデルめ!」

「アレの部下にしては駄目だな。たった二人に何を手間取っているのか」

 

 我武者羅に杖を振るう死喰い人の一人の首がゴトン、と血飛沫と共に地面に倒れる。それを為したのは私だ。そしてそれを見た何人かの死喰い人が短く悲鳴を上げ、そこをユスティアに突かれて倒されていた。

 

「ハ、ハハハ! 人を殺したかアーデル! 騎士が聞いて呆れるわ!!」

「剣を取る騎士が清廉潔白であるものかよ。騎士となった時点でいつかは人を殺すだろうに」

 

 嘲笑を上げるドロホフを冷ややかに眺める。その時、「エド!!」とユスティアが鋭い声で呼びかけてくる。

 その瞬間、ゾワリと背筋に冷たいものが走った。振り返り、目の前に迫る緑色の死を咄嗟に体を捻って回避する。

 

 

「良い夜だな友よ」

 

 

 そこに居たのは影だった。漆黒の外套に身を包み、全てを灼き尽くさんばかりに燃え上がる真紅の瞳を携えた男。

 旧き友、怨敵たるトム・リドルことヴォルデモートが月明かりの差し込む夜の帳の下で姿を見せた。

 

「わ、我が君……」

「アントニン、貴様は他の者を連れて下がれ」

 

 冷たく告げられた言に聞き返すことなく、ドロホフはかろうじて生き残っている他の死喰い人と共に姿くらましで立ち去った。

 

 そして、この場には私とユスティア、そしてトムだけが残る。

 

「随分と遅かったな。お前の部下は何人か事切れたぞ?」

「おお悲しいことよ……だがお前には些か不足だろう。元よりお前達の首を獲る事など出来ぬと分かっておったわ」

「相変わらずの趣味の悪さねトム。まぁ貴方のような人間に従うことも愚かと言えるでしょうけど」

「ククッ……減らず口は変わらずかユスティア。だが丁度いい、俺様の下に来い二人とも。お前たちほどの存在を失うのは我々魔法族にとって大きな損失だ」

 

 柔らかな笑みと共にトムが我々に向けて手を差し伸べる。その笑みだけ見るのならとても博愛に満ちた物と捉えられるだろう。

 

 だが私は──俺は知っている。コイツの本性はそんな美しいものではないと。己の気に入らぬものは殺し、気に入るものは大切にしてもいずれ使い潰す愛を知らぬ男こそがこの男の本性だ。

 

「お前の下につくなどまっぴらごめんだよ。なぁトム、お前にとっては私達も駒の一つでしかないのだろうに」

「───そうか。ならば死ね」

 

 トムが杖を振り、炎の大蛇が私に襲い掛かるが、ユスティアがそれを水の大蛇で掻き消す。

 その隙に奴の背後に回り、杖を向ける。唱え、唄うは死。極限の殺意で以て奴を殺す──!!

 

 

「「息絶えよ(アバダ・ケダブラ)!!」」

 

 

 唱えたのはほぼ同時。背後に回り奇襲を仕掛けたが、奴はそれすらも読んで同じく死の呪文を放つ。

 ぶつかり合う緑の輝き。しかし徐々に私の呪文が押され始めた。

 

「威力は申し分無い───だが悲しいかな、お前の魔力より俺様の方が上なのだ!!」

「チッ……!」

 

 徐々に押し込まれる。繋がりを断とうにもその隙にやられる可能性が高い。

 トムが壮絶な笑みを浮かべ、私に語り掛ける。

 

「さらば友よ、永遠に眠るが良い。心配するな、ユスティアも愛する我が子も直ぐに後を追わせよう」

 

 ジリジリと押し込まれる。あぁ、ここが私の終わりか。視えてはいたがなんとも悔しいものだ。

 祖母も、歴代の未来や過去を視る力を持った当主の方々も同じような苦難を味わったのだろうか?

