愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
せっかくの長期休暇GWだったのに、家からほとんど出なかった私ってほんと……バカ……
この日、遠月学園の中で最も規模の大きい会場──資料には『月天の間』と記されていた──にて開催されるイベントに、何十何百もの人が徒歩で、車で、各々訪れていた。その大半が遠月学園の生徒であり、少数は背広や着物、或いは私服姿の学園外の人間だった。学園外の人間とはいえ、そのほぼ全てが料理界で名を馳せた重鎮だ。生徒たちは知っている有名人がいれば遠巻きに騒いでいる。
学園外から訪れたわたくしたちは騒がれる側だ。
「──ようやく着いたか。相も変わらず馬鹿でかい敷地を無駄に使いおって」
「お、おい。あの御方はまさか……!」
「確か今は後継者決めの真っ只中だったはずじゃ……」
付き人が開けたドアから降りたお爺様を見て、名を馳せた重鎮たちが生徒たちと同じようにざわめく。その後にわたくし──
「な、なあ……なんでお偉いさんたちこんなに驚いてるんだ?」
「馬鹿ッ、お前、あの一族を知らないのか!? 『にしき』の当主と関係者だぞ!! 連れて歩いてんのは、恐らく後継者候補だ!」
「にしきって……あの!?」
「しかも見ろ、最後尾の扇子で口元隠した女性。ドルオタ公言してるお前ならわかるだろ」
「……へぁっ!? え、あ、あれは……B小町の、オイの推しの……!」
この学園の総帥を務める薙切家当主、仙左衛門様に引けを取らない今代の“にしき”を冠する織崎家当主、そしてわたくしの祖父でもある織崎麟之助。
後ろを歩くのは、周りの視線を無い物の如く堂々と歩く寡黙な男性。
楽しそうに周囲を眺めてタイプの女性を見つけては品のない呟きをこぼすチャラい男性。
男性の視線を受けて、むしろ見せつけるように歩く色香にあふれた女性。
そして、わたくし。
「藤乃はん。ええ加減、その扇子、
歩いていると、わたくしの横に並んでいた女性、紗耶香さんが話しかけてきた。
恥ずかしいとはなんですか恥ずかしいとは。わたくしの口元を隠す広げた扇子には、自画自賛もあれですが達筆で『アイ無限恒久永遠推し』と書き、中央には手描きのウサギの絵と共に崩したB小町アイというサインが描かれている。以前、わたくしの誕生日にアイちゃんに直接頼み込んでサインしてもらった世界に一つしかない扇子。持ってるだけでテンションが上がりますね。
「紗耶香さんの頼みでもそれは聞けませんね。何時如何なる時でも推しを愛でる。それが推しに対する礼儀というものです」
「……ほんまに変わったわね、藤乃はん。それでよう実家に顔を
「恥じることなど何一つありませんので」
そもそもわたくし、幼少期はともかく、小学校に上がる前に東京へ移り住んでますので、東京に馴染むのは当たり前です。
笑顔の裏で静かに繰り広げられるわたくしと紗耶香さんの冷戦を、遠巻きに眺める生徒や来賓は気付かない。耳に届いているはずの男性二人は我関せずとばかりに歩く。名前は……言う必要はないでしょう。どうせ、後継者争いが終われば顔を合わす機会もほぼないでしょうし。便宜上、寡黙さん、チャラ男とでも呼びましょうか。
先頭を歩くお爺様はまたか、と溜め息の一つを吐きたくなるのを堪え、「いい加減にせんか」と叱りつける。お爺様に二人そろって頭を下げ、互いに明後日の方を向いてお爺様に付いて歩く。
後継者争いが始まって、はや十ヶ月ほど。十数人いた後継者候補はすぐに減っていき、二、三ヶ月で今この場にいる四人まで減った。にも関わらず、半年以上経過した今でも後継者は決まっていない。その理由が、
『最終課題は〇ヶ月後、遠月学園にて発表、執り行うものとする』
なんて、お爺様から言われてしまったのだ。
この時は流石に争い合っている候補たち全員が「何言ってんだこいつ」と声を揃えてしまったのは記憶に新しい。
しかも、その間の帰省は許さないとか……お爺様めぇ。そろそろアイちゃん
涼しげな顔の裏で百面相を浮かべる。他の候補者(特に紗耶香さん)にアイちゃんの事などがバレないよう、警戒してスマホ等はミヤコさんに預けて連絡もほぼ断っているので、アイちゃんの妊娠状況もわからないのだ。妊娠から出産まで十月十日と言いますし、時期的にもうそろそろ出産が近いだろうとは思いますが。
それにしても、と目の前の建物を見上げる。遠月学園まで来たのはいいが、お爺様は決着の方をどう付けるのだろうか。
