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天弓千亦の成分表

 2021/07/17放送の東方ステーション内で、当記事が「虹龍洞考察コンペティション」佳作として紹介されました。ありがとうございます!!
 なんとなんと、原作者であるZUNさんからも直々に「だいたいこういう感じだと思いますよ。長くて読んでないけど」という恐れ多いお言葉を戴きました。家宝にしようと思います。


天弓千亦とは何者なのか?

 この記事では東方虹龍洞6面ボス、天弓千亦という神がどのように生まれ、どのような来歴を経て現在の姿に至ったのか、その起源と変遷について考えていきたい。
 前半部では彼女の成り立ちを考えるにあたって必須となる前提事項、東方世界における神や妖怪の定義について整理していく。大切な話なので、本題に入るまでが長いのはご容赦いただきたい。
 また、これから述べることは無数に考えられる解釈のひとつであって、当然ながらまったく間違っている可能性もあることを断っておく。


1.妖怪と神の違い

 東方の世界には不思議な原理がある。生物の恐れや信仰といった〝想い〟が集まると、そこに新たな存在や力が生まれるのだ。
 一般的な妖怪は人間から恐れの気持ちを引き出し、その関係を保たなければ存在できない。これは幻想郷の成り立ちを見ても明らかである。また一方で、多くの場合、神と呼ばれる種族も人間による信仰が不可欠である。この二者の違いはどこにあるのだろうか。

『The Grimoire of Marisa』では、田舎の神々(土着神)の姿が異形である点に着目した魔理沙が、「実は妖怪が神様の振りをしているんじゃないかと思う」という鋭い指摘をしている。その数年後、『求聞口授』で宗教家たちの鼎談に立ち会った彼女は「そう言えば、神と妖怪の差って何なんだ?」というストレートな疑問を三者にぶつけた。それに対する神奈子の返答を要約すると次のようになる。
①神道における神は「全ての物に宿る本質」である。
②神は「名前を付けられる」と力を制限されるが、自我を持てるようになる。
③名前を付けられた神は「何にでも宿る能力」を失い、「妖怪とほぼ差が無くなる」。
④名前を付けられた神は「神話によって性質を変える能力」を得る。
⑤信仰を失うと元の存在に戻る。人を脅かしてばかりだと「ただの妖怪」になってしまう。
⑥神社も持たないような神様はほとんど妖怪と化している。
 これを聞いた白蓮は、「神とは神話による変化能力を持つ妖怪」である、と理解した。
 また、『香霖堂』25話でも、霖之助は神霊が広義の妖怪の一種であると解釈している様子が窺える。
 他にもいくつもの作中描写があるが、神と妖怪の境界は非常に曖昧なものとして示唆されているように思う。両者の間にはたしかに能力的な差異もあるのだが、より本質的な違いは人間から集めた想いが「恐怖」であるか「信仰」であるか、さらに言えば人間が「敵視」するか「神聖視」するかという、どうにも主観的で人間本位な分類なのではないだろうか。
 次の章ではさらに神様という種の核心に迫るべく、「全ての物に宿る本質」という概念を解剖していく。


2.神様の分類

『求聞史紀』にて、阿求は神様を「八百万の神」と「神霊」とに大別している。まずは前者、「八百万の神」の特徴から見ていこう。
①姿形は無く、触ることも会話することもできない。
②その正体は、「あらゆる物体の、名前を付けられる前の存在」である。
③その影響は名前を付けられたあとにもわずかに残る。
④概念のような物体の無いものには宿らない。
⑤道具に宿ったものは扱いを間違えると付喪神となる。これは神というより妖怪の性質を持つ。
 これらの定義を見ていくと、先に述べた神奈子の説明では「八百万の神」と「八百万の神から生まれた新たな存在」を同じ「神」としてひとくくりにしてしまっていることがわかるだろう。神奈子の説明のうち、阿求の言う「八百万の神」を指しているのは①のみであり、②~⑥は「八百万の神が名前を付けられ、信仰された末の〝神〟」の性質であって、両者は厳密には別の存在なのだ。
 また、『香霖堂』15話の霖之助の独白では、「太古の神々がこの世の物一つ一つに名前を付けて回」った、とされている。このことから、真に厳密な意味での「八百万の神」は太古の時代に本質を失くし、⑤のように現代の物質に宿っている存在のほとんどは「神であった頃の性質を残す何か」であると言えるのかもしれない。
 整理すると、「自我も無い原初の神」→「名前を付けられた神」→「信仰を集め、広く人間に認知される〝神〟」というプロセスが存在することになる……のだが、このまま論を進めれば確実にややこしいことになってしまう。以下、これらの神のうち、
自我も無い原初の神〟と〝名前を付けられた神〟をまとめて「モノの神」、
モノの神が信仰を受け、一般に神と呼ばれる状態〟を「八百万の神」、
と、便宜上呼び分けることにする。
 なお、前章で仮定した「神とは信仰を集めたもの」という定義に従うならば、まだ信仰を受けていないモノの神は神に当てはまらないことになってしまう。これは言語的、宗教的な定義の話であって、一神教圏のGodと神道のKamiの違いのように非常に厄介な問題と言える。今回の記事内においてのみは「信仰を集めた存在」をより一般的な「神」であるとし、モノの神は「神道におけるKami」であるとして話を進めるが、これはあくまでも定義の仕方の問題で、人によってさまざまな見方ができることは留意しておいてほしい。

