こちらの記事でそこそこ酷評しているEstelonですが、最終的にまともな聞きやすい音が出るようになりました。今回はその経緯をまとめたいと思います。
結論から言えば…
特性はあまり大事じゃありませんでした。というか逆に問題がある部分をいかにうまく聞かせるかというところが今回の学びです。このサイトでは基本特性はそれなりに重要指標として扱ってきていますが、今までの考え方より更に測定の重要度を下げる方向性、測定値の良さを追求せずバランスを取る重要性です。
例えばEstelon XBの測定値ですがこのようになっています。
問題はツイータの9kHzの歪、40Hz付近の歪でしょうか。あと2.5k付近の音量がやや高めです。これらが原因でやや高域がうるさく聞こえやすく、低域も少し個性的に聞こえる可能性があると思います。将来的にツイータをダイヤに変えようと思っていたのですが、実は交換可能なダイヤも同じような歪があることがわかりました。なので現状である程度対策をしないとダイヤツイータにしても問題は解決しない可能性が高いのです。
今回はこれをどうやって聞きやすく仕上げていくかという流れで、やったことの紹介、となります。
問題があったシステム構成
この頃が一番音が悪かったです。正直ここで使っているものはほぼ全部相性が悪いのですが、Estelon XBに合わないもの、問題のある傾向を列挙します。(画像では自粛してますがパワーアンプはむき出しのNcore自作品です)
- PS-Audio P5クリーン電源 中高域に角があり、全体的に描写が固め。それがちょうどSPの欠点と重なっている
- MolaMola makua SN高く素直で駆動力が高い。ただしやや角がある音。これも歪をより強調する傾向
- NordostのSPケーブル これも上記に似ています。基本ストレートなのに僅かな脚色がありよけいにうるさい傾向です
以上です。この中ではクリーン電源が一番深刻でした。この電源は非常に相性が悪かったです。一応フォローを入れますとマンションでオーディオやっていた頃はこの電源は重宝していました。しかし今はだいぶ郊外に引っ越しましたからクリーン電源自体重要度が低くなってました。外したほうが音が素直で透明感もあり良かったです。
次にあとの2つですが、単体では致命的ではないです。ただ問題のある傾向が重なっているので最終的な出音は良くない方に引っ張られます。僅かな個性の積み重ねなのですが、makuaとNordostはどうしても神経質気味でうるさく感じてしまう傾向自体があって解決できませんでした。大半のシステムではこれらは決してうるさいと感じない組み合わせと思いますがEstelon XBとは合いません。
このあとDACとSPケーブルとラインケーブルは全部見直しました。それでだいぶ良くなったのですが、それでもやっぱりうるさい感じはなくなりません。
この時点ではEstelon XBは売却を本格的に考えていました。Twitterで募集もかけました。オールAccutonのセラミックユニットのSPって有名な製品も多いしEstelonはデザインもよく注目度は高かったのですが、実際に試聴に来てみると現状の出音では購入は厳しい印象だったようです。
トランスアッテネータを試す
高性能系のDACをいくら用意しても問題が解決しないことがわかりましたので大幅にコンセプトを変更します。1つ目は実験中のトランスアッテネータです。ヤフオクで売ってたファインメットトランスを使ったトランス式のボリュームです。
元々これはビスポークオーディオのトランスプリを聞いて感動したので買ってみたものです。
bespoke本家はデザインや仕上げ含めた芸術品ですが、こちらのものは自作感満載の構成です。PCBリレーとソフトウェアを使った切り替え方式です。将来的に0.5dBの微小ゲイン調整機能と組み合わせる予定ですが、そこまではやらないかもしれません。
測定もしてみましたが、このトランスは非常にいいです。正しく結線すればゲイン個体差0.2dB以内、THD+Nも0.001%を余裕で切ってますし、帯域も20-20k以上までフラットです。24dBuレベルを入れても劣化少ないので非常に優秀じゃないでしょうか。
まずこれが合うかどうかという話ですが、あまりにDAC直結に近い音質なので、問題はほぼ緩和されませんでした。ということでトランスアッテネータはNGです。
