2021.2.25
商業化への道筋が見えた? 日本が海底鉱物資源開発のパイオニアになる日
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 金属海洋資源部長 五十嵐吉昭【後編】
現状では、責任ある調達が難しい金属と言われているコバルト。そんな中、コバルトを多く含む海底資源・コバルトリッチクラスト(以下、クラスト)の掘削試験に、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下、JOGMEC)が世界で初めて成功。日本が資源国になれる可能性を示したことは前編で紹介した。後編ではその実現可能性、商業化に向けた課題について、JOGMECの五十嵐吉昭氏に話を聞く。
国内消費量88年分ものコバルトがEEZ内に期待される
日本で使われる鉱物資源は、銅や鉛、亜鉛、鉄などのベースメタルと、リチウムをはじめ、マグネシウムやマンガン、コバルトなどのレアメタルのいずれもほぼ全てを輸入に依存している。
もし何らかの理由で輸入ができなくなり、国内備蓄分を消費してしまえば、金属を使うあらゆる産業がストップしてしまう。
自国での鉱物資源採取を望む声が多いのは当然といえる。
「豊富なクラストが日本のEEZ(排他的経済水域)内にあるということは、1980年代からの調査である程度分かっていました。今回、それを実際に掘削し、ある程度の量を揚鉱できたことが重要なポイントです」と五十嵐氏は言う。
※【前編】の記事「日本を資源大国に導く?海底に眠るコバルトリッチクラストが秘める大きな可能性」

今回の掘削試験は本州から約2000km離れた南鳥島沖の拓洋第5海山で行われた。平頂部の面積は約2220km2となっており、これは東京都全体の面積に相当する
今回のクラスト掘削実験が行われたのは、南鳥島の基線(領海などの範囲の基準になる海岸線)から200海里以内にあるEEZの中。
この範囲において、日本には海洋科学調査などの管轄権があるだけでなく、天然資源の探査、開発、保存及び管理等を行う主権的権利が認められている。そのため、世界初のクラスト掘削試験に成功したと発表した際には、多くの反響があったそうだ。
ちなみにJOGMECではEEZの外にある公海の海底(法的深海底)でも、国際海底機構(ISA)と契約し探査権を得ている。しかし、そこで探査する権利を有しているのは日本だけではない。中国、ロシア、韓国も同じ権利を有しているのだ。もしも将来的にそこから資源を採掘することができたとしても、それは人類の共有財産として発展途上国などと利益を分配することになるだろう。
「もちろんEEZ内だからといって何をやってもいいわけではなく、環境に配慮したり、国際機関の決めたルールを尊重する必要はあります。ですが、そうしたルールを守りさえすれば、他国に干渉されることなく、自由に探査等を行うことができます。本格的な開発に向けたルールはまだ決まっていませんが、自国の経済水域内に鉱物資源があるということは、将来の日本にとって有利な条件となるでしょう」

クラストは北西太平洋域の海山に分布しているとみられ、EEZ内の他、公海の海底にあることも確認されている
JOGMECがこれまでに行ってきた調査を基に試算すると、今回の試験を行った拓洋第5海山だけでも日本の年間消費量約88年分のコバルト、約12年分のニッケルを含むクラストの存在が期待されるという。
そうであれば、すぐにでも開発を始めたら良さそうに思えるが、実際のところ産業化に向けた道のりはまだまだ遠い。

メタンハイドレートや海底熱水鉱床など、海洋エネルギーおよび鉱物資源ごとに定められている工程表。コバルトリッチクラストは2028年までに商業化の可能性を追求することが求められている
出典:海洋エネルギー・鉱物資源開発計画(2019年2月策定)
日本政府は2019年に改訂した「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」におけるコバルトリッチクラストの開発に向けた工程表で、「資源量調査」「採鉱・揚鉱」「選鉱・製錬」「環境影響評価」それぞれの研究を同時に進め、2028年までに商業化の可能性を追求するという計画を打ち出している。
つまり、本格的に開発する価値があるか否かは、それからの判断となるのだ。
「目下のところ、課題は現実的な採鉱技術を確立することです。試験的に削り取る段階までは成功していますが、商業レベルとなると、少なくとも一日で数千tは採らなければなりません。かなり広い面積を掘ることになりますが、クラストは平らな海底面に張り付いているわけではなく、岩場もあれば砂場のある海山の平頂部から斜面に広く分布しているのです。そうした状況で効率良く採掘できる専用機を開発できなければ、商業化は実現しません。仮に試験で使った採掘機の10倍効率が高い機械を作れたとしても、まだまだ十分とは言えないでしょう」