次に、阿求による「神霊」の特徴を挙げる。
①神として崇められる亡霊である。
②生前に神になった者もいる。
③供養されると消滅してしまう。
④肉体を持たず、神社や祠に住む。
⑤信仰を集めることで力を増す。
⑥元になった人間は個人とは限らず、集団である場合もある。
 と、八百万の神と比べてシンプルである。要は「信仰を集めた霊体」、という説明でほぼ事足りる。もう少し厳密に言えば、『求聞口授』の早苗の項では彼女の性質も神霊のそれとして扱われているため、おそらく神霊としての性質は道教で言う「魄(肉体)」に対する「魂(精神)」の概念に宿るのであり、一般的な(死亡している)神霊は肉体を持たないが、精神さえあれば神霊たりうる。逆に肉体を持っているからといって、神霊としての性質を妨げるものでもない……ということだと思われる。
 ちなみに④の「肉体を持たない」については、後に『儚月抄』内で神奈子が肉体を持っていることが明かされたのだが、東方世界における「肉体」の定義についてはこれひとつで別の記事が書けるほど謎が多いため、今回は踏み込まない。

 このとおり二種類の神の違いは明らかとなったので、次に両者の共通項を体系的にまとめてみたい。
 神霊は信仰を集めた亡霊である。では八百万の神はというと、信仰を集めたモノの神であると言うことができる。ここで「亡霊」と「モノの神」はともに「神性の核」とでも言えるものであり、総合すると神の定義は、「神性の核が信仰を纏ったものである」、と一般化することができる。
 この定義の「信仰」を「恐怖」に置き換えれば、すぐに妖怪の定義としても使用できる。ということは、さらに敷衍していけば、妖怪と神を包括的に「なんらかの対象が特定の〝想い〟を纏ったもの」として定義することができる。
 やはり妖怪と神の分類は、この「想い」の種類に応じて呼び分けるのが最も明快なのではないだろうか。


3.妖怪、神、???

 神様の成り立ちが理解できたところで、実際の東方キャラに当てはめて考えてみたい。これまで漠然としていた認識がずっと明瞭になっているはずだ。

杖刀偶磨弓
 種族が「埴輪」となっており、神である袿姫に造られた存在ということで実態をつかみにくいが、埴輪に宿ったモノの神が人間霊の信仰を集めた存在、ということなので、これは最も典型的な「八百万の神」と考えていいだろう。

四季映姫
 今は閻魔という役職に就いている彼女だが、元はお地蔵さまである。
『三月精』第三部6話で説明されているとおり、東方におけるお地蔵さまとは地蔵菩薩や道祖神とは関係のない、ただの石像とされている。それらに宿ったモノの神が独自に拝まれ信仰を得た存在ということで、彼女も「八百万の神」に分類することができる。

付喪神
 求聞史紀で阿求が説明しているとおり、道具に宿ったモノの神が「持ち主の念」を受けて変質したものとされている。
 ここで問題となるのが、これらは神なのか? それとも妖怪なのか? という点である。阿求が「どちらかというと妖怪のような性質」などと曖昧な言い方をしていることが難解さの理由なのだが、果たしてどのように解釈するべきなのだろう。
 これまでの推論に照らしてみると、妖怪とは恐怖や恐れを集めた存在、神とは信仰を集めた存在である。しかし付喪神はそのどちらでもなく、「使用者の念」を纏ったモノの神である。これはまさしく「妖怪のような神」、「神のような妖怪」、はたまた「どちらでもあり、どちらでもない」と言うほかない。
 ここでようやく、「妖怪と神の違い」で達した小括が活きてくる。
 我々ははじめに「妖怪と神は本質的に同根のものであり、その分類は人間の主観によっている」という仮定を置いた。つまりここでは、「妖怪と神の二種類に必ず分けられる」という考え自体がナンセンスなのだ。電波や可視光、ガンマ線がすべて同じ存在であるように、イルカとクジラの区別がおおざっぱな体長の違いでしかないように、「これは妖怪、これは神」、とカテゴライズすること自体に限界があり、逆に言うなら、「付喪神は神と妖怪の中間的存在である」と開き直って「第三のカテゴリー」を新設してしまうことにも、なんら問題はないはずなのだ。
 では、恐怖と信仰に次ぐ第三の概念、「使用者の念」とは何なのだろう。『輝針城』ではこれを「魔力」と呼んでいる。