嫌な予感をひしひしと感じながら、建物に入る。織崎家が到着したことはすでに報告されていたのでしょう。すぐに黒服が出迎え、生徒や他の賓客とは別の道を案内される。しばらく付いて行くと、一室に到着する。
黒服がコンコンと扉を叩く。
「仙左衛門様。“にしき”様御一行をお連れいたしました」
「──入れ」
扉を開けながら黒服が横へズレる。お爺様たちに続いて室内へ入ると、そこは会場を一望できるガラス張りのVIP席。室内には椅子とテーブル、そしてモニターが設置されている。背中を向けて会場を見ていた老人が、薙切仙左衛門様が振り返る。ちらりと視線をズラせば、孫娘の薙切えりな様が椅子に腰掛けている。部屋に入ってきたわたくしたち……いえ、視線はわたくしでしょうか。わたくしを見て驚きを隠した表情をしている。
お爺様と仙左衛門様はつかつかと、お互いに歩み寄る。互いに手が届きそうなほどの距離で止まると、
「……」
「……」
「「──ッ!!」」
息を合わせたかのように上半身を露出させる。
老体とは思えないほど鍛え抜かれた肉体が照明に照らされ光り輝く。
緩慢な動きで構えを取っていき、
「「──噴ッ!」」
ポーズと共に筋肉を隆起させる。ボディビル会場ですか? ここ。
その後も噴ッ噴ッとポーズを取って肉体美を魅せつけ合い、
「久しいな、麟之助。研鑽は怠っておらんようだな」
「それはこちらの台詞だ仙左衛門。相も変わらず見事な肉体よ」
数分後、上半身裸のままガッチリと握手を交わすのでした。その間、えりな様はもちろん、わたくしを含めた四人も何も言わずに流しきる。視線は人それぞれですが。
これがお二人の挨拶。……挨拶なんでしょうか。数年前、お爺様に連れられ仙左衛門様にお会いした時に初めて見せつけられましたが、相も変わらず意味がわかりません。お兄さんが時々わたくしに試作の麻婆豆腐を食べさせようとするぐらいわかりません。
「次期当主候補たちもよく来てくれた。歓迎しよう」
服を着直しながら声をかける仙左衛門様に、わたくしたちは静かに頭を下げる。
「特に藤乃嬢。そなたとは六年ぶりだろうか」
「はい。その年の迎春会ぶりでございます。覚えていてくださり光栄です」
「うむ。藤乃嬢には
他の候補者から向けられる視線の気配を無視しつつ、感情を隠して笑みを浮かべる。しかし、確かに迎春会でもえりな様と会話したのは覚えているが、世話と言えるものではない。言葉の裏に隠されたもう一つの意味に否応にも気付かされる。
──何やらかしたんですかお兄さん!?
アイちゃんの誕生日に接触されたのは聞きましたが、この様子を見るにアイちゃんが入院中にも仙左衛門様に会いに行きましたね。でなければ、ここまで露骨に匂わせる発言なんてしないはず。
「実は孫娘のえりなも今日、君に会えるのを楽しみにしていたのだ。……えりなや」
「はい。……お久し振りです。藤乃さん」
「お久し振りです。わたくしもえりなさんと呼んでも?」
「はい! あの、藤乃さんのことはニノさんと呼んでもよろしいですか……?」
と思っていたが、えりな様……えりなさんのおずおずとした願いにちょっと予想がズレたことを知る。
こういった場所でわたくしのことをニノと呼ぶのは大抵、アイドルを低俗な遊び、と揶揄したい方ばかりだ。しかし、えりなさんの顔にはそういった表情は見えてこない。むしろこの表情はライブとかで見るファンと同じです。
つまりはえりなさんはB小町のファン? もしそうなら流石に驚く。表情に決して出さないが驚きつつ、構いませんよ、と笑みを浮かべて答える。
「うむ。藤乃嬢、もしよければだが今日の催しの間、えりなと共に観戦してはもらえぬだろうか」
「それは……」
思いがけない要望に、わたくしはすぐに答えを返すことができなかった。別段、他の候補者とは紗耶香さんを除き、仲が悪いわけではない。ただ、今は候補者として争っている最中であり、会話はできても敵同士の関係だ。あまり共にいるべきではない。その点、えりなさんとなら大丈夫だろうとアイドルとしてのわたくしの直感が囁いている。しかし、今は後継者争いの最中だ。勝手な行動は許されていない。
流石にどう答えればいいか迷い、お爺様へと視線を向けてしまった。仙左衛門様もお爺様へ向けて口を開く。
「麟之助の孫なら安心できる。構わんか? 麟之助」
「……そうさな」
腕を組み、熟考するかのように目を閉じる。
しばらく考えていると、寡黙さんが当主、とお爺様に声をかける。
「藤乃のことはどちらでも構わない。が、その前に課題の方を教えてもらいたい」
