40歳のおっさんがメイドになって美少年のお世話をすることに
5ch用のSSは書いた経験はあるのですが、小説は初めて書きました。
私が主人公です。本当に40歳です。
もし宜しければ最後まで耐えていただいて感想いただけると嬉しいです。
ハイライトを咥え、ジッポで火を付ける。
「……ふー」
深く息を吐きながら煙を空に放つ。冷たい風が彼の顔を撫でる。喫煙所を探さなければならないのは面倒だがタバコはやめられない。この年齢でアルバイトにすら受からない現実が重くのしかかる。自分より一回り若い人間に戦力外通告をされるのは想像以上にきつかった。
「……これからどうすっかな」
目的もなく池袋の街を歩く。夜の街はネオンの光に彩られ賑やかな音楽が耳に届く。ほとんど金も残っていない。ふと見上げると派手なネオンに照らされたパチンコ屋が目に入る。
「ダイナムか。若い頃よく通ったっけ」
一稼ぎして叙々苑で焼き肉でも食べようか。そんな気分になった俺はパチンコ屋に足を向ける。
「すみません、そこのスタジャン着た男の人」
突然声をかけられる。振り向くとバイクに跨った男がいた。30歳くらいだろうか。髪を染めたその姿からはまともな社会人とは思えない雰囲気が漂っている。
「何?今からパチンコしようと思ってたんだけど」
「やめたほうがいいです。まず勝てません。それに奇跡が起きて10万円勝ったとしてもそこで辞めることはできませんよ。20万円、30万円と負けることになります。」
この男は人間の心理をよく理解しているようだ。見た目とは裏腹に洞察力が鋭い。
「それよりも、仕事の依頼をしたいのですが」
「仕事?」
「はい、メイドになる気はありませんか?」
「は?」
男の言葉はまるで冗談のように聞こえた。
「嫌ですか?」
男の目は真剣だった。その真剣さが、俺の心を揺さぶった。
「俺、男なんだけど。執事じゃなくてメイド?」
「メイドです。あなた女性になってみたくはありませんか?」
俺はますます混乱する。男の提案は突拍子もないがその言葉には妙な説得力があった。
「話が全く見えないんだが」
「なれるとしたらの話ですよ。高橋留美子の漫画読んだことありますよね?」
「らんま1/2だろ?もし女になんてなったら風俗行けねーじゃねーかよ。あと髪は美容室に通って化粧はしなきゃならないし身なりは気を使わなきゃならない。それに毎月辛い目に合うだろうが。メイドなんて無理!じゃあな!」
俺は背を向け立ち去ろうとした。
「大丈夫。あなたは男性のままメイドとして働くことができます」
「なんだよそれ!俺がメイド服なんて着たら不愉快すぎて見た人が食欲失くすだろうが!それに警察に捕まるだろ!」
「実は私は性を司る神なのです。名前は鈴木ですが」
「は?神?」
俺は驚愕の表情を浮かべた。男の言葉はますます信じがたいものだった。
「はい、信じられませんか?」
「無理でしょ!誰が信じるの!?なんで神様がそんなでかいハーレーに乗ってライダースなんて着てるんだよ!」
「好きなんですよ。後ろ乗ってみますか?」
「いいよバイクなんて怖いから!」
「そうですか……。一緒に海にでも行きたかったのに……」
俺は男の様子を見て少しだけ同情した。彼の目には寂しさが垣間見えた。
「落ち込むなよ……。もしかしてこれ新手の詐欺かなにか?全財産合わせてもニンテンドースイッチも買えないくらいなんだけど」
鈴木は微笑みながら首を振った。その笑顔にはどこか神秘的な魅力があった。
「詐欺ではないですよ。あなたには南麻布にあるお屋敷で住み込みでメイドとして働いていただきたいんです。給料は月給23万円ほどでいかがでしょうか?40歳男性の平均がそれくらいですが」
「ちょっと待て。なんで俺が40歳だと知っている」
鈴木は軽く肩をすくめた。その動作は自然で、まるで日常の一部のようだった。
「すみません。あなたのことは調べさせていただきました。弓野貴彦さん40歳。現在無職特技なし彼女なし」
「……こうして言われてみると俺ってどうしようもない男なんだな。落ち込む。一応アニメには詳しいんだぞ」
鈴木は優しく微笑んだ。その微笑みには温かさと理解が込められていた。
「どうしようもない男ですって?そんなことあり得ませんよ。あなたを選んだのにはちゃんと理由があるんです」
「理由って?」
「今はお話できません。仕事については説明しました。どうします?」
俺は考え込んだ。鈴木の言葉には何か特別な力があるように感じた。だが
「断る。どう考えても怪しいしな。」
「あはは。では次の仕事が見つからなかったら一週間だけ働いてもらうのはどうでしょうか?再来週の日曜日にこのメモの住所に来てください」
俺は無言でメモを受け取った。きちんとした字で住所が書かれていた。
「では」
鈴木はハーレーのエンジンをかけその音を響かせながら去っていった。その後ろ姿はどこか不思議な魅力を放っていた。
「なんなんだよ」
俺は呆然と立ち尽くしていた。こんな怪しい話、騙される奴いるのか?