矢田寺成美
 成美は地蔵である。ならば映姫と同じ八百万の神だろうと考えてしまいがちだが、これも彼女の成り立ちに目を向けることで違いが見えてくる。
『天空璋』omake.txtによると、彼女は「元々魔法の森にあったお地蔵さんが、森の魔力で命を得た生命体」とされている。核は映姫と同じく地蔵に宿ったモノの神なのだが、纏っているのが信仰ではなく「魔力」なのだ。これまで考えてきた分類法に従うならば、彼女も付喪神と同じ「第三のカテゴリー」に属すると考えられる。
 ちなみにどうしてモノの神、八百万の神などという煩雑な分類を用意したのかと疑問に思った方も多いだろうが、それは今回のようにモノの神が八百万の神以外の存在に分岐進化するケースを説明するためである。神様を神霊と八百万の神に二分してしまう阿求方式は、すべての存在を体系的に理解するには不便なのだ。

高麗野あうん
 種族は「狛犬」とされているが、これも元は地蔵と同じ石像である。
『茨歌仙』42話で語られたところによると、彼女は四季異変の際、「背中の扉の魔力で石像に宿っていた神霊が具現化した妖獣」であるという。なお、ここで「神霊」という語が使われているが、物質に宿るモノの神を指して神霊と呼ぶことがこの場面以外でもよくあるため、この場合の神霊も「信仰された亡霊」ではなくモノの神のことと断定して間違いないだろう。
 つまり彼女もモノの神が魔力を纏った存在、付喪神や成美と同じ第三のカテゴリーに属すると考えられるのだが、ひとつ面白い特性がある。
 同じく『茨歌仙』42話で、あうんは「神社や寺の石像の中で」霊夢たちを見ていた、と語っている。つまりこれまで見てきた付喪神のような単一の道具、物質とは違い、空間的に離れた位置にある複数の「狛犬像」に宿ったモノの神が混ざり合い、一体化しているのだ。これは神霊の元となった人物が集団でありうることと似た現象であると思われるが、一旦、こういうケースが存在することを頭の片隅に留めておいてほしい。

月夜見
 少し毛色の違う話であるが、太古の昔、穢れによる寿命から逃れようと月へ移った彼(彼女?)は逆説的に我々と同じく寿命の存在する生物であり、早苗と同じ生きた神霊、「現人神」に分類することができると考えている。月の民を現人神であるとする考えは馴染みが薄く受け入れがたいかもしれないが、これについては以前の記事で考証しているためそちらを参照してほしい。

追記:
 念のために誤解の芽を摘んでおきたいのだが、ここで挙げた高麗野あうんをはじめ、ほとんどの種族は作中ではっきり妖怪として扱われている。今回のような分類は「こう考えればスムーズに理解できるのでは?」という特殊な見方の提案に過ぎないため、もしもこの記事の内容を真に受けて「実は○○って妖怪じゃなくて……」などと語ってしまうとあなたもわたしも恥をかくことになるので注意してほしい。


4.市場の神、天弓千亦

 と、ここまでは前提事項の整理である。ようやっとという感じであるが、今回の最終目標、天弓千亦について見ていこう。
 天弓千亦は市場(いちば)の神である。「所有権を失わせる程度の能力」を持ち、虹が出たときなどに商売を可能にするという一見よくわからない神様だ。この虹と市の関係についてはすでに多くの考察で触れられているとおり、「虹の出た場所には市を立てなければならない」という中世日本の習俗が元ネタと考えられている。
 市の話に入る前に、まずは虹(天弓)という概念を一応消化しておきたい。たとえば虹という漢字には「虫」という字が入っており、これは蛇を表す象形文字である。そして蛇は古来より龍と同一視され、虹そのものも龍の吐く息であるとか、龍が地上に水を飲みに来る際のものとか、竜蛇そのものであるとか、そういった伝承は日本のみならず世界各地に存在するのであるが、このような話は『虹龍洞』というタイトルが発表された1秒後に5億回は呟かれていると思うのでここまでとする。

