2013年1月-6月雑誌記事

テーミス2013年1月号
皇太子殿下の公務にも影響する「雅子さま&愛子さま」情報巡る東宮職の苦悩
雅子妃誕生日「ご感想」は皇后陛下の文書の様式を思い起こさせるものの「似て非なるもの」。
雅子妃が予定より文書発表を遅らせて推敲を重ねている間に起った震度5弱の余震について、
結局何も触れられなかった。
「文書の中で『祈り』や『願い』といった言葉を使われ、被災地を気遣っている。
だが、昨年は一度も震災関連のご公務はされていない」
被災地訪問の日程も愛子様の付き添いが優先。進講を受けた回数も少なく、
「とくに原発の事故に関しては、報道で“予習”をすまされたのでは…という声も」
活動が伴わない言葉はすんなり心に響かない。
雅子妃誕生日のご挨拶が午後になったのは皇后陛下のご用と擦りあわせた結果だが、
午前早めの時間に設定することもできたはず。
12月12日「小さな小さな音楽会」を鑑賞した皇太子夫妻が学校を後にしたのとほぼ同時刻に、
皇宮警察音楽隊創設60周年記念演奏会が始まった。
「皇太子ご夫妻の言動は国民の一般的な感覚と乖離している。
国民との距離を縮めるの小町東宮大夫の舵取りにかかっている。」

週刊新潮2013年1月24日号
1/10、4年半ぶりに勤労奉仕団へのお会釈に出席した雅子妃だが、当日に決定した。
お会釈した高校は天皇陛下が皇太子時代から勤労奉仕に生徒を出している学校。
前回の出席時は「(奉仕団の)選り好みではないか」と記者が質問。
御会釈は「青森の雪はいかがですか?」と声をかけ、3分ほどで終了。
雅子さまの勤労奉仕団へのご会釈は03年11月を最後に一旦遠ざかる。
再開されたのは07年1月。この時もやはり松風塾高校の生徒たちだった。
06年1月にはご欠席を詫びるメッセージを松風塾高校の職員に託し、生徒らを喜ばせるサプライズもあった。
いわば雅子妃にとって(松風塾高校は)“お馴染み”というわけだ。
勤労奉仕団は年間数十団体にのぼり、その中で特定の相手ばかりにご会釈されるのは、
好ましいお振舞いとは言いがたい。
08年1月にも1年ぶりに再開されているが、このときも同校の皆さんへのご会釈だった。
「せっかくのお出ましを果たされたのに、今回も『選り好み』などと受け取られはしまいかと、
周囲は案じている」(東宮職関係者)
「特定の相手ばかりにご会釈されるのであれば、ご公務の性質上、好ましいお振舞いとは言い難い。
当時、東宮大夫の会見で『お相手を選別しているのでは』といった趣旨の質問があった」(宮内庁関係者)

テーミス2013年2月号
将来の皇室のあり方がなかなか定まらないなか、皇太子ご夫妻は相変わらず〝マイペース”
昨年末のクリスマスイブに池田礼子さん宅へ。
小和田家に近い関係者によると小和田夫妻はこの冬休みも帰国していた。
雅子妃と小和田家関係者との接触が目立つ。
雅子妃や愛子さまが行動するたびに東宮職や皇宮警察の職員が大量動員(関係者の話)