「む……そうだな、先に伝え、その間に考えておこうか」
寡黙さんの意見に頷き、お爺様は会場が見えるように横にズレる。同時に後ろに控えていた付き人がわたくしたち四人に資料を渡してきた。書いてあったのは、ある人物のプロフィールだった。簡単な履歴に性別、年齢、小中高とどういった学校出身であるか。
……というか、このプロフィール。高校卒業までで終わっているが、誰のものかわかってしまった。声に出さなかったわたくしを褒めてくださいアイちゃん。
「今配った紙には今日、ここで開催される
「ほーん……施設育ち、多少の学はあるみてぇだが、まあどこにでもいる一般庶民だな」
「先日、この青年が仙左衛門の孫だということが判明した」
「……」
「あらあら」
「この令孫のお披露目会も兼ねていると」
「場合によっては恥ずかしめを受ける場にもなりかねんがな」
「……なるほど」
察しの良い寡黙殿の呟きに、お爺様はうむと頷き、
「最終課題は、この場にて催される挑戦者一名と学園生徒五十人による模擬連隊食戟の勝敗の予想。勝敗を当てた者、或いは最も近い予想をした者が織崎家次期当主『にしき』の名を継ぐ者とする!!」
最終課題を堂々と宣言した。
『……』
もちろん、わたくしたちは無言でお爺様に冷たい視線を向けましたが。
ただの賭け事じゃないですかやだー。
ほら見てください、えりなさんの呆けたような顔を。隠そうとしてますが、あれ絶対「そんなテキトーなことで決まるの?」なんて思ってる顔ですよ。
……ただ、織崎家の後継者争いではこういった変な課題は時々あるのだ。いえ、マジで。
記録に残されている限り、最も古い記憶は鎌倉時代のもので闘鶏で決めたそうな。もちろん、教養や社交といった必要不可欠な課題はクリアした上で、決まらない場合に限ったそうだが。だけど、本当にそんな感じで決めていいのだろうかと思ってしまう。
「懐かしいのう。お主の時も確か、ベーゴマで決めておったしな」
「見届け人として来てくれたお前が見ている前で負けるわけにはいかなかったからな」
「最終戦の攻防は今でも思い出せる。手に汗握る実に良い戦いであった」
わたくしたちが無言でいると、お爺様と仙左衛門様が楽しそうに思い出を振り返っている。ベーゴマって……今度、お爺様に頼んで織崎家の史実集でも読ませてもらいましょうか。
「ほんまに
「まあ、『全ての人が笑顔でいられる菓子屋』なんて家訓つーか命題を初代サマから掲げてる家だからなー」
「当時の天皇にも宣言して召し抱えを断ったらしい。御用達には納まったみたいだが。……当主には茶目っ気も必要と言うことか」
「茶目っ気って……麟承さんが言うと違和感がすごいですね。間違っていませんが」
「……」
お二人が話している間に、こそこそと四人で話す。
「む、少し昔話が過ぎたか。……質問はあるか? なければ予想してもらうが」
「挑戦者の実力が書いてないが、実績はないのか? また、今回の食戟は一度でも負ければ終了か?」
「コンクール等に参加した記録はない。精々、どこぞでバイトしている時に料理を振るっている程度だ。食戟については、仙左衛門」
「うむ。此度の食戟は挑戦者が途中で敗北しても最後まで行われるようになっている。全学年から選び、参加を表明した一般生徒四十人と十傑評議会十人の五十人と食戟をする予定となっておる」
「……なら、一年全員には勝利。残りは敗北すると予想する」
ほぼ即答に近い思考時間で考えをまとめ、予想を立てる寡黙さん。
チャラ男と紗耶香さんも一つ二つ質問をして答えが返ってくると、少し考え、
「俺は誰にも勝てないに賭けるぜ。いくら薙切家の血筋って言っても、料理学校すら通ってない一般人。遠月学園に通える生徒にゃ勝てるわけない」
「なら、大穴で十傑以外には勝てる、と
それぞれの予想を口にする。
さて、わたくしはどうしましょうか。質問はせずに思考を巡らせる。十中八九、いえ間違いなく挑戦者はお兄さんだ。お兄さんがどれくらい料理ができるかは二年近くの付き合いである程度把握、はしてない。いやまあ、これまで何度もご相伴に預かったが、食べたことがあるのはどれも味は美味しくても一般家庭に並ぶ普通の料理や弁当、あとは奇を衒った品だけだ。お兄さんが本気で作った料理なんて、あの
さらに、相手は遠月学園に通うエリートたち。狭き門を潜り抜けた生徒は一年生であっても侮れないはず。というかそもそも、どうしてお兄さんは遠月学園の生徒と食戟をする羽目になっているのでしょうか。仙左衛門様の様子を見るかぎり、お兄さんへ悪印象を持っているわけではなさそうですし。