「へー。今ってリゼロのパチンコなんてあるんだな。メイドの双子かわいかったしこれにしよ」
俺はダイナムの中に入っていった。
肌寒い風が通り過ぎる。俺は鈴木との約束通り南麻布を訪れた。大きな門がゆっくりと開き中から鈴木が姿を現した。
「貴彦さん、お待ちしておりました」
満面の笑みで迎えられ俺は軽く頷いた。
「バイトはどれもダメだったよ。パチンコも負けたわ」
鈴木は微笑みながら案内を始めた。門をくぐり敷地内に一歩足を踏み入れるとその壮大さに圧倒される。広々とした庭には手入れの行き届いた花壇が広がり、大理石の小道が邸宅まで続いている。邸宅の正面に立つと高い天井と豪華なシャンデリアが目に飛び込んできた。
「早速貴彦さんのお部屋にご案内します」
「よろしく」
俺は鈴木の後をついて行き館内の広い廊下を歩いた。壁には古典的な絵画が並び豪華なカーペットが敷かれている。木製のドアをいくつも通り過ぎ、ようやく目的の部屋にたどり着いた。
「ここです」
扉が開かれると、まるで映画のセットのような豪華な部屋が現れた。重厚な家具と優雅な装飾が施された室内は、時間を忘れさせるほどの魅力があった。
「洒落てるな。アンティークっていうの?これ?」
「そうですね。英国アンティークでしょうか」
「こんな部屋に入ったの初めてだわ」
「貴彦さんのメイド服ですが、こちらになります」
鈴木はクローゼットを開け、中からメイド服を取り出した。鮮やかなレースとフリルが施されたその服装に息を呑んだ。
驚きと戸惑いが入った表情で俺ははその服を見つめた。
「……笑いものになる覚悟して来たけど、本当に俺がこれ着るのか?確かにサイズはでかいけど」
鈴木は小さなチョコレートを差し出した。
「着替える前にこれを食べて下さい」
「チロルチョコレート?」
「食べればわかりますよ」
俺はため息をつきながらチョコレートを受け取った。
「はぁ……。もうなんでもいいや」
「着替えたら教えて下さい。」
鈴木は部屋を出て行った。
「チョコ嫌いなんだよな」
包み紙をはがしてチョコレートを口に入れると、意外なほど美味しかった。口の中に広がる甘さが一瞬の安らぎをもたらしたが
「……何も起こらないじゃん」
「……つーかこれどうやって着るんだよ。スカートなんてどうやったらいいのか」
鏡の前で何度も着直しながら、30分かけてようやくメイド服を身につけた。
「着たぞ」
「開けますよ。」
鈴木が部屋に入ってきた。
俺は恥ずかしさで顔を赤くしていた。すね毛がぼーぼーである。
「……」
「とっても可愛いです」
「殴っていいか?」
「本気で言ってますよ。あなたは今、他人にこう見えています」
鈴木は大きな鏡を差し出した。
鏡には可愛らしい女性が映っていた。俺はその姿に驚き鏡の前で体を動かした。
「!?……どうなってんのこれ!?手品か!?」
「私は性を司る神。言ったはずですよ?」
「でも自分の肉眼で見るとおっさんの体なんだが」
「そう見えるのはあなただけです」
俺は驚きを隠せなかった。映し出される姿と自分の感覚のギャップに混乱する。
「すごいな。声は?」
「声もかわいい女性の声に聞こえますよ。貴彦さんには毎日チロルチョコレートを一つ食べていただきます。一日で効果は切れますよ。仕事中は【瑞貴】と名乗って下さい。あなたの名前を一文字お借りしました」
「瑞貴ね。わかった。で、仕事のほうは?」
「今から拓海様のお部屋にご案内します」
「……いよいよか」
鈴木は歩きながら、ふと立ち止まった。
「言い忘れていましたが、拓海様には絶対に触れないで下さいね。男性の体の感触であなたの正体がバレてしまうので」