ですが普通に高音質用途ならトランスアッテネータはとてもいいです。音はBespokeに通じる広帯域高SNですし、DACを最大音量で使うと大局的な部分はデジタルボリュームよりも良い部分がありますから、Bespokeと傾向も似ています。高級感がないだけで音自体は少し近い傾向があります。自作なのでコスパは最高ですね。でもEstelonには(高忠実すぎて)合いませんでした。
Empirical Labs FATSO Jrを試す
オーディオ用ではなく、業務用の音作り機材です。だいぶ前に賞品としてもらったものなのですが、持っていることを忘れてました。今回の目的にはぴったりだと思ったのでプリアンプとして使ってみました。機材についてですが、ややこしい機能なので、このページがわかりやすかったので紹介しておきます。興味がある方はこちらもみてください。オーディオではまずみない機材だと思います。
https://dtmdriver.com/outboard-harmonics
(この画像も良かったので上記サイトからお借りしています)
これは簡単に言えば、倍音を調整して追加することが出来て、トランスを通したり、コンプでいろいろな特性でダイナミクスを圧縮したりと、色々と柔軟に音質調整が出来るハードウエアということです。
調整すると結果は悪くないです。コンプはさすがに音源のダイナミクスを別物に変えてしまうので音源依存性がありNGですが、倍音付加とトランスは全体的に音が聞きやすくなります。ある程度歪み率を上げるのは有効のようです。音の変化、ニュアンスはとてもいいです。厚みがあって存在感があってうるさくない音になります。高域が丸くなるので音量を上げても聞きやすいです。また中低域の厚みが出るためか相対的に高域がうるさくなくなります。さらに帯域の歪み率が揃うからなのかわかりませんが全体の質感のバランスも良くなります。
ただ最高級オーディオ用として判断するとSNがやや減退して音の奥行きがやや狭まる感じ(抵抗式ボリュームを通した音と同じ)が気になるかもしれません。
ということで絶対的クオリティはともかく、音のバランスはFatsoを通したほうが聞きやすい音でした。ある程度の歪み率の調整、倍音の付加が有効そうな感触でした。ただこれでも素晴らしく良いとまでは行きません。しかし悪いときに比べたら遥かに良いバランスです。
真空管プリアンプ(Melody WE2688)を試す
試したのはこれです。高額品ですが大変ありがたいことにIMAIさんより快く貸し出していただきました。
もう少し具体的に説明して行くと。
音質の方向性は、暖色系で非常に品位の高い音の質感が全帯域、空気感として醸し出されています。
その辺りは外観の意匠が巧く捉えてます。 pic.twitter.com/V6T9IRKDWf
— IMaI氏 (@coreaudio_imai) January 30, 2021
定価200万円です。高いです。
これはいいです。とてもEstelon XBと相性がいいです。嫌な音をほとんど出しません。こんなに良いEstelonは初めて聞きました。
非常にスムーズで柔らかく透明感もあります。Fatsoだと普通のプリアンプと同じで弱音がどうしてもマスクされてしまうのですがWE2688はそれがありません。SN感高く細かい音が前に出てくるのに全く高域がうるさくないです。このプリアンプも普通の抵抗を通過しているだけのはずなのに不思議な傾向です。低音の厚みもあるけどクリアに聞こえます。もちろん高域は伸びやかでないと思うのですが、こもっているとは思わないし特に気になりません(特性を測るとちゃんと高域まで伸びている)。
感覚的に良い音というのがとても理解できます。いくつかの全く違うジャンルの楽曲でも、これはいいなと思うシーンがありました。うちだとあまりない事例としては、歪ギターやボーカルでとてもいい音だと思うことがありました。全体的にアナログ的な連続性を感じてデジタルなのにある意味アナログを聴いているような感覚があります。
ジャンルは確かにあまり高速ハイパワーなものは合わないですがほぼ問題ないです。音数が飽和するほどの音楽以外であれば大抵心地よく聞けます。プリアンプだけ真空管ですが、DACも高忠実系だしアンプも高忠実系だからかもしれません。
気になるのはいくつかの曲(ピアノソロがわかりやすい)で歪み率が高いために少し音割れしているように聞こえることがある点です。
Estelonと相性がいい理由は、歪率の安定した高さや音の柔らかさのマッチングが理由でしょうか。歪み率がスピーカよりも高め+全帯域での歪み率が結果として揃っていること。その上で元々低音だけゆるいEstelonに全帯域で柔らかい音に仕上げるプリアンプ。速度も歪も上下の帯域バランスが改善(後退)し、結果全体の質感が揃ってバランスよく聞こえる。だから良く感じる。このように今は予想しています。