──けれど、どうしてでしょうか。
どんなに不利な状況を想定しても、お兄さんが負けるイメージがまったく湧いてこない。
「お爺様」
「決めたか。ああ、それと先のえりな嬢との観戦は許可する」
ありがとうございます、と告げ、言葉を続ける。
他にイメージが思い浮かばないなら、いっそのこと──
「わたくしの想像が正しければ、挑戦者はわたくしの……いいえ、
「うむ。その通りだ」
またわたくしに集まる視線の圧が強まる。それを無視して、
「であれば、どうでしょう。挑戦者を知るわたくしは勝敗を当てるのみで、近いのは無効とするのは。また、外れた場合はアイドル引退後のわたくしの身の振り方も条件に加えましょう。代わりに当てた場合は少し我が儘を言わせてもらいますが」
「自ら枷を課すか。よかろう、では予想は?」
「挑戦者の完全勝利を」
扇子を取り出し、パンと広げ、迷うことなく宣言する。
お兄さんにオールベッドするのも悪くないし、何より――面白そうだ。
わたくしの扇子を見たえりなさんが思わず声を上げそうになったのを見て、やはりB小町のファンだと確信する。ふふ、いいでしょー。
「それで構わないのだな」
「ええ。あの方は、B小町専属料理人は誰にも負けません」
「よかろう。藤乃の言に異を唱える者は?」
寡黙さんが手を挙げる。
「異ではないが、この男の料理の実力を知りたい。それによって予想の修正をかける」
「美味しいですよ。遠月の生徒基準を知らないのでどれくらい、と言われても困りますが」
「……俺を基準にした場合は?」
「え、そうですね……麟承さんの実力は店に出す菓子類しか食べたことがないので他料理に関してはわかりませんが、菓子だけであれば一、二ランク下ぐらいでは?」
アイちゃんの要望でお菓子も作れるのは知っていますが、和菓子は知らないんですよね。
寡黙さんは少し思考時間を取ると、
「二年までは完全勝利、三年及び十傑相手にした際に何度か敗北するに変更する」
予想をだいぶ勝利側に修正した。
それを聞いて、完全敗北を予想していたチャラ男も勝利数を多めにした予想に変えた。紗耶香さんはそのままでと宣言する。
「それでよいな? ……では、各々、結果が出るまで自由するがいい。観戦するもよし、遠月の土地から出なければ好きにして構わん。儂は仙左衛門と共に楽しむとしよう」
「儂も壇上へと向かう。藤乃嬢、えりなのことを頼む」
「承りました」
「うむ。……ああ、それと。えりなと観戦する部屋にはもう一人招待客がおる。藤乃嬢も知っている者故、その者の面倒も頼む」
「はい。……え、あ、はい、承りました?」
ちょっと戸惑ってしまったが、えりなさんと共に部屋を出る。外で待機していたえりなさんと同年代の側近候補だろう子どもの案内で部屋へ向かう。
頷いてしまったが、誰だろうか。知り合いは限られているのだが。
「そ、それよりもニノさん。さっき取り出した扇子なんですが……!」
「ええ、えりなさんの予想通り、アイちゃんに書いてもらったサインですよ」
「……いいなぁ」
「ふふ、部屋に入ったらお見せしますよ」
話している間にさっきまでの部屋とそこまで離れていない部屋に到着する。
新戸と名乗った側近が開けたドアから部屋へと入ると、
「こんな場所でどうすればいいんだよぉ…………あ」
「──」
部屋の中をうろうろとしながら呟いている金髪グラサンが一人。
……ああ、確かに知り合いですね。なんでこの人は真面目な時との落差がひどいんでしょうか。見てください、えりなさんはドン引いてますし、側近はえりなさんの前に立ち警戒している。
このままでは不審者として捕まるのは確実だ。仕方なく、わたくしは声をかけるのでした。
「一体、何をしているのでしょうか? ──社長」
Tips『にしき』:
平安時代に創業したとされる老舗の和菓子屋。
作者の脳内では色々設定を考えているが、妄想を垂れ流すのもあれなので、漫画によくある『遥か昔から続いている由緒ある凄い和菓子屋さん』とでも思っていただければ。
Tips『寡黙さん チャラ男 紗耶香』
ニノ=織崎藤乃同様、後継者争いに最後まで残った他候補者。なお、登場はここだけな上、結果が分かってるため割と扱いが雑。もう少しまともに書いてあげればよかったかもしれないが後の祭り。本当に申し訳ない。
一応、考えていた三人の名前だけ紹介。
寡黙さん=織崎麟承。
チャラ男=布施一輝。
紗耶香さん=舞鶴紗耶香。