 ということで、本題の「虹の出た場所には市を立てなければならない」という習俗について見ていきたい。まず注目するのは、「立てることがある」ではなく「立てなければならない」と強制の形になっている点である。
『百錬抄』(著者不明)によれば寛治3年(1089年)5月30日、六条中院前の池に虹が立ち、市を立てるべきか否かの議論になったが、「公所依無先例」として取りやめとなった。結果だけを見れば市は立てられなかったのであるが、「可立市之由、雖有議、」の一文はそうした議論が必要であったということ自体、虹の立った場所に市を立てる行為にある程度の強制力があったことを証明しているように思う。
 主として平安時代ごろの文献に見られるこの風習の起源については、寛治6年(1092年)6月7日、藤原宗忠の日記である『中右記』に「諸道勘文皆虹見之處無立市之文、是只俗語歟、」とあり、このころにはすでに「由来のわからない民間の俗信」として広まっていたことがわかる。
 当然ながら、この風習の起源については近代以降の歴史学者たちもさまざまに考察している。勝俣鎮夫氏は虹が神の世界と俗界との架け橋であり、そこでは交易によって神様を喜ばせる必要があるとしているほか、安間清氏は「虹の根元には財宝がある」といった旨の全国的な俗信と結びつけて考え、さらに小野地健氏は前出の両者の説を引いたうえで「虹が持つ関係の過剰性に対し、関係を清算する場としての市」という論を展開している。
 特に勝俣氏の「神様を喜ばせる」という観念は市を立てなければならないという人々の意識に納得がいくほか、東方における世界観とも合致する。また、早くも『虹龍洞』体験版の公開前後には注目を集めていた網野善彦氏の著書でも、この勝俣氏の説を援用、支持している。
 以上のことから、『虹龍洞』では零落した神様として登場した千亦も、古代、中世日本においては非常に大きな影響力を持っていたと見ていいだろう。

追記:
 新たに有力な仮説が見つかったため追記しておく。
 『日本書紀』皇極天皇元年(642年)の条に、干ばつと祈雨についての記述がある。そこではひでりに際し、中国的、仏教的、在来的(皇極天皇による祈雨)という三通りの様式で雨乞いが行われたと記録されている(笠井昌昭『「皇極紀」元年条の祈雨記事をめぐって』)のだが、そのなかの中国式祈雨法のひとつに、「頻りに市を移す」というものがある。
 笠井氏いわく、これは「市場をよそに移して、市の門を閉ざし、人びとを遠ざけて祭りをする」という中国の請雨習俗に起因する。そして小林茂文氏はこの儀式こそが「虹が出た場所に市を立てる」ならわしの直接的原因と推定した(『古代の市の景観』)。ひでりの間は雨乞いのために市を閉じていたのだから、成功して雨が降った≒虹が出たらまた市を再開するというのは非常にシンプルで筋が通っている。450年の歳月で雨乞いの儀式が形骸化し、1092年の時点で「由来のわからない民間の俗信」だけが残ったとしても十分頷けるだろう。
 小林氏は市と祈雨の関係にまでは踏み込んでいないが、氏の前掲論文を引いた赤坂憲雄氏は市が立つ「チマタ」という土地を天界の雷神との交通の場とみなし、虹、蛇、雷神(降雨)、チマタ、市というイメージの連係を示した(『境界の発生』)。ここで「チマタ」という語が大きく取り上げられていることも大事なのだが、話の趣旨が変わるため記事の後半にて改めて追記する。

 所有権を失わせる、という能力にも軽く触れておく。
 この能力を理解するには彼女のスペルカード名にも現れる「無主」という概念、ひいては古代日本における物の所有に対する観念を理解する必要がある。前述した網野氏の著書が今や東方の考察好きでチェックしていない者はないというほどメジャーになったのも、氏の主張する「無縁の原理」が『虹龍洞』の内容と非常によく合致するからだ。
 市場が持つ基本的な機能はおおむね『虹龍洞』omake.txtで語られているとおりであり、ザックリとまとめてしまうと「単純な物品のやりとりでは〝その人から貰った〟という情報などが尾を引いてしまうが、市場での対等な取り引きは完全に縁を断ち切ったうえで行える」……といったものである。
 この説明、文章としては理解できると思うが、どうしてそのような必要性があるのか、なぜ縁を断ち切らなければならないのかといった根本的な考え方に対して、我々現代人には理解の及ばない部分がある。これについて、勝俣鎮夫氏が非常に明快な解説をされているので引用させていただく。