皇太子殿下の公務が少なすぎる…と皇室関係者から疑問の声
2013.02.06 07:00
心臓バイパス手術から約1年が経った1月27日、天皇陛下は東京大学医学部付属病院で検査をお受けになった。
術後の経過は万全とはいえ、手術前よりも忙しく公務を果たされている陛下に、ご心配も伴う。
宮内庁のHPによると、この1月に陛下が果たされたご公務は(1月24日現在)、新年祝賀の儀、新年一般参賀、
歌会始の儀や認証官任命式、ご進講など、なんと47件を数える。
「陛下は常に国民に笑顔をお見せになっていますが、実際はオーバーワークの厳しいスケジュールで、
お体は悲鳴をあげていらっしゃるはずです。それでも“国民のために”と公務の負担軽減などは望まれず、
まさに命を懸けて、その責務を全うなさっています。本当に頭が下がる思いでいっぱいです」(宮内庁関係者)
そんななか、気になる出来事があった。それは、1月18日に行われた東宮大夫の定例会見でのことである。
前出の宮内庁関係者が眉をひそめて言う。
「あるベテラン記者が語気を強めて“最近の(皇太子)殿下は、あまりにも公務が少なすぎるのでは?”、
さらに“働き盛りの年齢で、どうしてこんなにも公務が少ないのか?”と投げかけたそうです。
この指摘に対し、小町恭士東宮大夫は、“殿下は1月23日に行われる学習院女子大学での講義の準備で
忙しい”などと必死に弁明していたといいます」
実際、皇太子さまの1月の公務(1月24日現在)は、昭和天皇祭皇霊殿の儀、講書始の儀、歌会始の儀、
勤労奉仕団へのご会釈など、わずかに14件で、日数にしても10日だ。
陛下と比べると、3分の1にも満たないことになる。
「陛下が、ご体調が万全とはいえない状況のなかで、あれだけお務めになっているわけですから、
お元気な皇太子さまの公務が少ないことに疑問を感じたり、不満が出るのも当然かもしれません。
それに、“将来の天皇”となるお立ち場として、
“あまりにも心もとない”という心配の声も上がっているようです」(前出・宮内庁関係者)
ちなみに秋篠宮さまは13日間で21件を数え、2月3日からはカンボジアを訪問される予定だ。
昨年10月に亡くなったカンボジアの和平に尽力し、国民から “独立の父”と呼ばれた
ノロドム・シアヌーク前国王の国葬に参列されるためで、2泊3日の強行日程で臨まれる。
この秋篠宮さまのご訪問をめぐっても、疑問の声が上がっているという。
「亡くなったのは国王なので、陛下が参列なさってもおかしくないのですが、
やはり陛下はご高齢ということもあり、秋篠宮さまが赴かれることになりました。
しかし、陛下がご無理とすれば、本来ならば皇太子さまが行かれるべきなのですが…」(皇室関係者)
しかも、前述した1月23日の学習院女子大学での講義はカンボジアがテーマ
(『アンコールワットと日本のつながり』)だったことから、
“なおさら皇太子さまが…”という声がトーンを高くしているようだ。
※女性セブン2013年2月14日号
http://www.news-postseven.com/archives/20130206_169395.html

週刊文春2013年2月14日号
雅子妃銀座デパートへ
「雅子さまとこれほど会話がないとは…」
東宮大夫苦悩告白「もう辞めたい」
松屋はご学友も一緒。
小町氏は元同僚に「雅子妃とこれほど会話がないとは。最側近の自分にさえこんな扱いとは」と弱音を吐いた。
東宮職は否定したが信頼できる筋からの情報である。
最近の小町氏は開き直りともとれる対応が目立つ。
自分の辞任と引き換えに4月のオランダ訪問を実現させるつもりかも。
冒頭は松屋(デパ地下、特別室はなし)、国連大学、神楽鑑賞。
6/9成婚20周年で、宮内記者会は夫妻揃っての記者会見を既に要望。
小町氏は昨年秋から元同僚に
「妃殿下とこれほど会話がないとは」
「最側近である自分にもこれほどのご対応とは思っていなかった」と弱音。
冬には別の知人に「もう辞めたい}と自暴自棄。
これについて東宮職は「そのような事実はありません」と書面回答。
小町氏は野村前東宮大夫と同じ外務省ロシアンスクール出身。
就任二ヶ月目の山中湖事件で記者会見にしどろもどろ。
山中湖のあとの愛子さま運動会、取材設定が3日前にも決まらず。
東宮ご夫妻に取材なくせと示唆されたらしい。理由は記者やカメラが愛子さまのプレッシャー。
しかし記者会を説得できず。
翌月、鎌倉大仏で東宮家の取材設定をするも、愛子さま入院で流れる。
オランダ静養の時のオランダ大使が小町氏で、滞在する城の手配などに奔走した功績で東宮大夫に。
野村氏に比べて小町氏は嘘をついてもすぐわかる。小心で緊張。
東宮侍従長は影が薄く、女官長は空席。

