【死後の世界】
死後の安らぎを考えるのは宗教の基本的なサービスです。
これは西洋一神教だろうが、東洋の多神教だろうが変わりません。
まあ、世の中には、自分の死後の魂を担保にして、悪魔に願いを叶えさせる豪の者もいますが、基本、死後をどうにかこうにか安泰にさせたいと考えるのは人間のサガです。
というより、死後の世界なんて物を、発明して愚民に提供したのは、宗教のマッチポンプです。
死後の世界なんて知らなければ、死後ただ無になるだけで、わざわざ考えません。
「死後、地獄に堕ちるわよ」
と、脅して、金を巻き上げるというマッチポンプが宗教の利権ビジネスです。
しかし、そうした利権は別にしてもm万が一、死後の世界があるとしたら、準備しておかないと非常にマズイことになります。
死後、ムキムキマッチョの鬼たちに強制連行されて、閻魔大王の裁きに会うのは非常にヤバイです。
リスク回避は、現代資本主義国家としての国民の自己責任です。
来るべき、「終末の日(自分限定)」に備えて、保険をかけておく必要があります。
まあ、ぶっちゃけこのブログを読んでおられる皆さんは、日々、善行に邁進し、陰徳を積んでおられる方々なので、別に、大した心配はしていないのですが、以下に説明するように、完全にリスクを払拭することは不可能です。
そのリスク対策をとる必要が生じます。
【王道の死後保険】
さて、日本の死後保険として有名なのは、天下無双の念仏です。
阿弥陀如来ですね。
日本国内では、鎌倉仏教普及以後は、死後の浄土は、ほぼ阿弥陀如来の独占利権が確立しています。
基本、念仏(南無阿弥陀仏)を唱えるだけで、悪人ですら極楽浄土行きという、簡易なシステムが売りとなっています。
まあ、日々、適当に唱えておくくらいの時間や手間のリソースコストをかけても問題ないでしょう。
しかし、この念仏という死後保険は、保険条項に穴があります。
それが、五逆罪。
死後の極楽浄土行きに際して、念仏保険が効かない可能性があるパターンです。
【五逆の罪】
五逆罪とは一体何ぞや?
という話ですが、文字通り、5つの罪です。
ブリタニカ国際大百科事典には、
仏教用語。無間地獄 (→阿鼻地獄 ) におちるような,最も重い罪をいう。五逆,または五無間業ともいう。普通,母を殺すこと,父を殺すこと,阿羅漢を殺すこと,仏身より血を出させること,僧団の和合を破壊することをさす。
とあります。
要するに、仏教的に、一般の罪よりもさらに重罪だと規定した構成要件です。
通常の刑法でも、親を殺すことは、一般の罪よりも重罪で、つい最近までは尊属殺人とあり、罪がさらに重くなっていました。
また、仏教における定義なので、仏を攻撃したり、仏教にヘイトスピーチすることが、凄い重罪扱いになっています。
まあ、今の価値観から言えば、「はぁ?何で?」という感じですが、問題は、阿弥陀如来の念仏は仏教の仏だと言うことです(当たり前ですが)。
一般的には別にとりたてて重罪でなくても、仏から見たら重罪な可能性はあります。
【十八願】
というのも、念仏の根拠となるのは、阿弥陀如来の経典です。
阿弥陀如来のありがたい功徳の、48願は、経典(仏説無量寿経)に載っていますが、18願の箇所がメインとなります。
※余談ですが、この十八願は十八番(おはこ)の言葉の元ネタです。
- 第十八願
- 願名 - 念仏往生の願・選択本願・本願三心の願・至心信楽の願・往相信心の願
- 原文 - 設我得佛 十方衆生 至心信樂 欲生我國 乃至十念 若不生者 不取正覺 唯除五逆誹謗正法
- 訓読 - 設(も)し我れ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽(しんぎょう)し、我が国に生ぜんと欲して、乃至十念せんに、若し生ぜずば、正覚を取らじ、唯五逆と誹謗正法は除く。 / たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。