“わが国では、ある人が所有している物、とくに長い間身につけている物は、その所有者の「たましい」を含み込んだかたちで存在するという強い観念が存在し、その「もの」は他の「もの」によっては代替不能と考えられていた。(中略)不特定の見知らぬ他者との間の交換はその物の持主の心がわからないものとして、その交換物の所有は危険なものとして忌避された。(中略)このような所有者とその魂を含む所有物との呪術的関係を絶ちきってしまう「浄め」の場として、市は存在した。”
(勝俣鎮夫「売買・質入れと所有観念」『日本の社会史 第4巻』, 1986, p.190)

 網野善彦氏によれば、市場のような場は無縁の場であり、そこに参加した物や者は一時的に世俗の縁から切り離される。物の縁といえば所有権、そして上記の呪術的な魂のつながりであり、人における世俗の縁とは主従関係や婚姻関係にまで及ぶと言う。
 氏の史観では、この世俗から縁の切れた状態は「無縁」と呼ぶが、本当にあらゆる縁が存在しないわけではない。彼らが縁を持つのは世俗を超越した存在、すなわち神仏である。人との縁を清算し、神仏とのみ結縁した状態が「無縁」なのだ。
 つまり無主物というのも、文字通りに持ち主が存在しないというだけの単純な意味ではなく、通常の持ち主たる人間の管轄を離れた神物、仏物であるというのが勝俣、網野両氏の見解と言っていいだろう。このような考え方を念頭に置くことで、「お前の命も無(かみ)に返そう」といった千亦のセリフにも新しい意味が見えてくるはずだ。
「商売を可能にする」「市を開く」という一見よくわからない彼女の神徳の正体は、「所有権を失わせる程度の能力」と直結する神の御業、浄めの力であると言える。


5.天弓千亦の成分表

 最後にこれまで書き連ねてきた定義を使い、天弓千亦がどのような存在であるか、その可能性のうちのいくつかを紹介していきたい。

Ⅰ.神霊説
 天弓千亦の元になった人間、あるいは集団の霊魂が存在するという仮説。
 正直なところ、この仮説に関してはあまり積極的な論を持っていない。〝ちまた〟という名前の読みから道俣神(ちまたのかみ)などを元ネタとする説もあるし、実際ZUN氏がそこから名前を取っている可能性もあるとは思うが、市場の神として強烈な自己主張を持つ彼女とこれらの神はどうもカッチリとはまる感覚がない。
 別の可能性としては「神大市比売」説が挙げられている。この神様は市場の守護神であり、イザナギ・イザナミの系譜である。月夜見の項で述べたとおり、月の民、ひいては月夜見の父親であるイザナギとそこから生まれた神々は神霊に分類できると考えているため、千亦=神大市比売であるとするならば彼女も神霊ということになる。
 ただし、この説には違和感もある。omake.txtには「行き場を失って今にも消え入りそうだった『市場の神』」という一文があるのだが、神大市比売は少ないながらもいくつかの神社で祀られている。「今にも消え入りそう」という表現が具体的にどのような状態を指すかは複数解釈ができると思うが、個人的にはやや疑問が残るのだ。
 とは言え、現在は周知のとおり、外の世界がこのようなありさまである。神大市比売ほどの神様でも厳しい状態に追い込まれてしまっているのだ、という解釈もまったく不可能ではない。
 天弓千亦が神霊である可能性は否定できないと言えるだろう。

Ⅱ.八百万の神説
 元になった霊魂が存在しない、諏訪子のような純粋な信仰心の塊であるとする説。
 これまで見てきたとおり、一般的な八百万の神はモノの神が存在の核になる。しかし千亦の場合はどうだろう。市場とは言うまでもなく概念である。虹は存在するといえば存在する……いや、ハデハデな見た目に騙されそうになったが、そもそも彼女は虹の神ではない。純粋な虹の神となればそれこそ龍神に関するような、もっと普遍的で強大な存在の可能性が高いだろう。
 では彼女はモノの神とは無関係に、市場という概念がまるで妖怪のように畏敬の念を集めた存在なのだろうか。
 そう断じてしまっても別に問題はないのだが、ここにひとつ、面白い伝承がある。富山県上市町に伝わる「市姫物語」という民話だ。あらすじをまとめると、「ある商人が三日市からの帰りに市姫という女性に出会い、新しく開けた上市へ連れて行ってほしいと頼まれた。姫をおぶって市場へ行き、背負っていた彼女を降ろすと、なんとそれは大きな石であった」……というものだ。その後彼女は神様に違いないということになり、市姫社という小さな社を建てて祀られた。それ以来、彼女は三日市と上市の両方を守っているという。
 何が言いたいかはもうおわかりだろう。ここで語られた「大きな石」のような存在が、天弓千亦の起源となったモノの神かもしれないのだ。
 上市町の一例だけを取り上げたのでは説得力がないという指摘も当然だと思う。しかし市神という神様はしばしば市の開かれた村の境や衢(ちまた)などに小さな祠を作って祀られており、その古くは丸い石であったとされている。網野氏の著書(『増補 無縁・公界・楽』)でも、市庭ではしばしば「椿や栃の大木や石などに象徴される神」が祀られていたと言う。
 このような石や木は有名な神様の御神体として祀られたものも多いだろう。しかし市場が持つ原始的な信仰形態を考えれば、「特定の神様ではない、概念的な市場の神」として祀られることも日本各地であったと思われるのだ。それによってなにが起こったかと言えば、前述した高麗野あうんと同様の現象である。すなわち、遠く離れた場所で同質の信仰を受けた石や木が、そこに宿ったモノの神の集合体として形成していった存在こそ、「天弓千亦」という神様なのではないだろうか。