「……大丈夫かな」
ドアをノックして静かに開けると、俺は緊張しながら部屋に足を踏み入れた。
「し、失礼します」
ソファに横たわる少年が無言で俺を見つめている。
「わわわ、わたくし、今日からお世話になります、メイドのたk、瑞貴と申します。」
少年は体を起こし、穏やかな声で応えた。
「そうなんだ。よろしく」
(うわ、めっちゃ美形だな……ん?杖?)
「知らされてないんだ?僕、左足が動かないんだ」
「し、失礼しました」
「いいよ。一日中家にいるけどたいして仕事はないから」
「了解しました」
「僕、不登校なんだ。精神科に通って鬱の薬も飲んでる。笑っちゃうでしょ?」
少年は悲しそうに微笑んだ。
「全然いいんじゃないですか?学校には行きたくなったら行けば良いんですし」
「え?」
驚いたように目を見開く少年。
「……普通、学校行かなきゃいけないとか、不登校カッコ悪いとか、思わない?なんか全然そう思ってない顔だね」
「辛い時に休むのっていけないことなんですか?」
「……」
しばらく沈黙した後、俺は部屋のポスターに目を向けた。
「拓海様、ターンエーがお好きなんですね」
「!?」
「夕飯ができましたらお呼びします」
俺は丁寧に一礼し、部屋を後にした。
すぐ再び扉を開けた。
「あ、ドミノピザでいいですよね?」
~2日目~
(掃除なんてろくにしなかったからなー。適当にクイックルワイパーかけときゃいいだろ)
(洗剤ってこれか?……ボタンってどれ押せばいいんだろ)
(料理なんてカップラーメンくらいしか作ったことねーよ!痛って!指切った!)
(……タバコ吸いてー)
~3日目~
拓海の部屋では、ゲームの操作音が響き渡っていた。拓海は無表情でレバーを操作し慎重にキャラクターを操っていた。
「……」
部屋の中には緊張感が漂っているかのようだった。俺はドアを開けた。
「失礼します」
拓海は一瞬反応することなく、ただ黙々とゲームに集中し続けた。
「……」
「洗濯物持っていきますね」
俺が声をかけると拓海はうなずき、再びゲームに没頭する。
俺はその様子をじっと見つめていた。
「格闘ゲームやるんですね」
拓海は驚いたような表情を見せる。
「え?瑞貴知ってるの?」
「私、結構好きなんです」
俺がそう言うと、拓海の表情が少し和らぐ。
「教えてあげようか?ここ座りなよ」
拓海の誘いに応じ、俺はソファーに座る。
「対戦してみようか、コントローラーは何が良い?色々あるけど」
「今繋いであるのでいいです」
「わかった。女の子はこっちのほうがいいよね」
ジュリを選択する貴彦、ガイルを選択する拓海。
1分26秒後、俺はにこやかに声をかける。
「ありがとうございました」
「……なんでこんなに強いの?……女の子なのに珍しいね」
俺は微笑みながら答える。
「ゲーム結構好きなんです。拓海様はコンボはうまいですけどそれ以外が甘いです」
拓海は驚いた表情を浮かべるが、その後は微笑みを返す。
「良かった」
俺は首を傾げる。
「え?」
「今までのメイドは僕の趣味なんて理解してくれなかった。瑞貴がメイドになってくれて嬉しいよ」
「趣味が近いのはいいですよね」
拓海は俺の言葉にうなずきながら話を続ける。
「アニメとかゲームが好きなんだけどね。見下してくる人が多くて嫌になることがあるんだ。自分でもくだらない趣味だなって思うよ。女の子ってオタク嫌いでしょ?」
拓海の不安そうな表情を見た俺はしばし考え込んだ後、深くため息をつく。
「……」
「瑞貴?」
「拓海様、素敵な男性ってどんな人でしょうか?」
「え?素敵な男性?」
