愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
申請を受理。・・・申請中・・・申請中・・・
転生者の申請を許可します。
転生者・■■■■の記録を再生します。
一話
『ごめんね……ごめんね■■■。なにもできないお母さんを許さないで』
ああ、またか。
親との最後の記憶を自分は何度も夢として思い出す。怒りや悲しみといった感情が沸き上がることなく、視界から離れ去っていく今世の母親の後ろ姿を、意識が保てなくなるまでただジッと見つめる。
前世はかなりクソだった。自分を生んだ母親は、息子に関心を持つことなく持病であっさり逝った。父親と後妻、連れ子には
死後、「特典を与え転生させる」と神様とやらに聞かされた時は期待したものだ。
転生特典は抜きにして、来世は優しい
結果は……、まあうん、優しい人の許には生まれることはできた。厄介な血筋でなければ、と付いてしまうオチだったが。
薙切ってなんやねん。『食戟のソーマ』世界の中でもトップクラスの泥沼一族じゃねーか。
父親は情は深いが、料理界を牛耳る魔王で食に関しては身内だろうと切り捨てられる少数精鋭主義者。
姉妹は神の舌を持ち海外で活躍している逸材。情はあるだろうが勘違いさせるような言動をしそう。
兄弟は……まあ、まともかもしれないが実際はどうやら。
姉妹の婿は、時期や年齢的に会ってはいないだろう。会ってたら多分母親はもっと堕ちてそう。
そんな家族に囲まれた母親は原因は不明だが心が折れて生まれたばかりの我が子を捨て蒸発、自分も幸せ──愛を知ることはなくなった。
その後、自分は捨てられている所を発見され無事に施設で育てられた。多少不自由はあったが、クソすぎる人生を一度経験した身だ。二週目、施設での生活は快適と言ってもいいだろう。同じ境遇の子どもたちには何故か歳上歳下関係なく兄貴分として慕われたし、自分からやることにした料理や家事は案外楽しかった。前世よりも感情が表に出るようになったし良いこと尽くしだ。
だけど──どうしても愛だけはわからなかった。
言葉としてだけならわかる。意味も、種類も。調べて出てくることはだいたい理解した。
理解しただけで、そう想えることはないが。
いざ自分が言葉にしようとすれば、なんの感情も浮かぶことなく、ただ単語というだけの愛しか出てこない。
愛だけは、自分は前世の自分に戻ってしまう。
だから、自分は諦めた。愛を知ることを。誰かに愛を伝えることを。
それから施設に入って十年ぐらい経った頃だろうか、また一人施設に入ってきた。
自分より歳下の少女だ。なんでも親が盗みで捕まり、一時的に入ることになったそうだ。
よくある話だ。いつも通りにすればいい、そう思っていた。
この少女との出会いが、今世の人生を変えると思っていなかった、この頃までは。
『……はじめまして! 私は──』
★★★★
「──」
目が覚めた。ああ、今日も今日とて変わらない夢だった。
視界に広がる妹分の顔を見て、意識を覚醒させる。
まだまだ夢の世界に迷い込んでる妹分を起こさないように、ベッドから離れ身支度を済ませリビングでいつもの日課をこなすために胡坐を組み、
「たいまつくし。──合掌」
鉢に生えたつくしを
つくしの先端に火が灯るのを見つめながら、改めて自分の転生特典を振り返った。
今世の自分──名桐悠が神様とやらに与えられた特典は二つ。
一つは漫画『トリコ』世界の物品を生み出せる能力。初めの頃は食材だけかと思っていたが、目の前に置かれた修行用のたいまつくしのような食べられない食材や包丁といった物品でも可能だった。まだ出せない食材もあったが、差し引いてもお釣りがでるほどだ。ちなみに自分で生み出した物なら消すことも可能である。
もう一つは『トリコ』世界基準の身体能力への成長と料理人としての才能。流石に現代日本で主人公クラスの身体能力はいらないが鍛えておいて損はないので、体を動かせるようになった頃からほどほどに鍛えている。
そして驚いたことに料理人としての才能というものは、自分の想像以上のものだった。
文面? からして自分に料理人としての才能が与えられた、ぐらいの能力だと思っていたのだが、実際は『
さて、この二つの特典と原作知識が組み合わさるとどうなるか。
「…………ふぅ」
三十分ほどの食禅を終え、たいまつくしを消してキッチンに立つ。時計はそろそろ妹分が起きてくる時間を指している。食材を冷蔵庫と能力から取り出して、
「ふっ──!」
一息で切り終えフライパンや鍋に放り込んで調理する。
例えば、グルメ食材による食材と身体能力の成長で、現代日本では化け物クラスの肉体強化。
例えば、原作の修行法、食義の習得と修行に必要な食材や道具で、現代日本では再現できない速度や精密な調理技術の獲得。
例えば、通常の人間のレベルアップが足し算なら、自分のレベルアップは掛け算。
そんなことを十年近く続けた結果、おかげさまで自分の肉体や調理技術は現代人間の限界を超えてしまった。
おかげで健康や怪我を気にすることはなくなったが加減がし辛くなった。初めの頃は玉子やドアノブなど軽く握っただけで割って苦労したし。加えて何が起こるか分からないので自分はそこまで強く感情を出さないようにしている。ここ数年は食義だけ日課としてこなし加減するための集中力や最低限の力で普段通りの動きができるようにした。
おかげで器用さが増し刺繍みたいな細かい作業も難なくこなせるようになったのはありがたかった。
「ふぁ……おあよー……」
自分の能力を改めて振り返っていると、パジャマ姿の妹分が掛け布団をズリズリと足に引っ掛けて起きてきた。顔は洗ってはいるが眠気は取れてないらしい。というか布団を引っ掛けてよくコケなかったものだ。
「ああ、動くな動くな。コケるぞ」
「んあー……」
コンロの火を消し料理を器によそい、妹分に引っ掛かってる布団を抜き取ってベッドに放り投げる。
14歳になっても寝起きの言動は幼いままだ。
「朝食を並べるから座ってな、机にホットミルク置いてあるから火傷しないように」
「あーい……ぐぅ」
「寝るな寝るな」
朝食を取りに背を向ける。
ああ、そうだ忘れてた。
「おはよう、アイ」
「……えへへ、おあよー、ハルカ」
振り返って挨拶する自分に。
妹分──星野アイは、いつも挨拶されるのが嬉しいのか笑って返事をする。
一番星にも負けない彼女の笑顔。
だけど──ああ、また今日も今日とて変わらない。
自分は──君への愛がわからない。