女性セブン2013年2月21日号
2/2 雅子さまの出席は当日決定
2/3 一家で松屋へ作品展見学。「海にこんな生き物がいたらいいな」がテーマ。
愛子さまは蝶の作品。
2/4 授業参観に夫妻で出席。時折意味もなく爆笑。
生徒は雅子さまの生態には慣れているのかスルー
初等科には8時半着、ラジオ体操から午前中4時間見学。途中で帰る保護者が多い。
同日 紀子さまは日本学士院の授賞式に単独出席。
ご夫妻の予定だったが秋篠宮殿下が弔問のため。プロフィールを覚えていらして感激した。

女性自身2013年3月12日号
雅子さまVS宮内庁長官の冷戦
去年の雅子さま誕生日。
宮内庁長官達からの「おめでとうございます。」の「祝ってくれてどうもありがとう。」と数分の儀式を
本人ぬきで、皇太子一人が受ける。
皇太子の誕生日の祝賀挨拶も同様。宮内庁長官達は都合二回連続雅子さまから面会拒否された。
雅子さまがわずか数分で終わる祝賀の席に臨まれなかったのは
宮内庁内でも宮内庁長官達の顔を見たくなかったから。」と認識されているという。
99年の繋留流産はごく一部の人しか知らなかったのに外部に漏れたことで不信が。
当時の宮内庁最高幹部の一人が流出元?という噂。
以後ふさぎ込んで、親しくしていた職員も遠ざけるようになった。
羽毛田元長官が愛子さまの参内が少ないと言ったこと、健康診断が少ないと指摘されたことなど
皇族を守るための組織である宮内庁がなぜ私たちを批判するのか、と思われることもあったでしょう。
山中湖同伴について、小町大夫が正常とは思っていないと言ったことについて、
「愛子を守ろうとしている私の気持ちを理解していない。」
3か月たっても許せないないほどの出来事。
雅子さまにすれば、風岡長官も私たち家族に批判的な人物ということなのでしょう。(宮内庁関係者)

週刊新潮2013年3月14日号
「紀子さま」実弟が妻の不貞でシングルファーザー
昨年11月、田代麻紗氏の親権放棄を条件に川嶋舟氏との離婚成立。
結婚後間もなく離婚を考えていた。
保護した馬についてなど相談したいことはあったがレスポンスが遅い。(田代氏)
昨年4月には父親の宮司が「娘は離婚する」と発言。
氏子総代が猛反発し、総代の承認の無いまま集めた寄付金についての質問と併せた嘆願書を提出。
保育園で見かける娘は髪がぼさぼさなど、母親がかまっていない様子で、警察が神社に訪ねてきたことも。
川嶋氏は私事を理由にノーコメント。

文藝春秋2013年4月号
雅子妃殿下と愛子さま山中湖校外学習58万2430円
天皇皇后両陛下被災地ご訪問40万5010円
「宮廷費」(公)と「内廷費」(私)の区別が明確でない。
即ち、宮内庁が公表する数字と公表しないものとの違いがハッキリしていない。
東宮家に認められている費用には、本来、先々即位する親王の養育費も含まれていること等も含めて、
全体を見直すべきなのではないか?という問題提起だった。
山中湖同行で使用したホテルにはハーベスト棟とホテル棟があり、初等科はハーベスト棟に宿泊した。
ホテル棟は53室あるが、その特別室を雅子妃が使用。随行員と警備10名もこちらに泊まった。
残る40室も含めてホテル棟全体を借り上げたが、
宮内庁が発表した数字からは、全部で幾らかかったかが分からない。
宮内庁職員
「東宮御所にあった物品を来客にプレゼントしてしまったが、
それは宮廷費(公)で買ったものだったため事務処理に困った」。

女性自身2013年4月23日号
<雅子さま負けないで!海外ご公務へのの思い曇らす“心なき中傷”>
「雅子さまにとって税金泥棒は心の傷になっている言葉です。
11年9月雅子様は愛子様の山中湖校外学習に付き添われました。登校問題のあった愛子様を心配され、
雅子様は学習院初等科児童と同じ「ホテルマウント富士」に宿泊されインペリアルスイートを利用されました。
しかし直後の東宮大夫を厳しく追及する宮内庁担当記者もおり
『常識的に考えられない出費です。税金泥棒との批判を受けるかもしれません』と語ったのです。
雅子様はご病気になられてからも国民の視線を常に気にかけていらっしゃいます。
この会見内容は雅子様も後にお知りになり、愕然とされたそうです」