「小学生の頃って足の早い男子がモテますよね。中学生の頃は偉そうな感じの男子がモテる。友達も多いです。大人になったらお金持ちがモテる。でもそういったカードを持って産まれなかった人は、どうすれば素敵な男性になれると思いますか?」
拓海は俺の質問に驚き、少し戸惑いながらも考えを巡らせる。
「……わからない」
俺は微笑みながら、拓海に向けて言葉を紡ぐ。
「私は好きなことを頑張ってる男性だと思います。何だって良いんです。アニメでもゲームでも。なにかを夢中で頑張ってる男性のことをちゃんと女の子は見ていると思いますよ。」
「……」
「自分の好きなことを否定しないでください。ではおやすみなさい」
~3日目~
「瑞貴、今日は一緒に料理するよ」
「え!?そんな!いいですよ仕事ですし!」
「一緒に作りたいんだ。駄目?」
「……何が食べたいですか?」
俺はにこやかに微笑んだ。拓海は嬉しそうだ。
「じゃあ麻婆豆腐なんてどう?材料はあるし」
「いいですね!……あれ?クックドゥじゃないんですね」
「あはは、ちゃんと作ったほうが美味しいよ」
俺は豆腐を切る手元に集中した。
(えーと、たしかかーちゃんが豆腐は手のひらの上に乗せて切ってたよな)
包丁が手のひらに食い込む。
「瑞貴!力入れすぎだよ!」
驚いて手を引いた俺は豆腐を落とした。
「え?」
「……も、申し訳ありません!実は、男性に触れられるのが苦手でして!」
「そうなんだ。ごめん」
(あぶねー!おっさんだってバレるところだった!)
~4日目~
拓海の部屋のドアを開けると、制服姿の拓海がいた。
「似合うかな?」
「え……制服ですか?」
俺は驚いて尋ねると、拓海は頷きながら語る。
「うん、学校行ってみようと思って」
「大丈夫なんですか?鬱病のほうは……それに、その」
「松葉杖には慣れてるから大丈夫だよ。それに薬飲んでれば鬱病なんて平気だから」
「拓海様って、どれくらい学校に行ってないんですか?」
「んー、1年と半年くらいかな」
拓海は軽く笑いながら答える。
(え!?すげーな……俺なら絶対もう諦めてる)
「なんか、瑞貴に元気をもらったっていうか。今からでも頑張ろうかなって」
「!!」
「どうしたの?」
「な、なんでもないです!!あ、あの、お掃除してきます!!」
部屋を出て走る。拓海は不思議そうにその後を見送る。
「瑞貴?」
「……なんだよ。かっこいいじゃん」
~5日目~
拓海は少し照れた様子で俺に頼みごとをした。
「瑞貴、申し訳ないんだけど、肌に触らないでいいから背中だけ洗ってもらえないかな?」
「いいですよ。私はメイドなんですから遠慮なさらないで下さい」
俺は即座に答え、広い風呂場へと足を運んだ。檜風呂の心地よい香りが広がる中、拓海の背中にスポンジを当てた。
「背中だけはうまく自分でできないんだ」
拓海は申し訳なさそうに言った。
「こんな感じでどうですか?」
「気持ちいいよ、ありがとう瑞貴」
(……若いだけあって肌が綺麗だなー女みたいな顔してるくせに男らしい背中)
あ
「す、すみません、ちょっとお手洗いに」
「うん」
俺は廊下を駆け抜け、トイレの扉を閉めた。
「はぁ、はぁ、……な、なんで興奮してんだ。相手は男だぞ。俺は女が好きなんだ。……なのにこんな」
「す、すみません。お待たせいたしました」
「瑞貴、大丈夫?体調が悪いんじゃ」
「い、いや、大丈夫ですよ!あはは」
ごまかすように再び背中をゴシゴシと洗い始める。
「無理はしないでね」
~6日目~
夜、拓海はベランダで星空を見上げていた。その隣に立ち、静かに話しかけた。
「拓海様、学校どうでした?」
「みんな心配してくれたよ。それに優しかった。先生も気遣ってくれて助かった」