逆にEstelonは特性的に歪み率が急に上がったり、低音だけゆるかったりするので、高性能な機器だけで集めるとどうしてもスピーカのアンバランスさ、弱点ばかり気になってしまいます。
その点でよくできた真空管プリアンプを入れることは、システムの包容力を高める効果があるのでしょう。特性主義、高特性を目指して行く方向性っていうのは細かい欠点を一つずつ厳しい顔で指摘しているようなところがあると思うのですが、それは心地よい体験ではないですね。でも歪を優しく心地よく聞かせ柔らかく包むようなMelody WE2688は真逆で、システムの多少の欠点も気にならなくなります。そういう意味で優しく包容力がある方向性だと思いました。
オーディオデザイン DCPW-100を試す
WE2688と合わせるパワーアンプはずっとNcoreを使っていたのですが、どうも音が若干固い気がします。ということで以前に個人取引で購入した真のアナログパワーアンプを組み合わせして試してみます。
https://audiodesign.co.jp/amp/amp_old/DCPW-100.html
さらにいいです。Ncoreより全体的に柔らかくて、うるさい帯域がほぼ完全に消滅しています。Estelonってこんなにスムーズになるんだという驚きがあります。もう一度書きますが、こんなに良いEstelonは初めて聞きました。これは相性がとてもいいのだと思います。
ゆるさもありますがゆるゆるじゃない、適度に締まった音ですし細部の描写力も高いです。基礎性能と包容力の適度なバランス感でしょうか。いろいろな曲をかけてみましたが、Ncore比で更に対応力が高く不満が少ない気がします。この組み合わせで出ている音は、ようやく一つの納得感のある音になっているとおもいます。
もっとゆったりしたパワーアンプとの組み合わせも面白そうなのですが手持ちにはないので、とりあえずこれで満足しておきたいと思います。
Mordaunt Short Performance 6も試す
Estelon XBとデザイン的にも似ています。久しぶりに箱から出して鳴らしました。WE2688を購入してEstelonを残すか、それともPerformance6を残しWE2688は買わないか。どちらかを売却する最終試聴です。
1.高性能機器と試聴
まず最初の構成に近い、高特性、高性能機器だけの組み合わせでの印象です。
XB
一言で言えばあまり高品位でないカーオーディオのような、だらしない低域と派手な高域を組み合わせたような音。R&Bがよく合うが他のジャンルは微妙。無理に低域を伸ばしており、バスレフで低域を伸ばしすぎているせいか帯域によって質感が違いすぎる。バスレフ帯域は余裕がなく速度が遅い。それと相反するのが中域で密度が低くエネルギーが抜けたような感覚。良く言えばクリアだが他の帯域と比べて主張がない。高域はエネルギーが集まっている上に明らかにうるさい歪む帯域がある。結果として低域のバスレフ帯域と高域だけが悪目立ちをしておりドンシャリ気味。各帯域のエネルギーバランスが悪く、速度も質感もあっていない。
Performance 6
全体のバランスはXBより遥かに良好。音楽のジャンルもXBより適合性が高い。低域のレンジはXBほど伸びていない代わりに問題も気になりにくい。ただし中低域の余韻は全体的にXBよりふくよかで少し色付けを感じるが帯域が広いので接続は比較的なめらか。中域はXBよりもだいぶ充実しており、エネルギー感があるのに奥行きと透明感もある。高域はXBより低い帯域に金属っぽい響きがあり高性能なツイータと比較すると質感はやや一辺倒に感じる。ツイータの質感だけ改善できれば相当高性能なバランス。
以上のようになります。正直高性能機器との組み合わせならPerformance6のほうが明らかに良く、Estelonを残す理由などないです。
2.最終構成で試聴
次に上記の最終構成で鳴らした印象です。
XB
ジャンル適合性が飛躍的に向上する。低域のゆるさも気にならなくなるし、中域の密度感も改善し、高域のうるささも抑えられている。歪が気になるピアノ曲、音数がかなり多く帯域バランスが高域よりの曲は少し苦手だが、それ以外の大半の曲は問題ない。殆どの曲ではむしろ歪も心地よく聞ける。初期の状態が信じられないほど良いバランスになっている。ある意味アナログ的。