雅子さま 愛と絆の20年: 完全保存版 皇太子ご夫妻 ご成婚20周年 特別出版 (別冊週刊女性)
2013年5月発刊
山形県の旅館「古窯」女将佐藤幸子さん
小川東洲は1992年12月に銀座で個展を開いたときから古窯の客になった。
雅子さんを連れてくると言っていたのに、すぐに皇太子妃に決まったからお店に来られない。
だから小和田家まで行って料理をごちそうしてくれ、と頼んだ
要望されたのは、皇室に嫁がれると食べることができなくなるかもしれないから「ふぐ」。
調理器具などすべて新品を持参。お皿も新品。女将が着ていった着物も新品。
(※お皿は「持ち帰るんですか?」と聞かれ小和田家にあげた)
着物は橋田壽賀子からプレゼントされたもの。
ショコラがペロペロ舐めて、優美子さんは「ダメですよ~。お召し物が汚れますよ」と言うだけ。

皇太子夫妻は2003年10月、国民文化祭のため山形に来て「古窯」に宿泊。
玄関のお出迎えは社長だけにしてくれと要請。
旅館女将のお出迎えを断った。
だが、夜10時に女将を部屋に呼び出して、
「両親がたいへん、お世話になっているようで」と雅子さまが挨拶。
小和田夫妻は毎年「古窯」に宿泊している。(支払いは…)

※追記
山形県上山市「日本の宿古窯」が銀座に展開していた日本料理店「古窯」
2011年5月末閉店
同年11月1日再開
その後2020年6月末に再閉店
かみのやま温泉古窯は営業中

週刊新潮2013年5月2日号
悠仁さまが幼稚園時代から欠かさず続けられているのが入り口の警備員さんへのご挨拶。
「さようなら」とお辞儀をなさって挨拶されるのが日課。
7日の入学式でも祝意を伝えた警備員のおじさんに「ありがとうございます」と膝に手を当てて仰った。
秋篠宮ご夫妻は帝王教育について6歳の段階では急ぐことをせず、
それよりは人として当たり前のことを、という教育方針。
日々のお辞儀もそうした方針の賜物。

女性セブン2013年5月30日号
5月上旬の週末。
都心から車で30分ほどの距離にある区民スポーツ施設
<本日貸し切り>という看板
午前10時20分、白バイに先導されて、皇太子さまと愛子さまがこの施設に到着。
「この日、愛子さまはお友達10名ほどと1年ぶりにスケートを楽しまれました。
1時間ほど、リンクを所狭しと滑走されていたそうです。」(宮内庁関係者)
この4月から6年生へと進級された愛子さま。小学校生活も残り1年を切られたが、
4月末、それは皇太子ご夫妻がオランダを公式訪問。愛子さまはひとりで“お留守番”をされた。
「愛子さまがお留守番の間、“おひとりで寂しいでしょう”ということで、
美智子さまはお手紙と花束を届けられたそうです。また同じ赤坂御用地内にお住まいの秋篠宮ご夫妻も
愛子さまを食事に招待されるなど、おやさしい心配りをされたようです」(前出・宮内庁関係者)

女性セブン2013年6月6日号
雅子さまはオランダ以降疲れを理由に公務をしない。
被災地訪問の話もあるが小町東宮大夫によると検討はしているが中止もありうる。
そんな中オランダ訪問で自信をつけた雅子さまはイギリス訪問の意欲を示し、
恒例の夏の静養をイギリスにできないか周囲に検討を促していた。
キャサリン妃の出産予定日が7月のため自らお祝いを伝えにいきたいという。

女性セブン2013年6月20日号
6月1日、学習院初等科では「全校参観日」で授業参観が行われた。
この日、皇太子さまとご一緒に雅子さまは愛子さまの授業を見学された。
「愛子さまのクラスは国語と社会の授業だったんですが、社会では奈良時代の歴史を学ばれたんです。
修学旅行で行かれる場所のお勉強だったようですね」(学習院関係者)
授業参観を終えると、雅子さまは愛子さまの同級生のママ友と児童3組を極秘に東宮御所に招かれた。
「新学期が始まってからは、オランダご訪問などの準備でお忙しかったため、
雅子さまは修学旅行に関する父母会は、女官にお任せになり、すべて欠席されました。
そのため、今回、雅子さまはママ会を開いて、
修学旅行に関する情報を直接お聞きになられたようです。」(宮内庁関係者)