拓海は笑顔で答えてくれた。
「良かったです。勉強のほうはどうですか?……もしかして浦島太郎状態だったり」
「勉強は自分でやってたから大丈夫だよ」
「もし学校が嫌になったらまた休んでもいいんですからね?例えカッコ悪いと思うことでも、私には本音を言って欲しいです」
「ありがとう瑞貴」
「クラスメイトの女子からモテてるんじゃないですか?」
俺は冗談めかして聞いた。
「どうかな。一緒にお昼を食べてくれたのは女子だったけど」
「拓海様って女性慣れしてるんですね。可愛い女子相手だと緊張とかしませんか?」
「偉そうに聞こえるかもしれないけど、メイドになってくれる女性はみんなルックスが良かった。女優や歌手やアイドルを目指してるような子が多かったかな。今は乃木坂に入って活躍してる子もいたよ」
「すごい!新しいメイドが私でガッカリしたんじゃないですか?」
「そんなことはないよ。……こ、こんな事言うの恥ずかしいけど、た、瑞貴が今までで一番のメイドだよ」
拓海は赤くなりながら言った。
「え?」
「僕はほとんど恋愛経験がないから、女性をよくわかってないけど、確かに女性にルックスは必要だと思う。一緒にいて幸せになれるから。でも一番大事なのは、心だと思う」
「心、ですか?」
「見た目なんて、所詮親からもらったものでしょ?でも心は違う。頑張って、傷ついて、笑って、泣いて、自分で磨いてきたものだと思う。一緒にいたいと思うのは、心が美しい女性」
俺はその言葉に深く考え込んだ。
「……そ、その」
拓海は少しそわそわしながら言葉を続けた。
「はい」
「……た、瑞貴。僕と婚約してくれないか?」
「は?」
「僕、頑張っていい大学に行ってお金持ちになるから!瑞貴を幸せにする!」
「な、何言ってるんですか?」
「瑞貴は僕のことが嫌い?」
「え?、え?」
「瑞貴とずっと一緒にいたいんだ!」
拓海は手を差し出した。
「触るな!!」
俺は叫んでしまった。拒絶してしまったことを瞬時に後悔した。
拓海の手が止まる。
「……瑞貴、ごめん」
「おやすみなさい拓海様」
一人残された拓海は、星空を見上げながら涙をこぼした。
夜10時を周った頃、使用人室にノックの音が響き、ドアが開いた。
「どうして泣いてるんですか?」
鈴木が静かに尋ねた。
「……な、なんでもない!目にゴミが入って!」
「ずっと見てましたから、嘘つかなくていいですよ」
「……」
「拓海さんのことが好きになりましたか?」
「あり得ない!!俺はホモじゃねーんだよ!!」
ドンと机を叩きながら叫ぶ。
「……」
「……イライラする。禁煙辛すぎるわ」
俺は涙を拭いながら鼻をすする。
鈴木はポケットから小さなチョコレートを差し出した。
「これを」
「?」
「もし本当に女性になる覚悟があるならこれを食べて下さい。今までのチロルチョコレートとは違いますよ」
「……なんでスニッカーズなんだよ」
「チョコレートが好きなんです」
鈴木は微笑んだ。
「……俺は女が好きなんだよ。それに最初に会った時に言わなかったか?もし女になんてなったら美容室に通って化粧はしなきゃならないし身なりは気を使わなきゃならない。それに毎月辛い目に」
「でしたら食べなくて結構です。1週間お疲れ様でした」
鈴木は静かに言った。
「え?」
「貴彦さんに依頼して正解でした。拓海様には生きる希望が生まれました。謝礼として2000万円くらいは差し上げます」
「2000万!?」
「はい。貴彦さんは大変重要な仕事を成し遂げられました。きっと自信につながったと思います。再就職頑張ってくださいね」
「……すっげーな」
俺は呆然とした。2000万。本当に?