海底で採掘、揚鉱する様子を模したJOGMECに展示されている模型。採掘機には電源や操作するためのケーブルがつながれており、別の船から作業を監視するROV(無人潜水機)も見える
コバルト以外にもある海底鉱物資源開発の可能性
製錬と呼ばれる海底から引き揚げた岩石を溶かし、原料となる金属単体を取り出す方法にも課題がある。
「以前、サンプルとして採取したクラストを試験的に製錬した結果、陸上で採れる鉱石を製錬するときと大きく変わらない方法でできることは確認しています。ただ、市場への供給には鉱石の成分に適した製錬方法を模索して、コストを下げたり、規模も大きくするなど最適化しなくてはなりません」
あくまで競争相手となるのは陸上で採れる鉱物資源。同等のコストで供給できなければ、せっかく開発しても徒労に終わってしまう可能性があるのだ。
ちなみに、同じ海底資源としてJOGMECが調査を進めているマンガン団塊にもコバルトが含まれている。こちらは文字通り、塊の状態で海底に沈んでいるため採掘は比較的容易であるが、水深4000~6000mの深い海底にあるため、さらに耐圧性の高い採掘機を新たに開発しなければならず、今回のクラストよりも商業化のハードルはさらに高い。
一方、同じくEEZ内にあり、深さも500~2000mと比較的浅い海底熱水鉱床は有望視されている。
こちらの成分はベースメタルが中心となるが、JOGMECではこれら複数の海底鉱物資源やメタンハイドレートなどの海洋エネルギーを並行して探査し、今後の開発方法を検討している。

日本は領海とEEZの面積で世界第6位を誇る海洋国家。その海底にはクラストをはじめとするさまざまな資源が眠っているはずだ
「公的機関である私たちの仕事は、海洋資源を調査した上での資源量評価や基盤となる技術開発といった本格的な商業化への道筋を示すところまでです。そのためクラストにおいても、2028年末までの目標を『民間企業による商業化の可能性を追求する』としています」
海洋資源は、深海に潜ってみなければどれだけの量があるのか分からず、また実際に掘ってみなければ利用価値がある鉱物なのかも分からない。
これでは民間企業にとってあまりにも参入ハードルが高く、リスクも大きい。そこで、開発の見通しをつけ、民間企業が参入する基盤を作ることこそJOGMECが担う役割なのだ。

「リスクが高いからこそ海洋鉱物資源開発に挑戦する価値がある」と語る五十嵐氏
ただ一方で、仮にクラストなどの開発が本格化したとしても、大量に掘ればいいわけではないレアメタル特有の事情も存在する。
「ベースメタルのような市場の大きい金属では、新たな鉱山が見つかったからといってマーケットが大きく揺れ動くことはありませんが、コバルトの場合は事情が異なります。たとえばニッケルは年間200万t以上もの消費量がありますが、コバルトはわずか十数万t。供給過多になると価格が安くなり、深海から引き揚げてまで生産するコストに見合わなくなってしまう可能性があるのです。開発に際しては、そのあたりも慎重に見極めなくてはなりません」
しかし、安定したサプライチェーンを構築することができれば、そうした価格の乱高下を防ぐことができるようになるかもしれない。国際社会に対して後ろめたいところのない、責任ある調達を実現できる意義も大きいだろう。
また、自国でのレアメタル産出という手段を持つことができれば、主要産出国や海外の供給企業にコバルト製品生産の生殺与奪を握られている現状から脱却することもできる。
「海洋鉱物資源開発はまだ始まったばかりの分野で、商業化に成功した例はほぼ存在しません。だからこそ挑戦する意味があります」と胸を張る五十嵐氏。
日本が海洋鉱物資源開発のフロンティアとなる日に期待したい。
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text:田端邦彦 photo:安藤康之
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陸上養殖で地方に新たな産業を!“畑育ちのエビ”がさまざまな社会課題を解決に導く
株式会社Seaside Consulting代表取締役 平野彩【後編】
農業用ビニールハウスを利用してバナメイエビの陸上養殖を手掛ける株式会社Seaside Consulting(シーサイドコンサルティング)。水質改善剤などを投入せずに育てられたエビは品質の高さが評価されているだけでなく、同社が考案した低運用コストで水質を管理できる仕組みが注目を集め、最近は耕作放棄地などの課題を抱える全国の地方自治体が視察に訪れている。社名の通り、起業当初から陸上養殖のメリットや技術を広く普及させることを見据えてきた代表取締役の平野彩氏に、“畑育ちのエビ”のポテンシャルや今後の展望を聞いた。
甘味と食感を共存させた畑育ちのエビ「Bianca」
2021年8月、千葉県鋸南町の耕作放棄地を活用してバナメイエビの陸上養殖を始めたSeaside Consulting。水槽内に自然に近い環境をつくり出すため、水質改善剤の代わりに汚れを吸着する竹炭を投入するなど“無添加”での飼育にこだわった。
ここにIoTプラットフォームと連携することで、陸上養殖のDX化にも挑戦。飼育槽内に水温センサーやpHセンサーを取り付けてデータを収集・解析し、水質管理、給餌管理を行っている。

