歴代特捜部長が参拝「捜査の神様」 埼玉県日高市の高麗神社 「辰」は事件の当たり年【解説委員室から】

2023年12月30日11時00分

  • X
  • facebook
  • hatena-bookmark

 埼玉県日高市の「高麗神社」は、歴代の東京地検特捜部長が大型事件の着手前、捜査成就を祈願して参拝したことから「捜査の神様」として知られる。参拝者を記す芳名板には、そうそうたる検察幹部の名が見える。その中に夏以降、自民党安倍派などの政治資金規正法違反事件を手掛ける検察幹部の名前が加わった。「巨悪」の立件を祈願したのだろうか?(時事通信解説委員長 高橋正光)

【目次】
 ◇「巨悪」の立件を祈願
 ◇「東京地方検察庁検事正 山元裕史」
 ◇参拝後に首相、「出世の神様」

「巨悪」の立件を祈願

 「巨悪は眠らせない」は、戦後に幾つもの疑獄事件を捜査した伊藤栄樹元検事総長の名言で知られる。長年風雨にさらされ、色あせた芳名板のあちこちで、自民党の大物政治家を捜査した元特捜部長の名前が目に付く。

 輸入航空機の選定にからみ、田中角栄元首相を受託収賄罪などで起訴したロッキード事件で、主任検事を務めた吉永祐介氏。就職協定に関連して藤波孝生元官房長官を受託収賄罪で在宅起訴したリクルート事件を指揮した松田昇氏。自民党の最大派閥・竹下派の会長を務めた金丸信元副総裁を所得税法違反容疑で逮捕した「金丸脱税事件」時、特捜部長だった五十嵐紀男氏…。

 直近の特捜部長としては、河井克行元法相、案里夫妻の公職選挙法違反事件などを手掛け、今回の安倍派などへの捜査全体を指揮しているとされる森本宏最高検刑事部長(司法修習44期)の名板もある。部長就任時に、特捜部時代の先輩で上司の山上秀明東京地検次席検事(当時、同39期)と参拝したようだ。

 また、法務・検察のトップである検事総長も参拝しており、佐藤藤佐氏や北島敬介氏もその一人。2020年1月、第2次安倍晋三政権が首相官邸に近かったとされる黒川弘務東京高検検事長(当時、同35期)の総長起用を前提に、同氏の定年を延長、トップ人事への介入として検察OBらの反発を招いた「黒川騒動」。自民党内には、今回の安倍派に対する捜査の背景になったとの指摘もある中、当事者の一人である林真琴前検事総長(35期)の名板も飾られている。

 検察関係者によると、林氏は特捜部の若手検事時代、当時の松田部長らと参拝しており、総長を退任する直前、検察官人生の区切りとして訪れたという。

「東京地方検察庁検事正 山元裕史」

 これらの色あせた多くの名板の中で、真新しい数枚が目を引く。その一枚には、こう記されている。「東京地方検察庁検事正 山元裕史」。特捜部を管轄する東京地検のトップだ。

 山元氏(42期)が東京高検次席検事から、東京地検検事正に異動したのは今年7月。東京地検は既に、自民党の5派閥が2018~21年に開催した政治資金パーティーの収入が政治資金収支報告書に少なく記載されているとした上脇博之神戸学院大教授からの、政治資金規正法違反(不記載・虚偽記載)容疑での告発状を受理済み。特捜部は安倍派などへの内偵捜査を進めていたことだろう。

 政治資金規正法が、収支報告書の作成・提出の義務を課しているのは、政治団体の会計責任者。パーティー券販売のノルマ超過分を所属議員にキックバック(還流)した派閥側、還流を受けて収支報告書に記載しなかった議員側双方で、政治家を規正法違反で立件するには、会計責任者との共謀を立証する必要があり、「ハードルは高い」(元検察幹部)。

 前職の東京高検次席当時から捜査状況を知り得た山元氏は、高いハードルを飛び越え、派閥幹部ら大物政治家を起訴できるよう、「捜査の神様」に祈願したかもしれない。

 特捜部は19日、同法違反(不記載、虚偽記載)容疑で安倍派と二階派の事務所を家宅捜索。派閥の実務を取り仕切る同派事務総長の高木毅前国対委員長、事務総長経験者の松野博一前官房長官、参院安倍派(清風会)会長の世耕弘成前参院幹事長ら同派幹部を、任意で事情聴取した。27、28日には、数千万円の還流を受けながら収支報告書に記載しなかったとされる池田佳隆衆院議員、大野泰正参院議員の議員会館の事務所や自宅などを家宅捜索した。

 検察関係者によれば、特捜部は全国から集めた応援検事を含め、年末・年始の休み返上で捜査に当たっているという。捜査は急ピッチで進んでおり、山元氏の「祈願成就」が近いようにも見える。

参拝後に首相、「出世の神様」

 高麗神社は、「捜査の神様」とともに、「出世の神様」としても知られる。戦前に若槻礼次郎氏や斎藤実氏らが参拝、後に首相に上り詰めたことから、「出世明神」と呼ばれるようになった。芳名板には、検察幹部とともに著名な政治家の名前も多い。

 首相経験者の鳩山一郎、由紀夫の父子、先の見通せない政治の世界を「政界一寸先は闇」と表現した川島正次郎元自民党副総裁、小泉純一郎元首相の祖父の小泉又次郎元逓信相、三塚博元幹事長ら大物の名板が並ぶ。現職の政治家では、安倍派の稲田朋美元政調会長や衆院議員時代に同派に所属した馳浩石川県知事らが参拝したことも分かる。

 芳名板には、吉永氏と同様、特捜部長を経て検事総長に就いた岡村泰孝氏の名前もある。実は吉永氏は総長候補から外れ、大阪高検検事長に転出したが、特捜部が東京佐川急便事件で5億円の闇献金を受けた金丸元副総裁を聴取せず、罰金20万円の略式起訴としたことに世論が猛反発。当時の後藤田正晴副総理兼法相が東京に呼び戻し、最終的に総長となった。

 また、特捜部の若手検事として参拝した林氏についても、歴代総長は将来の総長に考えていたものの、安倍政権の人事介入で名古屋高検検事長に異動となり、総長レースから脱落しかけた。

 しかし、ライバルの黒川氏が賭けマージャンで辞職したことで、復活した経緯がある。高麗神社は参拝した検事に対し、「事件」のみならず、「出世」の面でもご利益を施すケースもある。

 安倍派の事件は、国権の最高機関、立法府の人間が長年、集団で違法に資金を集めていたことが疑われているものだ。年が明ければ、高麗神社は初詣の参拝客でにぎわう。そして、参拝客には、事件への怒りが頂点に達し、会計責任者ではない「巨悪」の摘発を祈願する人もいるだろう。

 検察当局は、事件捜査が国会審議などに影響を与えるのを極力避けるのが通例。通常国会が召集される見通しの来年1月下旬までには、捜査に一定の区切りをつける可能性が高い。

 ちなみに、特捜部がロッキード、リクルート両事件で強制捜査に着手したのは、1976年、88年で、いずれも辰年。「辰」は事件の当たり年でもある。政治家の疑惑への怒りを募らせる参拝客に、「捜査の神様」はほほ笑むのか? ご利益はあるのか? 間もなく分かる。

解説委員室から バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
バロンズ・ダイジェスト
時事エクイティ
長期投資応援団
商品ヒストリー
時事通信の商品・サービス ラインナップ