「そうそう、そのスニッカーズですが、今夜の0時になったら効果が切れてただのチョコレートになってしまいます。貴彦さんには関係ない話ですけど」
「食うわけねーだろこんなもん!」
俺はスニッカーズをゴミ箱に投げ捨てた。
「では仕事は明日までということで」
鈴木は静かに部屋を出た。
「……2000万か。何に使おうかな。うひひ」
~7日目~
アラームが鳴り響く中、拓海はゆっくりと目を覚ました。
「……ん」
「おはようございます。拓海様、遅刻しますよ?」
「おはよう。……瑞貴、僕のこと怒ってないの?」
「何のことですか?」
「い、いや、なんでもない」
拓海は目をそらした。
「目が赤いです。それに寝癖がすごいですよ?」
俺は拓海の髪に手を伸ばした。
「!?」
「どうされました?」
「た、瑞貴、今、僕に触ったよね?」
「ふふ、寝坊しますよ、拓海様」
鈴木は複雑な表情で部屋に入ってきた。
「貴彦さん、スニッカーズ食べましたね?」
「うん」
俺は少し照れくさそうに答えた。鈴木は首をかしげた。
「あれだけ嫌がっていたのに」
「よーく考えたんだけど、鏡に写った自分を見てたら女の子になるのもありかなって思ってさ!だって俺40歳のおっさんだったんだぜ?こんなにかわいい女の子になれるんなら良いかなって思ったんだ」
「よく聞いて下さい。ショックかもしれませんが、あのスニッカーズを食べたらもう二度と男性には戻れないんですよ?男性に戻るチョコレートなんてないんです」
「いいよ別に!みろよ!」
俺は自分の体を見下ろし、興奮した表情を浮かべた。
「自分の目で見ると興奮する!おっぱいがあるぞ!うわー!やわらけー!なんだよこれ!たまらん!しかもお尻がぷりんぷりんだよ!なんだよこれ!グラビアアイドルみてー!」
「はぁ、これからどうするんですか?」
「ちゃんとメイドやりきったろ?これからなんか仕事探すよ!あ!2000万!ほんとにくれるんだろーな?」
「本当にあげますよ。信じられないなら、今私のスマホで振り込みますけど」
「やったー!!頼むわ!!」
俺は嬉しそうに飛び跳ねた。
鈴木はスマホを操作し振込完了の画面を見せた。
「うはー!!本当だ!!本当に俺の口座に振り込まれてる!!」
「多分、貴彦さんの口座にくるのは数時間かかるんじゃないですかね」
「やべー!!何買おうかな!!」
喜びのあまりぴょんぴょんと使用人室を跳ね回った。
ガタッという音に二人が振り向くと、ドアが静かに開いた。拓海が立っていた。
「ご、ごめん、覗いたりして」
「鈴木、さっき瑞貴と話してたことってなんなの?」
鈴木は深く息を吸い込み、正面から拓海を見つめた。
「拓海様、申し訳ございません。今まで隠しておりましたが、私は性を司る神なんです」
「神?」
拓海は驚きを隠せなかった。鈴木はうなずいた。
「はい」
「拓海様、本当なんですよ!私もずっと信じられませんでした!」
俺も口を挟んだ。
「スニッカーズって何の話だったの?」
「驚かれると思いますが、実は瑞貴さんは男性だったんです。昨日の夜、瑞貴さんは魔法のスニッカーズを食べて完全な女性になってしまったんですよ。今までは魔法のチロルチョコレートで女性に見えていただけなんです」
「……瑞貴が男性だった?」
「はい。申し訳ございません」
「ごめんなさい」
鈴木の謝罪に合わせて俺も頭を下げた。
拓海は瑞貴の顔をまじまじと見つめた。
「こんなにかわいい女の子なのに、……。こんなことってあるんだね。びっくり」
「もしかして拓海様のためにスニッカーズを食べたんじゃ」
「いや違いますから!!」
俺は即座に否定した。
「拓海様!!御覧ください!!これが私の前の姿です!!」
そう言って免許証を差し出した。
