放送内容
- 盲導犬訓練士・多和田悟さん 育てるのは人生のパートナー
- 1.未来の訓練士に経験を伝えたい
- 2.人の役に立ちたいと目指した盲導犬訓練士への道
- 3.盲導犬と暮らす喜びを知ってほしい
盲導犬訓練士・多和田悟さん 育てるのは人生のパートナー
記事公開日:2023年10月02日
日本盲導犬協会の多和田悟さんは、この道およそ50年の盲導犬訓練士です。しかし、多和田さんの訓練士としての歩みは、決して順風満帆ではありませんでした。盲導犬ユーザーからの「あなたの犬は使えない」という言葉に自信を失い、訓練士をやめようと思った過去。盲導犬先進国のイギリスを視察して衝撃を受け、新たな訓練法の確立に至った心の軌跡をたどります。
1.未来の訓練士に経験を伝えたい
滋賀県近江八幡市出身の多和田 悟(たわだ・さとる)さん(70歳)は、21歳から盲導犬訓練・育成に携わってきた、その道およそ50年の盲導犬訓練士です。その姿は、人と盲導犬の絆を描いてベストセラーとなった書籍『盲導犬クイールの一生』のモデルにもなりました。
多和田 悟さんと盲導犬候補犬
多和田さんはこの春、イギリスに本部を置く国際盲導犬連盟より、世界の盲導犬育成事業における功績をたたえる「ケン・ロード賞」を贈られました。これはアジアでは初の快挙です。
現在は、日本盲導犬協会常任理事として後進の指導に力を注いでいます。
この日は横浜市にある日本盲導犬協会神奈川訓練センターで、盲導犬訓練士を目指す研修生と盲導犬候補犬が参加しての研修会を実施。研修生たちにはまず、それぞれの候補犬がどんな犬なのか、探ってもらいます。
「『君はどんな犬? 何が楽しいの? どんなことが嫌? そうか、じゃあ嫌なことはしない。楽しいことを一緒に遊ぼう。人間のことも知ってね』というのが(訓練の)ひとつの目的なんです。そして(犬が)何が苦手、何が不得手なのかをよく知っておいて、例えば不得手でもやらなきゃならないことはいずれ導入しますが、いまじゃないでしょうと」(多和田さん)
訓練を始めたばかりの研修生を多和田さんが指導する様子です。
研修生:カム!コパン。カム!ダウン!
多和田:どんな犬ですか?
研修生:人は好き。周りの人にも興味があり、コマンドは理解しているので、私の指示を聞いてくれると思います。
多和田:「コマンド」は、いまは使わない言葉なので「指示」と。コマンドは日本語で「命令」。命令は服従の関係で使う言葉。「指示」は普通の関係で使う言葉です。
研修生:ベスパです。初対面です。ベスパ、カム!シット!
多和田:力ずくはダメだよ。
研修生:カム!シット!
(ベスパが言うことを聞かない)多和田:難しいか。ちょっと寄こしてごらん。ベスパ、グー、シット。
(ベスパが言うことを聞く)多和田:何が違った?
研修生:ひもの張り具合…。
多和田:ひもの張り具合が違うし、僕は(犬が)自由にやることを許さなかった。この子はどういうふうに見えた?