追記:
 (Ⅱ)では天弓千亦の正体が石や木に宿ったモノの神の集合体である可能性を提示したが、当時は参照した文献も少なく、言ってしまえば「自分が二次創作をするのに使えそうなネタ」として、単なる思いつきの延長だった。今回、それらぼんやりとしていた部分について改めて勉強をしてきたので、この追記を拙稿の穴埋めとしたい。
 まずは日本各地の市で祀られる「市神」の実態を見ていく。小林茂文氏によれば、伝承に見える市神の初出は延暦14年(795年)、藤原冬嗣が東市に祀った宗像大神であるとされている。さらに民俗例を参照すると、市神はやはり自然石や木柱であることが多かったのだそうだ(前掲書)。北見俊夫氏も『市と行商の民俗』のなかで名のある市神と比較して、「神名が刻まれていない素朴な自然石」はより古い市神の形態であろうと断定している。前回の「石や木が、特定の神格を持たない原始的な市場の神として祀られていた」という不確かな仮説は、ひとまず間違いではなさそうだ。
 こうした史実に照らした場合、(モノの神説の)千亦は他の市神と比べて歴史の古い原始的な神様と読むことができるが、東方の世界では人間の発生のはるか昔から神々が存在しているため、千亦はむしろ交易や市場という人類文化が形成されたのちの比較的新しい神様だ、という逆転現象が起きていると見るべきだろうか。神々が立てた市から生まれたとすれば誕生はまださかのぼれるが、これ以上は想像の域に入る。

 長井政太郎氏の報文(『山形県の市の研究』)を整理した中島義一氏によると、1942年当時、山形県内で祀られていた71の市神のうち、実に90%以上にあたる66例が自然石や石柱などの石にまつわる市神であった。さらに祭神の調査では、大市姫 (市杵嶋姫)や恵比寿神が3例、地蔵が4例、弁財天が1例、そして「特定の祭神なし」が60例と大半を占めている。しかし中島氏によれば、この状勢は全国に普遍的なものではなく、市神の分布は「特定の祭神を祀らないことが多い東北」、「祭神が混在する関東・中部」、「恵比寿が多いが大市姫命も祀る関西」、「全面的に恵比寿を祀る西日本」、と、大きく四種類に区分できるとしている(『市神考』)。
 今回の仮説(Ⅱ)では「特定の祭神名がない市神」を天弓千亦の起源と仮定しているため、千亦は東北地方で優勢な神様だったと見るべきなのだろうか。ただしこのデータはあくまで現存する市神に限った調査なので、千亦が関西、西日本とはまったくの無縁であったと断じてしまうのも早計だろう。

 次に、「千亦」という名前の元ネタについて掘り下げる。
 前回(Ⅰ)において、チマタという名前を「道俣神(チマタノカミ)から取った可能性もある」と消極的に肯定したが、やはりこの可能性は低いと訂正したい。
 わたしは当初、道の枝分かれした土地である「チマタ」の重要性を十分に理解しておらず、市が立つことのある無数の土地条件のうちのひとつ程度に考えていた。しかし赤坂氏の前掲書に触れたところ、チマタは非常に大きく扱われており、小林氏も、「市の本質は市がチマタに立つことにあると考えられる」と述べている(前掲書)。
 チマタは道の分岐点であり、土地を区切る境界点であり、共同体同士の結節点でもあった。そのような特殊性がゆえに、さまざまな習俗、信仰が生まれた。異なる土地の人々が交わる交易の場として市が立った一方で、道の分岐点を守り、魔の侵入を防ぐといった信仰も生まれた。つまり、同じ「チマタ」の名を冠する者同士であっても、両者はまったく別の性質をもって生まれており、とうてい同一視することはできない。
 なにより先にチマタという土地があり、そこから各種の神々が派生したのであって、天弓千亦もその派生のひとつと考えれば、「チマタ→道俣神→千亦」という間のワンクッションはまったく不要で、むしろ「道俣神←チマタ→千亦」という分岐によると考えたほうが自然なのだ。
 はじめからこのように考えられなかった原因はまぎれもなくわたしの無知だが、「八意思兼神→八意永琳」のような一対一の対応関係が刷り込まれていたせいもあるかもしれない。名前の同じ神様を見つければつい飛びついてしまいたくなるが、今回のケースは「起源をさかのぼれば無関係ではないが、同一神格でもない」という程度が妥当だろう。これは八衢比売神(ヤチマタヒメノカミ)、八衢比古神(ヤチマタヒコノカミ)についても同様のことが言える。