養殖場に設置されたセンサー。将来的には最適な給餌のタイミングや水温管理などを教えてくれるシステムの構築を目指す
同社代表取締役の平野彩氏は、手塩にかけて育てたバナメイエビをイタリア語で白色を表す「Bianca(ビアンカ)」というブランド名で売り出すことを決めた。
「食品の場合、最初はサンプルを配ってたくさんの人に試食してもらうことが常とう手段だと思います。しかし我々はスタートアップで資金に余裕があったわけではなく、初出荷の段階から売り上げを立てることを目指していました。そこで千葉県発の商品やサービスに特化したクラウドファンディングを利用したところ、目標額を上回る60万円以上を集めることができたんです。輸入に頼っていたエビの国内食料自給率を上げながら、耕作放棄地の新たな活用法を広めたい。たくさんの人が我々の願いに共感していただけことがうれしかったです。そして、Biancaをお届けすれば品質や味に満足していただける自信もありました」

Seaside Consultingが扱うバナメイエビの「Bianca」
画像提供:株式会社Seaside Consulting
実際にBiancaを品質検査に出したところ、うま味成分である遊離アミノ酸がずば抜けて高いことが分かった。その数値はクルマエビを超える味といわれる「天使のエビ(Blue Shrimp)」を上回っていたという。
「弊社はすしチェーンの『がってん寿司』さんにも出荷していますが、商品開発を担当する方から『こんなにおいしいエビは初めて食べた』というお褒めの言葉をいただきました。通常、エビは甘味が強いと身の食感が柔らかくなり、反対に身がプリッとしていると甘味が少ないそうですが、Biancaは甘味と食感が共存していて、そこが評価のポイントになったようです。おすしのネタに向いていますし、丸ごと食べられる素揚げもオススメです」

一般財団法人 食品環境検査協会による試験成績証明
画像提供:株式会社Seaside Consulting
耕作放棄地での陸上養殖を全国へ
「畑でエビを育てる」という画期的なプロジェクトを成功させた平野氏は、耕作放棄地を活用した陸上養殖の手法を普及する活動にも力を入れている。
「北は北海道から南は九州まで、耕作放棄地の対応に悩んでいる全国の自治体 からたくさんの問い合わせをいただいています。大企業で新規ビジネス開発を担当されている方が視察に訪れるケースも多いです。国内食料自給率の向上を目指しつつ、環境に与える負荷をできる限り抑えた我々の養殖場はSDGsの文脈にもマッチしており、さまざまな観点で注目していただいています」

陸上養殖の全国拡大に意欲を示すSeaside Consulting代表取締役の平野彩氏
Seaside Consultingは、2024年4月にホテル三日月グループ(千葉)の新規エビ陸上養殖事業に対する生産支援を行う契約を締結した。同月に熱工学を応用した低運用コストで水温を管理する魚介類養殖用の水槽モデルで特許を出願しており、その技術が応用される取り組みになりそうだ。
「新たに考案した水槽モデルは、直径5mの円筒形で、容量20㎥。熱エネルギーを高い効率で運用する仕組みを採用しており、弊社の試算だと通常の30分の1程度の消費電力で効果を発揮します。ホテル三日月グループさんにも同様の水槽をたくさん置くことを提案しています。近年は民間企業による陸上養殖の事例が増えていますが、弊社が大事にしているのは誰にも負けない大規模で豪華な施設を造ることではなく、育てる品種や場所に合った持続可能な仕組みを提案すること。優先順位を間違えないようにしたいですね」
初心を忘れず環境問題に向き合い続ける
ホテル三日月グループとの取り組みは、国内リゾートホテルでは初となる「エビの陸上養殖」だ。また、1つの魚種ではなく、クルマエビとバナメイエビを養殖する先進的な事業となっている。
「陸上養殖で飼育できる魚種はエビ以外にもウナギやヒラメなどがあり、将来的には各魚種に合わせたシステムを開発していきたいと考えています。また、耕作放棄地と同じく問題となっている廃校のプールや体育館を活用したビジネスモデルも検討していますし、今後も陸上養殖をきっかけに地方に新たな産業を生み出し、さまざまな社会課題にアプローチしていきたいですね」
Seaside Consultingが目指しているのは社会課題の解決であり、エビの陸上養殖は手段の一つにすぎない。
「我々は起業する前に東南アジアでエビの養殖現場を見て、海洋環境に与えるダメージの大きさに危機感を抱きました。もし、その初心を忘れて利益を優先してしまうと、薬剤を大量に使ってエビを大量生産するといった本末転倒な事態になってしまうかもしれません。社会課題の解決に軸足を置いていたからこそ、これまで多くの方々の賛同を得ることができたので、今後も自分たちの信念をブラさらないことが大事だと思っています」

平野氏は陸上養殖を拡大させていくことで、社会課題を解決へと導く
「現在は5%だと言われているエビの国内食料自給率を、せめて10%には上げていきたいですね。まだまだ遠い道のりですが、 鋸南町だけでなく日本全国にこの取り組みを広げていくことで、一歩ずつ目標に近づいていきたいと思います」
畑で育ったエビが、いくつもの社会課題を解決に導くシンボルとして日本中に広まり、やがて世界にも影響を及ぼすかもしれない。
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text:浅原聡 photo:野口弾