週刊新潮2013年6月20日号
直近の宮城県ご訪問無期限延期
宮城県警関係者「6/7に宮内庁から警察庁通じて連絡入った」
「宮城県警では3月から『警衛警備対策室』を立ち上げて準備に入っていた」
延期扱いは雅子さまの体調が思わしくないから。
訪問1週間前に予定されていた早朝の警備訓練も中止。
「この一件、これまで散々繰り返されて来た直前キャンセルとは
意味合いが大いに異なるのは言うまでもない。」
オランダ外遊との整合性指摘の上で、被災地では東宮家に対して、
ネガティブな感情が芽生えるばかり(宮内庁幹部)
皇后さまは“諦観”の境地におありというのだ。
皇后さまの憂慮として、
「皇后陛下は最近、皇太子殿下のイメージダウンを、とりわけ懸念なさっています」(侍従職関係者)
演奏会や、観劇での一般席の状況(拍手まばら、途中退席)を職員、
皇宮警察から逐一お聞きになり、お嘆きに。
皇太子さまは雅子妃にご家庭でのイニシアチブを握られ、いわば引きずられる格好。
不安を近しい人に打ち明けられ、気に病んでおられる。
皇太子殿下には天皇にはなっていただくが、病気の雅子さまには皇后の重責が果たせないので、
なるべく早く譲位していただく。
内閣官房にて、ひそかに検討が進められている。
頂上会談・・生前退位や悠仁さまへの譲位は、
宮内庁と官邸だけの案件ではなく、天皇・皇后陛下の思し召し。
陛下は、もしもの時には、秋篠宮さまにも皇位継承があるやも知れぬとお考えになり、
自らの経験を語り、帝王学をさずけようというものだった。
しかし、秋篠宮さまだけだと変に勘繰られるので、皇太子さまにも同席いただくことにした。
皇太子さまは一宮家として、三人で平穏な生活を送りたいというご意向をお持ち。(宮内庁幹部)
秋篠宮さまは過去の兄弟が争った暗闇の歴史が思い返されるので、兄健在なのに弟継承は避けたい。

女性自身2013年6月25日号
皇太子夫妻の被災地訪問。
当初は4月に予定されていたがオランダ訪問を控えていたからか中止の通達。
その後5/28の予定が6/18に変更され10日前になって今回も中止と聞いて困惑。(宮城県警関係者)
宮城県訪問の3回連続延期は雅子妃にとっても苦渋の決断だったのではないか。(宮内庁関係者)
雅子妃は成婚20周年に際しての感想にも推敲に時間をかけ、記者達への配布時間が大幅に遅れたと聞いた。

週刊ポスト2013年6月28日号
宮内庁内でも議論噴出!「秋篠宮を摂政に」は是か非か
6月9日の結婚記念日、祝賀ムードとは裏腹な動き(宮内庁関係者)
将来、皇太子両殿下即位の際には雅子妃の公務軽減のために秋篠宮殿下に摂政に、との意見
オランダ帰国後の雅子妃を見ると病状回復は難しい、
その一方で秋篠宮両殿下の公務に励まれる姿が存在感をましている。(皇室ジャーナリスト)
今考えられる最も現実的な選択肢(高崎経済大学八木秀次)
歴史上、天皇皇后が一緒に行動する必須はなかったが、香淳皇后も巡幸、晩餐会に同席されていた、
平成になってからはますます皇后陛下の存在感が増している。
両陛下揃ってのご公務スタイルが国民から支持されている(同上)
秋篠宮家が一宮家なら悠仁様にかけられる予算に限界がある。
祭祀の継承について、秋篠宮様が摂政ならば宮中祭祀に関わることができて、悠仁様への伝承がしやすくなる。」
「そのような検討は一切しておりません。」宮内庁
しかし雅子妃の健康を理由に摂政を置くには皇室典範の改正が必要(山下晋司)
天皇に心身の故障がないのに摂政をおくのは制度の目的に反する(國學院大原康夫)
摂政論が議論される背景には高齢の両陛下の健康不安。
佐々淳行氏「今すぐ秋篠宮様を摂政に」
東日本大震災の被災地訪問についても皇太子5回(含む単独2)、秋篠宮様13。
三者の頂上会談では重大なテーマについて話し合われているのではないか。
秋篠宮殿下はあくまで陰から支える姿勢を崩していないが周囲が期待していまうのは、
現在がきわめて異例の状態だから。