- 意訳 - 私が仏となる以上、(誰であれ)あらゆる世界に住むすべての人々がまことの心をもって、深く私の誓いを信じ、私の国土に往生しようと願って、少なくとも十遍、私の名を称えたにもかかわらず、(万が一にも)往生しないということがあるならば、(その間、)私は仏になるわけにいかない。ただし五逆罪を犯す者と、仏法を謗る者は除くこととする。(第十八念仏往生の願)[わたしが仏になるとき、すべての人々が心から信じて、わたしの国に生れたいと願い、わずか十回でも念仏して、もし生れることができないようなら、わたしは決してさとりを開きません 。ただし、五逆の罪を犯したり、仏の教えを謗るものだけは除かれます。
一般の浄土系の教義は、阿弥陀如来のこの十八番を持って、念仏を唱えると、どんな悪人も極楽浄土に強制連行という教義です。
しかし、よくよく見てみる(上述の引用の赤字の箇所)と、
「唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。」
とあります。
要するに、このどんな悪人でも救うのではなくて、親を殺したり仏教に喧嘩を売ってる輩は、救わないということです。
もちろん、厳密に言えば、浄土系は、この箇所を、「ただの重罪の強調だから、念仏は無条件救済だ」ということにしています。
しかし、そうは入っても、なにせ、ベットするチップ(賭金)は自分の死後です。
「念仏さえ唱えておけば余裕だろ」
と油断していて、死後、閻魔裁判で、
「念仏は唱えている。陰徳も積んでいるな。よし、極楽浄土に・・・って、ちょっと待て。五逆罪に適用しているではないか?じゃあお前は地獄行きな」
となったら目も当てられません。
そう信じるものしか救わないセコい神様は、一神教だけでなく仏教も同様です。
要するに、万が一、五逆罪という仏刑法の構成要件(法律用語)に該当してしまうと、スムーズに極楽浄土に行けない可能性があります。
【五逆罪という構成要件は本当に我々の人生に無縁なのか?】
「いや、五逆罪なんて普通しないだろ・・・」
というツッコミは、それはそれでそうなんですが(何だこの言い回しw)、世の中、何が起こるかわかったものではありません。
・今の格差社会で、親の面倒を見る余裕が無くなって、結果として親の寿命を減らすことが、親殺しの構成要件に該当する。
・徴兵されて、敵兵を殺してたら、たまたま敵兵が徴兵された僧侶だった。
・やっぱり徴兵されて命令で、テロリストや反逆者の根城が寺で、破壊しなければいけなくなった。
・というか、自分は信長だった。
・邪教だと思ってネットで叩いていたカルト宗教団体が、実はまともなところだった。
などなど、世の中は、平時には思いもよらぬことが起こりうることは珍しくもありません。
そもそも、親が虐待することが悪いという概念は近代以降ですので、それに反逆したところ、うっかり殺してしまった場合などは、情状酌量の余地は十分でしょう。
そもそも、仏陀やキリストを攻撃したことは、後出しジャンケンの今だと非難されますが、それはたまたま彼らの教義が後に天下をとったから逆算して、悪いことになっているだけで、当時からすれば、カルト宗教の親玉を叩いただけの認識です。
我々だって当時に生まれていれば、一緒に、聖人を叩いていた可能性はあります。
要するに、自分が意識していなくても、うっかり五逆罪に適用する可能性は多々あるわけです。
このリスクに対応しなければならないのは言うまでもありません。
そこで、念仏だけでは不安なので、五逆罪対応の保険を別途掛ける必要があります。
【五逆罪対策】
で、この五逆罪対策ですが、上に政策あり、下に対策ありというのは、古来からの伝統です。
何とかどうにかして五逆に該当してしまっても、罪を逃れるようにしなければいけません。