「瑞貴、カッコよかったんだね。すごく身長が高そう、何センチあったの?」
「183ですけど」
「見たかったな!!他に写真ないの!?」
「……写真ですか?自分の写真を撮る趣味は……実家に帰ればアルバムに残ってますが」
「見たい!!瑞貴が男性だった時の写真見たいよ!!」
拓海は興奮気味に言った。
「そ、そうですか?」
「でも気になることが沢山ある!鈴木、瑞貴はこれから女の子として生きるのに、何か問題はないの?」
「その辺はちゃんとしてますよ。戸籍上の問題点はクリア。ひとつあるとすれば、瑞貴さんのご両親に説明が必要です。瑞貴さんのご両親の性格も分析済みですが、私が一緒に説明すれば笑って受け入れてくださいます」
「……瑞貴は、今は完全な女の子なんだよね?」
拓海は確認するように聞いた。
「そうです」
「……聞きづらいんだけど、赤ちゃんは、産めるの?」
「はい。大丈夫です」
「あ、あと、鈴木がうちに就職して最初に選んだメイドが瑞貴だったわけだけど、どういう基準で男性を選んだのか気になる」
「それ私も気になります」
俺も聞いてみたかったことだ。
鈴木は一瞬躊躇した後、真剣な表情で言った。
「もし拓海様に瑞貴さんを引き合わせなければ、拓海様は自殺していたんです。」
「……」
「え!?」
「拓海様、瑞貴さんが来るまでの間、自殺を考えていたでしょう?」
「……そうだった。瑞貴が来てから楽しくて忘れていたよ」
「拓海様は鬱状態がひどくなっていたんです」
「じゃあ、瑞貴は僕を救ってくれた女神様みたいなものだよね」
「そうですね」
鈴木はにこにこしている。
拓海は瑞貴を真剣に見つめた。
「瑞貴、僕の気持ちは変わらない。というか、ますます好きになった」
「え!?」
「これからも僕のメイドでいてほしい」
「……ちょっと、考えさせてください」
拓海は深い呼吸をしながら、花壇に水をあげている瑞貴を見つめた。
「瑞貴」
俺は少し俯きながら、静かに言った。
「ごめんなさい。やっぱり私、メイドをやめます」
「……そう、か」
拓海は一瞬辛そうな顔をしたが、その言葉を受け止めた。
「就職しないと」
「うちでずっと働けばいいじゃないか!!」
拓海は必死に訴えたが、瑞貴は黙っていた。
沈黙が流れる中、拓海は意を決して問いかけた。
「瑞貴、どうして僕は瑞貴に触っちゃいけなかったの?」
瑞貴は少し迷った後、答えた。
「神様に言われてたんです。拓海様に触れたら、男性であることがバレてしまうから、止められてました」
「……じゃあ、今は触っても良い?」
拓海の声には期待と不安が入り混じっていた。
「どうぞ」
俺は静かに答えた。
拓海はゆっくりと手を伸ばし、瑞貴の手を握った。
俺は黙ってその感触を受け止めた。
「……そ、その」
拓海は言葉を探しながら、声を震わせた。
「はい」
「……今日が、メイドでいてくれる、最後の日だとしたら」
「……」
「……僕、瑞貴を抱きたい」
拓海は勇気を振り絞って言葉を続けた。
「駄目かな?」
拓海は瑞貴の瞳を見つめ、真剣な表情を浮かべた。
拓海の真剣な眼差しに心が揺れた。
「……どうしても、このままお別れなんて、無理なんだ」
拓海の声には切実な思いが込められていた。
「……僕、瑞貴に会ってから、ずっと瑞貴とえっちなことする夢ばかり見てた」
「……」
「最後の思い出に、どうかお願いします」
拓海の瞳から一筋の涙がこぼれた。
瑞貴はその涙を見つめながら、深い考えに沈んでいた。
静かな夜、拓海の部屋に二人の姿があった。拓海は真剣な表情で言葉を紡いだ。
「男として情けないけど、左足が動かないから、瑞貴にしてほしい」
「拓海様、本当にいいんですか?」
「あはは、それって男が確認するセリフだよね」