Performance 6
こちらは印象に大きな差がないが、最大の問題はXBで改善が見られた高域の問題がこちらだけ改善しなかったこと。中低域など基本的な性能ではやや悪化している部分もあり、総合的に良くなっているとは言い切れない。
以上です。
大きく評価が分かれることになりました。あとは高性能機器のPerformance 6と最終構成のXBのどちらがいいかです。これは金額を考えると正直迷いましたが、音だけで判断するならば最終構成のXBを選びます。欠点が気にならないしジャンル適合性が高いからです。非常に包容力のある構成だと思います。
また高性能路線はメインシステムがあります。同じ方法論、同じ音、では面白くないですし、わざわざ2つのシステムを持つ意義がありません。しかしEstelonのシステムは全く違う方法論、音質です。そのうえ音楽への適合性が同じように高い。これはとても望ましい傾向です。まさに好対照のシステムと言えそうです。
まとめ
WE2688を購入して、Performance 6は売る決断をしました。 ただ資金的に全く余裕がない状況なので現在いろいろな出品をしているところ。これが現在の状況です。
今までずっと歪み率が悪いとかSNが悪いような機材=性能が悪い機材はあまり高く評価しませんでした。試聴をするとどうしても欠点が気になって、結果として高性能志向の製品ばかり集める形となってきました。
しかし今回は非常に例外的です。たまたま購入したEstelonの基本性能に問題があり、高性能機材との相性が絶望的でした。しかし、たまたま引き合わされたWE2688との相性がよく、たまたま購入してあったDCPW-100とさらに相性が良かったということです。このような偶然が重ならなければ今でもまだ高性能主義から離れることができなかったかもしれません。
繰り返しになりますが、高性能主義は寛容ではありません。厳しく細かい神経質な世界です。ですがWE2688は全然違います。性能が悪い機材の粗を隠し、むしろ引き立てて聞かせてくれます。歪も自然で心地よいのです。優しく欠点を包み込み認めてくれる包容力があります。とても良い引き立て役。この出会いはオーディオとして、ある意味人としても大事な側面を見せてくれた気がしています。
最近、何でも測定で優劣を決め、劣ったものを排除していく流れがあるように見えます。ある意味それは進歩かもしれませんが、きっと多様性はなくなってしまいます。明確な指標による冷酷なランク付け。随時更新される価格対特性のリスト。この絶対的な数値のみが評価され、少しでも劣っているものは全て消えていく未来…。そのような価値観のなかではアナログや真空管の良さは評価されることもないでしょう。測定も価格も劣ったものとして排除されてしまいます。ではそのような世界が現実になったとき、それが本当に豊かな世界なのか、それについて少し考えを巡らせました。
ですが冷静に考えるとそのような未来はまだまだ来ないと思います。現実はアナログも真空管も残っています。
それは何故なのか。今回の結果を見てハッキリ言えることは、少なくとも真空管の独自の世界観はそれだけの魅力があるからだとしか言えません。真にこれらの体験の代替となるものが現れない限り、なくなることはないのでしょう。現代の測定主義の方ほどこういうものを軽視しているようにも見えます。かつての自分自身もそうだったかもしれません。だから真空管やアナログは逆説的に、測定主義者とは全く違う文化圏で大切にされ、根強い支持によって生き残りそうな気もしています。
この出会いが今後のオーディオ的価値観に何らかの影響を残すことは間違いなさそうです。次はこのWE2688単体について、記事としてまとめてみたいと思っています。
Estelonが良く鳴るようになりましたか。難しいスピーカーなのですね。基礎体力はあるスピーカーですから、きちんと鳴らすことができれば良い音で鳴るものと思います。
TIASでは、Estelon ForzaとSoulution 711で鳴らしていて非常に良かったのが印象的だったのも、一つの情報になるでしょうか。
Tonojieさん
結局鳴らし方の問題だったようです。いろいろな問題が微妙に積み重なって厳しい出音になっていたようです。今は別のプリアンプを試していますがプリアンプだけでなくケーブルやアンプなどの相性問題がかなりありそうです。全面的に見直したところ別のプリアンプでもちゃんとなるようになっています。今の時点ではEstelonはローノイズ設計のアナログパワーアンプが合いそうな気がしています。