罪を初めからしないのは当然ですが、世の中は、そういう綺麗事だけでは出来ないのは、上述した例などのように、運命に巻き込まれてしまった場合はどうしようもありません。
で、色々調べてみると、やはりこの問題は昔からあったのか、仏教的に、五逆を無効にする対策はいくつかありました。
とりあえず、二つぐらい紹介します。
1、光明真言で五逆対策
2、十一面観音の真言で五逆対策
【光明真言】
真言は密教(真言宗、天台宗)です。
古代のサンスクリット語です。
基本、意味が重要な訳すお経とは別枠扱いで、呪文や仏の言葉として使います。
密教は身口意の三密で、手で印を組み、言葉で真言を唱え、イメージで観想するという技術で、瞑想し、悟りを開くという手法です。
で、その中の真言(いっぱいある)の中の一つに、光明真言というものがあります。
オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン
わりあい真言の中では有名な、この光明真言の功徳の中に、五逆対策があります。
「不空羂索毘盧遮那仏大灌頂光真言(不空訳)」によれば、以下の功徳・利益が説かれる。
- 過去の一切十悪五逆四重諸罪や、一切の罪障を除滅する。
- 十悪五逆四重諸罪によって、地獄・餓鬼・修羅に生まれ変わった死者に対し、光明を及ぼして諸罪を除き、西方極楽国土に往かせる。
- 先世の業の報いによる病人に対し、宿業と病障を除滅する。
つまり、死後の極楽浄土行きの、チケットである念仏のオプションして、光明真言をプラスしておけば五逆対策がとれるということです。
【十一面観音の真言】
十一面観音は、観音の変化身の一つです。
まあ、要するに観音様です。
般若心経の観自在菩薩とか観世音菩薩とかも同じです。
基本、観音様は、我ら衆生の状況に応じて、色々な姿に変身して助けてくれる(という設定)ですので、十一面観音を始めとして、色々と変化身があります。
基本的な、六観音だと、千手観音とかは有名ですね。
で、仏の格付けランキングでは、実は観音菩薩は、阿弥陀如来の部下です。
つまり、相性で言えば、念仏を唱えて、阿弥陀如来の極楽浄土に行くならば、観音菩薩もセットで助けを求めてもあまり問題はありません。
仏業界が、実は役所仕事で、
「あ、お前、俺らの派閥とは違う仏と縁を組んでるな?絶対に助けないよ」
ということだった場合(あるのか?)の対策にもなります。
で、五逆ですが、この十一面観音のお経の、「十一面観世音菩薩随願即得陀羅尼経」には、十一面観音の真言を唱えると、五逆の該当でも大丈夫だとあります。
真言はこうですね。
オン・マカキャロニキャ・ソワカ
まあ、もちろん、口頭念仏だけでなく、ちゃんと心でも信心したほうが確率は高まると思いますが、要するにさっきの光明真言と同じで、阿弥陀如来の念仏にセットで、部下の観音菩薩の真言も唱えておくということで、五逆対策になるということです。
あと、日本では、この十一面観音菩薩様、現世利益に強い聖天(歓喜天)にも関連があるので、さらに聖天も信仰すると、死後だけでなくこの世の現世利益にもご利益があるかと思います。
聖天信仰は、2ちゃんねるなどの、聖天信仰のまとめサイトである、
に、詳しく載っているので、興味のある人はご覧になってみれば良いかと。
ちなみに、聖天は現世利益に強いですが、その分リスクも大きく、下手すると死にますので信仰は自己責任でどうぞ。
まあ、こうして五逆罪を逃れて、問題なく死後、極楽に行けるようにリスク対策をとったわけですが、たぶん経典には、基本、五逆というか罪業消滅系の功徳は結構あります。
五逆対策出来る他のやり方は、他にいっぱいある可能性があります。
※阿字観とかにもあったような・・・
※准胝観音も十一面観音と同じで五逆罪を消滅可能とあります。
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