 最後に、数ある市神のなかにおいて、千亦がどのような立ち位置であるかを再考したい。
 現在信仰されている市神は、先述した恵比寿神や弁財天、地蔵のほか、宇賀神、大国主命、牛頭天王(スサノオノミコト)、そして神大市比売など多岐にわたる(中島義一、前掲書)。しかし今回調べてみた限りでは、天弓千亦のような「無主物」に焦点を当てた神は見つからなかった。このことから、神大市比売のような普遍的な「市場の守護神」は今も変わらず信仰されている一方、市の持つ原始的な浄めの力に〝特化〟していた千亦は信仰を失った、つまり、一般に知られる市神と千亦はやはり別の神格であって、永琳-思兼神のような対応関係を持つ明確な元ネタは存在しない、と考えたほうが自然なのではないだろうか。
 ただし、同一の神格とまでは行かずとも、創作上の意味での「元ネタ」であれば可能性はいくらでもある。
 すでにTwitterなどで指摘されているが、京都の市比賣神社では「カード塚」といって、使い終わったカードを供養する場所がある。言うまでもなく、アビリティカードを連想させる。
 この神社の祭神は神大市比賣命や市寸嶋比賣命などいずれも女神で、すぐにでも千亦と結び付けたい衝動に駆られるが、「創作としての元ネタ」と「同一神格と考えられる神様」は区別し、前者は間違いを恐れず自由な視点で、後者は少々慎重な姿勢で読み解いていきたい。

X.現代の天弓千亦
 ⅠとⅡでは神性の核に焦点を当て、その成り立ちの段階から分類を試みた。だが、今回の記事で再三にわたって言及してきたとおり、神や妖怪の性質は人々の想いによって千変万化の彩りを纏う。古代、人智の及ばない浄めの力を持つ市場の神は紛れもなく崇拝の対象だった。では現代の、幻想郷の天弓千亦はどうだろう。果たしてその神性は当時と変わらず、同一の存在でありつづけているのだろうか。
『虹龍洞』で千亦と龍はアビリティカードというマジックアイテムを造り、幻想郷に流通させた。このカードはわずかながら人や妖怪の魂を込められるという龍珠の性質を利用したものであるが、その含有量は大したことがなく、定期的に魔力を供給しなければ効果を持続させられないという単なる娯楽品であった。その魔力の供給方法というのが、千亦の定めたルールにのっとっての金銭的売買である。この行為が同時に市場の神への信仰となり、カードが流通すればするほど、千亦は本来の力を取り戻していく……というシナリオなのだが、ここに少々違和感が残るのだ。
 定められたルールに従い売買を行うというのは、たしかに市場そのものを敬う行為であり、信仰の表れと見ることができる。しかしどうも作中の描写を見る限り、カードのユーザーたち、特に主人公たちは市場の神聖さを意識しているとは思いがたい。あくまで誰かがそう決めたから、理由もわからずルールに従っているようにしか見えないのだ。
 これを純粋な信仰であると言い切ってしまって、本当になんの問題もないのだろうか。
 エンディングの話なので直接的な引用はできないが、実はとあるキャラがこの「条件を付ける」という手法に対して魔法的な性質があることを指摘している。たしかに、カードに供給される力も魔力と言うだけあって、神の神聖さよりも魔法、魔術の匂いを感じる。どうにも神徳とは別の性格が見られる気がしてならないのだ。
 違和感はもうひとつある。それはomake.txtの「市場の神が本来の力を取り戻し、天狗の社会を脅かしかねないところまで来ていた」という一文である。
 市場の神の「本来の力」を文字通り受け取るならば、それは人々に半強制的に市を立てさせるほどの強大なものである。そんな力をこの短期間で、限られた土地である幻想郷で、それも前述したようなある種不純とも見える信仰形態によって取り戻すなど、果たして本当に可能なのだろうか?
 阿求いわく、土着神と呼ばれるその土地限定の神様は非常に強力な力を持つことがあるという。しかしそれは言うなれば地域密着型、じっくりと時間をかけて強固な信仰形態を築いた結果だと思われる。
 今回、千亦が短期間で異常とも言える急成長を遂げた原因は、彼女が得た力が信仰とは異質のもの、魔力だったからではないかという仮説が立てられるのだ。
 これまでの定義に従えば、魔力を力の源とするのは神でも妖怪でもない「第三のカテゴリー」ということになってしまうのだが、さすがに彼女を神ではないと言い切ってしまうのは暴論に過ぎるだろう。不純に見えても市場の形式に従った売買という図式は保たれており、それはどこまでいっても信仰の一形態なのだ。しかし千亦の市場には、形骸化した信仰をはるかにしのぐ魔力が渦巻いていたのではないだろうか。
 勝俣氏は前掲書内で、古代日本の所有観念から生まれた市場の神を「呪術的神々」と称した。自然の理として人々の心に根差したその神は後に仏教の普及にともない、寺社や世俗権力の経済原理に吸収され、時代の流れに従って、システム化された「宗教」の一部にその姿を変えていった。
 千亦は呪術的な原初の性格に逆戻りしたのだろうか。わたしにはそうも思えない。マミゾウの言い方を借りれば、幻想郷の妖気は「ナウい」。混沌の呪術とも俗化した宗教とも違う、古代と近代の融合、システム化された先進魔術が幻想郷にはある。
 天弓千亦とは、あの賑やかな市場を取り戻すべく、幻想郷の七色の魔力にその身を染めた、新時代の神様なのかもしれない。