週刊新潮2013年6月27日号
「雅子さま」想定内のキャンセルに10秒絶句「陛下」の胸中
皇太子夫妻の公務ドタキャンはいつものことで想定内だったがこれを聞いた天皇陛下は10秒絶句された。
被災地訪問は5月の秋篠宮両殿下、7月上旬両陛下の被災地訪問予定に
足並みをそろえた重要なものであったはずなのに。
皇太子夫妻が予定を変更するとグリーン車貸切の変更、自治体、警察への影響大。
復興途上の被災地を思えば度重なる延期はできるはずがない。 
16日、スペインから帰国した皇太子を迎えた雅子妃は元気そうだったのに。
陛下の絶句は怒りを表現しない帝王学のたまもの。
湧き上がる怒りを打ち消されるのに必要な時間だったかもしれない。

体調不良を訴えた美智子皇后の送ったメッセージ
腰の変形による足の筋力の低下
お痛みが激しい日とそうでない日がある。
宮中祭祀はそうした体調の中、十二単が必須で、頸椎や腰への負担は相当なもの。
雅子妃入内以来の20年は皇后さまにとってご体調との戦いだった。
最近は正面からの声を聞き取りにくい、頭痛、眩暈も。階段の昇降には手すりが必要。
陛下が肩をお貸しになるときも。
それでも国民に見せないようになさっている。
体調の発表は皇太子夫妻、皇室の先細りの懸念への複眼的メッセージか。

宮内庁と官邸の軋轢の根本は安倍首相の「宮内庁不信」
2008年麻生政権時、皇族の減少問題につき、旧皇族の皇籍復帰につき検討させたことがある。
宮内庁は「陛下が色よい返事ではない」と伝える
寛仁殿下を通じて陛下のご真意を確かめてもらったところ、麻生総理の陛下への内奏は伝わっていない。
つまり宮内庁が旧皇族の復帰を望んでいないことが分かった。
このころ、虚偽情報の発信がいくつかあった。
皇室への尊崇の念が人一倍強い安倍総理が強硬なのは宮内庁への不信感

行く先さえ覚束ない兄嫁とは対照的に紀子さまは皇后様のなさりようをお手本にするように、
とのお姿が両陛下との距離を縮めてきた。
皇后陛下から教わったことの中に「お気持ちをそのまま口にしない」
「秋篠宮妃がいてくれてよかった」というお言葉が両陛下からもれることがある。

雅子さま、ご関心は臨海学校、愛子さま水着を撮らせない!
伝統の沼津海浜教育4泊5日、ハイライトは遠泳。
遠泳は保護者見学可、これまでほとんどの愛子さま学校行事に出席されたことから
皇太子夫妻も見学するだろう。
宮内庁は報道陣完全シャッタウト予定。
須崎での水遊び、奈良修学旅行も取材設定なしで撮影されたから。
海保の巡視艇、手漕ぎボート(静岡県警)
雅子妃が来るなら、さらに警備体制が厳重に。
これはおっかけおばさん対策。
「公より私」への傾倒ぶりが雅子妃が皇后には不適格に行き当たる。

週刊現代2013年6月29日号
「小和田家は教育熱心、優美子さんは雅子さまをなんとしてでも雙葉に入れたくて
美智子さまを教えた先生を訪ね、『どうか娘を指導してください』と頼み込んだ。」渡辺みどり
しかし愛子さまの問題では「娘が心配だからと言って大勢のSPを引き連れて乗り込んでくる。
はっきり言って異様な光景。
周囲は迷惑なのだが雅子さまにはわからない。
広い視野でものを見ることができない人じゃないかと思います。」学習院関係者
もともと小和田家は敵か味方かで物事を考える。
外務省の考え方の通りだが分け隔てなく接するという皇室とは全く違う。