 

 

「エド!!」

 

 

 ドン!と体に強い衝撃が加わる。それによって私は地面に倒れ、そのすぐ横で緑の光が弾けた。

 慌てて私が顔を上げると、先程まで私が立っていた場所にユスティアが倒れていた。

 

「……ユスティア……?」

「先に死んだか。まぁどちらから死のうと変わらぬがな」

 

 トムが何かを言っているが、俺には何一つ入ってこない。

 

 

 

 死んだのか?/そうだ、死の呪文が当たり死んだ

 

 何故?/俺を庇ったからだ

 

 誰が殺した?/トム・リドルだ

 

 

 

 倒れ込み、ピクリとも動かないそれを見て理解できてしまう。命が終わった。闇祓いとして幾度となく目にしてきたそれ。鼓動が止まり、空へと昇っていく儚い命。

 

「憐れで無知な女よ、お前を庇い死んだのだから。だが安心しろエド。お前も直ぐに後を追わせてやろう」

 

 あぁコイツは。コイツは何一つとして理解していないのだと、己の静かな理性が悟る。愛を知らぬ怪物はその行動の意味を理解しない。

 

「……トム、お前は憐れだな」

「何?」

「ユスティアは俺を庇って死んだ。あぁそれに違いは無いとも──だがな。お前に憐れまれるほど彼女は愚かじゃない」

 

 

 

「本当に憐れで無知なのはお前の方だトム」

 

 ザシュ、と杖腕が血飛沫を上げてボトリと地面に落ちる。トムの顔を見ればその顔は激情に染まっている。気に障ったらしい。

 

「戯言を抜かすな。愛などという物があるから死ぬ必要のない場で死ぬのだ──ユスティアのように!!」

「家族の愛を知らないお前に理解してもらおうなどと思ってはいないさ。父も母も、己の出生の全てを葬って過去から解き放たれたつもりか? 愚かなトム」

 

 左足が斬り裂かれて落ちる。体勢を崩し、木の幹に背を預ける形になった。

 

「……エド」

「お前も妻を持てば変わるかもな。子供は良いぞ、幸福を教えてくれる」

「もう良い、黙れ」

「私を殺した後、お前は息子も殺そうとしているのだろう。だが残念だったな、今回ばかりは私の───俺の勝ちだトム。お前は息子にも、まだ見ぬ孫にも手を出せない」

「エド!!!」

 

 クルーシオと奴の口から紡がれ、全身を凄まじい痛みが襲う。だがそれがどうした。痛みに声を上げればそれこそ奴にとって都合が良くなるだけ。そんなことは許さん。

 

「───お前に呪いを遺してやろう、トム」

 

 

 

 視る、視る、視る。コイツの最期を。

 

 

「お前を慕う者は無く、友は無く」

 

 

 杖を握るトム。それに相対するは二人の子供。

 

 

「偉大な先達のように敬われることはなく、その名は恐怖と共に広がり、畏れられ───いつかお前が死ぬ時は一人ぼっちの暗い闇の中だ。そして我々(アーデル)の血を継ぐ者がお前の前に立ち塞がるだろう──何度でも。その首を刎ねるまで永遠に」

 

 

 いつの未来なのかは分からない。だが、その日が来ればコイツは死ぬのだ。死を恐れ、不死を望んだ男にそれは与えられない。

 

 

 父さんと駆け寄ってくる息子、エド、と私の名を呼び優しく微笑む妻。あぁ。確かに私の人生は幸福だったのだ。

 

 

「愛を知らず、永遠に死に怯えるだけの臆病者が───この命、お前にくれてやるものか」

 

 左手で杖を掴み、心臓に押し当てる。奴が止めようと杖を振り上げるがもう遅い。

 

 

「先に地獄で待つとするさ……また会おう、トム」

 

 

 ───アバダ・ケダブラ

 

 

 

 

 

 

 

 私が最期に見たのは、憎らしいほどの月明かりと、それに照らされるユスティアの顔だった。


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