研修生:シットとかは知ってるけど、自分のやりたいことを優先する。ゴールデン(レトリバー)らしさがあるのかな…。
多和田:それを「ラベリング」と言います。ゴールデンらしさじゃない。「この子」らしさだな。
訓練では、多和田さんが犬と向き合うときの心持ちを示すキーワードが2つ出てきました。「コマンド」と「ラベリング」です。
「犬と人はパートナーだと思うんです。お互いに利益がある。僕の気持ちの中では、『コマンド』という言葉はそぐわないです。『ラベリング』は、すべてこういうものでしょうという、自分で決めた思い込みなんですよ。まず我々がやらなきゃならないのは事実を見て、なぜそれが起こったのか、この子だから起こったのか、ほかの子も同じような行動をとるのか。そうしてこの子はこういう行動をとった、という言い方が正しいと思う」(多和田さん)
訓練士を目指す研修生たちは、多和田さんの指導を真剣に受け止めていました。
研修生:どうやったら犬とコミュニケーションをうまくとれるか、常に考えながら行動しないといけないのでそこがちょっとしんどい。(ベスパが思うように動かず)何がうまくいかないんだろう、どうしたらいいんだろうと思い浮かばなくて、多和田さんにチェンジしちゃいました。(チェンジしたら動いて)悔しいですね。これがダメ、次やってみようって。まねでもいいからうまくいったときはうれしいです。
多和田さんと研修に参加した皆さん
指示しても思うように動かなかった犬が、多和田さんの言うことなら聞いたのが悔しかったという声。そこには犬との接し方に大きな違いがありました。
「(私が接した時)きっと犬は楽しいんですよ。例えばここで犬とパッと向き合ったときに、僕はほぼ退きます。そうしたら、(犬は)『どうしたの?』ときます。そして目も合わさないで『君には関心ないよ』って他人を装えば、『どうしたの?』ときます。そこを狙って、頭をフルに回転させて、『君は何が楽しいかな? 走ってみようか』と、いろいろやるわけです。でも、正解率は半分ないです。半分は失敗しますよ」(多和田さん)
犬のことを徹底的に考えることで、最終的に気持ちが通じ合う瞬間があるといいます。
「いちばんうれしいのは、例えば盲導犬の作業の中で段差を探すというのがあるんです。階段だとか、歩道の縁石だとか。そのときに犬がゆっくりになって停止して、ハーネスに感じるんですけど、こちらを見上げて『どうだ、これでいいでしょ』と言ってきたとき、“通じている感”がマックスになりますね」(多和田さん)
そして大切なのは、タイミングを外さずにしっかりとほめることです。
「いちばん効果がある『グッド』は、やった結果じゃなくて、やろうとしたことをほめてやる。例えば、縁石のところでゆっくりになったことをほめてやる。止まったのを待ってほめたら、『接近のときは、こうするんだよね』と犬が言っているコミュニケーションを無視することになる。ですから、犬が止まろうと考えてスピードを落としたことをほめてやる。それがハーネスを通じて、ユーザーに伝わってくるわけです」(多和田さん)
2.人の役に立ちたいと目指した盲導犬訓練士への道
滋賀県近江八幡市で幼少期を過ごした多和田さんは、1冊の本との出会いがきっかけで盲導犬の存在を知りました。
「僕の時代は小学校6年生でやっと家にテレビがきた。ですからテレビは厳かな存在で、親の許可がないとスイッチを入れられない。そんな時代でしたから、ふだんは学校の帰りに図書館に寄って、本を借りて読むことが生活の一部でした。いろんな本を読む中で、(視覚障害のある)佐々木たづさんが『ロバータ さあ歩きましょう』という本を書かれていた。イギリスの訓練センターに行ってロバータという犬の訓練を受けて、日本で生活された童話作家の方です。犬が人の生活の中、人生の中に関わってくるという意味では、すごく衝撃的でした」(多和田さん)
その後、実際に盲導犬を見たのは高校2年生のときです。
「京都でキリスト教の牧師をやっていた塩見三雄先生がアメリカへ行って、盲導犬を連れて帰ってこられた。それを夏休みに初めて見ました。ハッピーという犬でした。その後、塩見先生のお宅を何回か訪ねて、ハッピーと歩いてらっしゃる先生の姿を見て、全然違うと思っていました。塩見先生がつえで歩いてるときや、奥さまの肩に手をかけて歩いてるときは、何か考え事をしている感じだったんです。ところが、ハッピーと歩いているときは胸を張って前を見て、高らかに指示をされているわけですよ。それを見て、かっこいいなと思ったんです」(多和田さん)
盲導犬の存在を意識するようになった多和田さんは、大学時代に日本盲導犬協会の門をたたきます。