「ふふ、確かにそうですね」
「……瑞貴が欲しい。僕とセックスしてほしい」
「僕が脱がせていいかな」
拓海は優しく問いかけた。
「どうぞ」
拓海の手がメイド服に触れる。しゅるしゅると音を立てて、衣服が落ちていく。
「かわいいよ瑞貴」
拓海は微笑んだ。
「……ありがとうございます」
俺は真っ赤になって答えた。
「キスしていい?」
「……はい」
拓海はそっと唇に触れてきた。俺は静かにその感触を受け入れた。
「幸せだよ」
拓海は微笑んだ。
「……拓海様、気になることがあるんですけど」
「なに?」
「……前は男性だったことが気にならないんですか?」
「気にならない。というか瑞貴が男の人だったとしても、僕は好きになってたと思う」
「……そうですか」
「男の人ともえっちなことはできるしね」
拓海は笑った。俺もつられて笑った。
翌朝、陽の光が部屋に差し込む中、拓海は目を覚ました。
「拓海様、おはようございます」
「……ん……瑞貴」
「ふふ、ぐっすりでしたよ」
「……瑞貴、ごめん、怒るかもしれないけど」
「どうしました?」
「……朝だけど、したいって言ったら、怒る?」
「えっちですね」
拓海は俺を抱きしめた。
俺は優しく拓海の頭を撫でた。
突然、拓海の体がびくっと震えた。
「拓海様!!どうしました!?」
拓海は驚いた表情で自分の左足に触れた。
「どこか痛むんですか!?」
拓海はゆっくりと顔を上げた。
「……いや、瑞貴、違うんだ」
「え?」
「……もしかして」
大学病院の診察室で、医者は明るい表情で報告を始めた。
「拓海さんの左足は非常に良い状態で回復しています。リハビリすれば元の状態に戻る可能性が高いです」
その言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「それって、歩けるようになるってことですか!?」
「その通りです。それに以前検査した時と比べて非常に健康状態が良い。学校に行くようになって体を動かしたからなのか。……奇跡ですね」
「拓海様!!足が治る可能性が高いんですって!!」
拓海は号泣していた。
医者は優しく声をかけてきた。
「拓海さん、しばらくの間、リハビリ頑張りましょう!!」
「……はい」
涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになりながらも、拓海はうなずいた。
「拓海様!!」
暖かい日差しの中、俺は手をぶんぶんと振りながら駆け寄った。
「瑞貴!!見て!!」
拓海は自信に満ちた歩みを見せた。
「拓海様!!歩き方が自然ですよ!!もうリハビリいらないんじゃないですか?」
「ありがとう!リハビリの先生が言うにはもうちょっとやったほうがいいみたい!後は体力つけないと!」
拓海はひまわりのような笑顔で答えた。
「よかったぁ!!あ、今日のお弁当は頑張りましたよ!!」
「瑞貴のお弁当なら何でも美味しいよ」
拓海は優しそうに微笑んだ。
「失敗ばっかりですけど」
「瑞貴の料理、何を食べても美味しいんだ。」
拓海の言葉に、俺は顔が熱くなった。
「瑞貴」
「はい」
「僕、これから色んなことを頑張る。受験勉強して、大学に通って、卒業したら父さんの会社に入るよ」
「拓海様ならきっと大丈夫です」
「これから先、幸せなことばかりじゃなくて、たくさん辛いことがあるかもしれない。でも」
「……」
「瑞貴、君に側にいて欲しいんだ。ずっと一緒にいたいんだ」
俺はこんなに必要とされたことがなかった。
「……はい」
嬉し涙がこぼれ落ちた。
どうでしたでしょうか?
自分で考えたので、自分では割と気に入っています。
よければ感想ください!!お願いします!!
ぶっ叩いていいです!!