おわりに

 今回、東方における妖怪や神を語るにあたり、まずはそれらを同根のものとして統一した後、その発生過程から改めて分類しなおすという立場をとった。こうしたわたしの観点の根底にあるのはやはりというか、もちろんというか、『夢時空』で語られた「巫女さんの使ってる神仙術も、悪霊の使う怪しい術も、全て同じ力。それは使う人によってどうなるか決まってしまいます」という世界観にある。旧作の話ということで軽視する方もいるかもしれないが、この設定は紅魔郷~妖々夢の時点でまだ有効であることが2003年8月のZUN氏とファンとのやりとりから明らかとなっている。まあ、だからどうしたという話ではあるが、この記事はそういう思考回路によって書かれたものということだ。
 それから、この記事は東方我楽多叢誌さんの「わたしの考える虹龍洞は、これだ! 東方虹龍洞“考察”コンペティション」用に書いた「虹龍洞考察」なのだが、内容の半分近くが過去作の復習、整理となっているのが気になった方もいると思う。これらはもちろん結論のために必要だから書いている。けれど、実はわたしなりのちょっとした考えもあった。
 東方の考察において、元ネタの探究は欠かせない。ただし元ネタはあくまで元ネタであって、最も濃密で確実な資料はZUN氏が紡いだ「東方」である……という、当たり前ではあるが忘れてはならない観念がわたしの信条だからだ。
 そういうわけで、今回は過去作での描写を重点的に取り上げ、作品内で登場した概念を用いながら、その枠内で『虹龍洞』の新キャラ、天弓千亦を解釈してみた。そこにはモチーフを深く掘ることでのみ見えてくる衝撃の発見や驚愕の合致は存在しないが、そこそこに堅実で、それなりに面白い結論が導けたと思う。


参考文献

・安間清 「虹の話」『民族學研究』 22巻3-4号, 1959.
・北見俊夫 『市と行商の民俗』 岩崎美術社, 1970.
・小林茂文 「古代の市の景観」『周縁の古代史―王権と性・子ども・境界』 有精堂出版, 1994. 初出1982.
・勝俣鎮夫 「売買・質入れと所有観念」『日本の社会史 第4巻 負担と贈与』 岩波書店, 1986.
・笠井昌昭 「「皇極紀」元年条の祈雨記事をめぐって」『キリスト教社会問題研究』 37, 1989.
・赤坂憲雄 「交通の古代――チマタをめぐる幾つかの考察」『境界の発生』 講談社, 2002. 初出1989.
・網野善彦 『増補 無縁・公界・楽』 平凡社, 1996.
・中島義一 「市神考」『駒澤地理』 40, 2004.
・網野善彦 『日本の歴史をよみなおす(全)』 筑摩書房, 2005.
・小野地健 「虹と市--境界と交換のシンボリズム」『人文研究』 160, 2007.

・ZUN 「東方Project」 1995-
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