「僕が大学3年生のときに、学園紛争でロックアウトだったんです。そのころ、自分の将来を考えました。塩見先生のハッピーは役に立っていたし、やってみたいなと思っていろいろ探していたら、ちょうど日本盲導犬協会が小金井に訓練センターをつくるという年だったんです。そこに無理やり行きまして、働くことを許されました」(多和田さん)
3.盲導犬と暮らす喜びを知ってほしい
大学を3年で中退し、21歳で盲導犬訓練士としてのキャリアをスタートした多和田さん。朝の5時から夜9時まで寝食を忘れて訓練に没頭し、順調に日々を過ごしていました。
ところがある日、盲導犬ユーザーから「あなたの犬は使えない」という声が届きます。
「『(盲導犬は)あなたがいるとちゃんと言うことを聞くけど、あなたが帰ったとたんに猫みたいに走る。この間は電柱にぶつけられた。使い物にならないよ』と言われた。僕自身は、逆に怒ったんですね。あなたの使い方が悪いからだと。それこそ朝から夜まで(訓練を)やっているのに通用しないんだと思って、悔しかったんでしょうね。でも考えてみれば、ユーザーの言うことのほうが正しいわけですから、もう盲導犬(訓練士)は自分には無理なんだ、やめようと思ったんです。そうしたら、塩見先生が『外国は1人のユーザーが4頭も5頭も生涯の間で使うんだよ』とおっしゃるんですよ。やめる前に1回イギリスを見ようと思って、親に借金をして行ってきました。80年代前半のことでした」(多和田さん)
すぐにイギリスへと向かった多和田さん。現地で見た盲導犬を取り巻く環境は驚くものでした。
イギリスでの多和田さん
「『シット』と言ったって、2、3回言わなきゃ座らないような犬なんです。それなのに、ユーザーは『こんなすばらしい犬が来た。この子のおかげで自分は楽しい思いをしてるんだよ』と言うわけです。何だこれはと思った。僕が目指していた“訓練士の犬”じゃなくて、ユーザーのための犬。発想が全く逆。当たり前なんですけど、そこに目がいってなかった。イギリスの人たちは楽しく生きていました。視覚障害者と犬たちは英語で言うと、“Be happy”なんですよ。だから、僕は常に『楽しいですか?』と聞くようにしています」(多和田さん)
そうした多和田さんの思いは、盲導犬ユーザーにも伝わっています。東京都内に住む浅野まりさんは、多和田さんとの出会いがきっかけで盲導犬ユーザーとなりました。
「私は視覚障害者の団体に入っていて、ほかの用事で多和田さんに会いに行きました。そのとき私は『盲導犬はもらわない』と心に固く決めていたんです。厳しい訓練の上につくられたものというイメージがあったから。お話だけ聞きに行ったら、訓練犬が身体中で喜びを表して、尻尾をブンブン振っていたんです。そのときはまだかすかに見えていたので、こんなうれしそうな犬が自分の盲導犬になったらどんなに幸せだろうと思って、その日に盲導犬を申し込んだんです。最初の盲導犬フリルは、歩いているときに尻尾を振るんです。それが足に当たる。『お母さん幸せだよ、幸せだよ』って私の足をたたくように歩いてくれるので、フリちゃんもハッピーなんだなと思うと、私自身も幸せになる。それまで生きていた私の暗い人生がいっぺんに明るくなった」(浅野さん)
浅野さんは海外旅行などで飛行機の移動が多いため、盲導犬が耐えられるかという懸念もかつてあったようです。しかし、心配には及ばないと多和田さんは考えます。
「嫌だったら犬が言う。いちばん大事なのは自分がどうしたいか。例えば犬を使って歩きたいのか、つえを使ってもっと上手に歩きたいのか、人と一緒に楽しく歩きたいのか。自分がしたいことが通用する世の中を目指さないとだめ。そのひとつの形が盲導犬であるならば、僕はとてもうれしい。 盲導犬の役割は、角を教える、段差を教える、障害物を教えるという、移動に関するものはもちろん大事ですけど、手を伸ばしたら常にそこにいる、触れることができる、『我触れる、ゆえに我あり』という存在である。これがいちばん大きな仕事かな。機能だけで(盲導犬を)語りたくない。盲導犬を持てばこれができますよ、あれができますよじゃなくて、盲導犬がいれば盲導犬と一緒に出かける、一人じゃないよと。一人で歩きたい人は一人で歩けばいいわけです。自分がどうしたいかを大事にしていただきたいし、『私はどうしたい』という言い方を、見えない方ご自身ができるようにお手伝いできればと思っています」(多和田さん)
※この記事は、2023年8月20日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。